第10話 微笑
第10話 薄暗い部屋
ユアの身体に、言葉にできない、切ないような浮遊した感覚が走る。
「あ…、……ッ」
イリの手がユアの身体を這う。
獣のようにあらい呼吸が彼女の身体をなめた。
少年のような身体は女の魅力は足りないが、どこか妖艶で蠱惑的だ。
白い肌が幻想のように動く。
枯れ木のように細い腕がイリの身体に制するように触れた。
イリはその手に反応して、ユアがどんな表情をしているのか見る。
ユアの頬には赤みがさし、濡れた瞳がイリを見ていた。
しばらくふたりとも黙る。
イリは何を言ったらいいのかわからなくて、その骨ばった両手でユアの頬をつつんだ。
ユアの瞳。
明るい茶色に、緑のような、もしくは黄色のような色の混じった虹彩。
イリは身がきれるような、焼かれるような気持ちになる。
彼女の瞳にはそういう吸引力がある。
吸い込まれそうだ。
このまま――。
ユアが目を見開く。
イリは素早くユアから手を離した。
ユアはおびえたような、困ったような顔をしている。
「……」
なにも言わず乱暴にユアの横に身体を横たえる。ユアとは違う方を向いて。
「……イ、」
「寝る」
追随を許さずそう言って、イリは黙ってしまった。
早朝だった。
厚いカーテンで、空が白み始めたのは見えない。部屋の中は暗かった。
ユアは眠る時間が遅かったためまだよく寝ている。イリはもう起きていた。彼はユアより遅く寝たのだが、浅い眠りが重なるだけでもう目が覚めていた。
イリはユアの長い髪を撫でている。
眠ってしまった彼女の幼くあどけない表情がそうさせる。
彼女はイリが訪ねてくると、いつも緊張したような困ったような顔をする。
それがイリには哀しいことだった。
笑顔を見てみたいのだ。
彼女の、笑顔。
見たことがない。いや、見たことはあるのか。
幼年学校のときだ。遠くから見ていたとき、彼女がふと笑ったときがあった。確かキリアとふたりで何か話していたんだと思う。
木の葉が風にさらわれて、ひらりとひるがえる感じ。穏やかで、優しく、儚い笑みだ。
イリはそれに見とれてしまった。ずっと見ていた。
そしたら、あっちが気づいて、イリと目があうと硬い表情になった。
愕然とした。
彼女にとって自分がマイナスの存在であるのは把握していた。けれど、改めて彼女から突きつけられて、それが哀しかった。
ユアがイリに向かって微笑んだことはない。
イリがユアに向かって微笑んだこともなかった。