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1日目-3

 そうですね。あれは今より十年以上も前のことです。

 そのころは私以外にも数名の使用人がおりまして、今よりはいくらかはにぎやかでした。

 そのような中、あの西館には一人の女性が住んでおりました。旦那様の妹様です。

 彼女は人形を愛してやまないかたで、古今東西の人形を集めておりましたのです。

 ただ、少し精神を病んでおりまして、その振る舞いはまるで小さな少女のようなものでした。

 日がな一日、お食事のとき以外は西館で人形を相手に会話をし、おままごとをしてすごしておりましたのです。

 そのような中、一人の少女、お嬢様が妹様のところを訪れます。

 妹様は肉体的には大人でも、精神的には子供だったので、意気投合したのでしょう。

 お嬢様は、妹様と仲良くなり、一緒に遊ぶようになりました。

 先生も私も、それはほほえましく見ていたのです。

 ですが、ある日事件はおきます。

 お嬢様が普段戻ってくる時間になっても、かえってこないのです。

 心配に思った私どもは、西館に向かいました。

 そこにいたのは、鉈を持つ妹様と、四肢を根元から失ったお嬢様でした。

 お嬢様は恐怖のためなのか、痛みを感じているはずなのに、一言も悲鳴を漏らしません。

 そして妹様はいうのです。

「私の人形が、勝手に動いて喋るの」と。

「勝手に動く手足は要らない。勝手に喋る口はいらない」

 そういって、今度は首を落とそうとしました。

 あわてて旦那様とともに、妹様を押しとどめます。

 妹様を押さえつけ、鉈を取り上げ、お嬢様を西館の外へと連れ出しました。

 お嬢様は死の瀬戸際に立たされておりましたが、なんとか一命を取り留めました。

 ただし、失った四肢はもどることもなく、不自由な体となって。

 さらにショックによって、お嬢様は本当の人形のようになってしまったのです。

 旦那様は、そんなお嬢様のために人形の手足をおあたえになりました。

 ですが話はこれだけでは終わりません。

 お嬢様が本館に戻られてしばらく後、西館では奇妙な物音がするようになりました。

 最初は妹様が一人で騒いでいるものだと思っておりましたが、どうにも複数の人、それも子供のような小さいものが一緒に騒いでいる風なのです。

 私も旦那様も、顔を見合わせ西館に向かいましたが、そのようなときに限って物音はぴたりとやむのです。

 そして妹様はいいます。

「私のお人形はどこ? 私のお人形を返して」

 すぐに、その人形とはお嬢様のことだと分かりました。

 旦那様は、お嬢様に似せた人形をいくつもつくり与えましたが、妹様はどれも違うといって受け取ろうとしません。

 そして、新しい人形を与えるたびに物音はどんどん大きくなるのです。

 困り果てた私どもは、西館の窓から隠れるようにしてこっそり近づいてみました。

 ひょっとしたら、妹様意外にも外を見ているものがいるかもしれないと思って。

 ついにとうとう、西館にたどり着いても物音がやみません。

 おもいきってドアを開けると、そこには妹様とともに踊り狂う人形達がおりました。

 いくつかはお嬢様がその手で操っておりましたが、他の人形たちは糸もなく、なにかの支えもなく、なんらかのカラクリを仕込まれたわけでもなく、踊っていたのです。

 私どもは恐怖をおぼえて、逃げ出しました。

 妹様たち(・・)が、西館の外へと出なかったというだけでも幸いです。

 あの光景をみたものたちの中には、すぐにでも退職して離れたいというものまでおりました。

 押しとどめるわけにも行きません。私自身、夢にうなされましたので。

 そしてとうとう、あの日が来たのです。

 いつの日かを境に、ぴたりと西館の物音がやみました。

 一日たっても、二日たっても、物音のする気配がありません。

 何かあったのだろうかと、そうっと西館のドアを開けました。いえ、開けようとしました。

 何かにつっかえているようであきません。

 勢いをつけてドアを蹴破ると、人形が山のようになっていました。

 そして、エントランスには四肢と首をつった妹様が、人形のようにぶら下がって果てておりましたのです。

 その日を境に、旦那様は精神を病まれたのか、一日中本館の作業室にこもるようになります。

 西館では、その主がいないはずなのに夜な夜な騒いでいるような音が聞こえます。

 使用人は、私を除いて皆やめていきました。

 そして幾日か過ぎた後に、旦那様はとうとう私とお嬢様、あとは弁護士のかたをよんで、遺言をお残しになります。

 私とお嬢様の今後の生活に必要な分を除いた全財産を、生涯の最高傑作を見つけ出したものに譲渡すると。



「これが西館にまつわる顛末でございます」

 つまり、西館にあるのはその妹さんがあつめた人形達ということか。

 たしかに呪われているというか、呪われそうな話ではあるけれど。

 話をきいたみんなは複雑な表情をしている。本当の話なのか、作り話なのか。それともその両方を半々に織り交ぜた話なのか。

 なにより、初めて聞いたはなしらしく落ち着きがないひとも出始めている。

「冗談ですね。よくできた話だ」

 そんな人達の中で、タカラベさんが感想……というよりは反論を述べ始めた。

「第一に、人形が何もなく踊るだなんてありえない。集団で幻覚をみたのか、何かの影を見間違えたのか。その妹というひとはもとからおかしな女性だというから、その女性に対する思い込みで勘違いしたのだろう」

 ありうる話しだ。

 たとえば集団幻覚。個人ならともかく、集団でみたがために、パニックが伝染する場合。

 そうでなくても、一瞬だけ見た光景をそれぞれが適当に言った言葉をつなげた結果、まったく違う話が出来上がるということもある。

 赤いものがみえたからといって、それが血とは限らないのに血といってしまうみたいなことだ。本当はりんごやトマトなのかもしれないというのに。

 そのまま、タカラベさんは『彼女』を指差し、言葉を続けた。

「次に、その『お嬢様』が本人のことだが、今の話の間ずっと見ていたが身じろぎどころか瞬きすらしない。眼球すらも動いていない。そんなことが人間に可能か?」

 これについては疑問がある。

 たしか台湾だったっけ? あそこの特殊な兵士の中に一切動かず立ちっぱなしという人がいたと思うけど。

 ただ、眼球まではどうだったか……

 それでも僕自身、気になってちらちらみてはいるけれど、やっぱり『彼女』は人形だとしかおもえない。いやまてよ? 『彼女』に似た人形が何体か作られたというのだから、ここにいるのがその人形の中の一体だという可能性だってあるのではないだろうか。

「第三に、食事はどうした? 物音が聞こえなくなるまでは生きていたのだろう? でも話を聞いている限りだと西館に運んでいた風でもない。かといって、西館で用意していた様でもない。皆が怖れていたというのだからな」

 たしかに、西館から出てこなくなったといっていた。

 誰も世話する人がいなかったとなると、どうやって死ぬまでの間生活していたかが気になる。

 まさか人形が世話をするわけでもないし、死ぬまで踊っていたわけでもない、よな? でも自分で用意してたらべつに問題ないような気もするんだけど……そこは西館がどうなってるか分からないからなんともいえないか。

 次は両腕を広げて、皮肉をいうかのように薄ら笑いを貼り付けていったのだ。

「そして最後に、天野氏に妹や娘がいたという話が一切ないということだ。いるか? われわれの中にこの話に出てくる二人に会ったことがあるというものが」

 全員、首を横にふる。

「つまり、西館の話というのは今回のゲームを盛り上げるための作り話ということさ。ひょっとしたら西館にはその『最高傑作』よりも値打ちのあるものが置いてあって、それを隠すために作った話かもしれないしな」

 このひと、古美術商なんかやるよりも役者か政治家にでもなったほうがいいんじゃないだろうか。

 身振り手振りとか大げさだし、顔もころころかわるし。

 それはそうと、家族関係の疑問には僕も同意。

 僕自身、ここ(・・)に来る前に氏のことはネットで大体検索を掛けたのだ。

 その結果は結婚したあとも兄弟がいたような形跡も一切なし。今の時代のネットは便利なのだ。何でも調べることができる。

 西館により価値のあるものがおいてあるかどうかまでは僕にはあまり関係がない。あ、むしろそっちから持ち帰る人形を選べば、めんどくさい疑惑の目線を避けられるのかもしれない。

 タカラベさんの言葉には、みんな納得したのか安堵のため息をついてそれぞれが座りなおした。

「皆さんが信じないのなら、それもまたかまいませんが」

 それに、呪われている物件を他人に渡そうとするものだろうか。

 そういった点からも西館の話は作り話である可能性が高い。

 高いのだけど。

「なにがおきても、私どもは一切の責任を負いません。それは西館においても、です」

 そう最後に締めくくったオオザトさんの表情は分かりにくくて、一つの不安が残るのだった。


 その後、これから探索は好きに行っていいと言い置いて、オオザトさんは『彼女』を部屋の外へと連れ出した。部屋に返すという。

 食器はそのままになっているから、後に戻ってきて片付けるのだろう。

「ああ、もう一つ忘れていました。お嬢様はこれでもレディです。ちょうどこのダイニングの反対側に位置しますが、勝手にお部屋にはいらないようお願いいたします。一応鍵は掛けておきますが」

 ……徹底している。

 なんか、ここまでされるとオオザトさんがおかしくなっているんじゃないかと思えるようになってきた。

 たとえば、そのお嬢様が手足を失ったときのショックで人形とお嬢様の見分けがつかなくなってしまったとか。

 むしろオオザトさんがその狂った妹さんといわれたほうが、ホラーとしてはかなり説得力がもたされて面白くもなりそうなんだけど。

 だから。

 だからこそ。

 僕はここで、それぞればらばらに部屋を出始めている人達を尻目に、一番、この場で、おそらく、状況を最も理解していると思われるであろう人物。つまりは僕の先生に、ちかよってこっそり尋ねたのだ。

「先生、今の話本当ですか?」

 だけど先生の答えは案の定というか想定どおりというか決まっていたかのように

「さあな」

 の一言だけで、もったいぶって一切教えてくれない。

 つまり、さっきの話はどこか一部か、ひょっとしたら全てが真実だということだ。先生がこういう答え方をする時は大抵そうなんだ。

 先生はあとは面白いものでも見ているかのように生意気な顔をしたまま、カップに手を伸ばしてだまされたような顔をした。

「む、空ではないか。ヨシカズ、おかわりもってこい」

 知らないよ……


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