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思惑

「どうするつもりだね! せっかくの切り札をむざむざと奪われて!」

 闇の中にいくつもの光の窓が浮かぶ。

 その窓を通じて様々な国の研究者達が仮想空間で意見を述べ合う。

 今一部の国を除いてアンドロイドたちとは全面的に対立しており、研究者たちは専門家としてどう対処をしていくべきかを最優先で研究するようにと厳命を受けていた。

 一つの国が対処を完了できれば、他の国も対処できるだろうと彼らはこうして積極的に意見を交換していた。

 ある能力者を使ってアンドロイドたちを操る、と言った話もこの意見交換の中で生まれたものだ。一番効果がありそうな方法だったが、その能力者はアンドロイドに奪われたという。

「まさかあそこまで厳重なガードを破るとは」

「奴らではエネルギーを調達できなかったはずだ」

「恐らくどこかのエネルギー精製工場が……」

「どうするのかね! あの子は大勢いた候補者の中でも一番奴らへの影響が強いのだぞ!」

 言葉がさまざまに飛び交う中で、楽観的な声が議論に一石を投じた。

「放っておいたらどうです?」

「キリシマ博士……貴方の国は被害を受けていないから楽観的なことが言えるのだ」

 キリシマと言われた男の声は、その声にもあっけらかんと答える。

「被害も何も、我が国では倫理規定以外に彼らを縛る鎖なんてありませんでしたから。だいたい自我を持たせたのに自分たちの思い通りに動かしたいというのがそもそも無茶な話だったんですよ」

 通信に繋いでいた研究者たちは気まずく、一斉に黙り込んだ。

「だから、放っておいたらどうです? 彼らも我々に対して敵意を持っているのは一部でしょうし。当時稼働していたほとんどの機体は子守や看護など、人と身近に接してましたけど問題はなかったでしょう? 逆にアンドロイドに襲われた子どもを助けようとした、という記録もあります」

「だが、それがいつ我々に牙を剥くか――」

「だから所有者登録という枷をつけて、その結果が現状です」

 ある一人の反論にキリシマが静かに告げる。

「あの子はアンドロイドの中にいれば周りに影響を与え続けるでしょう。戦闘型のアンドロイドにもそれ以外のアンドロイドにも。あの子が人間である以上はアンドロイドの傍に置いておけば彼らの態度の軟化の可能性もあると思うのです」

 キリシマの言葉にざわめきが仮想空間に広がっていった。

「しかし希望的観測にしか過ぎんだろう! あの子がアンドロイドの言いなりに能力を使ったとしたらどうする! あの子はアンドロイドを意のままに操るのだぞ!」

「彼らの中にいて彼らを操ることなんて、アンドロイドたち自身が承知すると思いますか? 私としては逆に是非彼らにあの子と仲良くなってもらいたいものですがね」

 キリシマがくすくすと笑いながら言うと、ざわめきが大きくなる。

「キリシマ博士、ふざけないでもらおうか!」

 怒号が仮想会議場に響き、ざわめきも囁きも消えてシンと静まり返る。その静寂を破ったのは別の研究者の低い笑い声によってだった。

「イーストマン博士。どういうつもりです? 真面目な議題だというのに笑うというのは」

 誰かがその笑い声を咎めると、イーストマンと呼ばれた発言者は笑うのを止める。

「失礼。キリシマ博士が冗談ではなく、本当にあの子どもとアンドロイド達が仲良くなればいいと思っているのがおわかりにならない?」

 イーストマンは笑いを含んだ楽しげな調子で続けた。

「あの子がアンドロイドを操れるなら、思考回路にも影響を与えうる可能性があると思ってもいいだろう。アンドロイドの中にいれば我々への敵意を持つアンドロイド達に影響されるだろうという諸君の懸念もわかる。しかし彼らの中には非戦闘員もおり、非戦闘員は人間との良き関係を覚えているのもいるだろう。互いに良い関係になれば戦闘要員の方にも伝播するだろうさ」

 結局会議としては結論は出なかった。イーストマンやキリシマの意見には賛同できないが、他にどうするかも決められない。

 対策も何も決められぬままに他の研究者たちは次々と退席していき、最後に残ったのはイーストマンとキリシマだけだった。

「やれやれ。感情的になっている研究者ほど手強い相手はいないよな?」

 キリシマへ、イーストマンが確認を求める。キリシマは大きくため息をつきながら答える。

「やはり賛同も得られぬまま実行することになりそうですね……。貴方の作ったアンドロイドは無事ですか?」

「おう、無事に奴らの中に溶け込んでいる。そのうち何か報告でも来るんじゃないか?」

 和やかな空気で二人だけでしばらく会話し、終えるとそれぞれに通信を終了させた。




 アルヒェを基地へと迎えて数週間が経った。

 彼女の世話の為に服飾担当や食事担当のアンドロイドも休止から復帰させている。

 こういった非戦闘要員のアンドロイド達は、まだ弱く幼いアルヒェを歓迎して世話をしていた。

 だが、戦闘要員のアンドロイド達はディスから彼女の能力について伝えられており、元々人間に対しての敵意を持っていたことから心証はよくない。

 よくないが、危害を加えようとしたらどうなるかを最初に彼女に武器を向けたアンドロイド達から聞いているので手出しはできなかった。

「思うんだがな、ディスよ」

 戦友の一人、カナルがふと思いついたようにディスに言う。

「何だ?」

 お互い外に出るときは装着している武装の類を外し、丸きりの丸腰だ。

 丸テーブルを挟んで座り、二人はすぐ近くで女性型アンドロイドと遊んでいるアルヒェを見ていた。

「あの子は人間たちと暮らした方がいいんじゃないか?」

 真っ当な意見だ。しかしディスは首を縦には振らなかった。

「駄目だ。あの子の能力を考えると、人間たちのところに戻すといずれ俺たちの前に立ちふさがるだろう。その時俺たちに対抗する術はない」

「俺は現場にいなかったんだが、そんなにやばいのか?」

 不審げにカナルは目の前の友に問う。やはり目の前で見ないと信じられないのだろう。

「まあ、初めて会った奴がアルヒェを守ろうとするぐらいには。例えば今俺が武装していて銃をあの子に向けたら、お前が俺に攻撃しようとするだろう。あの子の能力はそういったものだ」

「おにいちゃーん!」

 アルヒェに視線をやったディスはアルヒェに手を振られ、小さく手を振りかえしてやった。

「あと、問題としてはあの子は俺を『兄』だと思っているようだ。あの子を人間に返すのに俺までついて行けと?」

「……今見た感じそうだよな。どう考えてもお前はあの子の影響下で連れて行かれるか……」

 彼女を一人で返すにせよ、ディスも一緒に連れて行くにせよ人間に有利な状況になるのは間違いない。

 それを確信したのかカナルはがっくりと肩を落とす。

「今更人間側と和解なんて到底無理だしなぁ」

 戦闘要員の中にもこの不毛な人間との争いを嫌い離脱する者が現れてきている。

 直接に人間に恨みはないが、混乱の中自分たちに銃を向けられ自己を保存するために弓引いた者たちだ。

 たいていは護衛として機能していたアンドロイドだった。護衛対象を守ることに誇りを持っていた彼らは、不毛な人間の争いに嫌気がさしてどこかへ去って行った。もしかしたらどこかで機能を停止させているのかもしれない。

「それは俺も思うが、もう引き返せないところまで来ている」

 人間は枷の外れたアンドロイド達を恐れており、全てを処分したがっている。自分たちに敵意を持っている・持っていないに関わらず。

 人間とアンドロイドとの全面戦争状態は、人間たちのこのスタンスが大いに影響している。

「一番いいのはあの子が独り立ちできるまでここで育てて、自分の足で帰らせるしか……」

「俺はいいけど、お前あの子に『兄離れ』させれんの? 俺ら子育て経験ないんだぞ」

「むしろあってたまるか。俺は戦闘型だ」

 遠い極東の国では、独自に技術が発展した果てに人工授精での妊娠・出産が可能になったなどと以前報道されていた。実際に出産して子育てをするアンドロイドもいただろう。

 あの流星群の夜から変わったアンドロイド達の運命。極東のアンドロイドたちも自分たちと同じように人間とは決別したのだろうか。

 そんなことを子育てという言葉から連想していたら、突然基地内にサイレンが鳴り響いた。続いて聞こえた放送によると、不審人物が基地に近づいているということだ。

「アルヒェ。危ないかもしれないからここで大人しくしているんだ」

 サイレンが鳴った時点で腰を半ば浮かせていたディスは、少女にそう告げると友と共に慌ただしくモニター室へと駆けて行った。

「敵襲か?」

 モニターをずっと監視していただろう仲間に聞くと仲間は首を振った。

「武装はない。ただ白旗を広げてこちらに向かっている。人間のルールではそれは降参の証だと言うが……」

 仲間が示すモニターをディスも見た。そこにはどう見ても非戦闘員な男が白旗を広げてこの基地に向かって歩いている。

 服装もまるっきり平服で、丸腰だ。武器やエネルギー物質を検知するモニターでも彼が丸腰であることは間違いない。

「これはお前が連れてきた人間がらみじゃないか?」

 モニター室の仲間は言う。

「否定したいが思い当たる節がそれしかないな」

 ディスが唸るとモニター室の仲間は、この事態をほぼ全てディスに押し付けるつもりのようだ。

 何が目的なのか偵察して来るようにとディスに指図してさっさと行くように手で追い払うしぐさをした。

「お前が人間を連れてきたんだからお前が対応しろ」

 もっともな言い分にディスはやれやれと簡素な武器だけを持って基地の外へと出た。カナルは付き合いだと言わんばかりにこちらも簡単な武装でディスの後をついてくる。

「カナル。お前は基地に戻っていろ」

「相手が何考えてるかわからねぇし、一人で行かせるか! あの白旗だって嘘かも」

「丸腰の相手に何ができる!」

「能力者かもしれないし。お前が連れてきたあの子のような……とまでは言わねぇけど。一人より二人の方が対処するときに楽だろ」

 そうまで言われてはディスは断ることなどできなかった。二人で大地を駆け、近づいてくる人間のところまで一直線に向かう。

 一方遠くから近づいてくるディスとカナルに気付いたらしい人間は立ち止まり旗を広げた両手を高々と掲げた。

 近づいてみるとそれは東洋系の肌の色、顔だちをした男だということに気づく。

 身体は痩せ型で、どことなく学者のような雰囲気だ。

 念のために各センサーを作動させてみたが、彼が武器を所持している様子はない。

「わざわざ丸腰の人間が何の用だ」

 男が立っている位置から離れる事数メートル。立ち止まり、大地を踏みしめ何が起きても対処できるようにと構えながらディスは男に問う。

「君たちの基地に人間の女の子がいるはずだ。そのことで話がある」

 ディスは男の顔だちを、電子脳にインプットされた人種データから検索する。

 導き出された人種・民族データを脳裏に浮かべてこの男の本心はどこにあるのかと思案した。

 顔の平たい東洋系の男の顔は、極東の国のものだ。

 地球の裏側、とまではいかないが色々な意味で遠い国であることは間違いない。

 こんなところまで来るより先に国内のアンドロイドの処理が先決のはずだ。そして処理が終わっているならアンドロイドたちと戦う方策を持っているだろう。

 なのに何故その遠い国の男が、わざわざこんなところまで来ているのか意味が分からなかった。

「あの子を引き取りたいって言う話なら、話すだけ無駄だ」

「そうじゃない。私はあの子の安否と、君たちのあの子へのスタンスを確認したいんだ。その上で提案がある」

 ディスとカナルは互いに顔を見合わせた。この情勢でわざわざ異国に来た男の言葉には疑わしいところだらけだ。

 だが、完全な丸腰の男に何ができるというのだろう。しかも戦闘には向いていない体格のただ一人の人間だ。

 相手が何らかの能力者だったら、という危惧は対峙する前にはあったがこの男は能力者ではないと二人は判断した。

 立ち方や、仕草、目の運び方が何かの訓練を受けたようにはまるっきり見えないからだ。

「どうする?」

「話だけなら、聞いてやってもいいんじゃね? 気に入らなきゃ殺すなり追い出すなり好きにできるだろ」

 気に入らない提案をしたら、殺すかもしれない。そんな話を聞いても男は逃げるそぶりさえ見せない。

「まあ、話を聞くだけならいいだろうな」

 この男がアルヒェの安否を知りたがっているなら、人間側がどういう意図でアルヒェの能力を使うつもりだったのか聞き出せるかもしれない。

 人間側の目的次第で、仲間たちのアルヒェのスタンスも変わるかもしれない。

 たかが人間の基地での待遇など、戦闘型であり人間に敵対するアンドロイドであるディスには本来関係のない事だった。

 アルヒェが近くにいないにも関わらず、アルヒェの事を案じる自分にもどかしく思いながらも頷いた。

「いいだろう。話を聞こう」

 ディスとカナルは間にこの男を挟む形で基地へと歩き出す。

 基地を飛び出してきた時とは違い、ゆっくりとした足取りだった。

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