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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

買われた聖女の受難

作者: ネオ

 セシリア・アーウェイトは、屈強な衛兵たちによって、床に押さえつけられていた。

 肩から癖一つない長い銀髪が落ちて赤絨毯の上に広がるが、セシリアはそんな事気にしていられなかった。

 

「セシリア・アーウェイト!!

これより貴方が聖女の名を名乗ることは、私が許しません!!だって貴方には既に聖女の力は無いんですから!よって代17代聖女の私が、貴方の聖女としての身分を剥奪します!」

「……っ!?」

 いきなりの聖女の身分剥奪にセシリアは言葉を失った。

 

 去年のある日まで、聖女としての能力が歴代最強だと言われ続けたセシリアは、この国を守ることこそ、自分の使命だと信じてやまなかった。

 しかし今日、ついに自分が恐れていたことが起きたのだ。

 

『次世代の聖女候補がもし、現聖女よりも聖女としての能力が上回った時、現聖女は今まで築き上げてきた全てを手放さなければならない』

 

 その決まりごとは、聖女と言うものが実力主義の中で成り立っている事を暗に示している。

 

 この日を境に、地位を追われた元聖女は、山里にある教会に行き、静かに生涯を終えないといけないが、普通そんなことが起きるのは聖女の能力が落ち始める60歳以降の話だ。

 

 それまで聖女の能力は伸び続け、能力が落ちるまで絶対的な地位を築くのだが、セシリアは何故か違った。

 

 そう、17歳という若さで、能力が落ちるどころか聖女としての予知能力も、浄化能力も全て失ってしまったのだ。

 

 それもこの目の前のいる茶髪で茶目の美少女のカナが突然現れたその日に全てーー

 

 カナは、どこの国から来た者なのか分からなかったが、国の中枢にくるや否や予言をした。

『この国にこれから大勢の魔族が襲います!対処を!』と。

 

 当代聖女のセシリアがそんな予知はしていなかったため、周りはこの少女の言ったことを嘘だと思った。しかし驚くことに、その次の日、百体の魔族が国を襲ったのだ。

 

 セシリアはと言うと、予知していなかったこととはいえ、魔族と闘うために戦場に赴くが、一切聖女の力を使うことが出来なくなっていた。

 

 絶対絶命かと誰もが思ったが、何故かカナがその力を使うことができて国を、皆を護り抜いた。

 

 その時何も出来ずに戦地にいたセシリアに、祖母の最後の言葉で蘇った。

 

『いいかいセシリア。

聖女はね、人々の希望の存在で人々の最も近い所にあるべき存在じゃ。

じゃが、聖女自身は孤独でもある。

聖女としての力が弱まれば捨てられてしまうだろう?

高い地位や権力、名声を手に入れられるかもしれないが、自分が加護を与えてきた国から捨てられる覚悟をしなくちゃいけない。

お前にはまだそんなつらい日来ないかもしれないが、聖女になるならそれを頭に入れておきなさい』

 

 セシリアが知る聖女の中でも、祖母は強い聖女であった。

 

 そんな祖母が孤独と戦っていたなんて、幼いセシリアには分からなかったが、今この立場になって痛いほど身にしみる。

 

 周りを見渡せば、自分に向ける周りの視線には敵意しか感じない。

 

 今まで慕っていてくれた者でさえ、セシリアは聖女ではなくなったただの人間だと冷たい目を向ける。

 

 そんな視線が悲しくて悔しくて、涙が静かに白い頬を流れた。

 

 どうしてこんなにも人は変わってしまうのだろう。

 

 どうして誰も私を助けようとはしてくれないのだろう、と心で叫ぶ。

 

「セシリア、君は、このファントリア王国の聖女の名に相応しくない。

早くこの王都から去ってくれないか?」

 

 金髪で碧眼の美貌の王子が、冷たくセシリアに言い放つ。

 

 ただでさえボロボロのセシリアを最も苦しめるのは、今まで愛してやまなかった婚約者で王子のサーティスの冷たい視線と言葉であった。

 

 あんなに愛してるって、絶対にお前は守るって言ってくれたのに、今のサーティスから紡がれる言葉は拒絶と侮蔑しかなかった。

 

「あぁそれと、お前との婚約は破棄するぞ。

公爵令嬢で聖女だったお前しか、俺の身分に釣り合わなかったから婚約者として扱っていたが、聖女の力が落ちた女など、王子の俺には相応しくない。

代わりに、この国を救ったカナを次の王妃として王族に迎える」

 

 目の前で、サーティスがカナの腰を抱いたのが見えて、セシリアは思わず唇を噛む。


「おい!!衛兵っ!セシリアを早く教会へ連れていけ!遠慮することはないぞ!

先程公爵と話した結果、セシリアは勘当されるからな」


 聖女の剥奪に続き、公爵家からの勘当、セシリアは理解が追いつかなかった。

「えっ……お父様。どう言う事でしょうか?」

 そばに控えていた父をセシリアは見た。

 

「……聖女の力が消えてた落ちこぼれなど、アーウェイト家にはいらない。

出ていけ」

 今までセシリアに向けていた優しい青の瞳はそこになく、冷酷な氷のような瞳があった。

 セシリアは衛兵に抵抗するのも忘れて唖然とした。

 

        ◆◇◆

 

 それから、準備よく用意されていた馬車に無理やり積み込まれるものの、セシリアは状況を理解するのを恐れていた。

 

 自分の何が駄目だったか、自分の何が親にとって煩わしかったのか、探そうと思っても混乱する頭では分からない。

 

 揺れる馬車の中で、何時間もずっと悶々と考えていると、走り続けていた馬車がいきなり止まり、セシリアは椅子から落ちた。

 

「きゃっ!…ゔっ、痛い……一体、何?」

 馬車に窓があるが、黒い布と木板が貼られていて、外の景色が見えないので、セシリアは壁に耳を当てた。

 

「賊だ!!逃げろ!!」

「…くそっ!なんでこんなとこに」

 

「ぞ、賊?」

 衛兵の賊襲来の声が聞こえて、逃げようとセシリアは咄嗟に馬車の扉を叩いた。外から鍵がかけられ中からは開けられないのだ。

 

「誰か!お願いだから鍵を開けて!!」

 必死に騒ぐも、外から剣の交わす音が聞こえて、すぐに止まったと思ったら、いきなり馬車の扉が開いた。

 

「っ?!」

 ビックリして見上げると、目の前にいたのは、恐ろしい武器を持った大男だった。

 

「ほぉ、これは珍しい。やたらと高級な馬車が走ってる思って襲ってみたら、銀髪に青い瞳の女か。そう言えば、前の聖女がこんな容姿だったな。これは高値で売れるな」

 

 ニヤっと笑った大男が恐ろしくてセシリアは逃げようとするが、鳩尾に重い拳を喰らい、受け身を取れなかったセシリアの意識はスッと消えた。


        ◆◇◆

 

 次に目を覚ました時、セシリアは酷く酔っていた。

 薬に耐性があるものの、どこで手に入れたのか分からない強い睡眠薬や幻影を引き起こす薬を飲まされて、頭がボンヤリとする。

 

「ここはどこ?」


 状況を確認しようとするも、幻影しか見せない目は使い物にならなかった。

 しかしそんな中、セシリアの耳にやたらと興奮する男性たちの声が聞こえた。

 

「本日の目玉商品です!!では初めに金貨100枚から!!」

 

 一際大きな声で男が叫んで、セシリアの体はビクッとした。

 

「金貨100枚?」

 いきなりでびっくりしたが、金貨100枚なんて、一生遊んで暮らしていける額だ。

 それなのに、何故がその額はセシリアが驚く程の額へと上がっていく。

 

「これは、これは銀髪で青の目の女ですか。高貴な色ですし、なんと美しい!」

 

「まるで月の女神のようだ……これは是非私の愛人に欲しい。おい金貨500枚だ!!」

 

「き、金貨500枚が出ました!!他におりますか?!」

 

 セシリアにに聞こえてきたのは、お金の額だけだったので、何か物の売買なのかと思った。

 

「他におりませんか??それでは、金貨500枚という……」

 

 売買の司会と思われる男が、高額なお金がついた物の売買を打ち切ろうとする。

 

「おい、聞こえなかったのか?

白金貨(はっきんか)10枚で、それは俺が買う」

 

 肌で感じる程、会場が騒つくのを感じた。

 

「は、白金貨10枚!?……はっ、ほ、他におりますか……いないようですので、この商品は打ち切ります!!」

 

 とんでもない額にセシリアも頭を打たれたかのような衝撃が襲う。

 白金貨1枚だって金貨1000万の価値を持っているのに、その10倍とする商品なんて聞いたことがない。

 

 どんなものに、そんな価値が付いたのか気になっていると、しなやかな筋肉が服の上からでも分かる腕によって、セシリアの体が抱き上げられた。

 

「っ?!」

 

 今まで聖女として扱われてきたセシリアにとって、男性に持ち上げられたり、触られたりしたことがなかったため抵抗を感じる。

 

 きっと意識を保つことができたなら、逃げ出したりしたのだろうが、限界がきて、深い海に沈むようにセシリアはまた眠りについてしまった。

 

        ◆◇◆

 

「んっ……」

 

 あれからどのくらい経ったのだろうか、やたらと豪華なベッドの上で、セシリアは目を覚ました。

 

 自分がいる部屋を見渡してみると、見慣れない美しい家具や装飾品がある。

 

 それにテーブルの上には、この豪華な部屋に似合わない薬草の一種の赤い草だったり、何かをすり潰す小鉢だったりするものがあった。

 

 見たことがない草で、何なのか不思議に思

い、ベッドから出て触ろうとセシリアが手を伸ばした時、

 

「おい、勝手に触るな女。それはある手順に沿って加工すれば立派な薬草となるが、元は毒草だ。触れば手に紫色の斑点が出来て、見苦しくなるぞ」

「っ?!」

 

 いつの間にいたのか、背後には金の線が入った黒い長衣を着た男がいた。

 

 服を見るからに、上等なものだから高貴な人間だろうか。

 

 濡れたような漆黒の髪で、血のように鮮やかな真紅の瞳。

 

 鼻梁がスッとしていて、冷酷な雰囲気があるが、顔は恐ろしく整っていた。

 

 サーティスも顔は整っているが、それを遥かに超える美しい中性的な顔に、セシリアは顔が熱くなるのを感じる。

 

 しかし、同時に冷たい色を帯びる瞳に見つめられてセシリアは何故か動くことが出来なくなった。

 

 かろうじて震える喉から声をだせて、相手が誰なのか尋ねる。

 

「あ、貴方様は誰ですか?ファントリア王国の者ではないように見えますが……」


 すると男は首を傾げる。

 

「ファントリア………おまえはあの国の者か?」

「は、はい」

 

 ビクビクとしなごら男の反応を見ていると、男は勝手にブツブツと言い始めてしまう。

 

「ファントリアか……あの国の呪術は専門外だな……。

だが、本人の力を封じ、抜き取って呪術師の糧とする呪いか?

となると、どこかにその媒体となると魔石があったするのか?……」

 

 呪術の話をしているが、接点がないセシリアにとっては、何が何だが分からない。

 

「あ、あの!!先程から何の話を……「おい、心臓の上を見せろ」」

 

 言葉に被せられるように言われ、何と言われたのかセシリアは分からなかった。

 

「えっ?今何と言ったのですか?」と、もう一度聞いてみると、男は聞こえなかったのか?と呆れた顔をしてくる。

 

 それでもセシリアが首を傾げていると男はハッキリとした声で言った。

 

「服を脱げ」

 

「は?」

 

 セシリアは、目の前の男が言う意味が本当にわからなかった。

 

 何もせずに呆然と立っているセシリアに男は苛立ち混ざった声を出しながら、近づいてくる。

 

「見せろと言ってるのに、どうしてきかない。もしや女、一人ではな脱げないから俺に脱がせろと言うことか?」

 

「はっ?ちょっ、待っ!……ひっ、何これっ!!」

 

 いきなり胸元を掴まれたかと思うと、心臓のあたりまで一気に引き下げられ、恥ずかしくて、咄嗟に抵抗しようとしたとき、心臓の上に埋め込まれるようにあった黒の石にセシリアはびっくりした。


「へ?」

 

「ほぉ、元が白の魔石が、こんなに真っ黒になるとは凄いな。

普通なら灰色とかになるのだが、威力強いと色は濃くなる。

おまえ、誰かに死ねと思われるほどの怨みでももっているのか?」

 

 目の前の男はくすくすと笑っているが、セシリアには笑い事ではなかった。

 

「もしかして、私が魔法とか使えなくなったのは、呪術によるものなのですか?」

 

気になってセシリアが尋ねると、男は肯定を示す。

 

「そうだ。その石はお前の魔力を封じ込めるものだが、またお前の力を術者の元え送る媒体でもある」

 

「……術者に、力を、送る??」

 

 すぐにはピンとは来なかったが、セシリアは徐々にどう言うことか理解した。

 

 セシリアの中に眠る力は歴代最強の力。

 

 その力は、ある少女が目の前に現れた瞬間失い、同等の力を持つ聖女が誕生した。

 

 婚約者だけではなくて、力までも奪われていたことを知って、セシリアは悔しくて唇を噛み締めた。

 

「どうした女?」

 

 いきなり唇を噛み締めて、泣きそうな顔をするセシリアを心配したのか男は顔を覗き込んでくる。

 

「すみません、大したことありませんから大丈夫です。ただ、助けていただいて、ありがとうございました」

 

 もし、あのまま教会送りにされていれば、呪術をかけられていたなんて永遠に知ることはなかっただろう。

 

 セシリアにとって、男は自分をどん底から救ってくれた恩人だった。

 

「あの、そこまでこの呪いを知っているのなら、貴女様はこの呪いを解くことができるのでしょうか?」

 

 この人なら解けるのではという希望と共に、セシリアは青い目で見上げる。

 

「その類の呪いは、媒体である魔石を身体から切り離せば簡単に解ける。

お前が今まで気付かなかったあたりをみると隠蔽の魔法でもかけられていたんだろうな。

取ってほしいなら、とる「閣下!!大変です!!」」

 

 男が石の上に手を伸ばそうとしたとき、軍服を着た男が部屋に転がり込んできた。

 

「閣下実は……?!

って、月の女神様?!

閣下どこからのそのような女性を!もしや、月から攫ってきたのですか?!

地上の美女では飽き足らずそのようなこと!」

 

 セシリアの顔を見るなり、転がり込んできた男は青ざめた顔をする。

 自身の顔が変なのだろうか?とセシリアは思った。

 

「おい、ジョセフ。変なことを言うな」

 

 眉間にしわ寄せて、閣下と呼ばれた男が少し怒気が混ざった声を出しながら立ち上がった。

 

「変な事って、、違う!今はそれどころじゃありませんでした!南の方角より、魔族の大群がっ!閣下指示を!」

 

「魔族か……直ぐにいくぞ!

おい、お前はここにいろ。

戻ったらその石を取ってやる」


 そう言うと二人の男は素早く部屋を出て行ってしまった。

 

 セシリアは、いきなりの事態に驚くが、魔族という言葉に、こうしてはいられないと思った。


 魔族は特別な存在で、追い払うことはできたとしても、聖女の持つ浄化能力でしか、殺すことは出来ない。

 

「この石さえ外せば、あの人を助けられる」

 

 大群なんて来たら、普通の兵士では太刀打ちなんてできない。

 

 聖女のように浄化の魔法を使えるものだけが、魔族を殺すことが出来るのだ。

 

 何か石を外す方法を探っていると、目の前のテーブルに果物ナイフのようなものが置いてあった。

 

 それを見るや、セシリアはナイフを片手に握った。

 

「これで!取れる!!」

 

 白いワンピースの服を心臓のところまで切り裂き、石と皮膚の間にナイフを当てる。そして、皮膚から石を剥がすように肉を抉った。

 

「ゔっ……」

 

 あまりの痛さに呻き声が出るが、民の抱く恐怖や命には変えられないと、歯を食いしばって石を剥がす。

 

 焼けるような痛みを感じるもののナイフを握る手の力は弱めず、石が体から切り離す。

 

ーーコロン

 

 石が床に落ちた瞬間、セシリアは自分の身体に漲る力を感じた。

 

 聖女としての力が身体を駆け巡り包み込むと、抉った箇所の傷が瞬時に治癒されていく。

 

「……力が!これでまた人を救える!!」

 

 セシリアは力が漲る手を握りしめて先程出ていった二人を急いで追った。

 

        ◆◇◆

 

 部屋を出ると、やたらと長い廊下が広がっていて、気配がする方へ走っていると、外を見渡せるテラスのようなものがあった。

 

 きっと外に魔族がいると感じたセシリアは思わず外に出た。

 

 そして、眼下に広がる光景に息を呑んだ。

 

「……な、なんて酷い」

 

 セシリアがいたところは城塞都市の中心の城で、周りを大きな壁が包んでいる。

 

 しかし、よく目を凝らせば、その壁には所々、穴が開いていて、その穴から千体以上の魔族が押し寄せていた。

 

 惨さに唖然として眺めていると、一際魔族の侵略が激しいところに、先程の黒髮の男を見つけた。

 

 剣に魔法で作った炎を纏わせ、魔族を斬っているが、案の定、完全に消しさることは出来ていない。

 

 普段余裕のある魔族が怯えているので、男は強いのだろうけど、これではやはり埒が合わないと思い、セシリアは浄化の魔法を歌うように紡ぎ魔族のいる場所に放った。


 するとそこにいた魔族が一瞬で光となって消えるが、千体近くいる魔族を全て消し去るには、微々たる魔法であった。

 

「どうすれば……あっ、あの魔法を使おう」

 

 昔、祖母が一人で王国に押し寄せた魔族の大軍を一瞬で滅ぼしたとされる歴史があったのをセシリアは思い出した。

 

 祖母が使ったのは範囲型の魔法で、聖女本人は体力と魔力を多く使用するが、この都市に押し寄せる魔族を一瞬で消すことができる。

 

 セシリアは早速魔法の呪文を唱えた。

 

「眠りなさい悪魔たちよ。ここは聖なる地。お前たちがいる場所ではない!!」

 

 胸に手を当てて、目を瞑り、自分の中にある膨大な魔力を統制し、言葉を紡いでいく。

 

 強力な魔法ほど長くなる呪文は、一種の歌のようで、セシリアの声は魔法により、可視できる波動となって都市に広がって行く。

 

 波動が魔族に触れれば、光に包まれ魔族が段々と消えていくのが見えて、魔法は成功したとセシリアには笑みが浮べた。

 

 都市の端まで波動が広がり、最後の一体の魔族が消えた時、セシリアは身体から魔力がゴッソリと抜けるのを感じ、立っていることも出来ないほどの疲労感を感じるも、そこには満足感もあった。

 

「……お祖母様。私は、お祖母様のように聖女としての使命を果たすことが出来たでしょうか?」


 返事を返すように、頬をそっと風が撫でたの感じ、誰かが近寄ってくるが見えたが、セシリアはゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

        ◆◇◆

 

 

「くそっ!あの枕元に立った婆さんめ!

目玉商品だがなんだが知らないが、やたらと綺麗な女を買ってみたが、結局魔族が襲ってきて存亡の危機じゃないか!」

 

 イシュガル帝国の皇帝ルシウスは現状に酷く焦っていた。

 

 一年前まで存在すら知らなかった魔族は剣で真っ二つに斬っても、炎を用いて焼いても再生してしまう強敵である。

 

 対処の仕方が分からず、色んな国の魔法を試したが、魔族を消すことは出来なかった。

 

「俺としたことが、なんで夢なんて信じたんだ?あんな女に国を救えるなんてどうして思ったんだよ!!」

 

 ルシウスは夢で、あの女と同じ青い目を持った婆さんに、国を救いたいなら人を買えと言われて買ったものの、前後大して変わらず、魔族は今までの倍の数で襲来した。

 

「閣下!!敵を食い止めることが出来ません!!壁の中まで入ってこられた今、我が帝国は終わりです!!

閣下だけでも、閣下だけでもお逃げください!!」

 

 護衛の兵士たちが自分を守るために、魔族との間に立とうとするが、それを邪魔だとルシウスはなぎ払う。

 

「おまえらは、自分を心配しろ!!

それに俺はこの国の皇帝だ!逃げはしない!」

「閣下っ……!

第二部隊前に出ろ!魔族を止めるんだ!!」

 

 兵士たちも奮闘するものの、魔族に遊ばれるように殺されていくのを、ルシウスはただ見てることしか出来なかった。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

「っ!おいジョセフ!!後ろにいるぞ!」

 

 そして、自分の部下であり、友であるジョセフの背後に、醜悪な笑みを浮かべた魔族がいて、今にも彼を殺そうとしているのをルシウスは見た。

 

 助けようとするも、間に合わないと気づき、最悪の展開を予測し声を失った瞬間、魔族が光になって消えた。

 

「なっ?!」

 

 何が起きたのか分からなかったが、少女の声のようなものが聞こえた。

 

 魔法によって飛ばされてきたのだろう声は、何故が可視できるほどの聖なる力が籠っていた。

 

「これは……?」

 

 あたりを見渡すと、彼方此方にいた魔族も同様光となって消えていく。

 

「閣下!あれを」

 

 何かに気付いた部下の一人が、城のテラスを指差した。

 

 ルシウスも指されたテラスの方を見ると、そこには胸に手を当てて、魔法を歌うように紡ぐ少女がいた。

 

「一体何が起きているんだ。ジョセフおまえも来い!残りのやつは状況を確認し後で報告しろ!!」

「分かりました!閣下!!」

 

 ルシウスとジョセフは魔法を使うことが出来る稀有な存在で、自分に風を纏わせ城のテラスの方に飛んだ。

 

 飛んでいる途中少女が倒れ、ルシウスはびっくりした。

 

 直ぐに少女の元に行き、脈を確認すると生きていてほっとした。

 

「閣下〜、いきなり猛スピードで飛ばないでくださいよ。俺にはそんな力残っていないというのに。

あれ?その方は月の女神様じゃないですか?」

 

 ルシウスが意識を失う女を横抱きにしていると、ジョセフが後から遅れてやってきた。

 

 城の中に入るルシウスを追うようにして近づいてくる。

 

「明らかにあの魔法は女神様によるものですよね??閣下もしや、魔族の対処の方法が分かって連れて来たんですか?

流石閣下〜と言いたいところなんですが、勿論同意の上ですよね?」

 

 疑いの目を向けてジョセフが尋ねてくる。

 

「……こいつは……買ったんだ」

 

「はい?買った??ちょっ、もしや闇オークションなんかに行ったんですか?!」

 

 悲鳴をあげるジョセフを無視して、ルシウスは城の中にある先程の部屋にはいる。

 

「閣下〜。闇オークションなんて危険なのに一人でなんて……ん?

その前に女神様、心臓のあたり血だらけなんですけど。さっきそんなのありましたっけ?」

 

 ジョセフに言われてみれば、女の胸のあたりは血だらけであった。

 

 白のワンピースが心臓のあたりまで裂かれており、めくってみると、血の跡だけで黒色の魔石はなかった。

 

 不思議に思っていると、部屋の床に落ちているナイフや血だらけの魔石が見て、少女がなにをやったのかを気づき、ルシウスは戦慄した。

 

「まさか身体を自分で抉ったのか?」

 

 それしかルシウスは思いつかなかった。

 

 ジョセフはまだ気付かないのか、血だらけの魔石を拾いあげて首を傾げていた。

 

「なんだこの血だらけの魔石。

身体を抉ったって、もし仮に胸にこんな石があったとして、これを身体から抉って取り出したってことですか?

自分の胸にナイフ当てて取り出すなんて俺だって躊躇いますよ?」

 

 確かに普通の人間なら、やれと言われたら、絶対出来ないだろう。

 

 ルシウスだって躊躇うが、魔法を使えないセシリアが魔石を胸から取る方法は、それしか考えられなかった。

 

 ルシウスはそんなことをやってのけた女に敬意を払いたい気持ちになってしまった。

 

「おい、ジョセフ。隣の浴室に風呂の用意しておけ。彼女の血を落とす。それと彼女に合う服を」

 

「わかりました。

っと、それより気になるんですが、閣下さっきから、女とかしか呼んでないんですけど、国の命の恩人の名前聞いてないなんてありませんよね?」

 

「……………」

 

 何も言えないルシウスを、ジョセフは顔を引きつらせながら見た。

 

「ヒィィー!見損ないました、閣下!!

普通名前は聞くもんだし、知っているのが普通ですよ!

女神様が目覚ましたら名前くらい聞いて置いて下さいよ?じゃないとこれからろくでなしの閣下って呼びますからね!」

 

 プンスカ怒ったジョセフは、女性用の服をルシウスに投げて出て行った。

 

 確かにオークションで買ったとはいえ、名前を聞かなかったのは良くなかったとルシウスは反省した。

 

 ふと気になって、よく顔を見てみると、目元には泣き腫らした跡があるし、精神的に何かあったのか目元には治癒でも消せなかったのか、くっきりとした隈があった。

 

 常人であれば、自身にナイフなんて立てないし、きっと少女には尋常ならぬ覚悟があったから出来たに違いなかった。

 

 他人のためにここまでやってのけたからか、目の前の少女の見る目が変わってきて、ルシウスは思わず溜息を吐いた。

 

 ルシウスはこの少女のような人間が好きだ。

 皇帝として君臨するせいか、自分の利益しか考えられない人間は嫌いであった。


「どんな名前なんだろう。はぁ、最初に聞いておけば良かったな」

   

 ベッドに寝かせていた彼女を、優しく抱きしめるようにして抱え上げて、ルシウスは隣の浴室に入っていった。

 

 

        ◆◇◆

  

 

 セシリアは夢を見ていた。

 

 目の前に広がるのはイシュガル帝国の歴史と、素晴らしい統治をし続けてきた歴代の皇帝たちの姿。

 

 セシリアは予知するだけではなく、過去の出来事を見ることができ、そこに映るのは全て真実のみである。

 

 また、人の持つ欲や、悪の本性も全て見ることができ、いままで沢山見てきたのに、歴代の皇帝には、正義と国を導くと言う意志しか見えず、セシリアは驚いた。

 

「あれ?この人……」

 

 ずっと見続けていると、何故かあの閣下と呼ばれていた男が出てきて、帝国の繁栄を築いていくと言う未来が見えた。

 

 周りからルシウスと呼ばれているから、男の名はルシウスと言う名のだろう。

 

 そして、ルシウスにも帝国を導いていくと言う意志が見えて、セシリアは不思議に思い首をかしげた。

 

「こんなに強い意志を抱くなんて、皇帝に近い部下とかなのかしら?

それに真っ直ぐで綺麗な心だし、誰かを幸せにすると言う心も見えるわ。きっと彼には大切な人が出来るのね」


 自分で予知しといて、何故かセシリアの胸がチクリと痛んだ。


 気にせず予知をし終わると、いつの間にかいたのか、亡くなったはずの祖母がセシリアにニッコリと微笑んでいた。

 

「よく頑張ったねセシリア。すごいじゃないか」

「っ!!お祖母様!!私の活躍見ていてくれたのですか?」

 

 セシリアは嬉しくて声がついつい弾んでしまった。

 

「あぁ、死ぬ間際にね、お前がこの国を救うのを予知してね。ちゃんと見ていたよ?それに、今まで辛い思いをしたね。人間が憎くなったかい?」

 

 祖母が悲しそうに笑って尋ねてきてセシリアはハッとした。

 

「それは…………確かに今まで信じてきた人に裏切られたと知ったとき、悔しくて憎みました!でも……」

 

 確かに人から冷たい視線を浴びた時は憎しみだって抱いたかもしれないが、そうではない違った視線もセシリアは知っている。

 

「私は!!やはり人を救うのが好きです!お祖母様!私は人という温かい存在が好きです!!」

 

 強い意志を持って祖母にそう告げると、祖母は嬉しそうに目尻を下げた。

 

「それでこそ!私の孫娘じゃ!!私はそろそろ行くが、これからおまえがする事を私はいつだって応援しているよ。また、会える日まで達者でな」

 

「えっ?お祖母様いってしまうのですか?もう少し話をっ」

 

「私はおまえに話す事などないよ。おまえがこれから経験することをもっと後でゆっくりと語っておくれ。それとセシリア、泣き顔は嫌だから笑ってくれまいか?」

 

 セシリアは自分の頬に流れる涙に気付き、少しずつ薄くなる祖母に無理やり笑顔を作った。

 

「お祖母様!次私がお祖母様と会った時は、きっと長くなりますから!!全部聞かせる迄寝かせませんから!!」

 

「ほほーー、これは頼もしい。ふむ、やはりセシリアには笑顔が一番じゃ。

おっと、忘れておったわ。よいかセシリア、人に感謝を表す時は、ほっぺにキスをして笑顔でお礼をいうのだぞ〜」

 

 意味深な事を言い残して、祖母は器用にウィンクをし、手を左右に振り、そしてセシリアの前から姿を消してしまった。

 

 セシリアは無理やり笑顔を作ったものの、涙が止まることはなかった。

 

 するといきなり身体が揺れた。

 

「……おい………おい!……何を泣いている?……目を覚ませ!!」

 

 身体を強い力で揺らされ、誰かに声をかけられたセシリアは夢から完全に目を覚ました。

 

「あれ、ここは」

 

 さっきとは違うふわふわのベッドの上にセシリアはいて、目の前には何故が上半身半裸で同じベッドで横たわるルシウスがいた。

 

「キャーー!ちょっとルシウス様!何故半裸なのですか?!」

 

 均整の取れた身体を見てしまって、恥ずかしさのあまりセシリアは両手でを目を覆う。

 

「おい、何か良からぬことを想像しているのではあるまいな。

俺がここにいるのは、風呂に入った後お前が俺の腕を離さなかったからだからな。

それよりどうして俺の名前を知っている??」

 

 ルシウスがセシリアの両手を掴み目隠しを外し、もう一方の手でセシリアの顎を掴んだ。

 

「お前に聞きたいことがある。お前の名と身分を明けせ。それにどうして俺の名を知っている?」

 

 いきなりの尋問にセシリアはびっくりするが、確かにいきなり魔族を追い払ったセシリアは国の英雄であるが、ルシウスにとっては何もわからない不審な人物である。

 

「私はファントリア王国の代16代聖女のセシリアです。今は元と言うべきでしょうか?

国を追われて勘当され、もう貴族ではないので、名字はありません。

名前を知っているのは予知で貴方の事をみたからで……」

 

 セシリアが話すごとにルシウスの眉間の皺が濃くなっていくのを感じた。

 

「聖女でありながら国を追われた??あの呪術が関係しているのか?」

「そうです。一年前から魔法は一切使えなくて、それで聖女ではなくなりました」

 

 それを聞くとルシウスはゆっくりと顎から手を離し、優しいが、悲しみを帯びる笑みを浮かべた。

 

「辛いこともあっただろうが、質問に答えてくれてありがとう。

それでセシリア、力が戻った今、君は国に戻るのか?」

 

 セシリアは頭を打たれたかのような衝撃を受けた。

 

 国戻る?あんな冷たい視線を向けてきた国になど戻りたくない。

 

 涙がまた流れ落ちるが、セシリアは構わず、ルシウスに縋り付いた。

 

「国には戻りません!いや、戻りたくないです!!あの悲しい記憶が蘇ってしまいそうで嫌です!」

 

 嗚咽が出るのを我慢して、言葉を必死にセシリアは続けた。

 

「だから、ルシウス様!私を側においてはいけないでしょうか?魔族が来たら倒しますし、もし、ルシウス様が私に身体を求めるなら、差し上げます!!だから、どうか捨てないで下さい」

 

 セシリアは自分でも何を言っているのか分からなくなったが、ルシウスに捨てられなくない一心で縋った。

 

 しかし、ルシウスから声がなくて、セシリアはやはり自分は捨てられるのかと涙が流れた。

 

 するといきなりルシウスはセシリアの腕を引いて、自身の胸にセシリアの顔を押し付けた。

 

「おい、お前はどうしてそう静かに涙を流すのだ。不覚にも、綺麗で見惚れてしまったではないか」

 

「え?」

 

 ルシウスに今まで聞いた事ないような、優しくて甘い声で言われ、セシリアは瞳を瞬かせた。

 

「セシリア、俺がいつ君を捨てると言った?

俺は確かに買ったが、国を存続させるくらいなら端金であったし、今はむしろ素晴らしい運命だったと思ってる。

それに勘違いしているようだが、俺がお前を手離さない限りお前には自由などにはしないからな」

 

 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、セシリアは苦しくなるが、それよりも喜びが優った。

 

「じゃあ、私はずっとルシウス様の側にいてもいいんですか?」

 

「勿論」

 

「る、ルシウス様っ……」

 

 感謝を伝えようとして、セシリアは先ほど夢で祖母に言われことを思い出した。


 セシリアはそろそろと顔を持ち上げ、ルシウスの頬にそっと唇を寄せてから、満面の笑顔で「ありがとうございます」と伝える。

 

 キスをするなんて恥ずかしい事だと思っていたが、感謝を込める動作の一つなら恥ずかしくなどなかった。

 

「セ、セシリア?!」

 

 いきなりキスをされたルシウスは、ギョッとし、その後顔だけではなく耳まで真っ赤に染まっている。

 

「お祖母様が、感謝を表す時はこうすると言っていたので!ルシウス様に感謝の思い伝えようと思いました!」

 

 するとルシウスは珍しく狼狽えながら言った。

 

「感謝の思いを伝える時、普通はこんな事しない。これは好きな相手にするような行為に値する」

 

 それに驚いたのはセシリアだった。

 

 好きな相手とは、自分が好意を寄せる相手だろうか?それならセシリアに取って、ルシウスは充分すぎるほど好意を寄せる相手であった。

 

「そうなのですか?!あっ、でもそれなら、私間違っておりません!私ルシウス様の事好きですから!!」

 

「っ?!お前はそうぽんぽんと恥ずかしい事を……」

 

 その時のルシウスの苦々しい台詞をセシリアが聞くことはなかったが、その後セシリアは好意を持った相手に頰キスをし、いつもはクールである筈のルシウスがヒヤヒヤしながらそれを見ていた。

 

 それに気付いた部下たちが影でルシウスを笑っていたとかないとか……

 

 

 

※ざまぁー編、ルシウスの視点からを、いままでこの後に書いていたのですが、前段の文章の編集等の事情で、思った以上に文字数がかさばったことや、ご指摘感想でいただけた事を考慮し、

新しい短編小説にて、ざまぁー編から、ルシウス視点のストーリー視点とストーリー外での話、出来たら公爵家の革命前後の事情等を本編を補うようですが、投稿したいと考えています。

いつ投稿になるかは未明ですが、近いうちに活動報告にて報告します!!

沢山のご指摘、感想、ブックマーク等々本当にありがとうございました!!

 

感想や指摘の参考から、文字の間隔や、セリフ等々補正しました!!

 

文章の最後に言いました通り、まだこれには続きのようなものがあります(涙)物足りなく感じてしまったらすみません!

 

でも、お読み頂いてありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 下の感想の方の情熱がすごくてびっくりです 面白かったですー!(*´・ω・*) 魔法が発達した国ですら、防げなかったものを、聖女に頼ってきた国が聖女を無くして、存続出来るのか、、、( ´・ω…
[気になる点] 誤字や不自然な描写 全編にわたり ・「ーー」は「ー(長音)」でなく「―(ダッシュ)」。 ・「―」及び「…」は遇数回使う(「――」や「……」など) ・「!」「?」などの感嘆詞の後は一文字…
[一言] 皆さんから指摘もあったと思いますが、順番にきっちり直していってみて下さいね 設定自体は面白かったし、続きも気になっています 確かに文章力はそこまでですが、それでも面白いと思えるのは一種の才能…
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