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Ⅲ レイの出現 後編

 引き返した先は、さっき素通りしたダンスサークルの公演場所だった。それはそうだ。音源は耳に届いていたし、これまでもが消えていたらさらなる謎が生まれている。

 踊っているのをちゃんと見るのは今が最初だが、奇をてらったような極彩色の和服という衣装から、真剣さが滲み出ている息の合った振付だった。この地域の伝統的なお祭りをベースにしているようだ。

「うおっ」

 思わず声を漏らしてしまったのは、その集団の中に、八人がかりで動かしている大きな神輿があって、彼らと一緒に踊っていたからだった。

 しかもそれは、とても目を引く神輿だった。おにぎりを擬人化したキャラ、と言えばいいのだろうか。三角頭に白いボディでの「ゆるキャラ」とでもいえそうな巨大なオブジェが乗っかっているのだ。そういえば、例の祭りは稲の収穫祭がもとだったと聞く。四月という春先にそういう踊りをしてどうなる、と突っ込むのは野暮としても、変に注目を集めていることは間違いがない。

 無駄に凝っているのが、頭部の海苔を模した黒い部分が、一部だけ剥げてしまっているところだ。十円ハゲのように見えるのだが、それがなんだかよくマッチしていて、思わず苦笑してしまった。

 しかし、さっき通ったときは存在に気付かなかったな。きっと、あれが到着したのを機に演武を始めたのだろう。

 しばらく眺めていたが、ふいにさっきの映像が脳裏をかすめた。

 僕の視界を横切る黒い影。

 内心で、嘆息する。

 いい加減、幽霊の存在を信じてしまいそうである。強制を受け続けると人はそれに従うようにできているらしいが、僕もいつの間にか、桃香と一緒にニタつきながら、ありもしない一馬の幻影を追うのかもしれない。

 良くない想像に嫌気が差していると、ふと、視界の端に、珍しい人を見つけた。

 理穂さんだ。

 彼女が大学にいるのは普通のことだが、なんと僕と同じようにして演武を見ている。

 だいたい人気のないところで座っている理穂さんが、こんなところで立っているのか。

 新鮮に思い、僕は理穂さんのそばに寄ることにした。

 と、五メートルほどの距離になったところで、理穂さんがこちらを見る。気付かれた。

「げ」

 そして彼女はそう言うなり、てってって、とここを離れて行ってしまった。な、なぜだ。よくわからないので追いかける。

 一分ほどの追いかけっこの後。

 僕たちは例の場所にいた。

 図書館横の、理穂さんのテリトリーのベンチ。

「──で、なんでまた、逃げるんですか」

 僕は尋ねた。僕を真剣に拒絶するのなら、もう少し念の入った逃げ方をするものだ。

「え、いや」

 柄にもなく口ごもる。すると、かなり恥ずかしそうにしながら、

「……ああいうところを見られるのは、なんだかこそばゆいんだよ」

 三つ編みを弄りながら、口を尖らせる。会話相手である僕を見ないように目を伏せているから、なんとも可愛らしい。普段見せることがないから余計にそうだ。

「……なんだね?」

「いや、その、可愛いなって思いまして」

 僕は正直に言った。嘘はよくない。すると理穂さんは急激にテンパりだして、

「か、か、か……からかうなよっ!」

 なんて初心な反応なんだ。僕だってモテる学生ではないが、そこまでではないぞ。

「そ、そうだ。わたしのことはどうでもいい。君、この前言っていた幽霊の件は進んだかい?」

「え……あ、ええと」

 鋭く話が切り替えられて、まず困惑。ついで、何を話して何を沈黙しようかと逡巡。

 数秒黙考し、一馬の死や桃香のおかしな態度のことは、まだ伏せたままにしておくことにした。

 代わりに、今の今いちばん頭を悩ませている、さっきの現象を語る。

「その、僕……さっき、別な幽霊を見たかもしれないんですが」

 幽霊、と自分で言ったのは、理穂さんの興味を引くためというのが大きかったが、それでもそう口にすることで、自分が何かに屈してしまったような気にはなり、やや敗北感を覚える。

「ほーう」

 もじもじとした恥じらいは一瞬にして消え去り、いつもの怜悧モードがやってくる。

「なるほどねえ……」

 腕組みをして、数度頭を振る理穂さん。隣で座っている僕のことなどお構いなしだ。

 そういえば、と、僕は思いつきを口にする。

「あの、幽霊ってものが仮にいたとして、そいつは毎日自分の恰好を変えたりはできるんですかね?」

「うむ、わからん」

「まあ、そうでしょうけど」

「なんだ、君が最初に見たらしき幽霊は、色んな恰好をしていたのか?」

「……はい」

 問われたら正直に返すのが、僕のスタンスである。玲は決してファッションに気を遣っているようではなかったが、いつも同じ服装ではなかった。

「わたしが思うに、でいいのか?」

「もちろんです」

「ふむ。そうだな、まずこういうことを考えてみたい。幽霊Aがいるとしよう。こいつの死因はギロチンで首を落とされたことだ。この場合、Aは首無しの幽霊となって出てくるのだろうか?」

「どうなんでしょう。有名な映画の『シックス・センス』だとそんな感じでしたけど」

「だな。そこで君の見た幽霊だよ。それの死因は分かっているか?」

「はい……毒物による死亡、だそうです」

「うん? 毒物だって?」

 理穂さんははっとした顔つきをした。そして思い切り顔をしかめて、

「毒物って言うと、この大学だと……()()を連想してしまうがね」

 核心をつく。となると隠すのは嘘になってしまうので、やめにしよう。

「……実は、()()被害者っぽいんですよ。だから、信じそうになっているところなんです」

「な、なんてこった……」

 文字通り、理穂さんはのけぞった。そして、これはヤバいな、と呟く。

「ま、今はそれを措いておこう。毒だとよくわからんが、でもやっぱり死んだときのそのままの姿ではないんじゃないのか、の幽霊は」

 理穂さんからその名前が出てきてぎょっとしたが、知っている人は勿論知っていることだ。

 だからそれも当然と、僕は平然を保って会話を続ける。

「ええ、そうですね。至って健康そうには見えました」

「そうか。ならば、だよ。少なくともその限りにおいて、幽霊は自分の外見を変化させているわけだ。ならば、恰好を弄ることや、ひいては自分の私物を具現化することくらいは、推論的には可能ではないか、となるとは思うがね」

「な、なるほど」

 講義中、自分のノートを取っていた玲を思い出す。仮に玲が幽霊でも、それはありえなくもない、わけか。いや、ありえないだろうけども。

「それよりも、だ。本題に戻ろう」

「あ、はい。ええと、本題っていうのは」

「……君、自分でなにを喋ったのかも忘れたのか?」

 すいませんね。こちとら本題にしたいことが異常に起こりすぎてこんがらがっているところなのですよ。

 僕がぺこりと頭を下げると、理穂さんはやれやれといった顔つきをして、

「もちろん、君が上を向いたときに目撃したという、幽霊の見間違えのことだよ」

 そうだった、そうだった。

「って、()?」

「そうとも。……というかわたしはたまに分からなくなるんだが、君は幽霊を否定したい立場に立っているんだよね? むしろ見間違えだと指摘したのだから、安堵の気持ちくらいは示してもらいたいんだがなあ」

 ええと……そうだ、その通りだ。あれが見間違えであったならば、僕も気楽なものだ。

 だけど。

「いや、ですから、僕もそう思いたいのはやまやまなんですが。そう言い切るには困ったことがあるから、こうして相談しているわけで」

 理穂さんはいつものキレッキレの脳細胞によって一足飛びに解答にたどり着いているのかもしれないが、僕はそこにスイスイついて行けるだけのバネを持っていないのだ。

「ふうむ。まあ、そうだね。わたしも結論を急ぎ過ぎたね」

 悪いね、と理穂さんは小さく肩をすくめて、

「簡単に指摘してしまえば、君のさっきの体験は、ある一点をクリアすれば終わるんだよ」

「ある一点、ですか?」

 どこだろうか。一点。一番大事な所。

「僕が、飛行する人影を見たっていう点ですか?」

「違う。君が飛行する物体を見て、すんなりと()と思い込んだ点だ」

「え、え」

 声を発そうとして、止まる。

 その通りだ。

 どうして僕は、あれを人間の前提のもとで、考えていたのだろうか? 人影という前提ばかりで、他のものだと考えようとはしなかった。

 いや、それでも構わないのだ。記憶を照らし合わせるに、あれは確かに人影と思える形状だったのだから。ただしそれは、普通の人ならの話だろう。

 なにせ僕は、ここ数日幽霊らしきものとの関わりが深く、猜疑心が尖っている。

「まずはゴミが飛んだだけ、とかいう考え方を、するようなものなのに……」

「だろう? それで、あれが人間ではないとの前提に立ったならば、真相はまさに、それでいいんだよ。君はただ、飛んでいくゴミを見たのだ」

 そう言われれば、そのような気もしてくる。

「ただ、ゴミとしてもちょっと気になりますね。僕が人影だと思ったのだから、結構な大きさでしたよ。風が強かったわけでもなく、そんなものが飛ぶでしょうかね?」

「うん、確かにそこは奇妙だね」

 ベンチに腰掛ける位置を軽くずらして、理穂さんは一息入れた。

「しかし、予想が立たないこともない」

「はあ」

 僕には全く立っていないのだが。いい加減、自分のしょぼさを理解しなくては。

「そう、例えば──さっき広場で踊っていたサークルの、神輿に乗っかっていたオブジェのとか」

 唐突に僕は思い出した。おにぎりを模した例のものだ。そういえば、あれは海苔の部分が一部取れていた。十円ハゲみたいだ、と思っていたものだが、あれは単に、剥がれてしまっただけなのだろうか。

「あの黒い部分は、黒いビニールか何かで貼りつけていたようだったからね。風や動きによっては一部取れてしまうこともあるだろう」

「かも、しれませんね。ただ、ビニールがあんなにうまく飛ぶかなあ」

「いや、それは中になにか居ただろう。多分、一羽のだと思うがね」

「えっ!」

 それを聞いた途端、僕の脳がシミュレーションを始めた。踊りの最中に、オブジェの黒いビニールらしきものが剥がれる。それが風で舞い上がり(ここまでは僕の認識の埒外にある)ちょうど飛んでいた鴉に覆いかぶさる。そして鴉はそれを振り払う為か、とにかくがむしゃらに飛ぶ。真ん中が引っ張られるので、四隅はムササビの四肢のように見えもすることだろう。それを目撃した、僕。

 ……うん、そう言われればそうかもしれない。人影だと思い込んでいたものが、黒ビニールをまとった鴉だった、というのは大変お粗末な話だが。

 というか、そうだ。理穂さんの言うとおり、そこが問題だったのだ。どうして僕は、こんなに簡単に人間説を立ててしまい、さらに説そのものを疑わなかったのだろうか。理穂さんに尋ねると、

「ようやく分かったかね……と言いつつも、実はこれも推測なのだが……君、今日の内に、法学部棟近くにやたらとあった立て看板のうち、劇団ゼッペキというサークルのそれを見たりはしなかったかい?」

 ……した。

 ものすごく、した。さらに、どうしてそれが訊かれたのかも分かった。

 なぜなら、劇団ゼッペキは公演予告をしており、そのタイトルが『』だったからだ。

 あれを横目に歩いていると桃香と会い、一馬の死を知らされて今に至るわけだ。

「その通りです! だから僕は、あれを人間の幽霊だと思い込んだんですね!」

 僕は興奮気味にまくし立てた。

「まあ、厳密に言うと、君はあれを見て、演劇の何かかな、と深層心理が認識したのだ。思い出しはしないレベルでね。演劇をやるのは人間だろ。で、黒い影は結構大きかったし、人らしくも思えた。だから人間が飛んだと判断し、けれどもその他の状況証拠からタイトルとも結びつけ、幽霊ではないか、と迷ってしまったんだと思うね」

 その通りだ。ちなみに影が鴉なら、飛んで行った先の着地もへったくれもない。そしてもし僕以外の誰かがそれを目撃していたとしても、ただのゴミが飛んでいるようにしか見えないのだ。びっくりする人もいるかもしれないが、すぐに判断するだろう。

 ああ、今はサークル勧誘やらでバタバタしているからな、何かしらが飛んでしまったんだろう、なんて。ひょっとしたら、僕が立ちすくんでいる間に脇を通り過ぎて行った学生の何人かは、それを話題にしていたかもしれない。また、僕があのまま前に進んでいれば、ビニールから出てきた鴉を目撃した(可能性はあるだろう)人がいたかもしれない。だが僕は、そういうものに耳を貸す余裕はなかったし、そちらには行っていないのだ。

「ホント、馬鹿馬鹿しい話だ」

 僕は座りながら、空を仰いだ。やや流れの速い雲は見えても、幽霊なんぞいない。自分がとんでもなく情けなく思えてくる。

「いや、そこなんだよ、君」

 と、理穂さんが諭すように話しかけた。

「別に君が馬鹿だとけなすつもりはないよ。けれども、やっぱり今日の君は思い込みが激しかった。おそらくこの話を聞いた人がいたなら、呆れたことだろうね。あんなものを幽霊だと思うなんて、現実にあるだろうかと」

「……否定は、できませんね」

「うん。しかし、()()()()()()()()んだよ。まして君の周りの環境をご覧。わたしも詳しくは聞かされてはいないが、とりあえず服部玲の幽霊なんてものが君を悩ませているらしい。そういう状況下に陥っていれば、似たような発想に飛びつきたくなるのはしょうがないんだ。気を落とすなよ、しょうがないんだから」

 ダメなままでいいじゃないか、と言われているようで、多少傷つくところもあったけれど、理穂さんが僕を励ましてくれていることはようく分かった。相変わらず僕の目を見ないようにして、三つ編みを指に巻きつけながらだけど。

「日常を生きていて、ちょっと不思議だなって思うことはある。そんなとき、今の君ならオカルトの方向に吸い寄せられてしまいがちだろうね。とにかくそこに気を付けたほうがいいよ。見たところ、君はちょっと疲れている。そっちにばかり頭を回すと、体壊すよ」

「はい……ありがとう、ございます」

 不覚にも心にぐっとくるものを感じてしまい、僕はお礼を言った。すると理穂さんも面はゆいものを覚えたのか、手をひらひらと振って、

「なーに、それよりも早く君の周りの幽霊騒動について聞かせなさいよ。うまく整理がついてないようだから待つけどさ。面白そうだし」

 などと、露悪的に自分の利益を主張するのだった。

 とりあえず、一馬の死について、それから桃香の言う一馬の幽霊について、もう少し把握してから話そうとは思う。今僕に必要なのは、情報の収集と整理だ。

「ええ。約束しますよ」

「そうか。じゃ、もう少し気楽にやったほうがいいね」

 なんだか今日は、理穂さんに励まされっぱなしだな。

 そう感じた僕は立ち上がり、意趣返しも込めて、理穂さんの顔を覗き込んで言った。

「理穂さん、やっぱり可愛いですよ」

「はうっ」

 本心である。嘘ではない。けれども、やっぱりあからさまに狼狽える理穂さんを後にするのは、気持ちがよかった。


          ○


 なにかと憔悴した新学期初日が明けた、翌日。

 下宿で健康的に朝の七時に目を覚まし、まだぼんやりとした頭で体調を確かめる。

 昨日の疲れは、意外と取れていた。

 僕の勝手な思い込みによる幽霊騒動が解決した、というのは理由としてあるだろう。あれも現実に還元できていなかったら、今頃は精神が危なくなっていたのではなかろうか。

 危ない精神状態で思い出したが、桃香や一馬の件は、依然として残っている。

 一馬の死については、聞かされた直後と同様、リアリティを持って捉えきれていないふしがあり、どうも漠然としている。

 そして、桃香だ。今一番気がかりなのは彼女だった。

 こうして思い返す形であのおかしな笑顔をなぞってみるが、やはり不穏である。確かに天然っぽいところはあったし、引っ込み思案な玲と比べて愛想もよく、思いっきり笑うこともよくあるやつだった。一方では一馬と二人、完結した生活を送っているようなところもあり、芯の通った性格をしていた。

 やはり、その支えである一馬を亡くしたことが原因なのだろうか。今現在、僕にそういう存在がいないから分からない上、狂気というものがどういった状態なのかも不明瞭だ。だから、あれを見て桃香は静かに壊れている、と断じるのは気が引けたし、友人にそういう評価を下すことにも嫌なものを覚え、結局どうしたものか、と再び考え込む。問答の螺旋は下向きだ。

 それにしても、一馬の幽霊が見える、ねえ……

 僕は嘘が嫌いだ。特に、人の信頼を裏切る卑劣さには虫唾が走って仕方がない。エイプリルフールに嘘をつくよと宣言した上で冗談を飛ばすように嘘を言うことすら、自分からはやりたいと思わないし、他人がやってもあまり面白く感じられない。

 ゆえに、桃香のいう「一馬の幽霊」も、僕が嘘であると考える以上、いい気分ではないのだが……少なくとも、桃香にとっては「本当」なのだろうなあ、とは感づいているのだった。

 どうも、やりづらい。

 もやもやとした気分のまま、大学へ向かう時間になった。

 自転車を漕ぎながら、そぞろに思う。

 ……そもそも一馬って、本当に死んだのかな。

 昨日理穂さんに、思い込み過ぎるなと言われた反動だ。考えてみれば、一馬が死んだという情報は桃香からもたらされたもの以外になく、その桃香が信用ならないとすれば、当然一馬の生死も疑わざるを得なくなる。

 まあ、桃香を疑うわけではないが。しかしあの普通でない様子は別のところから来ていて、それで一馬が死んだと思い込んだ、なんて強引な解釈も可能なわけだし。

 行動、するか。

 これも昨日の反動だ。黒い影を見たときにそのまま目的地に向かっていれば、あんなに悩むことはなかったかもしれない、という後悔が、やろうと思ったらやっておこうというように僕を駆り立てている。

 法学部の学生課に立ち寄って、どう尋ねようか迷ったけれど、自分の学生証を提示しつつ、直球勝負をかける。

「あの、現在三年生の原根一馬の友人の雪見という者ですが、どうやら原根が亡くなったという話を聞いてしまいまして、それが本当なのかどうか、確認したいんですが」

 ちょっと待って下さい、とは言われなかった。相手の事務員さんは、少し悲しそうな沈黙を作った後、その通りです、大学には連絡が入っています、葬儀関係は彼の地元で行われたそうです、と丁寧に説明してくれた。

 調べるまでもない、時事的なニュースとして伝えられてしまった。

 ……そうか。一馬、死んだか。

 すとん、と何かが心に落ちた気がした。ありもしない重みを感じる。まるで、一馬と違って僕は現世につなぎとめられ、どこかに置いて行かれるかのように。

 世間一般の友人の定義からすれば、そんなに親しくは見えなかっただろう。たまに学内で会って話してご飯を食べる、くらいのことしかやっていない。

 でも、やっぱり悲しいな。

 今はまだ、一馬が死んだ気がしていないからそうでもないが、もう数日すれば、僕も死というものを見つめてしまうのかな、と予感した。

 脳裏に一馬がよぎって、消える。僕でさえこうなんだから、桃香のことも、考えてやれよ。ちょっと、心の中で毒づいた。

 そうしてふと、教務掛の辺りを見ると──


 ──が、そこにいた。


「────」

 絶句する。しかし、目を擦っても事実は変わらない。教務掛横の掲示板を眺めているその横顔は、まさしく玲だ。

 しかし、よく見ると彼女は、僕のよく知る玲そのままではなかった。

 まず、長い黒髪だったのが、茶色の小さなポニーテールになっている。休み中に染めたのか。それに合わせるように、普段はほとんどしていなかった化粧もしっかり施している。口紅の赤が、どぎつくはないにせよ、彼女がしているというだけで艶やかだ。ファッションも小奇麗なコートとパンツを合わせていて、まるで今風の女子大生のようだ。

 だ、大学デビューっていうやつなのか?

 面食らったけれども、理穂さんの言を思い出した。

 ──推論上、幽霊が外見を変化させることがあってもおかしくはない。

 いやいや、なにを考えているのだ、僕は。玲は幽霊なんかじゃない。れっきとした人間だ。こうして間近で見たら分かる。溌剌とした、生気が感じられる。

「服部、さん」

 僕は駆け寄って、小さめの声で話しかけた。と、彼女はこちらを向き、心底怯えたような表情を浮かべ、

「え……すみません、()()()()()()?」

 と、僕に訊いた。

 なにを、言ってるんだ。服部玲は君だろう。君が田中さんなら服部と言われて不審に思ったかもしれないが、君も服部なのだろう、わけの分からないことをするんじゃあない。

 なにより、嘘をつかないでくれ。僕がそれを嫌いなのを知っているだろう。

 理穂さんの口調のようにきつい言葉が飛び出そうになったが、すんでのところで押しとどめた。

 違う。押しとどめざるを得なかった。

 僕と玲──によく似た人物──のすぐ横にある掲示板。

 そこの一角に、こんな貼り紙を見つけたからだった。



「──以下の生徒を、法学部三年次編入生と認める。

 服部楓(経済学部より編入)」



「服部……?」

 僕の呆けた呟きに、目の前の彼女は。

「そうですけど、何か?」

 と、訝しげな表情で問いかけた。





Ray shoots again.

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