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1日目-4

 そんなこんなで、探索が始まった。

 ダイニングを出たのは僕が最後で、先生は戻ってきたオオザトさんに紅茶のお代わりをお願いしていた。

 ロビーに出て右前方、入り口のほうをみると最初にみえた人形のタワーが相変らずでんと控えている。

 他の人はすでに他の階へと探索に向かっているようで、二階の廊下にクマガワさんとアキヅキさんの姿が見えるだけだった。

 僕はさっさとタワーの正面側、入り口側に回り込む。


 あった。


 いや、この場合は居たといえばいいのだろうか。

 人形のタワーのちょうど真ん中の当たり。白髪に銀の目をした少女の人形。高さは立たせれば一メートルは越えるだろう実寸代ドール。『彼女』と比べるとそれでも若干小さいと思ってしまう。レースがふんだんにあしらわれたドレスに身を包んで、そっとした眼差しで外をみている。頭にかぶった帽子みたいなものはウサギの耳のよう。

 さあ、と手に取ろうとして自分の手が何もつけていないことに気がつく。

 一応手袋はしたほうがいいのだろうけど……

 あれ、そういえばここにいる子達って、みんなゴムが入っているのか?

 球体関節人形というのは、ほかのフィギュアのようにパーツ同士をはめ込んでくっつけてあるというものではない。

 素材はいくつかあれど、そのどれもに共通しているのは体の内部を走るゴムだ。頭と両足を、右手と左手を、それぞれ大の字になるようにゴム紐で引っ張り合わせることでつなげてある。いわば、ゴムが筋肉そのものだ。

 当然、ゴムは劣化するからずっとつなげて置けるものではない。

 今この場から見渡すだけでも、人形達は座ったりたったりするだけでなくさまざまなポーズを取っている。ということはゴムが入っているというわけで、この屋敷中の人形の整備を、あのオオザトさんが一人でやっていることになる。

 この館の管理といっしょに、一体ももらさず完璧に……?

 普段はさすがにゴムをはずしてしまっているとは思うのだけど、今回の、この一週間のために準備したとなるとかなりの労力じゃないだろうか。例え業者に頼んだとしても、だ。

 業者に頼むなら、それこそクマガワさんやアキヅキさんみたいな弟子に頼んだほうが費用はかからなそうなものなんだけど、彼らは遅れてきた。つまりは頼まれなかったということだ。

 詳しく聞いて見たい。なんで遅れてきたのか、手伝いを頼まれなかったのか。もっとも彼らはすでに上の階へ向かったらしく見えなくなっている。

 まあ、いっか。

 彼女を取る前に、一度部屋にもどって手袋を引っ張り出す。

 往復する道すがら他の人形達を眺めるのだけど……うーん、やっぱり。

「どうしたんだ? ヨシカズ。浮かない顔をして」

「あ、先生」

 階段を下りたところで、ちょうどダイニングから出てきた先生とかち合った。

 かなりのんびりしていたようだけど、オオザトさんと話しでもしていたのだろうか。

「いえ、希望の(人形)はみつかったんですけど他の子達が……」

「何か問題があったのか?」

「いえ、うーん……」

 はっきりいえば僕個人の印象の問題だ。

「この屋敷の元主という、天野水火さんって、ホントにいうほどの作家だったのですか?」

「ほう、面白いことをいうな」

 先生は笑って、先を続けるように促す。

 僕は館の入り口に向かって歩きながら、自分の感じていた違和感を先生に伝える。

「なんというか、()()()とこないんです。あの『黒瑠璃』と、『この子』以外」

 そういいながら、お目当ての子をとり、抱きかかえる。いい重さだ。

「他の子達は、なんか大量生産されたようなといいますか……」

 先生は普段から印象を大事にしろといっているからこその、口に出せる根拠。もし他の参加者の人に言えば、一笑に付されること間違いない。

「それと、これは勝手な僕の思い込みなんですけれど、一流の人が自分の作品をつかってゲームを挑むみたいなことなんてしますか? いえ、ゲームのために作られたのならまだしも、ここにある人形達は芸術品として存在しているのでしょう?」

 不特定多数の手に触れるということは、その芸術性が損なわれる可能性もあるということだ。例をあげるとすれば、キタガワさんのタバコ。においはつくし、極わずかとはいえヤニばむこともあるだろう。そうでなくても、こうして複数の人に触れることで損壊することだってありうる。

 一応、この館は自宅兼アトリエというだけあって、保管状況はいいみたいだけど。

「ふむ、君をつれてきて正解だったようだな」

 先生が満足そうにわらった。

 あ、やばい。これ絶対なにか今回の件とは関係のないことやらせようとしている顔だ。

「まあ、今日ぐらいはゆっくり夢の世界を楽しみたまえ」

 うわいった。

 “今日ぐらいは”とかいった!

 今度は僕に一体何をさせようというんだこの先生は。

 虫取りか? この敷地一体の測量か? 死体探しての庭の掘り返しか? それとも人形の中に隠された財宝でも探し出せとかいうんじゃないだろうな?

「なに、そんなに身構えなくてもいい。たいしたことじゃないよ。君にとってはそれこそ夢のような話さ」

「先生のいう“たいしたことじゃない”は僕にとってたいした事なんです」

「疑り深いなぁ君は」

 そうさなったのは先生のせいだろうに。

 気を取り直して、白い人形を部屋まで運ぶ。いちいちモギさんが来るまでまってる必要もないし、見かけたらよってもらうぐらいでいいだろう。

 部屋にあった椅子に座らせて、さて……とドアに向かったところで、何かさびしい気がした。

「うーん……ごめんな。先生が権利放棄しなければもう一人姉妹を連れてこれたんだけど」

 喋れるわけでもないのは分かっているのだけど、なぜか語りかけずにはいられなかった。かわりに、鞄の中にあった文庫を目の前のテーブルに載せておいてやる。

 暇なら読んでていいよというわけだ。

 ……なにをやっているんだろうか、人形相手に。

 ちなみに本をおいてやっと気がついたけれど、この白い子は指も曲がるように関節の入ったタイプだった。胴体も三分割されているみたいだし、かなり手間がかかっている感じがする。

 さて、あらためて部屋を出て僕も探索を始めるとしよう。

 まずは一階。

 玄関を入ったところで大きなエントランスホールとなっていて、三階まで吹き抜けになっている。

 入って正面にあった人形のタワーはもう十分見たので周囲の部屋をのぞいていくとしよう。

 最初はダイニングの隣、向かって左側の部屋にはいってみる。展示場となっていて、ウェルカムの看板を抱えた小さな人形が出迎えてくれた。

 そして立ち並ぶ人形達。やはり女性型がおおい。

 人では到底持ちえないような色とりどりの髪と目がいろいろな性格や表情を生み出している。うーん……たしかにどれもそれなりに値打ちはありそうだけど、やっぱり僕にとってはいまひとつなんだよな。

 仮に、この部屋のイメージはなにかといったらメルヘンだろうか。小さな、四十センチ台以下の少女人形が多いし、ここから見える庭にあわせて明るい服を着せられている人形が多い。さっきの『白い子』をおいたらかなり映えそうだ。

 次は先ほど皆で集まっていたダイニング。中央にテーブルがあって、庭に向かって大きな窓があるために開放的だ。そのまま外に出れるようになっている。

 暖炉や花瓶と共に、いくつかの人形達が存在感を放っていた。部屋の奥にはキッチンへ通じる扉があって、少し除いてみたけれど無人。あと、さすがにキッチンには人形がなかった。

 そのまま時計回りに、エントランス正面。玄関の反対側に位置する部屋にはいると、そこは広々としたダンスホールになっていた。

 少年型の人形もいくつか展示されていて、踊っているのだろう。ポーズをとったまま少女型の人形と見つめ合っている。夜になったらなったで、華やかな雰囲気が出そうな部屋だった。夜会の部屋とでも言うのか。

 さらに隣、ダンスホールを挟んでキッチンの向かい側にいちするところには扉が無かったので、ダイニングの向かい側の部屋。になるのだけど、そこはダイニングのように大き目のドアがつけられていた。たしか『彼女』、『黒瑠璃』の部屋だとか。

 さらに隣、玄関をはいってすぐ右の部屋はオオザトさんの部屋だとかいうことをいっていたような気がする。

 まあ、勝手に入るのもよくないだろう。一階はこれで全部だし、次にうつろう。

 二階はぐるりと、東、西、北の三面に部屋が各三つずつ。僕らが泊まる部屋だ。廊下にはところどころ人形が飾られていた。宿泊用の階にしているためなのか、人形達の装いはメイドや執事をイメージしたものが多い。

 ぐるっと一周してから三階に上がる。

 さっきと同じように、南東の部屋から時計回りに覗いていく。

 最初はピンクで彩られた華やかな部屋。ところどころに置かれた造花の花びらはサクラなのか? つまり、春。

 人形達が着ている服は和服……というよりは袴だ。大正浪漫というやつなのだろう。赤いひらひらをつけた人形が他の人形達から浮いてターンをしている。周りの印象と合わせて金魚っぽい。

 ちょうど、部屋の奥にキタガワさんがいた。ズボンのポケットに手をつっこんで、人形を眺めている。相方のカンダさんはその横から覗き込んでいる。

「よう、坊主も探しにきたのか?」

「いえ、一度全部を見てから一日ごとにじっくりみていこうかと」

「さすがの人形好きでもそうすぐには見つからねえか」

 笑いながら、キタガワさんは人形に向き直る。本当はもう決めてあるんだけど。

「そうだ、キタガワさん。モギさんをを見ませんでしたか?」

「おう? さっき隣の部屋で見かけたぞ」

「そうですか。ありがとうございます」

 ちょうど都合がいい。

 部屋を出て、隣の部屋に入る。

 迎え出たのは燕尾服とドレス。イギリス貴族の風体に身を包んだ人形達が緑やティーカップに囲まれていた。黄色い猫の顔をした人形が横からこっそりカップを持ち上げようとしている姿が滑稽だ。

 さっきの部屋のイメージが春だったから、今度は夏なんだろう。

 そして部屋にはキタガワさんがいったとおりモギさんがいた。ついでにタテイシさんも。モギさんは人形をあくまでも丁寧な手つきで、それでもとっかえひっかえ眺めている。タテイシさんは空いている椅子に座ってうなずいているだけだった。

「どうも、モギさん」

「な、なんだね。わたしは今忙しいんだ」

「いちおう、決めたのでそれを教えに着たんですが」

「も、もう!?」

「ええ、玄関にいた白い子ですけど……」

「なんだ、アレか。たしかに一番最初に目にした中ではインパクトがつよかったが……アレならべつに構わん」

「そうですか」

 拍子抜けだ。

 もっと難癖つけてくるとおもったのだけど。

 モギさんはそれっきりで、人形に向き合い、じろじろと目利きを始めた。ルーペまで持ち出している。

 このひと、ひょっとしてごねたら正解の人形が判ると思って難癖つけてたんじゃないか?

 たいした根拠のない思いつきだけど……

 背中を向けたままのモギさんを部屋に残して、僕は次の部屋にうつる。

 北側に一つだけある扉をくぐると、作業場になっていた。中にはクマガワさんとアキヅキさんの弟子コンビがいた。

「どうも」

「やあ、君か」

「まったく、酷い話よね。死んだ人のものをあさるだなんて」

 おや、アキヅキさんはこの人形探しに反対なのだろうか?

 憤慨している様子のアキヅキさんとは対照的に、クマガワさんは申し訳なさそうにこちらに頭を下げてくる。

 まあ僕としてはあまり気にすることでもないし、やることはさっさと済ませよう。

 部屋の中の検分を始める前に、軽くテーブルに黙祷をささげて、改めてぐるりとみまわした。

 中央のテーブルを中心に、作りかけの手足がばらばらに並べられて、まるでばらばら殺人でも起きたのかというような状態になっている。最後まで人形を作っていたのだろうか。

 各種道具も出っ放しになっている。それとも演出のために出しているのか。壁際には作りかけの人形がいくつか並んでいた。とくに真新しいものはない。

 部屋の左右に隣の部屋に続くドアがあって、向かって左、西側の部屋は乾燥室になっていた。作業場よりもより濃い粘土の匂いが漂ってくる。

 まだしろい頭、腕、胸、腹、腰、胴体、足、各関節にあたる大小さまざまなパーツが固定台につるされて管理されている。置かれっぱなしになっていたせいなのか、いくつかひび割れているものもあった。ここから磨かれ、色をあたえられて変化していくのだろうとおもうと、感慨深いものがある。

 乾燥室をでて、反対側の部屋に向かう。

 ここは資材置き場と仮眠室だったらしい。ベッドがすみの方におかれていた。

 まだ使っていない粘土が何種類かと、いくつかの道具、髪になるモヘア、絵の具の類もあった。すでに乾いてしまっているものばっかりだったけど。

 逆に人形のようなものはまったくない。

 ここにある道具達から、あの『黒瑠璃』や『白い子』がうまれたんだなとおもうとなんか少しだけ感動した。

 次の部屋にうつる。

 案の定というかやっぱりというか、黄色と赤で彩られた部屋だった。秋ということなんだろう。

 さっきのイギリス空間とはまた違った雰囲気の服を着せられて、人形達が散歩している風景になっている。

 ちょっと驚いたのが、猫や犬を擬人化したような小さな人形もいっしょにあったことだ。動物の顔を他の人形に向けている。その視線をおうと、緑の羽をもった人形が天井から下をのぞいている。ちっさいし(うぐいす)ということか?

 そして最後。白い部屋。冬。

 マフラーやコートに身を包んで、人形達があそんでいた。

 なかには雪だるまもいて、少しだけコミカルだった。唯一つ、その背中に青い大きな羽をつけた揚羽蝶のような人形が違和感を生んでいた。蝶なら春だろうに。

 ここには特に国柄のようなものはないみたいで、服のジャンルも冬物というだけだった。

 ぐるりと見回して、僕は思う。

「やっぱり……」

 あの『黒瑠璃』ほどとはいえないけれど、『白い子』ほどともいえないけれど、ぞくり(・・・)とくる人形がない。

 お? と思えるのもいくつかはあったし、素人目でも、『白い子』以上に出来がいいと思える人形もあるにはあったのだ。でも、やっぱり

「僕はあのこでいいかな」

「おや、変更はないのだね」

 びっくりした。

 いつのまにやら先生が後ろにたっていたのだ。

「驚かさないでくださいよ」

「いや、君のあられもない姿を見てやろうと思ったんだけどな」

「その部分だけ聞かれたら凄く勘違いと誤解と警察の厄介になりそうな台詞をさらっと言わないでください」

 あられもない姿って何を想像していたのやら……

 そう返しながら、部屋の中を歩く先生を見る。先生の身長が身長なだけに人形の群れの中に埋もれたら分からなくなりそうだった。このままここの人形になっちゃえ。

 結局その後は、探索がおわったあとの夕食の場において、僕は例の『白い子』のことをあらためてみんなに伝えたのだけど、誰からも文句は出なかった。

 ついでとばかりに、もしおなじ人形を複数の人が選んだらどうなるのかオオザトさんに確認したのだけど「当事者同士で解決してください」ということ。

 僕としては競合者がいなかったこともあるし、他の人形には興味が湧かなかったのでこれで確定ということにしてもらった。



 こうして、初日の探索は何事も無く終わったのである。

 外では、突然振り出した雨と雷が激しく言い争っていた。


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