~それ、ロシア人形なんだけど~
話は毎回そんなに進まない。
髪のお手入れが一通り終わったところで、髪から落ちた毛糸が、首領の真っ黒いマントにたっぷりついているのが気になったので、ブラシで細かく落としにかかった。
「もう少し身の丈にあったマントにした方がいいって言ってるじゃないですか。これじゃあ足に引っかけるかもしれませんし、綺麗に保つのも大変ですよ。」と、コルドはひときわ大きな毛糸を落とした。
「襟もピンピンに伸びてますし、これじゃあエルヴィス・プレスリーみたいですよ。」
「エル・・・?なんて言ったの?」
「いや、プレスリーはどうでもいいんですよ。つまり衣服を綺麗にしておくことも、悪の首領としては大事なことなのですよ。ヒーローと戦う時にぬいぐるみの毛がついていたでは、格好もつきませんからね。」と、私が話しかけているのを気にもせず、首領は「プレスリー・・・プレスリー・・・。」と、スマホをちゃぶ台に置いて、プレスリーを検索しだした。
毛糸を落としきったので、コルドはふたたび首領の向いに座り、ピンと背筋を伸ばした。スゥーッと息を吸って、体を前に乗り出し、口から「あ」の字が出るか出ないかのタイミングで、
「しゅりょ~君!しゅりょ~君!」の声と共に、ドドドドドドと、階段を駆け登る音がした。来てしまったか。私は乗り出した体を、ヘナヘナとちゃぶ台に落とした。
ドアをバコンと開けて入ってきた影は、勢いそのまま、さっきまで首領が眠っていたぬいぐるみ山へ突っ込んだ。
「おーい、しゅりょ~!しゅりょ~!どこだ~!」
甲高い叫び声とともに、ぬいぐるみ山からぬいぐるみがポインポイン飛ばされて、毛糸が部屋中に散らばってしまった。そのうちぬいぐるみの中から、異様にチカチカした男と、それに抱えられたマトリョーシカが出てきた。
「いたいた、しゅりょ・・・死んでる!?しゅりょ~君!しゅりょ~く~~~ん!!!!」と、彼はマトリョーシカを抱きかかえ揺さぶっているが、それはともかく彼が動くと、服のチカチカも一緒に揺れ動いて、目に来る。心なしかそのショートヘアもチカチカしている気がする。目に来る。
首領は、自分を亡くした悲しみにむせび泣く奴の方向に座り直すと、座ったまま彼の元に近づき、「サンダーちゃん。それ、ロシア人形なんだけど。」と言いながら、人差し指でその肩をツンツンとした。
サンダーはハッ、と首領の方を向くと、背筋が一瞬でピンッとし、口と目がカーンと開き、両手をゆっくりと上にあげた。首領もつられるように両手をあげ、そのままハイタッチをし、二人で腹を抱えて笑いだした。
コルドは、ちゃぶ台に顎を乗せながら、笑い転げる真っ黒とチカチカを・・・それらによりまた空に巻き上がる毛糸を・・・チラチラ、ふわふわ・・・チラふわを見ているうちに・・・なんだかぼぉ・・・っとしていたところに、「よっ!」と声が耳に入った途端、グワワワァンと背中に衝撃が走ったので、コルドは後ろに吹っ飛んだ。
「ちょ、ねえ、コルドさんコルドさん。何を、オォイオォイと唸っているの。」
コルドが、背中の激痛に耐えながらぶっ倒れたまま、ゆっくり目を開くと、両手を腰に当てながら、首をかしげてこちらを見る、巨大な女が立っていた。何とか腰を上げて、「んんっ!・・・んんっ!」と顔をしかめて唸りつつ、ちゃぶ台の向こう、さっきまで首領が座っていたところを指さした。女はさらに深く首をかしげつつ、示された場所にドカリと座った。
「いいか、ダイナ。何度も言っているが、君が思っている以上に、君の力は規格外なんだ。出会いがしらに殺されるかと思ったよホント。」
「うーん・・・つついただけのつもりなんだけどなぁ。・・・ごめんね、コルド。」と、予想外に素直に謝られた上に、少々深刻そうに困り顔をするので、正直驚いてしまった。
「うん、ま、まぁ、そんなに強ければ、悪の秘密結社としてはとても助かるからいいんだけど・・・。」
説教の言葉だったらたくさん思いつくのだが、なぐさめる言葉は慣れてないから、そんなに急には思いつかない。そんな風にあたふたしているのをふと見て、ダイナがニコリと笑うので、説教もなあなあになって終わってしまった。
「それにしてもあの二人はいつまでゴロゴロしているのかしら?」
「まぁ、ああなったら小一時間はあのままでしょ。」
メインキャラは大抵出し切った予定。