アンドロイドの矛盾1
※これは本編の筋書きとは全く無関係の外伝です。しかしある意味一番SFらしい話です。
それは、キリシマを基地の外へ送り返した日の晩の事だった。
アルヒェの熱は少し落ち着いたようで、ベルが彼女の様子を見ている。
ディスは、というとちょっとしたエラーで整備送りとなった仲間と交代して夜の見張りであった。
見張りと言っても、内外のモニターを見るだけの仕事である。
「あーあ。退屈……俺らみたいな遊撃隊はさ、外回りするべきだろ」
その日、たまたま見張りの当番になっていたカナルがふざけた口調で呟く。
「作戦行動中には私語は慎むべきだ。そう思わないか、アン」
カナルと同じく、当番だったアンに話を振ると、椅子に身体を預けるように身体を傾けて案が答えた。
「さぁ、ねぇ。せっかく三人でいるんだ。私語を多少したところで問題ないさね」
アンは戦闘型には珍しく、女性型である。
カナルやディスのような戦争屋ではなく、要人の護衛をするタイプなのだが、やはり流星群の日を境に廃棄されそうになり、逃げだしてきたクチだ。
「あたしらアンドロイドは、私語に夢中になってたからって見落としができるようには造られてないんだからさ」
もし、そんなことが起きるとしたら欠陥品である。
「――二対一では俺が不利か。仕方ない」
ディスはそれ以上、カナルの無駄口には文句は言わずにモニターを見つめる。
こうしたじっとしている任務は苦手ではない。
しかし今はじっとしていたくない気分ではあった。
それはアルヒェが熱を出しているからなのか、どうか。
例えば彼が軍にいた時ならば、友軍の人間が熱を出したところで、足手まといが出たとわずらわしい気分だったが、それとはまた違う。
「ところでさぁ、あの女の子はディスにとって何なんだい」
「何だ、急に」
「いやねぇ、あたしがディスに話を聞く時間ってほとんどなかったじゃない? ベルが『お嬢様』失くした傷を埋めちゃったりしてたじゃない。気になったのさ」
アルヒェが彼にとって何なのか。
ディスはいくら考えても答えを出せない。
アルヒェはアンドロイドを操れるわけで、彼女の身を守るためにディスは利用されているのだと思っていた。
「何と言われても、困るのだが」
「困ってるように見えないから言ってるのさ」
「……そうは言ってもだな……」
ディスが本気で困った時、侵入者を示す警報が鳴り、次いで何かが爆発する音が響いた。
たちまち監視室に緊張が走る。
警報の位置は北口。アルヒェやベルのいる区画の近く。
「出るぞ。カナルはバックアップを頼む」
軍用通信回線を開いて、ディスは監視室を飛び出した。
人間側にはアンドロイドが戦力になることはない。サイボーグが主力になるだろうとキリシマからは聞いていた。
だが、こんなに早く来るなんて予想は立てていなかったのだ。
『侵入者、確認。外装から戦闘型アンドロイドだと思われる』
普段の軽口が嘘のように、カナルはきびきびと報告してくる。
「シリーズは?」
『不明。DISシリーズが一番近い物と思われる』
「兄弟機のカスタマイズか」
『多分な。爆発物、重火器、高エネルギー砲反応あり』
カナルの報告にディスは自分の軽装を恨んだ。
遊撃に出るときは、それぐらいの装備をディスは搭載する。
この基地の中だからこそ、警戒しなければならなかったのに。
「対侵入者用のトラップは?」
『回避された。多分、この基地の構造知ってるんだろうな。住居区画まで侵入されたぞ』
カナルの連絡と、ディスがその区画まで辿りついたのはほぼ同時。
基地内を揺らす爆発音に、ディスはとっさに身体を伏せた。
「……ここまで、長かった」
マスクを通してくぐもった声が、ディスに届く。
『カメラ、やられた! ディス、大丈夫か?』
カナルからの通信に応える余裕はない。
侵入者のアンドロイドは、壊れた壁の向こう側でアルヒェを抱きかかえていた。
「その子を離せ!」
ぐったりと動かないアルヒェに、ディスが焦って叫ぶが、そのアンドロイドはアルヒェを離すことなく振り返る。
「この子の価値もわからない、お前にだけは渡さない」
冷たい声が、怒りをもってディスに叩きつけられる。
「な……!」
近くでこうして見ていると、確かにディスの同型機のような気がする。
だが、何かがおかしい。違和感を覚える。
ディスの同型機はこんなに憎悪をむき出しにして掛かってくるようにはできていない。
戦闘の為に、感情をそんなに作りこまれてはいないというのに。
「いいから、その子を離すんだ!」
「断る!」
侵入者は片手に携えていた銃をディスに向けて掃射する。
慌てて隠れたディスが、顔を再び覗かせた時には、もう侵入者は逃げた後だ。
「……アルヒェちゃん、は……?」
よろよろと崩れた壁の向こうで、ベルが立ち上がる。
一度瓦礫の下敷きになったのか、埃や色々なもので汚れていた。
「……連れて行かれた。すぐに追う」
「――待って、ください。アルヒェちゃん……あのアンドロイドの事を『お兄ちゃん』って呼んだんです……」
ベルの言葉に、ディスは硬直する。
アルヒェの本来の『お兄ちゃん』。それがあのアンドロイドだとしたら、もうディスが追いかけたところでアルヒェは帰ってこない。
ディスはそれを悟り、戦闘型としては珍しいことに動作を硬直させた。
『おい、ディス! ディス!? どうした! 侵入者は!?』
辛うじてディスは焦るカナルからの通信に応えた。
「侵入者は逃走。アルヒェが攫われた」
対するカナルは沈黙。
『……で、お前はそこで何をやってるんだ? あの子を助けに行くのがお前の仕事だろ』
呆れたような声が通信を通じて、ディスに届く。
何を言ってるんだろうと、ディスは訝しんだ。
「アルヒェは、そのアンドロイドを『お兄ちゃん』と呼んだ、そうだ」
そのアンドロイドが何者かは知らない。
ただ、もう自分の役目は終わったのだという感覚があった。
『で、お前は侵入者を放置して、何してるんだ?』
周りの喧騒はさておいて、カナルの声だけがディスに届いた。
言われてみれば確かにそうだ。
アルヒェと関わってから優先順位がずいぶんとおかしくなっていたが、元々彼は自分の任務をこの基地の守備だと思っていた。
その為ならこの基地を脅かす、人間の拠点を襲撃することも辞さない。そんなアンドロイドだったのだ。
自分の目的を思い出したディスは謎の襲撃者を、追いかける。
ただ一つ間違いがないことは、アルヒェが人間側につけばこの基地は脅かされるということだった。
侵入したアンドロイドは全身黒かった。
闇にまぎれて侵入するためか、顔の部分もマスクで覆い顔の白い部分が光で反射しないようになっている。
意識を失ったアルヒェを両腕で抱えて黒いアンドロイドはただただ走る。
必要なのはアルヒェだけで、今の彼にはそれ以外に欲しい物は何もなかった。
ここにアルヒェがいてはならない。
今彼女を連れ出さないと、彼は救われない。
通路を走り抜けて、彼はひたすらに脱出口を目指す。
彼はこの基地を知っていた。
侵入口は封鎖されて使えないだろう。
だから、違う所から外に出なければならない。
彼はこの基地にどんなアンドロイドがいてどこに配置されているのかもよく知っていた。
かつて頼りにしていた戦友もいる。
しかし、そんなものはどうでもよかった。
ただ、アルヒェを守る。それだけのために彼はいるのだから。