第12話 策
第11話と時間軸が続いてます。
第12話 ほんとう
この涙がほんとうなのだ。
こぼれ落ちる涙が。
止まってしまえばいいと小さなあたしは願うのに、いつの間にか大きくなった何かがそれをはばむ。その何かもあたしなのだ。
この熱くて、冷たい、矛盾した涙がほんとうの気持ちなら、あたしはどうすればいいの?
嫌いだったのに、なんでこんなにも――。
息がつまる。
これが「好き」なのか。
だったら「好き」は、なんて苦しい。
なくなってしまえばいいと思うぐらい。でも、なくならない。
そんな簡単じゃない。
涙といっしょにこの気持ちも流れ落ちて、空気に晒されて渇いてしまえばいいのに。
「ねえ、キリア。あたし、どうすればいいのかわからない」
胸がどくどくと打つ。
泣いてると、生きてるって実感できる。
心臓が激しく波打って、それが強く聞こえるから。
「ユア。わたしとキリュがあなたたちにきっかけをあげる。その後あなたたちがどうなるかは、ふたりで決めて」
キリアはユアにむかって微笑む。
ユアは水の膜のかかった向こう側に自信のある力強い笑みが見た。
「何をするの……?」
キリアは自分の部屋だったが、用心深く周りを見回した。誰も聞き耳を立てていないのを確認すると、それでもだいぶ小さな声でユアに囁いた。
「それは、――――――――」
ユアの目が見開く。
「そんなの駄目だよ! キリアとキリュに迷惑がかかっちゃう!」
不思議な色の虹彩は涙に濡れていて官能的だ。そこに見えるのは、自分とキリュを心配するものと、かすかなおびえ。
予想通りの反応だ。予想と同じすぎて、思わず笑ってしまう。
「だいじょうぶ。あのね、ユア。わたしたちも欲しいものがあるの」
失敗したら大変なことになる。
今までよりも、より悪く。
それに対する不安を自分だって、おそらくキリュだって持っている。
でも、もしうまくいったら――
わたしたちは幸せになれるのだ。
◆ ◆ ◆
キリアと話をして数日経った朝。
城左賀家は朝から騒ぎ立っていた。
ユアは朝早くに侍女に起こされ、共同区画にある父親の書斎に呼び出されていた。
「なんでしょうか、父さま」
ユアは騒ぎの根源が何かわかっていたが、不安そうな顔をつくり、父親であるハクマに訊ねる。ハクマの表情には焦燥が感じられる。
「面倒なことになった」
「何がでしょう?」
「図戯が、今日お前にかよいにくると言ってきた」
イライラした様子でハクマがそう言う。
「え……」
「まったく何を考えているのだか……」
威圧感のある目が厳しく細められる。
ハクマは仕方なさそうにいちどため息をつき、やがて決心したようにまっすぐユアを見て言い渡した。
「とりあえず、今日は女学校にはいかなくてよい。身を清めておけ。かよいならば必要だ。
あと、このことは広めないようにする。使用人たちにも細心の注意を払わせる。だが、富凪には伝える。私は、お前の相手はもう決めているのだ」
「わかりました」
ユアは返事をすると深々と頭を下げた。父さまに気づかれないように、そう祈りながら。自分がそれほど演技が得意でないと知っていたから。
ユアの部屋の窓からは森と空しか見えない。だからユアには日が地平線に沈んだかどうかわからない。
日が沈むのが合図なのだ。
だがユアは、鮮やかな緑色だった森が深緑になっていきだんだん黒ずみはじめ、木々の天辺に日が沈むのしか確認できない。あとは空の色が頼りだ。
彼女は不安で、もやもやとしながら待っていた。
そして、空が高いほうから侵食されるように闇色になったとき。
部屋にキリュが入ってきた。