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Ⅳ レイの代替 後編

「それで中に入っても、案の定誰もいないよね。だけど、目撃者がドアを閉めて、ふっと振り返ったら……居たんだって。机に突っ伏すようにして」


「……うーん」

 イメージはできる。ドアを閉めるやり方なんて人それぞれだが、きちんとドアを向いて閉めれば机は右斜め後ろにズラリと並んでいる形だから、そちらは死角になって見えない。だからその間に死体が出現したというのは、想像だけなら、できる。

「目撃者って何人だったの?」

「二人、らしいよ」

「二人で律儀にドアを向いて閉めたわけ?」

「週刊誌にはそう書いてる」

 怪しい。片方が犯人で、なんらかのトリックを使い、もう片方に見せつけるような情景が浮かぶ。ミステリにはそこまで詳しくないが、よくありそうなものだ。

「そうそう、この七年間、あの棟が工事をした事実はないから、当時も今も状況は同じらしいね。だから、雪見君はそういうところで授業を受けていたんだよ」

「はは」

 軽く笑ったが、本心はぞっとした。それが原因で玲が見えるようになったのだ、なんて帰結になったらたまらないではないか。雪見君がいつも座っていた席は、服部玲が毒を飲んで突っ伏していた席なのです! ……普通に怖い。

 とにかく、服部玲が不審な形の死を遂げたことは確かなようだ。すべて伝聞証拠であるために、いささか()がある気もするが、学生が教室に入ったときは見えていなかった死体が、あるタイミングで見えるようになったのは事実なのでは、と思う。

 そして──楓がこの件を非常に気にしているのもよく分かった。

「もしかして姉さん、誰かに殺されたりしたのかも……それで、この世に留まってしまった、ような? そういう気がする……よね」

「その幽霊が僕と楽しげに話すものかねえ」

 疑ってみる一方で、ふと、玲と僕の現時点での最後の会話を思い出す。何か言いたそうにしてやめた玲。あの日は確か、一馬が玲の変死事件を話題に出して(もちろん、その時は被害者が玲だとは知らなかったわけだけど)、玲が嫌がっていた。

 もしやあのタイミングで僕に、自分が幽霊だと告白しようとしていたとしたら?

 僕は大変嘘を嫌う性格である。これは自身に対して潔癖だというのが一番大きいから、他人がちょっと嘘をつくくらいで目くじらを立てたりはしないし、するとしてもそれは他人をだます嘘を積極的に肯定されたときだけれども、僕と接していたらあまり嘘はつかないでおこうと思うものかもしれない。ホラーが大の苦手な人間相手に、嬉々としてその話題をすることがないように。するとすれば好意の裏返しだろうが、僕に好意があってわざと嘘をつくというのも変な話だ。

 だからといって、自分が幽霊だということを告白しようと思うだろうか? そのあたり、僕は自信がなかった。しかし、

「お願い。雪見君が見たのが姉さんなのかどうか、雪見君が疑ってるのもよくわかるよ。でももしそれが姉さんだったら……やっぱり深く知りたい。だから、少しだけ手伝ってほしいの。姉さんが本当に幽霊になってここらをうろついているのか、私は調べてみようと思うんだ」

 こう説得するかのように語りかける楓の目には、ある種の必死さが滲んでいた。

 困った。かくも真摯に向き合われてしまっては、僕も断る瀬がない。

 それに僕自身、このことをはっきりさせたいという思いがある。

「もちろん。協力する」

 だから、僕は正直な気持ちで答えた。

「……ごめんね」

 俯き気味に言われる。この角度、この表情が、どこか懐かしい。そうだ、玲だ。楓が非常に明るく、はきはきと話すタイプであるため、姿はそっくりでもあまり玲らしさを感じなかったが、このようにされると揺り戻しが来て、やはり楓は玲なのではないか、という思いが芽生える。

 まあ、いいや。とりあえずこの件は保留にしよう。玲がここにいない、というのは確かなのだから、そちらを追う分には賛成だ。

「あ、そうだ。連絡先、交換しておこうよ」

 楓に言われて、僕は携帯電話を取り出した。最低の料金プランすら身に余る僕は、いわゆるガラケーという折り畳み式のものを使っているが、玲はスマートフォンを取り出す。ちなみに桃香もそうだ。スマートフォンというものは非常に鮮明に写真を見られるものだな、と感心はするんだけど、あれで桃香と孝介の編集者の矢野さんしか映っていない例のものを見せられた時はかなり動転した。なにが一馬の証明だよ、今思い返せば怪談ではないか。

 と、ここで僕はある事実を思い出した。

 確か矢野さんって、ここのOGだったよな。

 それから年は……僕の八つ上とか、言ってたな。

 それだと、死んだ服部玲と同級生って可能性もある。

 もちろん、それだけの話だ。矢野さんは文学部出身だと語っていたので、法学部の服部玲と接点があったかどうかは疑問だ。ただ、僕の唯一知っているOGが彼女なので、変な想像をしてしまったりはする。

 服部玲殺しの犯人は彼女だとか、発見者は彼女だとか、そんなありえないことを。

 こうしてなんでも結びつけてしまうから、思い込みに陥るのだろうけど。

「ええっと、赤外線……」

 使い慣れていない機能でアドレスを交換する。電話帳は、これで三十件目くらいだ。バカみたいに少なくはないが、その誰とも頻繁には連絡を取らない。新入生の時の懇親会で何となく交換したものは特に、である。

 受信を確認してから、僕は楓の目の前で、電話を掛けてみた。

 当然、つながる。

「ん? 今のなに?」

「いや、実は服部玲のほう、電話かけてもつながらなくて。気分悪いかもしれないけど、ちゃんと通じるか確認したかったの」

「ふふ、赤外線でやりとりしたんだから、まず大丈夫だよ。それよりもメールの確認したほうがいいんじゃない? こっちはごまかしやすいよー」

 冗談っぽく返されてほっとした。今日はこれでお開き、ということにする。また会ってね、と律儀に言われたがこっちもそのつもりだ。逆に、これで楓まで消えられたら真剣に事態が込み入ってしまう。

 お互いの出席している講義を確かめると、一つ同じものがあった。少なくともこれがある日は顔を合わせる機会があるということだ。

 建物入り口付近で別れる。その後ろ姿を眺めていると、どこからか鴉の鳴き声が聴こえた。先日のアレもあって、やや不吉さを覚える。

 と、僕はそれにつられてか、ちょっと不穏な想像をしてしまった。

 ──玲は転部してくる楓に()()()()()がゆえに、逃げてしまったという可能性はないだろうか。


          ○


 さあて僕も帰ろうと思って歩み出すと、視界の端に理穂さんを見つけた。

 いつものように、ベンチに座って考え事をしている。しかし今回は、春休み中に話したり空飛ぶ幽霊の思い込みを解いてもらったりしたときの、図書館脇ではない。法学部棟の傍にある屋外休憩所の、これまた誰もいない一角だった。お昼時ならここで昼食を摂る学生も結構いるのだが、この時間帯、ここに座るような人はまばらだ。見れば近くにいる人は皆、理穂さんのように一人で何かをしている。

 本当に、人気のない場所を探す天才だ。伊達に長いこと在籍していない。

「こんにちは」

「……やあ。元気かい」

 そちらもお変わりないようで、というのはやめておこう。単に、この前見たときと同じ格好をしているからそう思っただけだ。僕も同様なので、人のことは言えないが。

 なべて大学というものは二種類に分けられる気がする。ファッションに気を使った方がいい大学と、そうでない大学だ。もちろん僕は後者に属している。パジャマに使うようなジャージで構内を自転車にて爆走している女の子とか、平気でいるものな。

 少し話していこうと思って隣に掛けようとすると、小冊子が置いてあるのに気が付いた。

「これ、理穂さんのですか?」

「まあ、そうかな」

 手に取ってみる。結構薄く、大学のサークルが自主作成したようなクオリティ。

 タイトルは『マイナーサークルの集い』とある。

「……なんですか、これ」

「見ての通りさ。新入生にはサークル紹介冊子が正式に配られるが、あまりにマイナーなところは省かれる。それに困った哀れなやつらが自分たちで作ったらしい」

 へえ、と思いながら目次を見てちょっと引く。あいうえお順にすらなっていなくて、黒魔術部、ピッキング同好会、回文サークル、帰宅部(帰宅部???)が最初の四つだった。

「これは……こんなサークル、あるのか……」

 よく見れば微妙なカテゴリ分けはされているようで、スポーツ系サークルの項を発見し、これならまだまともだろうと思うも。

 ……アルティメット、ポッカール、スラックライン、フットバッグ、インディアカ、セパタクロー……最後のだけ何となく知っているくらい。しかもそれ以降となると、全て最初に「エクストリーム」と付いているものばかり。いったい何をするんだ。

「な? おもしろいだろう?」

 僕の表情を見て取ってか、楽しそうに理穂さんが笑った。いつも通り、僕の目は見ないけれども。

「理穂さん、このどれかに入ってたりするんですか」

「いいや。帰宅部には入ろうと思ったこともあるが、自宅生限定らしい」

「どういう部活なんですか、それ」

「他のサークルには一切入らない上、講義が終わったらすぐ帰るんだと。月一で集まっては遊ぶらしい」

 わけがわからない。

「そもそもこの冊子も、さっきここで読んでたやつが放置していったのを拾った」

「ああ、そうですか」

 もうグダグダだ。やれやれ、と僕が肩をすくめると、理穂さんはにやにやと眼鏡の奥の目を細めながら、

「ところで君、幽霊問題は進んだかな?」

「唐突に話を変えますね」

「わたしの中で今、もっぱら興味があるのはそこなんだよ。どうだい? もしかして、また幽霊らしきものを見たかい?」

「どうでしょうねえ」

 一馬らしきものを見たような気になったのは確かだが、あれは桃香の誘導による幻視と解釈するのが一番いい。ここで言っても、同じことだと思った。

「むう。もったいぶらなくてもいいじゃないか」

 口を尖らせる理穂さん。それを横目に、僕はそろそろ、事の次第を打ち明けてもいい頃かなと判断した。一馬が死んだことも確認は取れたし、服部楓という新たなファクタも現れたが、一応のめどはついている。思い返せば奇妙なことだらけなので、話す分にも困らない。

 勝手に他人のことを吹聴するのは気が引けたが、理穂さんの口は堅そうだし(普段誰かと話しているのを見たことがない、というのもある。きっと一対一じゃないとコミュニケーションをとれないクチなんだろう)、楓という個人名だけは伏せることにして、あとは正直に話すことにした。

「実は、ですね」

 春休みに四人で会ったこと。玲の不審な態度。その日のうちにかかってきた一馬からの電話と、それに従って調べて分かった服部玲の事件。一馬の自殺と桃香の豹変。玲の幽霊、一馬の幽霊。一応、僕が見た空飛ぶ黒い人影の話。楓の登場。言うまでもないと感じたが、桃香につられて一馬らしき人を見たと思ってしまったこと。服部玲が教養棟で死んだときの、不可思議な状況について。

 かいつまんで、けれどポイントは押さえて話す。身振り手振りを交えたりするのは大仰だと嫌がるので、淡々と言葉を重ねてみた。

 横目で何度か理穂さんを窺ったが、いつも浮かべている皮肉っぽい笑みが消えていて、真剣に考えている風である。

「ふうむ」

 話し終えたときも、小さくこう言うのみで、どうやら理穂さんといえども、これら一連の現象にすっきりとした解決をもたらすことは出来ないようだ、と感じた。

「どう、ですか」

 返ってきたのは沈黙だった。無視されたわけではない、返答を考えているような間。

「……君」

 数秒して、理穂さんの口が開かれた。

「……()()()、ってことにしては、駄目かな」

「え?」

 僕は虚を突かれた。理穂さんは、幽霊の存在を認めたのだろうか? しかし、少し含みのある言い方でもある。「ってことにしては」とはいかに。

「いや、考えることは考えているんだよ。例えば服部玲が死んだときの、あの謎。あれは一応現実的に解決できる」

「そ、そうなんですか?」

「うん。ただ、解法は複数あるけどね。なにせ伝聞しか手がかりがない上、想像力を入れる余地が非常に多いだろう? なんとでも言える、というのが本音だね」

「確かに」

「あと、わたしもベテラン学生の端くれだからこの件については多少知っているし、補足しとこうか。わたしが聞いた話では、ドアを閉めて振り返ったら死体があった、というよりは、どさっ、といった音が聴こえて振り向いたら死体が出ていた、って風だったね」

 どさっ、というオノマトペから想像するものは落下音だし、天井に貼りついていた死体が落下するイメージが脳裏をよぎる。しかし、どうやって死体を天井に固定しておくというのだ。

「とにかく、そこはもう少し手がかりがあったほうがいいんじゃないかな。それでもって、君の友人のあれこれなんだが……君、幽霊の存在は信じたくないかい」

「どうしようもなければそうするしかなさそうですけど。どうして幽霊だと思われるんです? 花村さんが見ている原根の幽霊、僕は妄想だと思いますね」

「うん、妄想かもしれない。しかし、()()なのかもしれない」

 ?? 言っている意味がよく分からない。

「まあ、わたしとしてもあまり無責任なことは言いたくないけどね。見たところ君は、幽霊がいるのか、いないのか、その狭間で揺れ動きすぎて、だいぶ疲弊しているように見えてね。そうしろとは言わないが、服部玲や原根一馬の幽霊を受け入れてしまえば、そんなに難儀はしないだろう?」

「うーん、そう、ですが」

 僕は言い澱んだ。別に幽霊を心底否定しているわけではないのだが……

「きっと僕は、幽霊っていうものがどんなものか、ってのが分からないからしっくりこないんだと思います」

 現在の自分の思いに一番近いものを分析してひねり出すと、理穂さんは苦笑した。

「そりゃあ、なあ」

「そうですね……服部玲は幽霊だ、って聞かされた時、幽霊には触れるのかな、って考えたんです。服部玲は潔癖症だったので、僕、彼女に触れたことあったかなと自信ないんですけど。そういう疑問がいくつかあって、信じにくいような気が」

 理穂さんはぽんと手を打った。

「成程。君はそういうタイプか。そうだね、じゃあ幽霊の考察といこうか。この前は幽霊の見え方についてちょっと考えたが、今回はいわゆる『この世』への干渉だね」

「ええ」

「といっても、想像で全部やりくりするしかないんだけども。そうだね、今回も去年君がよく見た服部玲が幽霊だったとして考えよう。彼女は学生食堂で君とご飯を一緒にしたことがあるはずだが、その際食器などには触れていたかい?」

「あ……っと、いつも()持ってきてました」

「なんだ。それは先に言いなさいよ。失礼でしょう」

 理穂さんは眉をひそめて抗議したが、誰に対して失礼なんだろう。あと、そういうことを考えてこなかったのだから、玲の弁当に対して考えが及ばなくても仕方がないと思う。

「弁当だと、この前の『見せ方』の範疇かな」

 彼女が取っていたノートと同じ原理だ。

「しかし、服部玲は講義室の椅子に座っていただろう? 教室によっては、座部を倒さなくては座れないものもあるね」

「あ。本当だ。その通りです!」

「だろう? ならばやはり、幽霊はものに触れることができる、と考えるのがいいのではないかな。しかし実体がないのは確かなわけだから、なんでもというわけにはいかないように思うね。幽霊自身が、意識して干渉しようと思ったものについてのみ、可能である、それくらいの理解かな。一応、意識しようとも干渉できない主体がある可能性も残すべきだが、無生物については触れようと思えば触れる。これでどうだい」

 丸め込まれた気もしたが、腑に落ちる点もあった。僕が去年会っていたものは、服部玲という幽霊だったのかもしれない。そう思うくらいには。

 こうなると、一馬の死というものが気がかりになる。玲の失踪と一馬の自殺が同日だというのは、偶然なのだろうか。幽霊についてあれこれ考えるよりは、一馬がなぜ死んだのかを追った方がいいような気もしてきた。スランプで小説が書けないから、以上のものがあるのかもしれない。

「まあ、いなくなった服部玲を見かけたとか、原根一馬の幽霊をしっかり見たとなったら、是非私にも知らせてくれたまえ。それからもっとすっきりする解釈が見つかったら、教えるよ。なんだかんだ言って、まだわたしもよく分からないんだ」

「理穂さんで分からないんですか。そりゃ大変だ」

 褒め言葉にちょっと恥ずかしそうにしながら、理穂さんは明るく笑った。

「そんなものさ。君も余り気負うなよ。幽霊はいるんじゃね、それくらいの気構えで行け!」

「はい。ありがとうございます」

 僕はお礼を言って、おいとますることにした。と、理穂さんが呟く。

「しかし、原根一馬ね……こいつ、()じゃあないか」

「え?」

 仲間外れと言ったのか? どういう意味だろう。四人の中でそんなことはなかったけれど。

「ああいや、何でもない」

 はぐらかされてしまったので、もやっとしながらも僕はそこを後にした。


          ○


 理穂さんと別れたときは前向きな気持ちでいっぱいだったのだが、やはり一晩明けると現実が押し寄せてくるというか、なんというか、そこまで楽観的ではいられなかった。

 といっても、以前と比べれば様々な事について吹っ切れているのも事実。未だ自分を取り巻く状況が理解しきれてはいないが、非合理なものを受け入れる準備は整いつつあった。

 玲が幽霊? どんとこい。

 少々強気に出てみた。とりあえず、大学へ向かおう。

 自転車を漕ぎながら、自分が今、何を不安に思っているのかを考える。意外とそれは、すぐに探り当てられた。

 ──どうして僕は幽霊の玲が見えるのか、だ。

 理穂さんが冗談交じりに言っていた、玲の死んだ席で授業を受けたからかもしれない。しかし一馬や桃香も玲が見えていたわけで、その見える・見えないの境界がよく分からず、困り気味なのだ。

 ここいらについてもまた、理穂さんに相談してみるか。

 判断を保留して、僕は講義に出席した。

 大教室で一人、準備をしていると、色々な声が耳に入ってくる。四月の今は、出席率がいいのはもちろん、遅れてくる学生も少ないために、早い時間から活気がある。

 前方の連中が近況報告に忙しい。久々に友達と会ったのだろう。

 教室の端では、何を話しているかは分からないけれども、スーツ姿の学生が丁寧な電話をしているのが見える。きっと就職活動中だろう。

 少し遠くからは、手を叩いて笑う音。なにか面白いことでもあったのか。

 隣の学生二人組は、気だるげに話をしている。一年生ではないなと判断。と、うち片方が、彼女に浮気されていて、二か月ほど騙されていたという話を始めた。他人事ながら、沸々としたものを覚える。心底隣の男子学生に同情する一方で、その彼女だった女性を知らないながらに頭の中で軽蔑した。

 嘘は、嫌いだ。何度も思っていることだけど、やはり浮かんでしまう。

 自分でも、ここまで嘘が嫌いなくせにそれを根拠づける確固たる理由がないことは不思議に感じている。両親と少し年の離れた兄はそんなこともなく、僕だけがこうなのだ。小説内の人物は、自分の性格を形成した理由がきっちり決まっていることが多いけれど、僕の場合は自分を小説内の人物と仮定したとしても、それに当てはまらない。

 がやがや。やや後方から話し声が聴こえてきた。同じクラスの学生が三人ほどで、クラスの面子による飲み会を企画しているようだ。知り合いゆえに音が優先的に拾われる。僕はこういったものに全く出ないと思われがちだが、誘われたらちゃんと行く。

 会話の節々に、あいつは来れるかななどと固有名詞が挟まるので、つい聞き耳を立ててしまう。すると、

「──雪見とか、呼べば来ると思うけどな」

 前のほうに僕がいるのに気付かず、当の僕が話題にあがった。

 あー、そうかも、などと反応がある。どうやらあれに呼ばれることになりそうだ。そのうち連絡が来るかもしれない、覚えておこう。

 と、グループのうちの一人が、こんなことを言い出した。

「でもさ。雪見って変なやつだよな」

「そうか? 真面目なやつじゃん」

 なんだろう。かなり気になる。

「いや、真面目なのはそうだよ。見習いたいよ。というかさ、あいつさ──


──去年あたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「えー、見間違いだろ」

「いや、何度か見たし、間違いじゃあないと思うんだけど……」

 会話をよそに、僕の動悸は非常に速まっていた。

 ……玲と話しているところが、そんな風に映っていた?

 フラッシュバックするのは、服部玲との別れ際、大きな声をかけられて困惑した時のこと。近くにいた学生は、怪訝そうにこちらを見ていた。

 それは、つまり──

 途端、なんだか自分がひどく異質な人間に思えてしまい、昨日得られた明るい気分なんてものはもう、吹っ飛んでしまった。

 この大教室の中で、一人だけ話しているような言語が違うようなアウトサイダー感が押し寄せた。今すぐここから立ち去りたく思え、顔が熱を持ち始めたのを悟る。

 ふと、教壇近くの前方の席に、白人の男性が座っているのが見えた。ただの留学生だ、人数的な要素を除いて何ひとつ珍しくはない。

 ついついそちらを注視してしまう僕だったが、彼が不自由なく日本語で会話していることはここからでもよく分かっていた。

 僕は小さく舌打ちをして、手にした消しゴムを強めに握りしめた。



Who died timely?

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