scene:攻撃
劇中で戦闘機の描写がありますが、ちゃんと調べた訳ではないので、そのような挙動が可能なのか、またそのような装備を持つ事が出来るのか分かりません。何となく雰囲気でそれっぽく書いているだけなので悪しからず。
scene:攻撃
フランカーとも呼ばれるSu-27戦闘機。五機が編隊を組んだ上、万里の長城が有視界でも望める程度の数キロ以上の距離を空けつつ、同地域を警戒、哨戒している。が、恐らくパイロットの心境は決して穏やかなものではなかった。勿論、航空機を飛ばしている以上、警戒すべき状況ではある。とは言え、心中を奮い立たすそのさざ波の源泉は、数百年……いや千年以上も誇るだろう中国の歴史が傷付けられているからに他ならなかった。
凡そ64時間前のスクランブルから人民解放軍空軍の定期的な哨戒が続けられている。【無異常】、【無異常】と繰り返しながらも、状況に対して人民解放軍の準備……包囲網は着々と進んでいた。既に陸軍は複数の基地を設け、十万人以上にも及ぶ兵士らの展開も完成しつつある。命令さえ下されれば直ぐにでも進軍は可能だ――――にも関わらず64時間も続く小康状態は、人民解放軍も含む党体制が取ってきた今までの遣り方と比較すれば弱腰の対応と言わざるを得なかった。
伯鴻章も二回目の哨戒飛行を迎え、件の監視対象を遠目に観察している。荒涼とした大地に取り残された、残骸でしかない要衝と並び佇む監視対象は、一見すると蟻塚のような土の塊を連想させた。が、遠目にも見えると言う事は、それが巨大である事の証明でもある。現に衛星や光学機により測量された大きさは、縦が87メートル、横が152メートルにも達していた。形は扁平な三角形で、正面からのシルエットは小さな成層火山のそれに似ている。
「無異常」
ヘッドマウントディスプレイのレイヤに重なる複数の情報を照会したものの、やはり状況に変化はない。山と言うには低く、丘と例えるには高い。一見すると地殻変動により立ち上がったような構造物は、どうやら向こう側の世界に関わる遺構らしい。確かに構造物が現れたと目される時間帯に地震などの自然現象は確認されていない。況してや人工物ならば衛星に映らない筈もない。加え、中国異界解放軍が囲う異界人の横槍もあり、積極的な攻勢に出られないとの噂もある。
だが、異世界が関わるとは言え、国内の不祥事……テロだ。対外的に正義である事を強く訴える必要性も少ない。確かに中国と言う大国を発展させ、支えるには異世界の資源や領土は必要だ。異界人との衝突も起こさない方が賢明である。が、静観を続ける事に今はデメリットしか感じない。先ず思い付くのは弱腰を見せる事で国内の体制が疑われる事。引いては国際的に起こしている強硬策にも影響が出かねいだろう。そもそも内々の不満は予てから大きいのだ。隙を見せれば今の政治体制は崩れかねない――。この小隊にも民主主義を夢見る者、覇者である事を期待する愛国者などもいる。隣国や、間接的に攻め入っている非侵略国への示しも付かないなど……色々と想像出来た。
「無異常」
瑞葉江が伯鴻章に倣い、【無異常】を繰り返した。彼も伯鴻章と同じように本国の弱腰を否とする過激派だ。勿論、部隊内での言動は問題視されている。が、粛清の対象にならないのは、党体制にそぐわないものではないからだ。とは言え、黙認され、許容されている事がイコール許されている事、恩赦を受けている事に同義ではない以上、作戦の実行中は大人しくして欲しいものである。
「あんなのもの、攻撃しちまえば良いんだよ」
「無茶言うなよ」
生粋の中国人で、尚且つ軍人でありながら民主主義的な考えを持ち、穏健派の劉天蔚が苦言を呈する。が、伯鴻章は思う。無茶ではあるが、無理、無謀ではない。国内で起きたテロに対して強硬手段を取るだけに過ぎず、国連や他の諸外国に説明責任を果たす義理はない筈だ。若し諸外国からの非難が飛んできたとしても内政への干渉を建前に、行為が正義だったと言う詭弁も立つだろうと推測される。
「無異常」
投げ遣りな報告に続け、啓崇禧が瑞葉江を戒める。
「遣りたきゃ遣れよ。でも、俺らに面倒をかけるなよ?」
「何だよ、これは国の一大事だぜ? 幾ら異世界の何だか知らないがよぉ。これはテロだと思わないか?」
「否定はしないがな……」
神妙な声音で劉天蔚が頷いてみせる。
「しかしなんでまだ様子見なんだ?」
瑞葉江が及び腰の政党を非難し始めた。異界解放軍の協力者の異世界人の忠告か助言があったとしても、地上にあれだけの陸軍を配しつつも、静観を続けているのは理解出来ない上、想像も及ばない。噂程度の憶測は聞こえてくるものの、伯鴻章にはどれも疑わしいものばかりだった。
協力者……内通者か、或いは亡命者か。勿論、拉致被害者の可能性も低くはない異世界人の横槍の内容は、現状から推測すれば幾つかの説が立つ。取り分け陸軍の展開する数などから鑑みれば、最初から政府は構造物がただの構造物ではなく何らかの戦力を有する事に気が付いているのだろう。でなければ十万にも及ぶ兵士の導入は考えられない。包囲網と例えられるだけに、あれを閉じ込める為は戦略的、且つ政治的に大きな意味があるからだ。
「噂だとあれは卵だって話だぜ?」
見た目は完全な巣だ。仮に卵ならばどれほどの大きさの生物なのか。それともアリの巣のように無数の卵が蓄えられているのか。可能性は捨てきれないものの、現実味は欠ける。攻撃出来ないのか、攻撃させたくないのか。構造物は攻撃能力を有するのか、否か。突き詰めて考えなければいけないのはこの点だ。若し、こちらから攻撃出来ない上、向こうが攻撃能力を有するとなれば厄介である。どのような体勢を整えようと、向こうが最初の一撃を放ってくることが確実だからだ。その一発が大量破壊兵器ほどの威力があったら、どれほどの被害が出るのだろうか。想像したくもない予想だった。
「おい、何か変だ――?」
王定一が状況に変化なしと伝えようかと言う間際、不意に呟いた啓崇禧のヘッドマウントディスプレイには警告の赤色が輝き、ロックオンされたらしい旨が表示されていた。
「何処だ? 周囲を警戒しろッ」
有視界、レーダーの索敵可能範囲に敵機は見当たらない。中国製故に機械の故障を疑うなど軍人としてあるまじきな事だったが、啓崇禧はそれ以外に思い当たる節も、可能性も閃かなかった。
「違う。構造物からだ!」
啓崇禧が解析結果を伝えた瞬間、黒い影が伯鴻章らの航空機の編隊の間を横切った。直後、啓崇禧の駆るSu-27戦闘機が爆発する。
「散開ッ!」
命令と言うよりも警告のような怒号がヘルメットを震わせるほどに響き渡ったときには、既に各機は左右に旋回、散らばっていた。
何が起きたのか分からない。だが、ロックオンされたと言う前提が正しければ、啓崇禧は誘導弾か何かの兵器に撃墜された事と考えるしかなかった。噂では既に合衆国ではステルス機能を付与した無誘導弾のレールガンが少数ながら実戦に投入されたと耳にする。いや、冷静に考えろ。ステルスの上、無誘導弾ではロックオンされた事実と矛盾するではないか。と思考を改めつつ、予断を排し、状況だけを検めようとした伯鴻章は、大きく旋回しながら既に散り始めていた啓崇禧とSu-27戦闘機の残骸へ視線を向けた。
他方、伯鴻章とは逆に左へ旋回した劉天蔚と王定一の各機はマニューバを利かせ、機種を傾けると、啓崇禧が撃沈された辺りを遠巻きに眺めるように大きく回り込んだ。機体のピッチをやや上げ、気持ち螺旋を描くように機体を上昇させる。まるでフレアのように撒き散らせる残骸の上、流れる黒煙の更に上へ昇った所で機体を反転させ、眼下に頭上を捉えた二人は、恐らく啓崇禧を撃墜したであろうモノの正体……他に何も見当たらない以上、それだと特定するしかない物体の挙動に目を丸くした。
「何だ、あれは――?」
俄かに信じ難い状況ながら、現実を誤解なく言い当てるなら、真黒な戦闘機がその場で滞空している。
「回避ッ!」
言うよりも早く伯鴻章の身体が動き、旋回するのとは逆の方向に掛かった力に内臓が引っ張られた。遠心力が自重を三倍ほどに増やし、血流が偏るのが分かった。高密度の空気に当てられ、Su-27戦闘機が激しく揺れる。急ピッチで上昇した機体はもはや垂直だ。勢いだけは残っているものの、充分な揚力が得られているとは決して言えない。上空を吹き抜ける風に煽られたか、半ば墜落しかけた機体を何とか持ち直した。
「ロックオンされている!!」
「くっそッ!!」
王定一、劉天蔚も同様に旋回し、真黒な戦闘機から距離を空けた。が、互いに相対的な位置に目立った変化は見られなかった。
「こいつ!」
真黒な戦闘機は移動していた。でなければ互いに位置取りは変る筈――。どのような推進力を持ち、移動しているのか分からない。構造物の出現から大方の予想があったとは言え、いよいよ異世界の未知の現象に遭遇したと考えるしかなさそうだ。
が、ニヤリと顔が綻ぶ。急激な旋回から生まれる慣性と遠心力にやや血流が滞り、歯を食いしばらなければ僅かな集中も難しい中、瑞葉江だけが興奮していた。何者であるかは知らないが、攻撃された以上、報復……ではなく、正当防衛としての反撃が許される。否、辯が立つ。そう思うと瑞葉江の手にも力が入った。
「距離を取れッ!」
伯鴻章の命令に王定一と劉天蔚が従った。角度をつけ、降下する勢いに任せながら左右へ広がる。動もすればUターンするほどに反転した三機に対し、瑞葉江のSu-27戦闘機が独断で先行していた。
「葉江ッ!!」
ヘッドマウントディスプレイのオペレーションが真黒な戦闘機に照準を合わせる。誘導弾がSu-27戦闘機の両翼から放たれ、刹那ほどの間を置いてから炎を噴き上げ、目標物へと襲い掛かる。
二発、続けて二発の空対空ミサイルが四本の排煙を残しながら、真黒な戦闘機に対してやや俯角をつけて向かって行く。が、真黒な戦闘機は滞空していた状態から真横にスライド。ミサイルも弧を描いて、目標物の移動に合わせて軌道を修正、執拗に食らい付こうとする。
「勝手な!!」
勝手な瑞葉江の行動。が、見捨てる訳に行かず、伯鴻章は王定一と劉天蔚を従え、先攻する瑞葉江のサポートに回る。
真黒な戦闘機を追い駆ける四発のミサイル。瑞葉江は航空力学を無視したような挙動を繰り返しながら、何とかミサイルの追撃を切り抜けようとする……そのように見える真黒な戦闘機らの軌跡の間を縫い、可能な限り真っ直ぐな軌道で追跡した。途中、真黒な戦闘機を牽制するようにガトリングガンを掃射する。左右から、上から伯鴻章らもガトリングガンを掃射、文字通りの十字砲火を真黒な戦闘機にぶつけ、少しでもその異常な挙動を制しようと攻撃を繰り返した。
急上昇からのスライド、螺旋を描きながら前進、水平に機体を傾けたままの後進、反転させてからの二度のインメルマンターン、機体の腹を見せたかと思うと落下、からの錐揉み状態で加速、雲を突き抜けるかと思われた直前に真っ直ぐに上昇、したかと思えば反転する。まさかと思うその軌道は、襲い掛かるミサイルを真っ向から迎え撃つような形だった。
「抜けたッ!!」
確かに並んだミサイルの隙間は意外と大きい。真黒な戦闘機の幅からすれば広いだろう。が、亜音速で飛び交う互いの中を抜けるのは人間業ではない。その繊細とも言える動きは機体を僅かに震わせ、両翼で空気の圧を均すように、或いは滑るような……所作だった。
「ロックオンされた!」
再び警告音が鳴り響く。劉天蔚が機体を傾ける。王定一は反転。伯鴻章は機体を加速させた。瑞葉江もロックオンから逃げようとする。
「どう云う攻撃なんだよッ?!」
目に見えた具体的な攻撃もなければ、予備動作もない。真黒な戦闘機は蜘蛛の子を散らすように散開した伯鴻章らの間をまるで適当に飛んでいる。勿論、その挙動は戦闘機のものではなかった。が、複数の戦闘機を同時に捉え、且つ照準を外さない攻撃は確かに伯鴻章らに視線を合わせたままだった。
ゾクリ。視線?所作?まるで生き物のように感じたそれは何だったのか。爬虫類を連想させるジットリとした、生温い感触が劉天蔚の背中を冷や汗で濡らした時だった。黒い影が王定一の戦闘機に食らい付き、膨れ上がる爆炎と、赤熱を交えた黒煙に汚れたその正体を明るみに晒したのだった。
「龍――?」
真黒な戦闘機から八つの首が擡げていた。否、手のような咢を持つ得体の知れない攻撃が真黒な戦闘機の得物だった。
「逃げろ!!」
「首だ!」
「くっそッ!!」
「龍かよ、こなクソッ」
Su-27戦闘機が八つの首から逃げようと限界近い軌道を描きながら散開する。機体が軋み、空気圧にぶつかる。自重を何倍にもさせる遠心力に意識が飛びそうになった。
「鴻ッ!!」
急制動に耐え兼ねた伯鴻章の機体が空気の壁に叩き付けられ、翼を折り、胴体を真っ二つに切り裂いた。
「くそぅう!!!!」
八つの首が唯一生き残った劉天蔚へと一斉に襲い掛かって来た。けたたましい警報が煩い。強引なマニューバで血が一方に偏る。内臓も拉げたかのような気持ち悪さと圧迫感に劉天蔚自身の身体も軋んだ。首が飛ぶほどの慣性は、まるで顎にカウンターの一撃に等しかった。
目をいっぱいに広げているのに、視界が徐々に黒くなっていく。握っている筈の操縦桿の感触も分らない。コックピットにほぼ固定されているような身体が何故か浮いているような感じさえする。あぁ、意識がブラックアウトする。思考が鈍いながらも動く中、冷静に……いや、過去に何度も経験したそれを思い出し、シミュレートした結果が自ずと劉天蔚にその未来を予感させた。
「上だッ!」
耳障りな声がヘルメットの内で喚き散らした。喪失し掛けた意識が思考を引っ張り上げ、劉天蔚が駆るSu-27戦闘機を動かした。襲い掛かる真黒な戦闘機の首からの攻撃を辛うじて回避した劉天蔚に、意外にも独断先行しながらもまだ生き延びているらしい瑞葉江から一喝が飛ばされる。
その声に促され、劉天蔚は機体をやや傾けた。気持ち腹を向けるような姿勢のままターン。真黒な戦闘機から伸びる黒い影――八つの首の何本かが通り過ぎるのを気配に感じた。僅かに視線を横へ流すと、首の一撃を喰らった雲海には無数の穴が穿たれていた。
「逃げるぞッ!」
お前が言うな。と内々に呟きながら、劉天蔚は瑞葉江と共にSu-27戦闘機のアフターバーナーを燃やし始める。速度は増し、空気圧の壁に衝突する。身体は操縦席に押し付けられた。燃料の残量を考えれば基地まで戻る事は不可能と思われる。が、真黒な戦闘機の攻撃を何時までも回避する事は出来ない。向こうがどのような原理で動いているのか分からない以上、稼働時間が上回る可能性も高い。最高速も負けるかも知れない。それでも首のような触手を持つ事から考えれば、真黒な戦闘機は生物に近い構造と想像される。ならば音速の壁にぶつかれば相当なダメージを受けるのではないか――と言う期待から、二人は戦闘機を限界まで加速させた。
Su-27戦闘機。フランカーとも呼ばれるが、中国本土で改造された亜種でもあるこの同型機は増速した。真黒な戦闘機から八つの首が伸びる。だが、届かない。徐々に互いに距離も空いていった。有視界から消え、索敵範囲の縁へと目標のマーカーが後退している。もう少し。もう少し。と呟き、意識をしっかりと保ち、操縦桿をぶれずに握ろうと努める瑞葉江と劉天蔚は予感した。
「来る!」
直後、二機の間を閃光が貫いた。幸い、機体への被弾はない。が、攻撃の正体は知れない。まさに直感、予感と言うしかない何かが身体を動かしていた。冷たい視線、肌に感じた殺意のようなものに圧され、機体を動かしてしまったと言える。
「何だ……?」
「今の攻撃――」
まるで雷光だった。いや、まさか。劉天蔚の脳裏に先ほど初弾の際に閃いたレールガンの導入の可能性が再び鎌首をもたげる。合衆国が異界人と組んで中国本土に扉を使って侵入。異世界の存在を装い、侵略しているのだろうか。死に際の妄想。いや、死に際だからこそ真実を突いた仮説なのかも知れなかった。
「葉!!」
二回目の閃光に巻き込まれ、瑞葉江のSu-27戦闘機が蒸発した。
「くそッ!」
機体を回し、上空へ向けて軌道を修正した劉天蔚。その眼下には既に展開中の陸軍の野営地などが広がっていた。無数の基地を設け、調査対象だった構造物を囲うように弧の形を取っている。いや、よく見れば円形に配しているように見えた。構造物を取り囲む訳でもなく、距離を空けて円陣を組んでいる。奇妙な展開だ。そう冷静に分析する劉天蔚のすぐ横を三回目の閃光が横切った。
僅かに右翼へ被弾。パチリと火花を散らし、塗装が融解していた。バランスが急に乱れ、機体が回転し始める。いけない。このまま撃墜されては下で展開する同胞に被害が及ぶ。いや、それ以前に得体の知れない長距離攻撃も可能なあの真黒な戦闘機をここまで連れてきてしまった事に後悔の念が沸き起こった。
「よくやった!」
無線に聞こえた声に覚えがあった。だが、誰の声かは直ぐに思い出せない。しかし、一体、その言葉の意味は何なのだろうか。劉天蔚がただ只管に機体の姿勢を保とうと奮闘する中、錐揉み状のコックピットから見えたのは、地上で展開する陸軍の円陣のほぼ中心から放たれる一筋の光だった。
「漸く出てきたか」
劉天蔚が決死の中、陸軍の中将・虞人鳳は十万ほどの兵士を任意の位置に配する事によって可能となった……そういう助言を受けて展開させた円陣から放たれた術式の結界に真黒な戦闘機を閉じ込めた。
「えぇ、これほどの規模ならば、こちら側の人でも最大級に強硬な結界が展開出来たでしょう」
虞人鳳の隣に佇む老人――中国異界解放軍に協力する向こう側の識者、ヤラノイデは満足そうに頷いた。
「後は≪|・||・|≫が疲弊するまで待てばよろしいかと」
「しかし、あれは君達の世界に於ける神獣のようなものなのだろう?」
中国にとって益になれば申し分ない。とは言え、最低限の礼節を持ち、適当な御為倒しも忘れない狡猾な虞人鳳は、捕まえてしまっても良いのか、と尋ねたが、ヤラノイデは意外にも鼻で笑った。
「あれは術式理論の塊ですよ。あれは解析すれば、扉の原理にも近付けましょう。この国が向こう側に領地を広げるのに必要な事でしょ。何よりもあれは現象であり、生物ではありません。それに私は学者ですよ。あれを解析したい。未知の理論を知りたいと思うのは、至極真っ当な欲求だと思いませんか?」
光の御柱に捕まり、暴れ狂う真黒な戦闘機――≪|・||・|≫と呼ばれた神獣であり、術式理論の塊らしい現象の向こう、何も知らずに餌となった劉天蔚の駆るSu-27戦闘機が、まるで落ち葉のように不自然な軌道を描きながら地上へ向けて真っ逆さまに落ちようとしているのが遠目にも見て取れた。