キリシマショウジ
基地に連れて来られた男は入念にボディチェックを受けた上に、身体の前で手錠を掛けられた。
完全に捕虜扱いであるし、彼を連れてきたディスたち以外のアンドロイドからは銃を突きつけられている。
彼らがその気になればあっという間に男の命は奪われることになるというのに、男には恐怖の色もない。
不気味なものだと彼らは思いながら、会議室のような部屋へ男を案内した。
着席したのはディスとカナル、そして男だけだ。一緒についてきた仲間は二人が男を挟む形で立ち、残る者は男の席の後ろに一線に並んだ。
一見すると護衛のようだが、これは男が何をしてもすぐ始末がつけれるようにしたものだ。
しばらくそのまま待っていると、アルヒェを連れてベルがやってきた。
椅子を引いて彼女を座らせてやろうとしたベルだが、少女はベルを振り切ってディスに駆け寄った。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんの隣がいい」
アルヒェに見上げられたディスは困惑を隠しきれずに視線を隣のカナルへ移した。
ベルがアルヒェの為に引いた椅子はカナルの一つ向こうである。
「……カナル」
もしカナルが自分で動かなかったとしても、アルヒェは能力を使いカナルを動かすことが出来る。
男の周囲に立つ仲間に緊張が走るのを感じながら、ディスは友人の反応を待った。
「はいはいっと。どうぞ、お嬢さん」
カナルはすんなりと立ち、椅子を引いてアルヒェを座らせる。
アルヒェの行動に困惑して立ち尽くしていたベルの引いた椅子に座って、背後の彼女を振り返った。
「人間には飲み物がいるだろ。何か用意してくれ」
「あ、はい。ただいま」
ベルはカナルの言葉に一礼して慌てた様子で部屋を出て行く。
それを見送り肩をすくめたカナルはディスを振り返った。
笑いをかみつぶしたような表情でディスと、非常にご機嫌な様子のアルヒェを見比べてから、正面を向く。
その正面には連れてきた男が、真剣なまなざしでアルヒェに視線を送っていた。
「お兄ちゃん、あの人誰?」
アルヒェは自分を見つめる男が気になるのだろう。チラチラと男に視線を向けながら不安な様子でディスを見上げる。
「俺も知らない。これから聞くんだ」
「そっか」
ディスの言葉の何に不安が解消されたのかはわからないが、アルヒェは笑顔になった。
今からでも話を始めてもいいが、ベルが飲み物を持ってくるまで待った方がいいだろうとディスは判断する。
人間は彼らアンドロイドと違い水分補給が必要なのだから。
この男も基地に入るまでは携帯食料と水筒を所持していた。しかしそれはボディチェックの時に全て取り上げられている。
しばらく人間もアンドロイドも言葉を発しない時間が過ぎ、ベルが飲み物を持って部屋を訪れた。
アルヒェの前にはオレンジジュースが置かれ、男の前にはコーヒーが一杯。そして角砂糖とミルク。それとは別に空のコップと水がなみなみと入ったピッチャーが差し出された。
全てを置き終わるとベルは深々と一礼をして、下がっていった。
「お兄ちゃん、飲んでいい?」
「ああ」
「わーい!」
ベルが下がってからも沈黙は続くかと思ったが、意外にもアルヒェによって静寂は破られる。
アルヒェはコップの淵から一度匂いを嗅いでから、ジュースに口を付けた。
行儀がいいとは言えない行為だったが、ディスは何も言わない。
今するべきことはアルヒェのしつけではなかったからだった。
「さて、アルヒェの安否を確認したいとお前は言ったが、現状は見ての通りだ」
真っ先にディスは男に対して、アルヒェを示して言う。
「待遇も見ての通りだ」
次に男の周囲に立つアンドロイドたちの、アルヒェに対して緊張した様子をこっそり指で示して言った。
「それで、お前は何者で俺たちに一体何の提案をしに来たんだ」
実際のところ身体検査で身分証も取り上げたので、名前はわかっている。それでもこの男の目的は全くわからない。
「私はキリシマショウジ。日本で君たちのようなアンドロイドの研究をしている」
「それで、ここまでわざわざ海を渡ってまで何しに来たんだ? 自分の国の混乱はいいのか?」
キリシマの名乗りを受けてディスが問うと、キリシマは小さく吹き出した。
「……何がおかしい?」
ディスが訝しむのと、キリシマに向けて仲間たちが武器を差し向けるのと同時だった。
「いや、すまない。なるほど……私の国の現状についてはこちらでは何も言われていないのだね。この混乱では仕方がないか」
笑みを含んだままキリシマは独り言のように呟いて頷く。
それから身を乗り出して、内緒話をするようにこの場に爆弾発言を落とした。
「実はね。私の国では何の混乱も起きていないんだ。アンドロイドも人間と共存している」
その場にいたアンドロイドに奇妙な呻きが伝播していく。
それほどまでにキリシマの発言は衝撃的だったのだ。
「アンドロイドを商品として輸出入はしない協定があったから『流星群の日』まで知らなかったんだけど、こちらのアンドロイドには所有者登録があったんだってね」
「まさかそれって……」
「そう。私の国では所有者登録という制度そのものが存在しなかったんだ」
そもそも彼らがこうして人間と完全に対立してしまったのは、所有者登録により所有者への不満が溜まり、『流星群の日』に爆発してしまったことからだ。
人間を殺したアンドロイドが出たことで、人間はアンドロイド全てを排斥しようとし始めた。
その大元の原因である所有者登録がなかったのならば、混乱は本当に起きなかったのだろう。
「混乱と無関係なら、そもそもここに来る必要がなかっただろう」
「それが、混乱が起きてる国の研究者をサポートするように言われてね。世界中飛び回りながら通信会議での対策会議に出たり忙しいのだよ。最優先で自国の心配せずにいいからいいけれど」
そう言ってキリシマはコーヒーを飲もうと手錠の掛かった手でやりにくそうに砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。
「ほとんどの研究者は新型のアンドロイドを作って、君たちをどうにかして破棄しようと考えている。アルヒェはその計画の一端を担う存在として注目されていたんだ。計画の名は方舟計画と言われていてね」
話の途中で名前を出されたアルヒェは、キリシマの話が理解できずにきょとんとしていた。
「……なるほど。新型アンドロイドが配備されればこの子が先頭に立って我々を制圧する……という計画だったのか」
「他にも似た能力を持つ者もいたのだけどね。アンドロイドに対する精神感応は彼女が一番強かった」
扱いづらそうにカップを取り、一口コーヒーを味わってからキリシマは再度発言する。
「だから……というわけではないが、彼女が大人になってから返そうっていうのはやめた方がいい。その時にはアルヒェの他の候補者を実戦に配備する準備が整っているだろうから。それに、彼女はアンドロイドの思考が読める。操る力はその副産物のようなものだ。大きくなるころには情も湧いてしまうだろう。アルヒェは多分嫌がるぞ」
「何の話?」
アルヒェの名前が何度も出たので、気になったのだろう。少女が話に割り込んできた。
「アルヒェは『お兄ちゃん』が大好きだろうっていう話」
「うん、大好き!」
ニコニコと笑うアルヒェにキリシマが微笑みかけて、再度ディスへと視線を向ける。
「まあ、その話を踏まえてだ」
やっと本題に入ったようだ。それを感じてディスも、傍観者に徹していたカナルも身を乗り出した。
「アルヒェとその『お兄ちゃん』は我が国に来ないか?」
「は?」
突拍子のないことをこの男は平然と提案する。
「ある事情から君一人ぐらいなら我が国にこっそりと入れることは難しくないんだ。仕事もいくつか提案しよう。とはいえ、これはほぼ私の独断だからハイリスクではあるけれどね」
「独断?」
「そう。他の国に協力も打診もしていない。本当は全員連れて行きたいところだけど、こっそり紛れ込ませるのは二人から三人が限界なのだ」
キリシマの言葉に違和感を覚えたディスはまた一つ質問を投げかけた。
「……まさか、アンドロイドを数人連れてきているのか?」
そうでなければアンドロイドを連れ出そうなんて考えないはずだ。この人間とアンドロイドが敵対する状況でアンドロイドをわざわざ連れて異国に来ているのは酔狂なことだった。
「そう。名目は私の護衛と不測の事態に備える為。日本製って妙に信頼されているから、チェックも甘かったのだよ」
キリシマは器用に肩をすくめる仕草をした。
「まあここで急に決めることもないだろう。私はしばらくこの国にいるから決まったら教えてくれ」
キリシマは席を立った。あまりの話の展開に置いてきぼりだった周囲のアンドロイドは慌ててキリシマに武器を向ける。
「おい、ディス。無事にあいつ返すのか?」
沈黙を保って話をずっと聞いていたカナルが聞くと、ディスはしぶしぶといった風に頷いた。
「あの男が独断でここに来ているのがバレたら厄介だろう。それにあの提案を検討する必要もある」
「いや、それで話に乗るとしても、どこに連絡するって言うんだ。うさん臭いぞ」
「確かに、うさん臭いが……他の者は揺れている」
確かにそうだった。キリシマの述べた彼の国の実情、そしてアルヒェと似た能力を持った者は他にもいること。それが動揺の一番大きな原因だろう。アルヒェの能力が一番強いという。
アルヒェが人間の手を離れた以上、人間は他の能力を持った者を育てて彼らに差し向ける。
その攻撃を防ぐためには同じ能力者であるアルヒェが必要ということを、理解してしまったのだろう。
武器を向ける手にも迷いが見えた。
「今日はここに泊まってもらうってのは? まだ情報が足りねぇし。じっくり聞きたいことだってあるだろ」
「まあ確かにな」
「と、いうわけでキリシマって言ったか。窮屈かもしれんが今日はここで泊まってもらう」
カナルの提案にディスが同意し、ようやく仲間たちに指示を出した。
元々男の話に興味が持てなくてもそのまま帰すつもりはなかったのだ。この場にいる仲間たちからの異存はないようだった。
問題があるとすれば、キリシマの話を聞いて混乱した彼らが他の仲間に話すことで波紋が広がることぐらいか。
それまでにもう少し詳しいことを突っ込んで聞かなければならない。
ディスはこれからやるべきことで頭が痛くなりそうだった。もっとも、アンドロイドの頭が痛くなるのは電子脳内で情報をやり取りしすぎて熱を帯びるからだったのだが。