1日目-1
球体関節人形。
その名が示すとおり、肩や肘、膝、踝といった各関節を球体で形成することによって創られた人形で、他の人形とくらべさまざまなポーズを取ることができる。
有名なのはドイツのとある作家。
サイズは小さなものだと四十センチ。一メートルを越えるものはあまりない
以上うろ覚えの知識を元にした僕ぺでぃあ。
それなりに多くの作家がいるものの、日本では草分け的な存在だった人がすでに故人となっているということが非常に残念だ。
そして、アニメや映画、漫画の題材になっていたりと、気がつかないところで使われていたということに、調べなおして驚いた。
こんなんでフェチを自称していただなんて、他のファンの方に申し訳ない。返上しよう。
人形の中でも、特に好きな分野だったはずなんだけどなぁ。
「なんだかご機嫌だな。ヨシカズ」
「そう見え、ますかっ?」
「もちろんだとも」
目的地へと向かう車の中。道はすでに土へと変化し、整備されてるとはいいがたく、複雑に揺れる中僕はハンドルを握る。
朝日の形作る木陰のトンネルを潜り抜け、少しでも揺れが収まるように車の速度を少し下げた。
助手席に座っている先生は棒つきキャンディーを口に含み、ご機嫌な様子だった。
「先生もご機嫌です、ね……こっちはハンドッル握るので。いっぱ、いいっぱいなのに!!」
「仕方がないだろう。私では体格的に運転がしづらいのだから」
「だからって春休みの間に人を短期集講座に放り込む人がいますか!」
「ここに実際にいるんだから別に嘆くことではないだろう?」
そう、この先生、人を自分のいる大学へ勧誘したらしたで、その合格を聞いた瞬間自動車免許講習所のパンフレットを送ってきたのだ。ご丁寧にコレをうけろというメモまでつけて。
講習代は先生が持ってくれたからよかったものの、いきなり決まったバイトを休む嵌めになって凄く大変な思いをしたものだ。
この車だって所有者は先生で、入学してからというものこうやって僕を呼びつけ運転手としてこき使ってくる。
「そんな不満な顔をするなヨシカズ。今回は君にだって益のあるものだろう?」
「そう、ですっけどっ!」
ガタンッ
とまた車が大きく跳ねる。
「イタッ。ヨシカズ、もっと丁寧に運転できないのか」
「この道にいってくださいよ! まったくもう!」
ふいに、車の動きが滑らかになり、一つの立派な門が見えてきた。
「先生、あれですか?」
「ああ、間違いないよ」
□
門の上には小さなウグイスの像のようなものがおかれ、来訪者を監視しているようだった。
鉄柵の向こうに見える屋敷は古い洋館で、やや古びた外壁が静かな威圧感を放っている。
閉ざされた門の手前にとまり、さて一度車を降りないといけないかと思ったところ、門が自動で開く。
「そこを左に、もう少しいったところが駐車場だ」
噴水や別館らしきもの、ちょっとした小屋などを遠くに見ながら、車をゆっくりと進めていく。
すると、他に車が止められてる場所についた。全部で五台。僕たちのほかにも来ている人達がいるのだろう。
車を下り、荷物を担いで僕と先生は歩く。
やっと洋館の玄関についたところでノッカーを叩こうとしたときに、ドアが内側から開いて一人のメイドが出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。四谷様。それと……」
見るからにメイドだ。黒を基準としたワンピースドレスに白いエプロン。頭はシニヨンでまとめ、目には丸いめがね。年は三十半ばぐらい。
先輩の一人がこんなの違うと泣き出しそうな、まさしく中性ヨーロッパにいてもおかしくないメイドがそこにいた。
「吉田です。先生の教え子やってます。今日から一週間お世話になります」
「そうですか。あわせて歓迎いたします」
やさしい雰囲気の人だった。
「久しぶりだな。オオザト。娘さんは元気か?」
「ええ。おかげさまで」
娘さん? ああそうか。先生の昔の関係者というから、そのときにでもあったのか。確かに子供でもいそうな年齢な感じはするけどどんな子なんだろうか。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんが荷物を受け取り、先へとうながした。
その洋館の中に一歩踏み込んだとたん、自分に向けられてくる幾つもの目。
「!?」
その目を向けてくる彼女達は、一切動かない。
「……これは」
「驚きましたでしょう? 皆さん最初はいつもそうです」
ホールに入って正面。そこに飾られていた彼女達は、階段状に用意された展示台のうえで、それぞれが周囲に目を向ける形で飾られていた。
さながら、少女達の木か、ピラミッドか。
ぐるりと回りをまわって眺め、その数々に圧倒される。
でもなんか、おかしい。
先生はまったく驚くことなく、僕の反応を予想していたそうで、満足そうにニマニマと笑っている。
ああそうか。副業で関係していたといっていたから、こういったこの館の趣向はすでに知っていたのだろう。
「まずはこちらへ。四谷様たちのお部屋はこちらになります」
そういって案内され、向かった先は玄関をはいって左手の階段を上ったらすぐの部屋だった。階段は先にも続いていて、三階まで上がれるようになっている。
「もうしけありませんが、お二人で一つのお部屋となっております」
結構しっかりしている。ベッドは二つ、テレビもある。部屋の奥にはドアが一つ。ホテルみたいな雰囲気だからバスルームでもあるのだろうか。
荷物をおろして、再びメイドさんに連れられて歩く。
「もう間もなく最後の一組のかたもいらっしゃいますので、ダイニングでお待ちください。お飲み物をおもちします」
今度は階段を下り、玄関から見て左手奥の部屋へ案内されたところで、メイドさんがそう告げる。
ドアがおおきい。人が二人並んでもまだ余裕がありそうなドアだ。
そのまま、さらに奥の部屋にはいっていった。きっとそこにキッチンでもあるのだろう。
「おいおい、ここは子供が来る様なところじゃないぜ」
改めて室内を見渡すと、すでに何人かの人がそれぞれ勝手にくつろいでいた。
中央に大きなテーブル。それぞれの長辺に椅子が五つずつ。短辺のキッチン側に椅子が一つ。へやの周囲を取り囲むように暖炉や家具がおかれており、それらの上に所狭しと人形達がおかれていた。
最初に声を上げた男性は、サングラスに金髪、赤いシャツ。一番手前の椅子に座ってタバコに火をつけようとしていた。むしろあんたのほうが場違いじゃないのかと思ってしまった。しかもタバコを吸うなよ人形にタバコの匂いがつくじゃないか。
「つばさー、そんなに邪険にしちゃだめじゃない」
グラサン男にしだれかかりながら、どうにもケバイ感じの女の人が注意する。注意しているようで、思いっきり馬鹿にされてるような気がするんですが。そして香水のにおいがひどい。
「あの、タバコは人形達ににおいがつくのでやめていただきたいのですが」
ツバサと呼ばれたグラサン男に注意をしたのは頭頂部が禿げているスーツのおじさんだった。暖炉のそばに立ち、額をハンカチで拭きながら、いかにも苦労してますという感じをかもし出している。
その彼の傍らでは横に太い、同じくスーツを着たひとが椅子に座り両手を組んでうなづいていた。
「あ? どーせかまわねえだろ? おれのモンになるんだから」
「現状はまだ“候補”です。いただいた招待状にも、しっかりとかかれてたじゃないですか」
今度はいかつい顔をした堅い感じの人だ。窓際にたって外を眺めていた。
「んだようっせーなー」
そういいながらも、タバコをしまうあたりそこまで悪い人ではないかもしれない。
「まあまあ皆さんここは仲良くしましょうや」
そして、壁際に飾られている人形を眺めていた、また別の茶色いスーツの人が場を治めるように口を開いた。
「みなさんおなじハイエナ同士おなじ穴の狢なんですから」
「ハイエナだと!?」
全然場を納めようとしていなかった。優しい顔をしたまま平気で毒を吐くその姿は、どこかの先輩を思い出させる。
一瞬、場の空気が凍った。
グラサン男の剣幕に、皆が息を飲んだとき、一つだけ場違いな声が上がる。
笑い声。
それは、僕の隣からクスクスと聞こえてくるわけで……
部屋にいる六人全員の視線が一気に先生に集まる。
先生はそんな様子に気付かないようで、クスクス笑いがとうとう声をあげて笑うようにまでなった。
「なにがおかしいんだよ!」
「いや、わるい。まさか私とおなじことを考えてる輩がいたとはな」
なんとか笑いを押さえようとしながらも、先生はなんとか言葉をつないでいく。
「ハイエナ! いいじゃないか。皆が皆、死した人の、故人の遺産を求めてやってきたのは間違いないのだろう?」
「ガキが! いうじゃねえか!」
「生憎こんな姿でも成人しているんでね。なんで成長しなかったかいまだに疑問でならないよ!」
そのままひとしきり笑ったあと、先生はやっと納まったのか、大きく息をついて呼吸を整える。
部屋の空気が、とまっていた。
そんな空気を打ち破ったのは、僕たちの後ろにやってきた二人の男女。
「あのう、勝手に入ってきてしまったのですけど、よろしかったですか?」
どちらも僕よりいくらか年上の、三十手前ぐらいかという風で、それぞれが両手に荷物を持っていた。
「ああ、構わないよ。オオザトはいま隣の部屋で食事の準備をしている。くつろぎたまえ」
先生が反応して、まるで我が家のように歓待の言葉を述べていた。
勝手にそのような振る舞いをしていいのかと思わないでもないけれど、メイドさんはキッチンに引っ込んだままだし、しょうがないか。
「ついでといってはなんだ。自己紹介でもしようではないか?」
「は? なんだよ急に」
突然の言葉に、グラサン男がまた叫ぶ。この人は叫ぶことしか脳にないんだろうか。
「いや、皆これから一週間一緒にすごすライバルであると同時に仲間だろう? お互いの名前も知らずにすごすのも窮屈じゃないか」
一理ある。一理あるけど……
先生の言葉も確かに急すぎる。まあ場の空気をリセットさせるためなんだろうな。とかおもっていたら、さっさと自己紹介を始めやがった。
「ま、言いだしっぺの私からだな。四谷・鈴だ。大学の教授をやらせてもらってるよ」
そういいながら、わざわざ免許まで取り出して自分の年齢を誇示しだしているし、まあ年齢と身長のコンプレックスはこの先生の一生の過大だから、やさしく見守っててあげるのが吉か。とはいいつつも、以前、先生は『年齢のことなど聞くな』といってなかったっけ?
「ほら、ヨシカズ次は君だぞ」
「なんで……もう、わかりましたよ。吉田・義和です。先生の教え子です。……これでいいですか?」
先生をみると満足そうにうなずいて、グラサン男に目線を向ける。たまたま近くにいたから次のイケニエに選んだのだろう。グラサン男は相方の女性と顔を合わせたあと、しぶしぶと口を開く。
「川北・翼だ。人形の収集をしている。こっちは……」
「神田・玲よお。ツバサのこいびと」
個人的な収集家というやつなのだろうか。ここにいるメンバーの中で一番怪しい人間といったら失礼かもしれないけれど、それでも浮いているのは確か。カンダとかいう女性はやっぱりケバイ。人形好きな恋人をもって大変そうだ。
「美術館副館長の茂木・雅夫です。こちらは館長の立石・忠信」
次に自己紹介をしたのはグラサン男から反時計回りに、暖炉の傍に立っていた禿げているおじさんだった。館長と紹介された人は変わらず腕を組んでうなずいているだけ。話をする気がないのだろうか。
「古美術商を営んでます財部・敏夫です」
今度はテーブルの反対側、壁際で人形を見ていた人が口を開く。
そのまま続けて窓の外をみていたいかつい人。
「三井・健です。財部さんの弁護士をやってます」
いきなり弁護士を連れてくるというのも、なんだか気が早いんじゃないだろうか。それとも完全に、自分が財産を手にするとでもおもってるのか? タカラベというひとはグラサン男に喧嘩を売った時のように、やさしい顔をしながら何を考えているのか分からない。
「ほら、君達の番だぞ」
そして、先生が最後にやってきた二人組みに話を振った。
「ぼ、僕は熊川・勇人です。こっちは……」
「秋月・美穂子よ。先生の弟子の代表としてここにきました」
まさかのお弟子さんだった。
クマガワさんはどこかなよってしていて、アキヅキさんは勝ち気そう。なんか知り合いに似たような人がいた気がする。
さあこれで自己紹介タイムはおわりだ。どうするんだ。という感じでグラサン男が先生を見たときに、キッチンのドアが開いてお盆にティーカップをのせたメイドさんがやってきた。
「おや、皆さんおそろいになってましたか。少し遅いかもしれませんがお昼にいたしましょう。その後、注意事項とルールを説明させていただきます」
いわれてみれば、お昼時を過ぎていた。どうりでおなかがすくわけだ。