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出会い

SF=サイエンスフィクション。そして「素晴らしい触れあい」です。

 それまで静寂に満ちていた空間にけたたましい警報が鳴り響く。

 建物内に緊張が走る。派手な爆発音が施設の外から聞こえて、白衣を着た者たちが慌ただしく行き来した。

「地下通路は使えそうか!?」

「恐らくは……。ここのデータの退避は?」

「時間がありません! 彼女さえいれば実験は――」

「誰か実験体Aを連れて来い。アレさえいれば奴らなど……!」

 モニターや様々な数値を図る機械が並ぶ部屋で、素早く白衣の人間が会話を交わす。

 映像を映すモニターには、視覚と聴覚を物理的に封じられ、硬い寝台の上に転がるまだ幼い女の子がいる。

 建物はひっきりなしに轟音に揺らされ、その度に映像にノイズが走る。この一角はモニターの向こう側も含めてシェルターのような機能もある。そう簡単に侵入される可能性は低いが急がなければならなかった。

 白衣を着た人間が一人走っていく。必要なのはモニターの向こうにいる少女だ。日々繰り返される実験の時以外は視覚を、聴覚を封じている。

 それは誰かが直接行って、物理的に外してやるしかない。ノイズが徐々に広がるモニターに先ほど駆け出して行った白衣が映った。

 そのことで残った白衣達は胸を撫で下ろしたが、次の瞬間には爆発音が部屋のすぐ近くで響き、モニターの映像がぷっつりと途切れる。

 続いて、破砕音と共に閉じたドアが吹き飛び、扉近くにいた白衣が赤く染まって共に壁に、床にと叩きつけられた。

 生き残った白衣達が振り返って見たのは、人間と同じ姿をし、無機質な瞳と共に彼らに銃口を突きつける侵入者の姿だった。

 立て続けに発砲音が鳴り響いた後、その場に動いている存在は侵入者しかいない。

「さて。他にもまだいるようだな」

 男の声で侵入者は呟き、血臭の籠る部屋を後にした。




 人工知能を搭載したアンドロイドは本来所有者登録をした人間には絶対服従だ。「人間を殺せ」などアンドロイドの種類によって定められた倫理規定に外れる命令でなければ従わなくてはならない。

 そういう風に彼らは作られていた。しかし、ある程度自分で判断してもらわなくては困るという理由で彼らには自我が作られていた。それが彼らの不幸の始まりだった。

 自我はある。けれど所有者が嫌いなのに従わなくてはならない個体もいる。倫理規定に反しない理由で嫌な命令に従わなければならない者もいた。

 その不満はずっと蓄積されたままで彼らは寿命を迎えるはずだった。

 しかし数年前に流星群が観測された時に、彼らアンドロイドの運命は変わる。

 設定していた所有者登録と、倫理規定が流星群の夜に全て電子脳から消えてしまった。

 流星群に紛れて何らかの電波が干渉したのだと、研究者は後に推測したが実際のところ原因は不明だ。

 そしてその日からアンドロイドは人間に対して反旗を翻し、人とアンドロイドの間で全面的な戦争に突入した。

 初めはバラバラに元所有者を殺していた彼らはいつしか一つに集い、統制を取り人間と争う構えを見せる。

 一方人間側は混乱が混乱を呼び、結束してアンドロイドに対抗するまでにタイムラグが生じた。そのせいか現在人間側は劣勢である。

 そんな中人間が自分たちに対抗する何かを研究しているとの情報を手に入れ、戦闘用として製作された男性型アンドロイド、ディスは単身研究所に乗り込んだ。

 元が戦争の為に作られた機体だけに、研究所の中枢がどんなに厳重に守られていてもディスには破れる物だった。ただ少し時間が掛かっただけで。

 ディスは自分の機能の一つである熱源センサーを起動させて、この研究所に生き残った人間がいないかチェックしたが壁がセンサー類を遮断する材質のようで、よくわからない。

 ほとんど表情を動かさないディスは、廊下を慎重に進む。もう誰もいないようならば引き上げてもいいのだが、ここで自分たちに対抗して何を作ろうとしていたのか調べる必要はある。あとで情報処理用の機体と共に来なければならないだろう。

 廊下を歩くディスの元にどこからか小さな物音がした。そして話し声も。

 小さな声であったが、それでどこから聞こえるのかディスには十分な情報だった。

 足音を殺して素早く声が聞こえる部屋のドアの前に張り付く。ドアにカギは掛かっていなかった。

 ディスは勢いよくドアを開けると手持ちの銃を撃つ。薄暗い中に見えたのは白衣を着た人間一人だ。

 しゃがみこんだ白い背中に銃弾を撃ち込むと、その人間はあっさりと崩れるように倒れた。

「誰?」

 倒れた白衣の身体で今まで隠されていたのか、幼い声が響く。

 ディスは反射的に銃口を声の聞こえたところに向け、暗視センサーを起動させた。

 殺された人間の血を浴びた少女が座り込んだまま、きょとんとディスを見ているのがわかる。

 引き金をただ引くだけ。それだけでこの人間の少女は死ぬ。わかっているのに引き金を引けない。

 少女は不思議そうに立ち上がりディスに無防備に近づいてきた。

「もしかして、お兄ちゃん?」

 少女は、すぐにでも自分を殺せる殺人マシーンに対して笑顔を見せる。

「っ……!」

 駄目だ。撃ってはならない。奇妙な衝動が電子脳を揺るがした。

「お兄ちゃん、迎えに来てくれたの?」

 嬉しそうに、幸せそうに笑った少女を前にして戦闘型アンドロイドは手にした武器を放棄する。

 自分が何か電磁波の攻撃を受けたのかと思ったが、そのような不快感はない。

 ただ、この少女のそばにいなければ。その衝動が機械の身体を支配した。

「あ……ああ……」

 気が付けば、ディスは少女に向かって頷き伸ばされた手を取っていた。




 拠点としている基地へ少女を連れて行く途中、ディスは少女にいろいろ話を聞いた。

 少女の名はアルヒェと言うらしい。

 どうしてあの研究所にいたのかを聞いても、要領の得ない答えばかりが返った。

 なんでもいつか『お兄ちゃん』が迎えに来ると聞かされて、白衣達のすることに従っていたらしい。

 そして話から推測すると、ディスをその『お兄ちゃん』と思い込んでいるようだ。

 アルヒェの言葉を否定するのは簡単だが、それは危険だとディスの中の何かが警告を発する。

 ディスは何故かアルヒェに攻撃できなかった。倫理規定も、所有者登録もない今ディスは自分の意志ひとつで動くはずだ。

 それなのに、撃てない。その理由はわからないがあの研究所では、ディスたちアンドロイドに対する対策の研究をしていたはずで、アルヒェはその中枢近くにいた。

 彼女は自分たちに対抗するための「何か」なのだろうか。だとすると、彼女はある能力を有している可能性がある。

 自分たちアンドロイドの思考・行動を操る能力を持っているという可能性だ。

 ディスが殺すことが出来ないのならば、人間たちのそばに置いておくことはできない。遠くない未来に自分たちにとって脅威になるかもしれないからだ。

 だからといって、アルヒェを自分たちのそばに置いていて害にならないかはわからない。

 しばらく考えながら歩いていると、アルヒェが腕を引くのでディスは少女を振り返る。

「どうした?」

 ディスは普通の人間の女の子になら怯えられる自信のある、彫りの深い目つきもきつい顔の造形をしているはずだ。それに今回研究所に乗り込むので顔の下半分を布で覆って余計に怖いはずだがアルヒェに怯えた様子はなかった。ただ、表情を曇らせてディスに告げる。

「お兄ちゃん。足痛い」

「ん?」

 アルヒェは着のみ着のままで、履物も素足がほとんど見えているようなサンダルだ。

 歩くのに無理をしたのか擦れて、血が滲んでいる。

「痛いか。ごめんな」

 意図せず口から少女を気遣う言葉が出る。これもアルヒェの影響なのか、ディスにはわからなかった。

 ただ、少女を慎重に抱き上げるとアルヒェが嬉しそうにしがみついてくる。

 それが悪い気分ではない。そのことにディスは一番戸惑った。



 基地に帰った時、ディスを出迎えたのはアルヒェに向けられた冷たい視線だった。

「おい、ディスよう。人間連れてくるなんて一体何考えてんだ?」

 仲間の一人に問われて、ディスは何と答えようかと思案する。

 人間が彼らアンドロイドに対抗するために研究されていた子だと口でいくら説明しても信じてもらえないだろう。

 どうしようかと考えていると、彼は自らの腕に仕込まれた銃口を少女に向けた。

 ジャキリと複数の音が重なる。

「!?」

 ディスは片腕で怯えた少女を抱えながら、もう片腕の銃口を彼に向けていた。その場にいた他の連中も、少女に銃を向けた仲間に全て銃口を突きつけている。

 驚愕の呻きがその場にいたアンドロイド全てに伝染した。

「な……なんだよこれ……」

「これが、俺がこの子を連れてきた理由だ」

 今度はどこからも非難の視線は飛んでこなかった。

「アルヒェ。皆俺がアルヒェを無断で連れてきたからちょっと戸惑ってるんだ。だけど平気だ。何もさせないから」

 ディスが耳元で囁くと少女は頷き、ディスの肩に顔を埋めるようにしがみつく。

「ま、ということだ。この子は俺たちが危害を加えようとしない限り大人しい。ただ、人間側に渡すのだけは駄目だ」

 ディスの言葉に、少女を警戒しながらもその場にいた者は全員頷いた。

 自分の身体が意志とは違う動きをしたのだ。頷くのは当然と言えるだろう。

 そして人間側がアルヒェを手にして、研究しつくし戦場に投入されたらどうなるか、はっきりとわかった。

「さて、俺たち戦闘型では無理だが、奥にいる非戦闘型なら人間にまだ親しみを持ってるやつもいるだろ。誰か呼んできてくれないか。この子は足を怪我している」

「……お、おう」

 仲間の一人が奥へと走っていく。彼らは人間に敵対するけれど、全員が人間を嫌っているわけではない。

 最初に所有者に危害を加えた者は確かに人間を嫌っていた。しかし心の底から人間を慕っていたアンドロイドもたくさん存在する。それは看護型だったり家政型といった親身に人間を世話をし、また人間から感謝を捧げられることもあったアンドロイドたちだ。

 彼らアンドロイドの一部が反旗を翻した時、アンドロイドを恐れた人間は全てのアンドロイドを廃棄しようとした。

 敵意を持たぬどころか、人間と友好的に過ごしていた大勢のアンドロイドも含めてだ。

 そう言ったアンドロイド達の衝撃は大きかった。特に子守・看護型のアンドロイドは抵抗する事も出来ず破壊されるものがほとんどだ。

 ディスたちの基地で保護された個体も存在するが、ほとんどは休止状態である。稼働中の者も世話をする人間がいないことで不安定になっている。

 やがて仲間に連れられてやって来た女性型アンドロイドもそんな不安定なアンドロイドのうちの一体だった。元々は金持ちの家で『お嬢様』の世話をしていたというアンドロイドである。茶色の髪を丁寧に巻いて長いスカートのワンピースを着た、とても優しそうな顔だちに造られた、そんな女性である。

 物憂げな表情でやってきた彼女はディスの腕の中にいる少女を見て目を見開く。

「ああ、ベル。この子の手当てをしてくれないか?」

 ディスが腕の中のアルヒェを降ろしてベルの方へと押し出した。

「さあ、アルヒェ。足の手当てだ」

 不安そうにディスを振り仰いだ少女にディスは頷いてみせて、もう一度口を開いた。

「ついでにこの子の服とかの世話も頼む。俺にはそのあたりはさっぱりだ」

 ディスが再度アルヒェの肩を押すと、アルヒェは自分の足でベルの元へと歩き出す。この基地には場違いな人間の少女に戸惑ったベルも、元は女の子の世話をしていたアンドロイドだ。柔らかな笑顔を浮かべて、近づく少女の手を取った。

「行きましょう。まずは手当の前に身体を綺麗にしましょうね」

 ベルと共にアルヒェが出て行くと、ディスはほっと息をついた。

「おい、ディス。ありゃ一体どういうことだ」

 その場にいた仲間たちが一斉にディスを取り囲む。

「どうって……さっき体験した通りだ」

 血相を変える仲間たちに、ディスはアルヒェと出会った経緯を語りだした。

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