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アンドロイドの方舟  作者: 流堂志良
外伝 アンドロイドの矛盾
14/15

アンドロイドの矛盾3

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。皆は安全なんだって私が伝えてくる。家族だもん」

 アルヒェは笑って、『ディス』たちに告げた。

 きっとみんな助かるよ、と数年アンドロイドたちと楽しく基地で暮らした少女は出発した。

 そして、二度と帰っては来なかった。

『彼』がアルヒェと再会したのは、自分たちを守る為に人間のある施設を襲撃した時だった。

 そこはアルヒェのような能力を研究している施設で。

 アルヒェのような能力を持った人間が、敵に回るようなら困るのだ。

 しかし、そこは能力を持った子どもで実験しているような施設ではなかった。

「アル……ヒェ……?」

 施設のセキュリティを物理的に吹き飛ばしながら進んだ先で『ディス』が見た物は信じられない光景だった。

 巨大なガラス管の中が液体に満たされている。

 上から下から、細い接続ケーブルに繋がれて、液体の中に浮いたそれはアルヒェの――。

「っ……!」

 それをじっくり観察することなどできるわけがなかった。

 手持ちの武装でそのガラス管を文字通り叩き壊す。

 彼らにとって必要なのはアルヒェの能力であり、アルヒェ個人ではない。

 だからこそ、アンドロイドへの親愛をもって和解を訴えた彼女は人類にとって不要となった。

 こんな非道な行為が許されるのだろうか。

『ディス』は慟哭する。

 しかし涙など出るわけがない。

 アンドロイドにはそんな機能など必要ない。

 ガラスの破片が飛び散る中、ガラス管の中身を頭から被った『ディス』は周りの機器へも発砲してただの金属の塊へと変えた。

 何故ずっとそばにいてやらなかったんだろう。

 彼女が行くと言った時に一緒について行けばよかったのだ。

「これが人類おまえらのやる事か……!」

 アルヒェを奪った報いを必ず、奴らに……。



 それから自分がどうなったのか『ディス』は覚えていない。

 気がついた時には、自分のいるところは『流星群の日』より前の日付で。

『ディス』はアルヒェの兄だった。

 何故そうなったのか『ディス』にはわからない。

 もしかしたら、自分の演算能力により都合のいい幻を合成しているのかもしれない。

 そう思えばこそ、そのアルヒェには触れられなかった。

 確実なことはただ一つ、DISシリーズ002号は二機も必要ない。

 アルヒェを守る『兄』は自分でなければならない。

 何も知らない『彼』ではアルヒェを守ることなどできはしない。



『ディス』は腰から高エネルギーナイフの柄を引き抜いた。

 刃を生み出して、更に踏み込んでくるカナルの斬撃を受け止める。

 それが物理的な刃ならあっさり切り裂いただろうエネルギーを同じ物で競り合う。

「――アン!」

 カナル相手に『ディス』がかかりきりになっている間に、アンが『ディス』の背後へと回る。

 彼女は何も挟み撃ちにしようと思ったわけではなかった。

 壁を背にして座り込んでいるアルヒェを抱きかかえて、あっさりとそこから離脱する。

「アルヒェ……!」

 走り去る彼女へ、ナイフを投げつける。

 肩を後ろから突き刺されても、アンは止まらない。

 もう一振りナイフを腰から引き抜いて、『ディス』はカナルに切りかかる。

 許せるわけがなかった。

 何故またアルヒェを奪おうとするのか、『ディス』には理解できない。

「カナル、撃つぞ」

 ディスが高エネルギー砲を撃つ。

 それは周りへの被害を考えて細く細く絞ったものなのだろう。

 真っ直ぐ伸びたエネルギー砲は、『ディス』の肩を貫通した。

 関節部位の破壊により、エラー信号が電子脳を揺らす。

「観念しろ」

 何故観念しなければならないのか?

 自分が排除された後、彼らはどうする。

 これまで通りアルヒェと仲良く暮らしていくのか。

 皆が、アルヒェを救えなかった惨めな自分の事を知らずに。

 許せるはずなどなかった。

 特にいずれアルヒェを手放し死なせるディスだけは、絶対に。

 ディスは反動で跳ね上がった銃口を、もう一度『ディス』に向けて言う。

「お前は何だ? DISシリーズ002号は俺だ。お前であるはずはない」

「答える義理はない」

 彼は憎々しげに吐き捨てた『ディス』の膝を撃ちぬいた。




 DISシリーズ002号を名乗るアンドロイドが何者かなんてディスにはわからない。

 ただわかるのはこの『ディス』とは絶対に相容れないだろうという事だった。

 膝を壊すと、『ディス』はもう重心を制御していられない。

 無理に動けば、電気信号のエラーで周囲の回路が焼き切れる。

 壊れていない方の膝が地面について、『ディス』はディスを睨みつける。

 自分と同じ顔のアンドロイドが醜く顔を歪めて見つめる姿に奇妙な錯覚を覚えた。

「お兄ちゃん……」

 今度は逆の膝を壊そうと銃口を向けたディスは背後からの声に止められる。

 果たしてそれはどちらの『ディス』を呼んだものなのか。

「侵入者が背後関係を喋るなら、俺はこれ以上何もしない。基地の守備が今の俺の主要任務だ」

 アルヒェにディスはそう言った。

 侵入者が本当にアルヒェの『兄』だと言うならば、能力を使ってでもディスを止めるだろう。

 そして、抵抗する『彼』自身も――。

「お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃん……やっと顔が見れたね」

 アルヒェは物騒な武器を向けるディスの横をすり抜けるように前に出た。

 それから、『ディス』を目の前にして立ちふさがる。

「顔を見てわかった。お兄ちゃん、私を心配してくれてたんだね」

「アルヒェ……俺は……」

『ディス』は口を開いたようだが、それ以上は何も言えないようだった。

 視線を彷徨わせて口を閉ざす。

「教えて、お兄ちゃん。何でここからアルヒェは逃げないといけないの?」

「……危険だからだ。いずれこの基地は用意の整った人間たちに攻撃される」

 あっさり言った『ディス』だが、憎々しげにディスを睨む目つきは変わらない。

 それに対してアルヒェは何を感じたのか、首を傾げた。

「じゃあ、何でみんな一緒に逃げるんじゃだめだったの? 私、みんな一緒がいいよ」

 不思議そうに呟いたアルヒェに、『ディス』は声を荒げた。

「駄目だ! 駄目なんだ! そいつにアルヒェは守れない!」

「……それはお兄ちゃんがアルヒェを手放したから?」

 アルヒェの質問の意味はディスにはわからない。

 だが『ディス』は言葉に詰まり、呻いた。

「ねえ、お兄ちゃん。今、質問してわかったことがあるの」

「……」

「お兄ちゃんは壊れなかったから、迎えに来たって言ったよね」

 周りのアンドロイドは誰も動けない。

 それは事態を見守っているからなのか、アルヒェの能力で動けないからなのか。

「それは違うの。お兄ちゃんは壊れてるの。ここを出たらお兄ちゃんは別の人になっちゃう」

 アルヒェが泣いている。

 けれど誰も手を差し伸べられない。

「それにね……どれだけお兄ちゃんが私を守っても、私はお兄ちゃんが守りたかった『アルヒェ』じゃないんだよ」

 アルヒェは両手で顔を覆って座り込んだ。

「ごめんね……お兄ちゃん……ごめんね……」

 ディスには話がさっぱりわからない。

 わかったことは、最新型の機体に『お兄ちゃん』の電子脳を無理矢理繋いだのだろうという事。

 恐らく、この基地の外には人間側の誰かがいて、侵入者は自意識を書き換えられると言ったところだろう。

「……アルヒェ。俺はもう壊れてるのか」

「うん……記憶はお兄ちゃんのものだよ。でもね……」

「ここから出たら俺は俺でなくなる?」

『ディス』の言葉に、アルヒェは涙で声を詰まらせて頷くばかり。

 何かを迷うように視線をアルヒェから動かさずにいた『ディス』は全身の力を抜いた。

 まるで諦めてしまったかのように。

「……俺ではアルヒェを守れない、か……」

 呟いて『ディス』は視線をディスに移す。

 先ほどの憎しみの籠った視線は何だったのか、と思うほど静かな瞳だった。

「俺を、壊せ。俺が俺でなくなるなら、俺がアルヒェを助けられないのと同じことだ」

 アルヒェもわかっていたのだろう、泣きじゃくりながらも何も言わない。

「……結局お前は何なんだ?」

 目の前のアンドロイドの正体を問いかけながら、ディスは足を踏み出した。

 身体が動く。

 アルヒェは何もしようとしない。

「俺は……お前だ。未来で、アルヒェを手放し……死なせてしまったお前だ」

 ディスは応えなかった。

 ただ、銃口を『ディス』の頭に押し付けた。

「アルヒェを手放すな。手放せばアルヒェは――」

 ディスはその言葉を最後まで聞かずに最後の引き金を引いた。



 ゆらり、と時空が捻じれる。

 それを感じ取れた者は誰もいなかった。




『すみません、ちょっといいですか?』

 アルヒェにずっと付き添っていたベルが監視ルームへと通信を繋げてきた。

「何だ? 今は任務中だが」

 応対に出たのはディスだった。

 カナルとアンはというと二人でカードゲームに興じている。

 何ごともなく、呑気な物である。

『それが、アルヒェちゃんが熱を出してしまいまして』

「アルヒェが……熱?」

 ディスが問いかけると、手札から顔さえ上げずにカナルが言った。

「お姫様の体調が悪いのか。なら、行かないとなぁ。『お兄ちゃん』」

「そうそう。人間ってのは信頼できる誰かがいれば、不調もすぐに回復するってもんだ。さあ、行った行った」

 これが手札を交換しながらでなければ、アンはいいことを言っているんだが。

 二人が監視として残るのにも、不安がある。

「心配すんなって。見落としなんてしねぇよ」

「ここはあたしらに任せなって」

 本当に、ポーカーの役を場に広げてさえいなければ、アンに安心して任せていけるはずだった。

 ため息をつきながら、ディスは監視ルームを後にする。

 何故か無性にアルヒェの顔が見たかった。

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