1日目-2
なんか自分が納得いかなかったのでここまでちょっと投げ込みです。
一話目からどうぞ
「それではみなさま。ルールの説明を始めますね」
その場にいた十名が食事を終え、食器を片付けた後に、メイドさんことオオザトさんがこう切り出した。
「ああその前に、お嬢様をお連れしないといけませんでしたね」
忘れていたように告げて、ドアからひとり出て行く。
お嬢様?
娘さんがいるようなことは先生がいっていたけれど、オオザトさんの娘のことじゃなくて、天野先生の、ここの元主の子供のことだったのか。先生も分かりづらい言い方をする。
さてどんな子なのか、ここに着て一切顔を出していないこともあって期待がなんとなく高まってくる。ただ、不思議なことにほかの人達もその『お嬢様』のことは知らなかったようで、お互い顔を見合わせていた。一人先生だけが、したり顔でニマニマと笑っている。
時間にして数十秒。たぶん一分もかかっていない。
そとからオオザトさんの足音とともに、なにやらがこすれるような、車輪のような、かすかな音が聞こえてくる。
ドアが自然と開き、“それ”がその姿を現したときに、皆が皆、息を呑んだ。
ぬばたまの様な長い黒髪。雪のような白肌。
遠くまで透き通る目。薄く色づく紅い唇。
幼い軀を覆い、わずかに着崩れながらも落ち着いた紅い着物。年季の入った、どこか古ぼけた、使い込まれた木の車椅子。
ひざの上で組み合わされた指に隙間が見えなければ、生きている人間だと誰しもが勘違いしただろう。
いや、ひょっとしたら死んでいる人形だといわれても、納得したかもしれない。
背中が、ぞくりとした。
呑まれる。ただそこに在るというだけで意識が奪われていく。
魅せられる。ただそこに在るというだけで視線が奪われていく。
引きずられる。ただそこに在るというだけで存在が奪われていく。
かつて感じたあの感覚が、いやあれよりもっと違うものが、より鮮烈に、より強固に、僕の中を渦巻いて、胸のうちを焦がすのでもなく、溶かすのでもなく、ぐちゃぐちゃにしていく。
「ようこそみなさま、いらっしゃいました」
メイドの言葉で、呼吸を忘れていたことを思い出す。
「まずは無事、当館にご到着なさいましたことをお嬢様ともども歓迎いたします」
そういって彼女は、深々と頭を下ろした。
「な、なんですか。それは」
やっとの思いで言葉を出したのは、毒吐きのタカラベさんだった。優しい顔は崩れて、痙攣するかのように頬をひくつかせ、『彼女』を指し示す。
「黒瑠璃お嬢様です。現在の、この館の主でもあります」
「人形に所有権があるのか!?」
グラサン男カワキタさんがとんでもないというように声を上げ、他のみんなも口々に言葉を吐き出す。しかし、オオザトさんは気にせずに言葉をつなげていった。
「皆様方は、当方の調査により、資産的に、社会的地位的に、環境的に、ご主人様の財産を受け取る資格を有すると判断されました。よって、これから正式に享受される方を決めるための、いわゆるゲームのルールを説明させていただきます。」
その言葉に、一斉に静かになる。視線がオオザトさんに一斉に向く中、『黒瑠璃』とよばれた彼女は、黙ったままだった。まあ人形であるから当たり前といえば当たり前なのだけど。これから急に動き出してもおかしくない雰囲気なんだよなあ。ぱっとみ小学生ぐらいの背だし。
「皆様方は今日より一週間、この館で過ごしていただきます。その間における人為的な自己等には一切責任を取りませんのでご承知ください」
オオザトさんの言葉は、すらすらと流れていく。あらかじめ台本でも用意していたかのような口ぶりだ。
「ゲームの内容としては、ご主人様より託された、『生涯の最高傑作』をこの館より見つけ出していただくという内容になっております」
それは手紙にも書かれていた内容だ。そこは間違いないんだけど……
『黒瑠璃』。彼女がそうでないとしたら、それ以上の人形があるということになる。
仮にそうであったとしたら、なんでわざわざ最初に見せるのだろうか。ゲームにならない。
「捜索範囲はこの館の一階から三階まで。かならず皆様がその手にとるところに安置しております。なにがしかの謎をとかなければならないといったようなことはございませんのでご安心ください」
おかしい。先生が過去に関係して、また今回呼ばれたということなら、先生に関わりがある範囲でなにかの謎があるはずなんだ。
いや、でも他の人も呼ばれているということはやはりただの宝探しゲームなのか? 森の中の木を探すようなものだけど。
「捜索に当たっては、あてずっぽうに大量に手元におかれましても、当方、また他の方々にも迷惑になると思われますので、次のようなルールを設定させていただきました。ご自分がこれだと思う人形がもしございましたら、ご自身の宿泊されているお部屋へとおもちください。ただしその際持ち込める人形はお一人様につき一体のみです」
つまり、ゲームの期間中は、特に夜は人形と一緒にすごすことになるわけか。まあ、先生にお願いして、捜索というか人形選びは僕にやらせてもらおう。それぐらいのわがままぐらいは効いてくれるだろう。
「仮に、一度お決めになった人形より『最高傑作』に等しいと思われる人形がございましたら、先にキープされていた人形を元の位置に戻してから新しくお持ちください。人形の交換はこのゲームの期間、何度でもなさっていただいて構いません」
なるほど……
現状、候補となっている『子』ならとりあえず決まっている。もちろん『彼女』だ。とはいっても、最高傑作というよりは『僕がほしい人形』というわけで、まだ見てない子達もいることだし、一度キープはさせてもらうにはちょうどいいかもしれない。
もっとも彼女は他の人達も狙うだろうからもう一つの候補を絞らないといけないのだけど……
「一週間後の正午に、正解となる人形を皆様がお持ちかどうか確認させていただきます。みごと見つけ出した方に、財産を贈与させていただきます。また、一週間という長い期間皆様を拘束させてしまうのですから、心ばかりではありますが、最後にお持ちになった人形はそのまま贈与させていただきます。」
最高だ!
僕としては、いや先生としても財産がもらえたらラッキー程度だ。それよりも、ここで一週間の逗留をするだけで人形が手に入るということは非常に嬉しい。
できるなら僕個人にも権利があれば二体ももらえたのだけど……まあ、無茶は言わない。
「期間中、館内および敷地内はご自由に動いていただいて構いませんが、敷地からは出ないようにお願いいたします。もし敷地から出られた場合は、権利を剥奪させていただきます。また、人形を壊すようなことがありましても、権利を失いますのでご注意ください」
敷地からでるな、か。
なんか条件聞いてると昔よんだミステリのストーリー思い出すんだよな。詳しい内容はわすれたけど、集められた人々のなかから死人が出て、犯人はこの中にいる! って。よくあるパターンか。
まあこの中には探偵もいないし、事件もそう起こるもんじゃないし、たぶん大丈夫だろう。まさか小説そのものな展開がまってるわけがない。
「すでに気がついているかたもおられるとおもいますが、お嬢様は『正解の人形』ではありません。また、持ち帰ることのできる人形からも外れております。このことは、十分留意してくださいませ」
それは……
『彼女』以外となると、『彼女』を見てしまった後となると、どうしても他の人形が見劣りしてしまう。選ぶとしたら、入り口で出会ったあの子だろうか。
他の子だと、なんかどうにも、食指が動かないんだよなあ。
さらにオオザトさんはいくつかこまごまとしたことを付け足していくものの、それは食事の時間だとか消灯時間だとか本筋にはあまり関係ないかもしれないことだった。
「ちょっとまってくれ。それがちがうだって!?」
思わずといった形で声を上げたのは、弁護士だというミツイさんだ。
他の人達も、おなじことを考えていたようでうなづいている。
ただ、彼らの疑問に答えたのはオオザトさんではなく、先生だった。
「別におかしな話ではないだろう? 最初に宝物を見せるような宝探しなど聞いたことがない」
「それは確かにそうかもしれないが、ブラフというものもあるだろう? あらかじめ違うといっておいて実はそうでしたというオチなど、そこらじゅうに転がっている」
「そうです。なにより彼女は僕らだって見たことがないんですよ? それなのに違うってことがあるんでしょうか?」
ミツイさんの言葉にのったのは、弟子の男のほう、クマガワさん。たしかに弟子には作品のすべてを見せていてもおかしくはなさそうだけど、弟子に何でも教える師匠なんていない。身近にいるからよく分かる。
なにより先生の教育の仕方は“まず体で覚えろ”なんだ。本当に有益かどうか疑わしい訓練をさせておいておわってから実は必要なかったとか、気付くのを待っていたとか、適当にその場ででっち上げた理由を言うものだから、先生の言うことは必ず疑う癖がついてしまったぐらいなんだし。
だから師匠は違えどおなじ弟子の立場として心の中で言わせてもらうと、『最高傑作』ではなくても『お気に入り』だからみせなかったという場合もあるのだよ。
「『最高傑作』ではなくても『お気に入り』だからみせなかったという場合もあるのだよ」
……先生にいわれた。というか僕のほうを伺いながら含み笑いをしているって、絶対僕の心読んだでしょう今。
いちいちひとの心読んで先回りして言うだなんて相変らず性格が悪い。
「もう少し話に集中したまえよ、ヨシカズ」
「……」
わかりました。黙りましょう。
「な、なんかその言い方だとまるで正解の人形を知っているようですねえ」
ふいにその言葉を発したのは、美術館副館長のモギさんだった。
「うん、どういうことだい?」
「あなただけ、『彼女』があらわれたとき、驚いた様子が無かった。知っていたんじゃないんですか? 彼女のことを」
とんでもないことを言い出した。言いがかりだ。僕らはちゃんと招待を受けた人間だというのに。
それだというのに
「確かに彼女には仕事の都合であったことがあるね」
先生があっさりと認めてしまった。
「ほらそうだ。そのときに正解の人形を教えてもらったに決まっている!」
その叫び声に、他の人達もそうじゃないかということを言い出した。
オオザトさんが声を張り上げて
「あらかじめ誰かに伝えたということはありません」
と、言い切っているのに聴く耳を持ってもらえない。
「教えてもらうなら、君達にだっておなじ可能性があることを忘れていないか? 全員、生前の氏に会っているのだろう?」
「そ、それは……」
「まあ、そうだな。納得しないというならわたしはこの場で権利を破棄しようか。そうしたら君らも安心だろう?」
「ちょっと先生!?」
なんて事を言い出すのだ。それじゃあ人形が手に入らなくなるじゃないか!何をそんなニヤニヤした顔をして……
いつもそうだ突然とんでもないことをいいだして人を勝手に振り回してああもうどれだけ迷惑を被ったことか。
「あんしんしろヨシカズ。別に君の権利がなくなったわけではないぞ?」
…………は?
「手紙の内容を思い出したまえ。『貴殿ら』だ。どこにも『手紙を送られた当人のみ』など書かれていない。同伴したものにも、等しく権利がある。そうだろう?」
そういって先生は、オオザトさんを見つめる。
「間違いございません。同伴された方にも、権利はございます」
……さらっと肯定された。そういう重要なことは最初のルール説明のときにするものなんじゃないでしょうか。
オオザトさんに目を向けるものの、彼女は変わらぬすまし顔だった。
「だとしたら! あ、あなたがあらかじめ彼にこの人形だと伝えればすむじゃないですか!?」
おや、なんか雲行きが怪しくなってきた気がする。このまま僕の権利すらなくすとか言い出さないか凄く不安なのだけど。
その不安を知ってかしらずか、先生はまたとんでもないことをいいだす。
「いいか? このヨシカズという男はな、人形フェチなんだ」
だからどうしたという顔をモギさんはする。
「人形を眺めて昼食を忘れることなどしょっちゅう。各地の人形展にはでかけ、部屋の中はフィギュアで埋まり、書く論文は人形についてのことばかり。財産なんて元から眼中に無く、氏の人形さえ手に入るならと、いやいやここについてきたような男なのだぞ? そんな男が、いくら財産が手に入るからと自分の気に入らない人形を押し付けられて喜ぶと思うか?」
……………………泣きたい。
何が悲しくて自分の性癖を暴露されないといけないのだろうか。それも、こんなに大勢の前で。大体、いっていることは八割がた嘘だ。部屋はフィギュアで埋まってないし論文はまだ一度もかいてないんだぞ。たしかにモギさんは納得したような顔をしてくれているけれど、引き換えに僕の心に受けたダメージはかなりのものだということを知ってほしい。ほら、あまりにものいい様に『彼女』もこっちを見ているじゃないか……
……え?
改めて『黒瑠璃』を見直す。
首が、僕のほうを向いていないか?
いや、ちがう。眼球は前を向いたままだし、『全員に自分を見ているように思わせる』ようなものがあると先生から教わったことがあるきがする。最初から、こっちを向いていた。
うん、気のせいだ。
そして、ちょうどよく、ひとまずこの場を何とかする打開策として一つの案が浮かんだ。
「わかりました。そんなに不満があるのなら、僕が人形を選んだ時は皆さんにも確認してもらいましょう。そこで文句が出なければ構わないですよね?」
僕の提案に、やっとモギさんも押し黙る。
他の人達も一応の納得をしてくれたようで、僕としては一息つけたというところか。
さあさっさとあの子を迎えにいってあとはのんびり館内の散策と人形鑑賞でもするかと思っていたところに、次の問題がでてきた。
「一つ確認したいんだが、捜索範囲はこの本館の一階から三階までなんだよな?」
「ええそうですが……」
グラサン男のカワキタさんだ。椅子にふんぞり返って、足を組んで、えらそうな態度を取っている。
「ほかの、たとえばあそこの離れにあるのはどうなるんだ?」
ダイニングの窓からもみえる、西側の塔みたいなところをいっているのだろう。
「西館ですね。あそこにも人形はございますが捜索範囲ではありません」
人形はあるのに捜索範囲じゃないとは、どういうことなのだろうか。
「もし、気にいった人形があればお持ちになってもかまいませんが、できるなら西館へは立ち入らないでいただきたいと思います」
「えと、それはどういうことで……先生が生きていたときもあそこには行くなと聞いていましたが」
たしか弟子のアキヅキさんだ。
やはり彼女達も何度かここへはきたことがあるのだろう。
「あそこはいわくつきのところでして。呪われているとでもいいましょうか? 管理をするために立ち入ることはできますが普段は鍵を閉じておりますし、故人のためにもそっとしておきたいのです」
呪われている。
やけに物騒な言葉だ。人形だらけの館に、立ち入り禁止の別館。しかもいわく付というなんでこうもそろってほしくないものがそろってしまうのだろうか。
先生を横目で見ると、何が面白いのか両腕を組んで笑みを浮かべている。なんかいやな予感がした。
「いわくとは、どんなものでしょうか?」
弁護士のミツイさんが興味を持ったようで、聞き返している。
「……気分の悪くなる話ですが、よろしいですか?」
言いよどみつつ、オオザトさんが『彼女』を伺いながら皆に確認を取る。
「別館に気分の悪くなる話ねぇ。いいでしょう。聞こうじゃないですか」
タカラベさんがいやらしい笑みを浮かべながら、代表して答えた。
この部屋を出て行くものはいない。
「……そうですか。では」
そしてオオザトさんは、西館にまつわる話を始めたのだった。