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第11話 哀哀

第11話 転がる


 ユアとキリアは買い物をしている。


 彼女たちは今はアクセサリーの店に入っていて、気になったものを慎重に検分していた。

「これ、ユアに似合うと思う」

 そう言って、キリアは薔薇の形に彫り込まれた翡翠がトップのネックレスを見せた。

 翡翠は銀の細い鎖に通っていて、彫りも精巧でいいものだった。

「ありがとう。これ、好きだなぁ」

 ユアはペンダントを手の平にのせて光に翳してみる。石の中できらりと光が瞬く。翡翠は手の平の上でひんやりとしていて、それもなんだか気に入った。ユアは買おうかな、と迷う。幸い今日はけっこうお金を持ってきていて、今まで買ったものも少なかった。でもこのペンダントはけっこう高そうに見える。

「これ、いくらかな?」

「あら、案外安いわよ」

 ユアのすこし不安そうな表情を見てとったのか、キリアはにっこり笑う。

「翡翠の緑色がすこし薄いの。だから、お手軽価格だし、掘り出しものよ」

 そう言って、値札を指す。

「あ、思ったより安い」

 ユアはその値札と手の中のペンダントを見比べる。翡翠の薄さは気にならない。ペンダントはとてもいいものに思えた。

「そろそろ行く?」

 キリアがユアに訊ねる。

「ええ。これ買ってくるから待ってて」

「わかった」

 ユアは店員に翡翠のネックレスを持っていった。ネックレスはやわらかい紙に丁寧につつまれ、ユアはネックレスの代金を払った。


 彼女たちはいちばん賑わう女道を歩き始める。これからキリアの家に行くつもりだった。

 道は両側に見世が並んでいる。野菜や果物を売る店や甘い手作りの伝統菓子を売る店、学生のための文房具店、違う国の本を大量に並べている書店など、さまざまな見世が大量に道に沿って並んでいる。

 男はひとりも見かけない。働いている者も、買い物をしに来た者も、みんな女だった。


「そういえば、イリから『しるし』は貰ったの?」

 見世がきれ、田畑が広がり始めたとき、キリアがふと思いついたように訊ねる。


「まだよ」

 ユアはすこしだけ間があいた後にすこし掠れた声で答えた。言い訳のように「それにまだみ月だし。あとご月はあるわ」とつなげる。


「ねえ、イリはどう?」

 キリアが前を向いたままユアに訊ねる。


「どうって……」


「優しい?」


「う、ん」


「そう」


 イリは優しい。夜、まるで大切なものを扱うかのように触れてくる。それがユアにはわからないのだ。


 歩いていくと、図戯家が見えてきた。図戯の家はユアの家、城左賀よりも大きく、国の中でも一際大きい。

 ユアとキリアは、共同区画の玄関からは入らず、キリアの離れまで黙ってゆっくり歩いた。キリアの離れは縁側があり、ふたりはそこから部屋に入った。侍女がひとり部屋の掃除をしていたらしく、ふたりを見て驚いた。

「飲み物を」

 キリアがそう言い、侍女はそれを承って、部屋から出て行った。

 ユアはふかふかのソファに座る。買ったものは自分の横に置いた。

 キリアは買ったものを机に置いて、ユアの向かいに腰かける。

 ふたりがそう待たないうちに、さっきの侍女がお盆を運んできた。お盆は小さなサイズで、青い線で花が描かれた器がふたつと、器と揃いの背の高いポットが載っている。

 侍女はポットから琥珀色の液体を器に注ぐ。ゆらりと、白い湯気が立って、すぐに消えた。侍女はそれをふたりに出すと、お盆だけを持って、一礼をして去って行った。

 ユアは器に口をつける。

 ユアはずっと黙っていたがやがて口を開いた。

「ねえ、キリア。おかしいんだ。何で? 何で、イリは、優しい……」

 言葉が溢れてくるのを感じた。今まで話さなかった分がのどを逆流してくる。

「おかしいの?」

 待っていたようにキリアが訊く。

「おかしいよ! だってイリはあたしを苛めてた!」

 ユアが涙目でキリアを見る。

「苛めてたって言っても、もう8年も前のことよ」

「そうだけど! でも、あたしは…、あたしは……!」

「落ち着いて、ユア」

 キリアがいつのまにか側にいて、ユアの肩にキリアの温かい手が触れた。

「イリがユアを苛めていたのは事実。けど今イリがユアのところへかようのも事実だわ。『優しい』っていうのはあなたが妻になるからっていう作為的なものではないんでしょう?」

 ユアがキリアを見ると、真剣なようすで、ブラウンの虹彩は深く包容力があるようで、ユアはすこし落ち着いた。

「……うん。イリは、まるで、『好き』みたいに、あたしを抱く。あたしは、愛されているような気がして、勘違いしそうで、それが怖い」

 言葉がぽつりぽつりとくちびるから出ていった。

「ユアは?」

「わたし?」

 キリアは頷いて、ユアを落ち着かせるように柔らかく微笑んだ。

「ユアはどうなの? イリのこと、好き?」

「あたしが、イリを?」

 キリアの手が、ユアの両目を覆った。

 温かくて、落ち着く。

 好き?

 イリのこと。

 あの手は好きかもしれない。

 ごつごつしていて自分とは違うんだなって思い知る。

 触れてくるとき、それはいつも温かい。

 優しく触れる。

 イリのこと、好き?


「好き、なのかな?」


 キリアの手がユアの顔から離れる。

 ユアの瞳の奥で熱いものが充満する。

 世界がにじんだ。

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