第13話 キリュ
第13話 好き?
「久しぶり、ユア」
キリュは人当たりのよい微笑みを不安そうな顔をしたユアに向ける。
「久しぶり」
ユアはそれに弱々しい笑顔を返した。
「えっと、一応言っとくけど、建前でかよいを使っただけで、ユアを困らせるつもりはないからね」
「うん。わかってる。ただちょっと不安なの」
ユアは立っているキリュに向かいのソファを勧めた。
キリュは礼を言って座り心地のいいソファに座る。
「ごめんね。ちょっと乱暴な方法だけど、キリアも僕もこれしか思いつかなくて。でもだいじょうぶ。うまくいく自信あるよ」
キリュはすこし困ったような顔をして柔らかく笑って言った。
それが変だなと思った。
わたしはキリュがこんな顔をして笑うのをあんまり見たことがない。
いつもなんだかシニカルな微笑みを口もとにのせるような笑い方なのに。眼鏡と合わせると狡猾っぽくて、同級生の女子たちがキャーキャー騒いでたし、ユアも格好いいと思う。
でも今はなんだかいたわるような――。
ああ、そっか。
気をつかわれているんだ。キリュに。
元気づけられている。
こんな顔していちゃ駄目だなと心の中で苦笑する。
「ごめん。ありがと」
すこし微笑んで見せる。それに、キリュはにやりとした、あの笑みを返して見せた。
「んじゃ、まあ、あんまり時間がないだろうから、すこし話でもしようか」
そう言って、寛ぐように脚を組む。
「話?」
「そ。久しぶりだし。それに普通だったら一生会えなかったんだ」
「ああ、そうだね。そう考えると、嬉しいな」
自然と顔がほころぶ。
キリュとまた話せて嬉しい。
「ユアはさ、イリのこと好きなんだ?」
今日の話題はわたしとイリのことらしい。
「イリ」や「好き」という単語を聞いただけでわたしの頬に血が上る。
多分、真っ赤になっているだろう。耳まで熱い。
「……好き、なんだと思う」
声が掠れて、すごくかっこ悪い。
キリュはそんなわたしをみてすこし笑った。吹きだすように。
「うん。はは。じゃあさ、幼年学校のときはどうだった?」
お茶を淹れようと思って席を立ったわたしは思わず立ちどまってキリュを振り返る。
「え……?」
「幼年学校のとき。そうだね、7年生ぐらいのとき。イリとユアはお互いを意識してたでしょ?」
くすっと笑ってキリュは脚を組み替えた。
「みんな気づいてたの?」
あたしたちがお互いを見ていたこと。
そうだとしたら、すごく恥ずかしい。
「いや。僕だけだと思う。キリアは気づいてたと思うけど」
ふたりだけ、と聞いてほっとする。と言っても、わからないだけでもっといるかもしれないけれど。
「……幼年学校の頃はよくわからない。イリが見てることに気づいて、あたしも気になっちゃった、て感じだった」
あー、はいはいはいはい、とキリュはわかったような顔で何度も頷いた。あたしはそれに首を傾げる。置いていかれている感じがしたからだ。
「イリとキスした?」
「して、ない。……けど、されそうになったことは1回ある」
すごくいっぱいいいっぱいになって答える。そんなあたしを見てキリュはまたも笑う。
「ふーん。キスは我慢してるわけか。妙なとこでジェントルだな」
ふと、外が騒がしいと思った。
ばたばたと廊下を、歩くというより走るような荒々しい足音に、静止するような叫び声。
キリュも同時に気づいたようだ。
「そろそろ、か……」
そう言ってキリュが立ち上がる。
「失礼」
キリュはユアと同じソファにどさりと座る。その間にも声はどんどん近づいてきていた。
『……めてくださいっ! ……様っ!!』
ピシャリと扉が開く。
息を切らせたイリの目に映ったのは、ソファでユアに唇を重ねているキリュの姿だ。
キリュはイリと目が合うと、にやりと笑んだ。