9話 はじめてのおつかい(デートイベント)-2-
拓海は階段を下り、早速とリビングに入ろうとドアノブに手をかけるがなにやら部屋の中が騒がしい。
ガタガタと慌しい音を立てたと思うと、今度は声が聴こえ気になった拓海はリビングへと足を踏み入れる
「なにをやってるんだ?」
視線の先に居たのは、奥のキッチンでガサガサと冷蔵庫やら棚を漁っているモモの姿であった。
「あっ、拓海さん!?いえ、料理を作ろうと思ったのに食材が無いですの」
申し訳なさそうに言うモモに拓海は
「一日で、あんなに使えば無くなるのも当然だろうな。いいよ、インスタントで――」
「それも無いですの」
「マジで?無いの!?じゃぁ、何もねぇじゃん!」
「はいなのです……」
「仕方ない、今日は晴菜の家に行って食い繋ぐか……って、まてよ?晴菜、さっき居たよな?ということは、もう飯は食った後か?……ダメじゃん!」
そう言いながら軽く舌打ちをして、何故か悔しがる拓海だが自分の家の食材が無くなったからと言って、その際の『最終手段』が幼馴染みの家に食事を御馳走になりに行く、などという自分勝手な思考。
もしも、この時に晴菜がまだ食事を済ませていなかったら有無を言わさず突撃していたのであろう。
最も、この行動は今に始まった事ではないのだが……
しかし、晴菜が拓海のこんな行動を拒まないから彼はそれに甘えて更にダメになってしまうのかもしれない。
追い討ちをかけられた拓海だが、こんな事で屈する彼では無い。どんな状況下であれ底無しの貧乏学生な拓海にとっての『一人暮らし』は、毎日がサバイバルの様なものである。そして、そんな極貧生活での晴菜は拓海にとっては『救援物資』にすら値する存在。
『メイド』という助け舟が訪れ安心したかと思っていた拓海であるが、どちらにせよ食材など使えば無くなるわけで、調達しない限りは現状を打破することも出来ないのだ。
すると、モモが意外なことを言い出す
「モモ、買い物に行って来るのです」
「か、買い物?」
「はいです。すぐ戻るですの♪」
「いや、そう言うことじゃなくてだな……」
(しまった……これは、アレか?似たシチュエーション覚えがあるぞ。イベント発生?しかし、どこでフラグが立った?)
お出掛けイベント。
いま、拓海が遭遇している状況はゲーム内でも似た場面があった事を思い出す。リアルには鈍い拓海だが二次元への対応には誰よりも速い。無駄な部分に長けている彼だが、少なくとも現状での判断は素早いものであった。恐らく、いま起きている事実をバーチャル感覚に置き換えて判断していたからであろう。
そして、やはりここでもまた脳内に選択肢が瞬時に浮かび上がり
1.『待て、俺も行く』
2.『そうか、頼んだ』
3.『明日でいい』
浮かび上がった選択は、こんなものばかりであった。
ぶっちゃけ、拓海は日曜くらいは家でゆっくりしていたいと言う考えであり、その場合は2.『そうか、頼んだ』を選ぶのだろう。
しかし、モモが買い物に行くと言っても事実、二次元である彼女はどうやって買い物をするのか?
確かに、他者から見れば普通の女の子だろうが……
深く考えてみれば、モモはシナリオ通りに行動しているのか、自我を持って行動しているのか、どちらなのか解からなくなってしまう。故に、モモ一人に行かせるには何かと不安が大きい。
ならば、3.『明日でいい』を選び先延ばしにして、この場を回避する手立てもあるが……
実際、先延ばしにしたとしよう。それは同時に、当日の食事が無くなり一日中空腹に耐えなければならない。
下手をすれば、翌日も飯にありつけない可能性だってあるだろう。これはリアルなのだから、そうなると死活問題だ。ならやはり、1.『待て、俺も行く』が妥当なのだろうか?
否、普通ならば迷わずこれを選んでいるだろうが、モモが現れてから彼女を外に出した事は一度たりとも無い。
二次元に見えるのは拓海だけなのだが、彼はモモを連れ出すのを躊躇う……
しかし、そんな事も考えていられる余裕など無く
「では、行って来ますです」
既にモモは玄関に足を進めていた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「はい?」
「待て、俺も行くから」
(はっ、しまった!?)
拓海は無意識の内に『1』の選択肢を口走ってしまっていた。
結局、考えずとも結果は同じだったのであろう。
本来ならば攻略通りの選択、のはずなのだが現実では事が少し違っていたようだ。
階段から下りて来るように声が近づいて来ては、玄関先に居た拓海とモモの元へ彼女は歩み寄ってきた。
「晴菜?居たのか?」
「なによ、居ちゃ悪いの?って、どこか行くの?」
晴菜の問いに拓海より先にモモが答え
「これから、お買い物に行くですの♪」
「……か、買い物?」
「まぁ、そうらしい」
それを聞いた晴菜は当然、不機嫌そうな顔つきで
「拓も行くの?」
「あぁ……ほら、こいつ一人だと大変だと思って。ん~、荷物とか――」
「そう。なら私も行く」
「……はぁ!?」
「よし、決まりね」
そう言うと、晴菜はいざ行かんと言わんばかりに玄関のドアノブへと手をかける。
そんな晴菜に拓海は
「って、まだ何も言ってないだろ?」
「なに?ダメなの?」
掴みかけたドアノブから手を離し、くるりと振り返り拓海に視線を向けると
「ダメとは言っていないが……」
「はっきりしないわね」
「だから、何で突然?」
すると、拓海の疑問に晴菜は少し俯いたかと思うと頬を紅くしながら顔を上げて
「な、何でって……別に、拓を誘えなかったからとか、そんな事で行くわけじゃないんだからねっ!」
「誘う?何に?」
「ぃ、いや……バカ!違うわよ!買い物よ、買い物!勘違いしないでよっ!」
「わぁ、晴菜さんも一緒なのですか?」
「まぁ、いいけど」
晴菜の気も知らず、拓海は呆気ない返事で答える。
しかし、この三人で晴菜だけが一番とまともに思えてくるのは……まぁ、当然の考えであろうか。
ゲーム内の主人公ですら、ここまで呆れる程に鈍い奴は居ないと思う気もしてくる。
よもや、ゲームキャラ以下の人間に成り下がってしまえばダメ男などというレベルで済む話であろうか?
流石にそこまでは落ちて欲しくないものである――
◇◇ ◇◇
ところで、買い出しを何故か三人で行くことになってしまった拓海であるが、どうしてこうなったのやら。
またどこかで、おかしなフラグが成立してしまったのだろうか?などという疑問を拓海自身は深く考える筈も無く、恐らく一番と悩んでいるのは晴菜だけであろう。
拓海を挟むように右手にはモモ、左手には晴菜という正に両手に華と言った状態だというのに拓海は少しもこの状況へ突っ込もうとしない。
いや、別におかしいなどと思っていないからなのかもしれない。
なんだか、そわそわと落ち着きの無い晴菜を横目に拓海は
「ん?晴菜、どうした?」
「えっ?だ、大丈夫よ!」
「はぁ?何が大丈夫なんだ?」
「い、いや……何でもない」
「そうか、ならいいが」
何故にそうもアッサリと納得出来るものなのかと、拓海に問いただしたくもなって来るが、そんな事をしたとしても彼には『無理』の一言で事が済んでしまいそうである。
落ち着きを取り戻し晴菜は口を開くと
「ところで――」
「あ?」
「なんで、モモちゃんはこの格好なわけ?」
晴菜が言いながら視線を向けた先に居たのは『メイド服姿』のモモ。
そう、晴菜の疑問は何故に出掛け先でもメイド服を着ているのかということである。
そんな彼女の疑問に拓海は当然の様に
「あぁ、アレだ。服は、それしか無いからな」
「はぁ……何でそんな偉そうに言うのよ……というか、この話題は前にもした気がするけど――」
拓海の対応に晴菜は呆れながら深く溜息を吐き言う
「似合っているからイイんじゃね?」
「あんたバカ?似合っているとか、似合っていないとかの問題じゃなくてモモちゃんの意見を尊重しなさいよ!」
「そこは、メイドロボ……じゃなく『メイド』だし――」
どうやら拓海は『メイドロボット』と言いかけたみたいだが、恐らく言ったところで晴菜には通用しないであろうと悟り言い直したのだ。
しかし、『メイドロボット』だろうが『メイド』だろうが、どちらにせよ同じことだろうと思うのだが。
それを聞いた晴菜の反応は……当然の答えで
「はぁ?メイド?拓はモモちゃんに何をさせているわけ?」
「何って、家事とか?」
「……家事?面倒見てあげる為に預かっているんじゃなかったの?」
「ん?…………はっ!」
別に誘導尋問されているわけでも無いのだが、拓海は自分の言った言葉に思わず動揺してしまう。
それもその筈、晴菜に説明したモモの存在に疑問が生じてしまうからだ。
焦った拓海は開き直ったようにこんな事を口走る
「晴菜」
「なに?」
「俺に料理が出来ると思うか?」
「無理ね」
「俺に洗濯が出来ると思うか?」
「無理なの?」
「俺に掃除が出来ると思うか?」
「掃除くらいは出来るでしょ!?ってか、一つくらいしなさいよ!」
「まぁ、そう言うことだ」
拓海は言い切ったと言わんばかりに清清しい表情を晴菜に向ける
「どういうことよ……というか、何でそんなに誇らしげな顔するわけ?」
そう言いながら頭を抱える晴菜。流石に呆れて何も言い返せないでいた
晴菜と軽くやり取りをしていると、隣に居たモモが
「あの、拓海さん?」
「んぁ?」
モモの声に気の抜けた返事をする拓海
「さっそく買い物に行くのです♪」
気が付けば商店街に着いていたのだ。と、そこで拓海は思う
「ところで、何を買うんだ?」
「なにって……食材を買いに行くとか言ってなかった?」
拓海の素朴な疑問に当たり前のように晴菜は答えるが
「それは分かるが……」
「何よ?」
「買い物って『物を買う』から買い物と言うんだよな?」
「はぁ?他に何があるのよ?まだ寝ぼけているの?」
当然過ぎる疑問に晴菜は呆れた様子で言うと、拓海は覇気の無い声で
「だよな……じゃぁ、誰が買うわけ?」
その言い方は嘆きのようにすら聴こえる様であった。
そして、拓海の言葉でしばしその場へ沈黙が訪れると
「……」
「……」
お互いに目を合わせ、口を閉ざしてしまう。
どうやら『買い物』という事ばかりを頭に置き肝心の『支払い』ということはまったく考えていなかったらしい。 元はと言えば、晴菜が拓海をショッピングデートに誘おうと思っていたのだが、晴菜は拓海が極貧だということくらい理解しているはずなのに彼へ『支払い』を要求するのは死刑宣告するようなものである。
恐らく、晴菜はそこまで考えていなかったのかもしれない。
モモに至っては勿論、お金など持っている訳など無い。これはそう言ったイベントがあり、たまたまどこかでフラグを成立させてしまっただけ。
しかし、拓海があの時に違う選択を選んでいれば現状も少し変わっていたのかもしれない。
これは拓海が自ら選択した結果なのだ。
そして結局、拓海が行き着いた結論は――
「そうか!だから付いて来たんだな?晴菜、感謝するぜ」
「えっ?」
「要するにアレだ、モモが食材を選んで俺が荷物を持ち、晴菜が買う。うん、バッチリだぜ!」
「なんでそうなんの!?」
「ち、違うのか?いや、ほら。いつもの流れてきに――」
「いつもの流れ自体、どんな流れになってるのよ……」
拓海のボケっぷりに晴菜はまたも呆れて頭を抱えてしまう。
しかし、彼はどれだけ恵まれた環境に居るのだろうか。
普通なら、ここまでくれば呆れる以前に構う気にもなれなくなるというのに……