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Ⅵ レイの追跡 後編

 それは、いた。なにがいたかって、そりゃ、

 だ。

 後ろ姿を見せ、僕たちと同じ方向に歩いているから顔は見えない。しかし、小さい体でちまちまと歩く様子に、肩まである黒髪。よく使用しているリュック型の鞄。さらに、おなじみの黒っぽい春物の地味なコート。去年の春や秋ごろは、週に二、三度玲と顔を合わせていたことになるが、大抵これを着ていた。ファッションに無頓着でいて、ジャージで通学するのは躊躇うような女子大生の恰好だ。

 そんな人影が、僕の前を歩いている。もちろん、こちらには気付いていない。

 こんな偶然って、あるのか?

 それとも、週末は僕らが大学に来ることはないと思い、構内を無防備にうろついていた?

 分からない、しかし、そこにいるのは確かだ。

 数日前、桃香と歩いていた時に一馬の幽霊を見かけたときのようなざわめきが、全身を駆け抜けていった。一馬のアレは、桃香の妄想にあてられて、つい僕まで幻視してしまったような気がしないでもないが、こっちはそうはいかない。

 なにせ、玲の場合、去年一年間は共に過ごしたのだ。

 ほら、行かなくては。僕は足を速めた。

「えっ? 雪見君?」

 物理的にも心理的にも置いて行かれた楓が呆けたようにして訊く。玲には気付いていないらしい。ならば説明は後だ。無視してさっさと歩んでいくと、困ったように、なんなのようと呟いてから、トテトテとついてくるのが分かった。

 週末だから人もまばらで、広めの通りを進んでいるから楽だ。このまま追いついて、この機会を逃してたまるかと気合いを入れる。

 と、前方の彼女が、振り返りはしないまでも、こちらを確認するようなそぶりを見せた。

 ──やばい、かも。

 危惧したのも束の間。すぐにそれは危殆に変わった。

 小さい歩幅で歩いていたのが、突如駆けだし始めたのだ。

 ──逃げる気か!

 それはいけない。今まで早足だったのを、僕も小走りにチェンジした。ふぇえ、と後方の楓が驚きの声を上げるが構っていられない。思えば玲が走っているのを見るのは初めてだ。別に彼女の運動神経を軽視した覚えはないが、予想したスピードよりも速い。

 一本道をずっと動いていた僕たちだが、細い路地、ほとんど建物どうしの隙間に入りこまれたのを機にメインストリームから外れる。奇しくも文学部棟の近く、以前スラックラインの練習跡を色々と勘違いしたあの地点の近くだった。本気で僕を撒くつもりのようだ。

 ──幽霊ゆえの壁抜けなんかされた日には、たまらないぞ。

 壁抜けができるがどうかは知らない。理穂さんの仮説を信じるなら、自分ができると思ったことしか幽霊はできないことになるので、壁抜けは常識の範疇外になりそうだけど。

 ひやひやしながら角を曲がると、幸いながらいてくれた。しかしほっとする暇もない、別の角を折れ、より込み入ったところへ向かわれてしまう。

 ああ、もう!

 急いで追跡。既に僕も全力で走っている。高校生の体育祭を思い出す。全員参加のリレーでやむなく走らされ、前を行く生徒を追わされる感じだ。

 角を曲がると、ちょうど別のところを折れるところだった。危ないな、と加速してそれに倣う。飛ばせ、飛ばせ。

 どんどん走る。さっきから、歩いている学生らしき人は、こんなところでなにを、とすれ違いざまに一瞥をくれる。髭面で何年大学にいるのか分からないような小太りの男性に舌打ちをもらい、心の中で謝る。角を曲がる直前、茶髪の小さな女性と接触してしまい、これはいけないと声に出してすみませんと叫び、そのまま急いだ。

しかし。

 そこを曲がった先に、玲の姿はなかった。

 くそ、見失ったか?

 きょろきょろと辺りを見回すが、その気配はない。楓がやっと僕に追いつき、肩で息をしている。いったいどうしたの、と訊かれると同時に、僕は視界の端に人間を補足する。

 残念ながら玲ではないが、ここの男子学生らしい人物だ。背が高いが不健康じみて細い。携帯電話をいじっているので、この数分はこの場所にいたとみられる。玲の足取りも見ているはずだ。

「あの、すいません」

 僕が声をかけると、その学生は警戒するような目つきをしてから、なんですかと問い返してきた。

「さっきここに、黒っぽいコート着て、全体的に地味な感じの小さい女性が来たと思うんですけど、どっちにいったか分かります?」

 男性は僕の質問に眉をひそめ、おずおずと口を開いた。

「いや、こっち、()()()()っす」

 誰も来ていない、だって? そんなことはありえない。さっきの角を曲がって直進したらここにつく。ここを通った先に、また別の道があるのだから。少なくともここは通っていなければならない。そうでなければ、角を曲がってすぐに、路地の両脇を固める建物のどちらかの壁を駆け上がって行って、天井まで行き着くかだ。この位置で携帯電話を弄っていたらそれは見ていないかもしれない、だが、どうやってそんなことができる? 玲は変な蜘蛛に噛まれてスパイダーマンにでもなったというのだろうか?

 ……まさかこいつ、僕に嘘をついているのか?

 思った瞬間、頭に血が上るのを感じた。こちらは必死で玲の足取りを追っているのに、それを嘘なんてもので邪魔しようというのか? ふざけるのもいい加減にしろ。生憎と僕は嘘が死ぬほど嫌いなんだ、その口殴りつけるぞ──

「その人は嘘ついてないよ!」

 突如、割り込む声がした。楓だ。

「すいません、ちょっと見間違えちゃって。いこ、雪見君」

 そのまま彼女は僕の手を取って、ぐいぐいと引っ張っていく。抵抗するのも駄々をこねているようで情けないから従うが、突発的に覚えた怒りは消えていない。

 ある程度離れたところで、僕は楓から解放された。そこで文句をつけたくなる。

「ちょっと、」

「雪見君」

 口を開いた僕は一蹴された。明るく元気ないつもの姿とは違って、表情も険しい。

「分かるよ、雪見君。姉さんを見たんでしょ? それで追いかけて、見失ったんだよね? でもあそこは通るはずだもんね、ルート的に」

「そうだよ、だから」

「忘れてない? 姉さんはなんだよ? あの人に見えている()()()()()でしょ?」

 絶句した。

 その通りだ。

 その通りすぎた。

僕は何をやっているのだろうか。僕が当然のように玲を認識しているばかりに、こんな基本的なところを忘れていた。一馬や桃香など、玲を見ることのできる人物は多い、ということを差し引いても、大ポカだ。

「……ごめん」

 素直に謝る。幽霊ならば、見失うのも仕方ないのに。

「のめり込み過ぎだよ、雪見君……それにね。実は私も、()()()()()んだ」

「え」

 そんな、と思考が固まるも、僕の挙動に困惑しっぱなしだった楓を思うと、納得の波が押し寄せてきた。そうか、楓は僕がどうして走り出したか分からなかったんだ。さっきあの学生に質問することで、ようやく悟ったんだ。

「あ、勘違いしないでね。雪見君はちゃんと姉さんを見て、追いかけたってことは信じるよ。でも、私はどうも、それが見えないらしいね……」

 もの悲しそうな表情になって、楓が呟いた。僕も胸が苦しくなる。こんなことってあるだろうか。実の妹が、姉のことをよく知りたがっている妹が、当の幽霊を見ることができないだなんて。

「そんな……」

「ちょっと、すまなさそうにしないでよ! 雪見君が悪いことなんてないでしょ?」

「いや、そうだけど、さ」

「だったらいいじゃん、それに、もし姉さんを見つけたら、私に通訳してくれるでしょ」

「うん……でも、何で彼女は僕たちを避けるんだろうね」

 これは純粋な疑問だった。今日まで僕の前に姿を現さなかったのだから、ここで逃走するのは分かる。しかしそもそも、どうして僕に会いたくないのか。

 ここにきて久々に、玲との別れを思い出した。いつにもなく大声で、雪見君、と僕を引き止めて、何か言いたそうだったけれども結局なにもしなかった玲。あのとき玲は何か伝えたかったのだろうか。それとこれとは、関係があるのだろうか。

 一馬の死とのつながりを追う今、それもしっかりと捉え直さなければいけないようだ。

「……ふう」

 溜息をついたのは、僕ではなくて楓だった。ちょうど僕もそうしようと思っていただけに、出鼻をくじかれた気分だ。

「なんか、もういいかって気も、してきたなあ」

「ん? なにが?」

「姉さんを頑張って追いかけるの。もう、いいかなって」

「でも、幽霊かどうか、よく知りたいって」

「うん。だけど今回で、姉さんは幽霊になってるんだなってことと、自殺じゃなくって誰かに殺されたのかなってことは思ったわけね。それで私たちから逃げるってことはさ、誰に殺されたかを()()()()()んじゃないかなと思ってさ。だったらむやみに追い回すのはもうやめて、向こうから近づいてくるのを待とうかなって。雪見君もいることだし」

 あっけらかんとした調子で、朗らかな笑みと共に言われると、そんなもんかなとも思う。楓にとっては、玲の幽霊を知っただけでも満足なのだろう。

 ……それに、誰に殺されたかを言いたくない、ね。

 この推論は頭に残しておいた方がいいな、そう直感した。一理ある。

「というわけで、今年から法学部に来た私ですけど、どうぞよろしくっ」

 差し出される右手。エネルギッシュなパワーを感じる。

「もちろん、こちらこそ」

 僕も右手を伸ばして、がっちりと握手。

 なんだか、温かい。

 掌に感じる熱は、あまりにも生気に満ち溢れていて、そうか僕たちは生きているんだったなと実感してしまった。


          ○


 今日の成果に満足げだった楓と、学食でお昼を一緒にしたあとに別れ、独りで構内をうろついていると、いつものベンチに理穂さんを発見した。今日もいるのか、と思ったが、春休み中でもそうなのだからむしろ当然とも言える。

「世紀の大発見でもしましたか?」

 声を掛けると、いつものように気だるげな声が、視線をずらしたまま飛んでくる。

「大発見? ……ああ。そのうちすごい論文にしてみせるよ。哲学だけどね」

「理穂さん、法学部ですよね?」

「……君、政治哲学は法学部の領分だよ。まったく法律バカはこれだから」

 むう。そう言われては立つ瀬がない。政治哲学とは、また理穂さんに似合う学問だ。晴れていれば外で、雨ならば屋内でいつも物思いに耽っているのは、意外と世界を良くするにはどうすればいいかなどと考えているからかもしれない。

 もっともそれで留年を重ねていれば世話ないが。

「というか、君が今日ここに来るとは意外だね。土曜日だよ。サークルでもやっていなければ来る道理もないだろう。図書館に勉強しに来たのかい?」

「いえ、実は」

 どうせならと、僕は今日あったことの話をした。楓とあの教室に行ったことや、玲の幽霊を見て追跡したが見失ってしまったこと。

 特に、服部玲の死体出現の僕の推理については、念入りに説明する。

「これ、どうですかね?」

「ふーむ。却下!」

「ええー!」

 一蹴だった。どういうことだろう。

「理由は二つ。ドアの開閉の緩みの差くらいで、死体を大きく動かすことは難しいだろうね。そして、ドアと死体を結ぶテグスに、犯人ではない方の学生を触れさせないようにすることはもっと難しいだろうね。机上の空論だろうよ」

「うう……」

 楓にも褒められて多少いい気になっていたので、この一撃は効いた。合格取り消しの衝撃である。素直に消沈していると、理穂さんは呆れたような顔をして、

「しかしまあ、そんなに難しく考えなくてもいいとは思うがね。例えば服部玲は発見当時まだ生きていたとして──」

「救命すると見せかけてそのタイミングで殺した、ですよね。それでもいいんですけど──」

 それだと回りくどい上にその必然性が説明できない、云々。先程の失点を取り返そうと躍起になっているのかもしれない。

「まあ、そうかもしれないが」

「その、服部玲はやっぱり殺されたと思うんです。なぜなら、原根が死んだのはそれと密接な関係があると感じているからです。ただの自殺では説明がつかないと思いませんか?」

 問いかけると、理穂さんの目の色が変わった。アニメならば、眼鏡がキラリと光っているところだ。

「成程ね……そこを因果関係で結んだのか……」

「そうなんです」

「それは……ちょっと()()()な」

「まずい?」

 どこか問題があるだろうか。あまり論理の積み重ねには自信がないから、穴を指摘されてしまうのも理穂さん相手なら十二分にあり得るけれど。

「あー、うーん、まずいというのは別に間違ってるというわけじゃあなくって、まあ正しいってわけでもないけど、その、なあ」

 珍しく理穂さんが口ごもっている。それも、可愛いなんて言われて困った風になるときではなく、純粋な状態で、だ。これは一体どんな風の吹き回しだろう。

「煮え切らない態度ですねえ」

 言葉をかけても、眉間にしわを寄せてうんうんと唸るばかりだ。

「……あー。すまない。ちょっと用事を思い出した。悪いけど失礼」

 ついには自分から席を立って、そのままフラフラと歩き去ってしまった。

 残された僕。からっとした陽気ではあるものの、休日のこんなところに誰か別の人がいるわけでもなく、寂しい。弱い風が僕の首筋を撫でたのを、鋭敏に感じた。

 なんだ、これ。

 不思議に感じる一方で、気まぐれな理穂さんのことだしよくあるか、と割り切った思いが胸をよぎった。気にはなるが、気にするでもないような。

突っ立っていると、ふいにさっき自分で言葉にしたことを思い返す。

 ──玲の死と一馬の死との、密接な関係。

ここをもっと、掘り下げたほうがいいな。そう、考えるようになった。

 それにあたって、思い当たる手段が一つある。

 今までは遠慮していたが、思い切って使ってしまおう。

「さてと」

 僕は理穂さんの代わりにベンチに座ってから携帯電話を取り出すと、精神状態が平常であることを祈りつつ、一本の電話をかけた。

 相手はもちろん、今僕が精神状態を一番心配している人物。

 すなわち、花村桃香であった。


          ○


 翌日、日曜日。

 当然授業はないが、今日も僕は大学に来ていた。昨日桃香に電話をかけた際の成果である。

「わざわざ、すみません」

 僕はテーブルの向かいに座る人物に向かって言った。学生食堂、と言いたいところだが、少しランクが上がって学内の喫茶店である。何気に入るのは初めてだ。

 というのも、今日会っているのは学生ではない。

「いいですよ。仕事場からも近いし、今日は完全に休みだったんで」

 丁寧語で応じてくれているが、明らかに目上の女性──花村孝介の担当編集である矢野さんは、僅かに首を傾けて微笑んだ。とても小柄で職場では可愛がられているらしく、三十路は近いと嘆く割には童顔である。桃香からは、仕事に関しては辣腕とも聞いているけれど。

 今日は桃香を通じて、お会いしてもらう機会を得たのだ。

 そういえば、僕と矢野さんが知り合いになった経緯に触れていなかった。といっても単純な話で、花村孝介が小説の取材で今時の男子大学生の下宿を知りたいとなったときに、僕の部屋の写真を提供したのだった。それはきちんと作品に活かされていて、そのサイン本は頂いている。僕をモデルにしたらしいキャラクターも良い位置に登場していた。嬉し恥ずかしとはこのことである。

「……なにか?」

 矢野さんが尋ねてきたのは、僕がちらちらと彼女の頭部に目をやっているからだった。

「ああ、これですね」

 なにせ今、彼女は金髪なのである。少し前に、桃香に矢野さんの写真を見せてもらった。あの、桃香と矢野さんのツーショットなのに一馬がいると桃香はいうやつだ。その時の彼女は普通の黒髪のウエーブだったけれど、今は金髪のストレートだ。さすがに気になる。

「花村先生の取材の一環なんです。女が髪を染めている過程が見たいとのことで、美容院さんにお願いしてもらって、モデルを私が」

「そうなんですか。でも、金髪で仕事、支障出ませんか?」

「今年の業務は作家さんとのやりとりと社内ものに限りますから、そこは大丈夫です。そうだ桃香ちゃんの様子はどうですか? 先生も心配してますけど」

「ええと、すごく不安定だったのは最初だけだったと思います。講義には普通に出席していますし、結構顔を合わせますけど、元気そうです」

 そう、元気そうだ。一馬の幽霊がいるゆえに。このことも口にしようか一瞬迷ったが、今はまだ止めておくことにしよう。それっぽいことを尋ねられたら、正直に話せばいい。口止めされている感じでもないし、なにより矢野さんも桃香のことを気にかけているからだ。

「先生も、雪見君がいてくれるとありがたい、と言ってますよ」

「はあ。まあ、大事な友人ですし、そこはちゃんと」

 実際、僕や玲に友人がそういないのはともかく、一馬と桃香も同様なのだった。皆、自己完結したようなところもある。だからこそ、桃香を通じた下宿の取材が、すんなりと僕にきたのだった。一馬でもいいが、あちらの下宿は作家志望度が強く、紙束やらがごちゃごちゃ置いてあるらしい。もっと一般的な男子学生はいないのかということになって、僕に白羽の矢が立ったのだ。

 と、いい加減本題に入るべきタイミングであることに気づいた。いや、花村孝介が桃香のことを心配していることが分かったのも一つの収穫だが(あの兄妹は妹から兄への愛が一方通行であるように思えるので)、僕が訊きたいのは別のことだった。

「あの、矢野さんって、ここのOGですよね?」

「そうですよー。学年は雪見君の七つ上かな。この喫茶店は、私が卒業してからできたものですね、記憶にないもの」

 七つ上だったか。となると七年前は三年生。服部玲は二十歳で亡くなっているから、学年も同じか、違っていても近い。

「矢野さんが学生の頃、学内で変死事件あったの、覚えてらっしゃいます?」

 直球で尋ねた。すると矢野さんは少し笑みを浮かべて、

「ええ、覚えてますよ。同級生だったか、ひと学年下だったかな……自殺だって言われてましたね。直接は知らないですけど」

「亡くなった学生さんと、面識なんかはなかったですよね?」

「そりゃあ、ないですよ。あ、でもね」

 僅かに声のトーンが下がった。

「私、学生時代は何個かサークルかけもちしてたんですけど、今もあるのかな、オカルト研究会にも顔を出してたんですよ。メインとして活動してたわけではないですけど、あの事件はだいぶホットだったなあ。奇妙な状況があったらしくて。知ってます?」

「あ、はい」

 嘘はよくない。僕は死体出現についてざっと知っていることをまとめた。

「そうそう、それです。詳しいですね」

「まあ、最近触れる機会があったので」

 その後もいくつかこの事件に関して話したが、どうも矢野さんは服部玲と面識がないらしいと感じてきた。七年前の玲と現在の一馬を結ぶ線は彼女が最有力だったのだが、これはハズレだろうか。

「ところで雪見君、もしかして小説書こうと思ってます?」

 悪戯っぽい笑みと共に唐突に訊かれ、僕は戸惑った。

「ええ? いや、そんな予定はない……ですよ?」

「あれ、そうなんですか。てっきりこれを題材にしたもので一本書こうと思って、私に色々質問したのかと思っちゃった」

「ああ、できるものならやってみたいですけども」

 高校生の時に小説めいたものを書いたことはあるが、正直自分で読んでも面白くない代物だった。

「ぜひぜひ。原根君もよく、私に相談してましたし……と、すみません」

「いえ、お気になさらず」

 事実、ほとんど気にならなかった。これも一馬の幽霊らしきものを見たからだろうか。どうも僕の周りから彼の存在が完全に消えたようには思えず、一馬の喪失を強く感じることはできない。

「……やっぱり、原根君とは仲がよかったんですよね」

「はい。といっても、お互いベタベタするようなタイプではなかったので、普通の大学生の仲の良さと変わらないか、やや薄いくらいだとは思いますけど」

「そうですね……でも、彼が最後にお電話するくらいですし、雪見君も自分が思っている以上にショックを受けているかもしれませんから、お気を付けてくださいね」

「……ありがとう、ございます」

 その後は少しばかり雑談をして、お開きとした。会社の領収書を切ってもらったので、丁寧にお礼を言ってから別れる。前に見かけたときより大きく見えるなと感じたが、単純にヒールを履いてきているという理由もあった。私服で香水も香ったし、これからデートでもあるのかもしれない。

 喫茶店を出てしばらく歩き、そこまで成果はなかったかと思った矢先。

 僕は違和感を覚えた。

 矢野さん、一馬がに電話したのが僕って、知ってたな。

 だが、それは当然のことだろうか?

 矢野さん自身が一馬の死後整理に関わることはないはずだ。つながりがあるとはいえ、あくまで担当している作家の妹の恋人という、大したことはない関係なのだから。

 そして、一馬の最後の電話の相手を知るには、携帯電話を調べなくてはならない。ぶっちゃけ僕も正確には今知った。なんとなく、僕だったんだろうとは思っていたにせよ。

 携帯電話は警察が調べたかもしれないが、その後は遺族の手に渡って終わりだろう。事実、番号が使われなくなったことからも、遺族が解約したのがわかる。

 矢野さんにその情報が伝わる可能性は、あまり高くない。

 なのに彼女は、()()()()

 当たり前のことのように、口にしてしまっている。

 これは……一体?

 寒気がした。ホラー映画なんかで、怖いことが起こるんじゃないかと予想して、ああここでは起きないかと気を緩ませてしまった直後に来たような、感覚。

 矢野さんが電話を知っているのは、あの場所に居合わせたからではないのか?

 一馬に無理に電話をさせて、その後殺した、とか……

 根拠のない、悪い想像ばかりが頭を巡る。しかし一点に置いて奇妙なものがあるのも事実なのだった。

 どうなってるんだ、玲。一馬。

 心の中で呟いていると、次第に俯きがちになり、陰気に揺れる僕の影が黒さを増していくようだった。

 そんな暗い気分の中、行き場のない思考だけがぐちゃぐちゃと迷走していた。


Twist and shake it.

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