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Ⅴ レイの交差 前編

 心が、晴れない。

 この数週間で僕に降りかかった幽霊にまつわる事々は、ある程度整理できたつもりだ。はじめは面食らったものの、玲が幽霊であったのならばそれでいいやとも感じるし、一馬のそれに関しては桃香の妄想かもしれないとは考えているものの、そうつっこんでいくことではない、と思っている。

 そう、事象についての混乱は収まり気味なのだ。

 しかし、次なる問題も生じる。

 ──自分の、問題。

 先日のクラスメイトの会話を盗み聞きして知ったことだが、僕が幽霊、つまり玲と会話していることはバレていたようだ。それはそうだ、こちらとしても隠すつもりはなかった、隠さなければならないことだと認識していなかった。玲が見えない人には、とても奇異に映ることだろう。

 となると、僕のあの一年間は、どれだけ頭がおかしい奴として映っていたのだろうか。

 一応、自分を救済する論理も考えついてはいる。さっき引き合いに出した会話でも、一人は僕のエア会話(ホント、最悪だよ!)を主張していたものの、他の連中はそうでもなかった。そして、一馬や桃香も玲と普通に会話していた。僕と同じように、彼女を人間だと思って。

 ここから導き出される仮説として、玲を見ることのできる人間は、まあまあ()のではないか、というものがある。

 物語の中で幽霊は、およそ二種類に分けられると思う。

 限られた人しか見られないか、そうではないか。

 玲が死んだ席で授業を受けていたから見えるようになった、という考え方は前者だ。トイレの花子さんみたいに、誰でも分かる恐怖対象というのは後者だ。

 そしてこの場合、二種類に分けておきながら早くも枠組みを破壊して申し訳ないが、その中間なのではないかと思う。

 結構たくさんの人が見られるけれど、見られない人もいる。

 僕のことを何もない空間と会話していたと評した彼は見えないが、それに疑問を呈していた彼らは見える。それくらいの、差。

 正確な割合を考える気にはならないが、とにかくそういうことだと思う。

 でないと、恥ずかしさで頭をかきむしりたくなりそうだ。結局例のクラス会も気まずくて断ってしまった。現在僕を一番悩ませているのは、こうして揺れ動く僕の自意識そのものだった。

 エゴばかりが先立って、自分でも嫌になる。

「雪見くん、元気ないねー」

 僕の背後で、桃香の声がした。何を隠そう、今は講義の合間の時間である。桃香とは取っている授業が似ていた。もう少ししたら教授が入ってくるはずだ。

「わかる?」

「うん。ほっぺたのお肉がちょっと減ったかも」

「……本当に?」

 自分で確かめる。言われてみればそうかもしれない。ズボンのベルトをきつめにするようになったのは事実だ。標準体型が、やや痩せ型に変わっていくことはある意味いいことだが、心労が原因では全く報われない。

「花村さんは、しっかりしてるね」

 言い返したが、その通りなのだった。一馬が死んでから一週間と少しが経っている。この期間をどう捉えるかは人次第だが、僕としてはもう少し落ち込んでいてもいいと思う。無理に気丈にふるまっているようでもない。

「まあねー。くよくよしても始まらないし」

 あれだけ仲の良かった恋人を失ってなお、こういられる理由は多少分かっていて、要するに一馬の幽霊だ。桃香にはそれが見えているから、平静でいられるのだろう。

 はたして本当に幽霊は現れてくれているのか、心理的な防衛機制がはたらいているのか。どっちにしても、桃香は例の、仮面で固定したかのような気持ちの悪い笑みを見せながら話すことはなくなったし、じっくりとランディングするように精神が安定していっているようだけれど。

「雪見君、ってさ」

 少し唐突に、疑問が投げられた。

「なに?」

「法科大学院、目指すんだよね」

「そうだね。まあ、ここの人は半分くらいがそうだと思うけど」

「やっぱり、弁護士になりたいの?」

「うーん、法曹に進みたいなあとは考えてるけど、どれが一番、ってわけでもないな、今は」

 嘘が嫌いという困った性格な僕だが、嘘と正義を扱う法曹を見据えるというのは割と自然なことだと自分でも感じているが、ビジョンはその程度でまだ漠然としている。

「そっかあ。あたし、進路どうしようかなー」

 桃香の進路。思い返せば聞いたことがない。いい大学に行きなさい、と親に強制されて進学したようだし、そこまでの計画もなかったはずだ(普通の大学生はそんなものだと思うけど)。しかし一馬がいない今、自分自身の進路を考えている桃香にはどこか前向きなものを感じて、僕は好ましさを覚えた。

「大学院はどうなの?」

「法科はないよー。法律合わないもん。別の院ならともかく、やっぱり就職しようかなー」

「三年になったし、そろそろ考えるときかもね」

「ふむうう。やだなあ」

 こんな会話をしていると、桃香が一馬の幽霊を見ているだなんてことが信じられなくなる。至って普通だ。全体的に大きな眼は、くりくりと現実だけを見ているように思える。

 そうこうしているうちに教授が入ってきたので、会話は終了。僕は脳味噌を授業モードに切り替えたわけだが、その端でちょっと思うところもあった。

 ──僕が一馬の幽霊を見ることって、まあ自然といえば自然だよね。

 僕の仮説──ほとんど、自分を落ち着かせるためのもの──によれば、玲を見ることのできる人は多いことになる。となれば、一馬についてもそうだろう。現に桃香はそのどちらも見えているし。

 ならば、玲が見えていた僕も、一馬を知覚できてしかるべきことになる。

 もちろんこれは、一馬の幽霊が現実にいることを前提としていて、桃香が勝手に自分の脳内に作り上げた場合は別なのだけれど。あくまで、一馬の幽霊が本当にいたらの話だ。

 これはひょっとすると、数日前にここで桃香と話していた時に、一馬の幽霊らしきものを一瞬見てしまった自分に対する正当化なのかもしれない(そもそも、桃香に似たようなことを既に指摘された気がする)。でも、それとは別の動機も含まれているように思う。

 それは簡単なことで、僕は一馬に()()()のだ。

 友人が死んで幽霊になれば誰しも考えることだけれど、そこが本当に大きい。

 なんで死んだんだ。玲となにか関係があったりするのか。あの電話はどういう意図があったんだ。質問したいことはいくらでもある。

 ああ、そうだ。電話だ。

 ちゃんと考察してはいなかったが、これはかなり重要なことだ。一馬は僕への最期の伝言として、服部玲が幽霊であることを伝えた。今まで僕は、一馬の死と玲との間になにかあるのでは、と勘繰っていたが、そんなものは当然なのだ。なければ電話などしない。

 では、そこになにがあるというのだろうか。考え込む。

 出発点として、一馬は自殺したのか。警察の判断は自殺だというし、身内でもそう処理されたというから、普通に考えてそうなのだろう。たまに観るミステリー系のドラマで、他殺に見せかけて首を絞めるとかいうのがあるが、現実には結構見抜かれるものらしい。

 ただ、犯人が幽霊ならば話は別なのではないか?

 完全に自殺に見せかけて、首吊り死体を作り上げることができるのでは?

 というのも、玲の何かを一馬が知ったとして、それで彼自身が死を選ぶという展開になるのは不自然だと感じるのだ。それよりも、幽霊の手にかかったというほうが、しっくりくる。

 あの電話も切羽詰まった様子だったし、とにかく何かを僕に伝えようとしていたのだと解釈することも可能だ。

 そう仮定すると、一馬を殺したのは──玲になる。

 しかし、()()

 あの昼食の場で一馬が語ったことは、大したことではない。今の僕はそれ以上のことを知っているし、長年大学にいるとみられる理穂さんや、玲の妹という楓も同様だ。そもそも、事件自体は週刊誌の記事になったことだし、あまり隠せることではない。

 だから一馬が殺されたとするならば、それらよりももっと深い情報を掴んだから、と考えるのが妥当だろう。

 それはいったい、なんだろうか。

 ふと思いついたのは、玲自身の事件についてのことだ。自殺とされているが、()()()なのだとしたら、犯人はまだ捕まっていない。もしも一馬がそれを知ったとしたら?

 どうやって七年も前のことが分かるのだ、という壁は確かにある。けれども、それを登るための道具になりうる手がかりを、僕は一つだけ持っている。

 それは、矢野さんの存在だ。

 矢野さんはうちの大学のOGで、年齢的に服部玲と近いから、面識があった可能性がある。

 同時に矢野さんは花村孝介の担当編集で、僕がちょっと知り合いであるほどだから、もちろん一馬も知り合いである。

 もし矢野さんが服部玲事件に関わっていて、それを一馬が察知したとしたら、どうなるだろうか。

 不都合を覚えた玲(の幽霊)が口封じにかかるか、あるいは矢野さん自身がよくないものを抱えていてそうしたか。どちらにせよ悪い想像が体中を駆け巡った。よく考えれば、幽霊が保身に走る必要はないだろうから、口封じが理由ならば、犯人は矢野さんということになるが。

 もっと考えすぎた形として、服部玲事件に子供のころの一馬が関わっていて、その復讐に玲がやってきた、とすることも可能だが──

「おーい。雪見くーん」

 肩の辺りをちょんちょんと叩かれて振り返ると、桃香が怪訝そうにこちらを見ていた。

「……ん?」

「ん、って。授業終わったよ。なにぼーっとしてるの、寝てたわけでもないのに」

「え、ああ。ごめん」

 思索に耽りすぎていて、周りが全く見えていなかったようだ。変なの、と桃香が無邪気に笑い、切り揃えらえた前髪が僅かに崩れる。依然と比べて子どもっぽくなったなと感じるのは、一馬の幽霊が見えるなどと言い出し始めたからだろうか。

 変な仮説ばかりを立ててしまったが、とにかく、ここでうだうだ頭を回しても仕方がない。今度矢野さんと会う機会があれば尋ねてみたいことができたなとは感じたが、パイプとなる桃香にあまり負担をかけるのもなんだから、タイミング次第だろう。

「雪見君、お昼どうする?」

 尋ねられ、見れば時刻はお昼時である。この流れなら、普通に桃香と一緒するのがいい。

「生協で買っても、食堂行っても。この時期はまだ混んでるかな?」

「そうだねー。生協行こっか」

 四月の昼休み真っ最中にわざわざ学生食堂に向かう三年生はそういない。目の輝いた一年生でごった返しているからだ。僕も一昨年はそんな感じだった。

 学内は当然、往来も激しいわけだけれども、そろそろ落ち着いてきたかなという印象。ここらでパフォーマンス付きのサークル勧誘を見かけることはなくなった。相変わらずビラはまかれ続けているが、僕には手渡されない。空気で新入生ではないと分かるのだろうか。

 この前見たマイナーサークルがいるかと思ったが、ほとんど覚えていなかった。

「曇ってきたねー」

 桃香が空を仰ぎ、僕は頷いた。最近は天気のいい日が続いていたが、今日明日にかけては崩れるらしい。洗濯物も部屋干ししてきた。

「降らないといいんだけどなー。あたし、傘もってないや」

「そこらへんに落ちてるよ、傘なんて。誰のかわからないやつ」

「あーっ。遺失物横領だーっ」

「いやー、あれが『他人の物』と分かってればそうだけど、所有者不明でしょ、あそこまでいくと」

「じゃあ、占有離脱物横領だーっ」

「その二つは特に違わないでしょ! トートロジー!」

 ちょっと法学部っぽい掛け合いをしながら歩いて行く。

 と。

「……あ。お兄ちゃんだ」

 隣を歩く桃香が、視線を斜め横にずらした。

 またか、と思いつつも、僕もそちらを見やる──


──()()


「……!」

 声にならない声を上げる。ここから少し離れているが、人ごみに紛れるようにして歩いていたのは、確かに一馬だった。間違いない。眼鏡に気を遣わない地味なファッションと、決して目立つタイプではないけれど、顔がはっきり見えた。まさしく、()()()

 驚きのあまりに行動を起こせないでいると、すっと彼はいなくなってしまう。消え失せるようだったならばさらに肝を潰しただろうが、人の波に飲まれた、といった感じだった。

「……もしかして」

 桃香の声がする。

「雪見君……今、いたんだけど、()()?」

 ここで否定できればよかったのかもしれない。あれは桃香の妄想で、僕もそれに毒されてしまったからつい思い込んでしまったのだ、そういえば前もそんなことあったな。それで済ませればよかったのかもしれない。

 しかし、今の僕は衝撃を受けすぎていた。

 だから、素直になる。名前の通り、正直に、告げる。

「……うん」

 途端、桃香の顔色がぱああと明るくなるのを感じた。視界に入ってなくとも、分かった。

「ほらー! ね? いたでしょ?」

 そう言って彼女は、僕の左腕を組むようにして抱き寄せた。

「え」

 軽く胸が当たったりする。なんだこれ。

 男としてラッキー、と思わないことも無かったが、今はこの躁状態と言える桃香の様子のほうが問題だった。また、変なスイッチを入れてしまっただろうか。しかし僕が一馬を見たのは事実なのである。やはり一馬の幽霊はいたのだ。少なくとも、僕の頭の中には存在するようになってしまったのだ。

「ね、やっぱり学食いこ? 三限空いてるでしょ?」

「え、うん、まあ」

 喩えるなら急にアップテンポの歌を口ずさみ踊りだすミュージカル女優のような。そんな豹変の仕方で、僕はさながら桃香の恋人がごとく密着されながら、比較的空いているところの学生食堂を目指した。そうさせられた。

 そして二人で昼食を摂っている間、幽霊となった一馬がどんな風に現れてくれるのかを延々と語られ続けたが、桃香の話は同じところを何度もなぞったり、急に昔話が入ったりするために、新しくなにか発見があるということはなかった。

 ……嘘はつかないにしても、これからこの話題については沈黙を貫こう。

 単純に僕はすごく疲れ、その後講義が全て終わって自転車に乗った段階で不運にも雨が降ってきたのもあって、自宅に帰り着いたときにはすっかり憔悴していた。


          ○


 翌日。

 と、場面を大きく切り替えてみても、僕の内面までガラッと変わったりはしなかった。以前と比べ、一馬の死を重点的に考察していこうかな、と漠然たる方向性こそできたものの、今日も大学で勉強することに変わりはない。

 ──楓に、一馬や桃香のことを告げてみようかなあ。

 そう思う。彼女としても玲のことが気になるだろうし、玲と一馬の死は繋がっているという予感もある。いきなり幽霊の話をするのはおかしいかもしれないが、玲のことを姉の幽霊だと言い張っているのは、僕よりむしろ楓なのだ。真剣に聞いてくれる勝算は高い。

 が、下宿を出てから、今日はいいかと思う。

 昨日の一馬の幽霊とのニアミスを、しっかり消化してからにしようと思ったからというのはある。あまりせっつかれるように動いていては、重大な思い込みをしてしまうし。理穂さんに指摘されなくとも、そこはもう自覚済みである。

 まあ、いいかと思う、そういう理由もあるにはあったのだが。

 簡単に言うと、あまり天気がよろしくない、というのが大きいわけで。

 晴れていなければ動く気がしない、なんてことはないが、この環境だと先送りにしたくなるものである。

 現在、昼の十二時半。午後からの講義に備えて大学に向かっているのだが、自転車には乗っていない。

 ざあざあと、結構な雨が降ってきたのだ。

 ちょうど下宿で早めの昼食を迎えているときに、怪しかった空模様が崩れた。もう三十分遅ければ、雨の中を通学せずに済んだのだが、代わりに帰りが大変だったろうから文句は言えない。ともかく、こんな雨ならばあえて楓を呼びつけるのも面倒である。

 向こうとしても迷惑かもしれないし、明日は天気も回復するようだし。

 僕は荷物を濡らさないように注意しながら、大学へと向かった。

 自転車で十分ほどの距離だから、二十分以上かかってしまう。いつもより早く出る必要に駆られてしまった。と、大学を雨に打たれながら出ていく自転車を数台見かける。午前中のうちに来て、降ってきたので急いで帰る連中だろう。傘さし運転も見かける。危ないなあ。

 地面の嫌に湿った感覚を断続的に得ながら、僕は構内を歩いた。雨足は弱まってきていて、傘で防ぐ水滴よりも、踏み出す足の気持ち悪さのほうにイラッとする。

 べちゃべちゃという音は、なんと不愉快なんだろう。

 口を尖らせながら左側方を見ると、あるものが目に付いた。

 そちらには、一本の道が伸びていた。文学部棟に向かうはずの道だ。今僕は構内を南下しているので、東西に走っていることになる。その道を挟んだ北側(つまり、僕から見て左側)は文学部棟の一部があって、南側(同じく右側)は法学部棟だ。この道を一本過ぎて曲がると、僕の目的地が見えてくる。

 つまり僕は三叉路の中央に立っていることになる。角には二本の太い木が植えられていて、位置的に文学部棟はしっかり見えない形だ。

 そこに、足跡があった。

 足跡くらいなんだ、と思うのも無理はない。

 ただ、その足跡は、()()()()()のだ。

 まず補足しておくと、足跡がつくだけあって、その道は砂地である。今僕が南下している道はアスファルト舗装されているが、それはここがメインの広い通りだからだ。場所によってはこういう砂道も数多い。

 そして肝心の足跡なのだが、僕がいる位置からこのまま左折して、砂道を歩き、北側の文学部棟に入ろうかな、と少し向きを変えて三歩ほど行き、そこで消えている。

 今は雨が降っているから足跡もだいぶぬかるんでいるが、ここを通った人がいないからだろう、それ以外の邪魔な痕跡が残っていないため、はっきりわかった。自転車のタイヤ痕すらもない。まあ、ここは自転車が通りたくならないような場所だけど。雨ならなおさらだ。

 これは、どういうことだろうか。

 足跡はどうも、文学部棟に入りたかったように見える。しかし、あの位置からジャンプしたとしても、砂地を完全に飛び越えて到達できるようには見えない。形状的に、雨が降ってからつけられた足跡のようなので、踏ん張りもきかないだろう。

 思い切り飛んだとして、二本ある大きな木に飛びつくことができるかできないか、それくらいだ。しかし仮に文学部棟に近いほうの木に飛びついたとして、そこからどうする。木を思い切り蹴飛ばして、アスファルトの方に着地する。まあ、可能だと思う。なぜこんなことをするのかは分からないけど。

 あえて不可解な足跡を残そうとしたのだろうか。確かに、それはありうる。この道は人通りが非常に少ないので、そんな悪戯も保存されやすいのだ。現に僕がこうして目撃している。

 しかし、なあ。やるならもっとできなかったものだろうか。

 たとえばこの砂道をもう十歩ほど直進して、そこで途切れさせるとか。それならばもっと、不思議な情景を演出できる。

 要するに、不思議現象であることに間違いはないのだが、いかんせん地味なのである。やるならもっと派手にできるところを、ちょっとだけにしているのである。

 そう考えると、故意犯の仕業には思えなくなってきた。代わりに、奇妙な想像が浮かんでくる。

 ──幽霊なら、簡単にできるの、かな。

 数歩歩いて、そこから浮いて移動する、イメージ。

 ……いやいや。ちょっと待て。

 一気に疑問が噴出した。まず、幽霊に足ってあるのか。これはあるのだろう。少なくとも玲はあった。足がない存在として描かれることが多いが、この前理穂さんが言っていた、幽霊は自分の外見をある程度プロデュースできるのでは、という推測に基づいてみても、足くらいは出せそうに見える。

 もうちょっと難しいのはこっちだ。

 幽霊って、足跡つけられるのか。

 これはどうだろう。また理穂さんの推測だが、幽霊がこの世に干渉することはできてもおかしくない。僕も、そう思う。ならば足跡をつけることは可能なのか。玲はいつもどうしていたのだろう。足音うるさく歩くタイプではなかったし、変に足跡が残るような場所を一緒に歩いたことがほぼない気がする。そもそも自分の足跡すら気にしないのに、玲のものまで見ることもなかった。

 まあ、故意につけることはできそうに思える。なら、次の疑問だ。

 幽霊って、浮けるのか?

 これは分からない。玲が幽霊だったとして、彼女が浮いているところを見たことはない。もっとも自分が幽霊だということは隠したがっていただろうから、人前でそんなことはしなかっただろうけども。理穂さんならどういう推測を立てるのか、気になった。

 それからこれは付随的に思い立ったのだが、影の問題もある。眼前にある足跡問題とは関係ないけれど、幽霊って影はあるのだろうか。もしないとすれば、その有無で幽霊か人間かの判断が可能になるのではないのかな。どうなんだろう。

 足元にジワリとしたものを感じる。靴下に湿り気が侵入してきたらしい。それで、自分がぼうっとここに突っ立っていることを認識した。

 ……僕、どれだけここで時間を食ってるんだろ。

 時計を見て、冷や汗をかく。

 幸い思ったほど経過してはいなかったが、急がなければならない。

 とりあえず一区切りついた思考をそのままにして、僕は急ぎ足で水たまりを蹴った。



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