6話 幼馴染みはツンデレなのか?-2-
お昼が過ぎればあっという間で、最後の授業も終り下校の時刻になっていた。
勿論、晴菜は部活練習の為に帰りは遅くなる。
拓海は机にかけてある鞄を手に取り教室を出ると、廊下でばったりと会った翔太が声をかけてきた。
廊下を歩きながら翔太は拓海の横に並ぶと
「一緒に帰ろうぜ」
「なんだ、カラオケは行かないぞ?」
「バカ、そんな事は言ってねぇだろ?」
「翔太が言い寄って来る時は、大抵そんなだからな」
「お前から見た俺って、どんなだよ……」
「じゃぁ、なんだ?」
淡々と答える拓海に
「何って『帰ろうぜ』って言っただけなんだがな」
「そんだけか」
「何を期待していたんだよ?」
「女遊びなら遠慮しようかと思ってな」
「俺は、そんなに遊び人してねぇよ」
「そうだったのか……」
「なんで、そこを残念そうに言うんだよ?俺が悪いのか?」
拓海は翔太の肩に軽く手を添えると
「まぁ、気にするな」
「なにが!?」
「いつか、努力は実を結ぶとも言うからな」
「何で俺は慰められてんの?ってか、哀れむ様な目で言うなよ!」
「そういうこともある。頑張れ、俺は応援するぞ」
「毎度の事ながら拓海に言われると、尚更に腹が立つぜ……」
拓海にとってみれば翔太は『遊び人』『チャラ男』など、そんな感じにしか捕らえていない。だが、二人の違いは翔太がどんなにチャラくても、どんなに遊び人でも『何もしていない』拓海の方が倍以上モテるという理不尽な違い。モテようと努力をしている翔太より、何の興味なく努力もしていない拓海がモテるという結果には翔太に限らず、学校内の男子生徒は皆同意見で批難の声を上げるであろう。
翔太とは帰り道が途中からは逆方向の為、軽く挨拶をしながら別れる。ここまで来る途中も終始、拓海は翔太へ同情の眼差しを向けながら話を聞いていた。彼が『何』に同情していたのかなどは言うまでもない。
しかしながら、何故に拓海はこんなにも上から目線で言えるのだろうか。とても、そんな立場に居るとは思えないのだが――
◇◇ ◇◇
拓海が家に辿り着いた頃には、すっかりと日は暮れかかっていた。
玄関前に立つ拓海は、ふと思う。
(今日からは、家事の心配も要らないのか?)
そう、家に帰ればモモという『メイドロボット』が居るのだから。
まさか自分が思い描いた妄想が現実化してしまうなど信じられる事でも無いが、昨日の今日で、しかも自分以外の晴菜にまでその姿は見えているとなるとこれはやはり『神』の成せる業である。
だが拓海は、何故かそんなモモを生み出した自分を『神だ』と言い張る始末。
こんな考えを抱く彼は、なんとも底なしのダメ人間。と、感慨深く思いふけったあと拓海はドアノブに手をかけ玄関の扉を開けて家の中に足を踏み入れると帰りの挨拶をする。
「ただいま」
「お帰りなのですの」
そこには玄関先でずっと拓海を待っていたのか、視線の先にはモモの姿があった。それを見た拓海は改めて思う
(今の俺って、最強じゃね?)
何を思ったかと思えば、恐らくこんな台詞を言う人間はあまり居ないであろう。まぁ『普通の人』ならば……
故に、これを言ってしまっている時点で拓海はダメ人間どころが廃人にまで達してしまいそうである。
どうやったら一年足らずの間で、こんなに人格までも変わってしまうのかが不思議でならない。
『ゲームは人を狂わせる』とは、まさに拓海が良い例なのかもしれない。
最も、それが拓海にとって良い意味を成しているかどうかなどはわからないが――
そして、今日もモモが夕飯を作ってくれている訳であるが、あの見た目は改善ならないのだろうか?それとも、そのギャップにまで萌えを感じているのか、どちらにせよ羨ましいどころが、どうしようもない野郎だ。
拓海は夕飯を食べる前に着替えを済ます為に一度、部屋へ戻ろうと階段を上って行く。そして、相変わらず『無断立ち入り禁止』と書かれた札付きの扉を開け部屋に入り、軽く着替えを済ませてベットに腰掛けると一つ息を吐きまたもこんな事を呟く。
「ふぅ~、疲れたな」
拓海はこれといって何もしていないはずなのだが、一体どこに『疲れる』要素があったのだろうか。
今日は珍しくに早起きしたから?
それは違う、早起きと言うよりは朝から一悶着があったと言った方が正しいかもしれない。実際はあまり生易しい問題でもないが、拓海はそんなに気にしていない模様である。
それにしても、鈍すぎる。
では久しく授業を最初から最後まで受けたから?
それも違う、正確に言えば受けてなどいないのだから。体育など体を使う授業以外は、ほぼ寝ていたに等しい。
それ以前に授業を最初から最後まで受けたことを『久しい』と言っている時点で普段の生活スタイルが垣間見えてしまいそうである。どれだけ、サボっているのだろうか。だが、そんなことばかりしているにも関わらず学力は衰える事がない。多分、それは晴菜ノートがあっての事なのかもしれない。
『労せずして得る』とは、まさに拓海の為にある様な言葉である。
拓海が部屋に入ってから数十分、二階には何やら美味しそうな香りが匂いだす。
拓海はベッドから立ち上がり、匂いに誘われる様に部屋を出ると
「おっ、飯が出来たのか?」
よもや、二次元キャラに世話をされ養ってもらっているとは……救いようの無いダメな男だ。
それ以前に、今の生活環境に少しも疑問を抱かないのかと言いたくもなってしまう。
何で拓海はこんなにも順応出来ているのか、それは『俺の嫁』が現実化し本当の意味で『嫁』が出来た様な感覚に陥っているからであろう。
彼こそ、まさにダメな人間の象徴である。
◇◇ ◇◇
階段を下り、リビングに向おうと廊下を歩いていると、家の中には呼び鈴が鳴り響く。
時刻は午後の七時過ぎ、外はすっかり日も落ち真っ暗である。こんな夜中に一体、誰がと拓海は玄関まで歩み寄り扉を開けると、そこに居たのは――
「晴菜?」
視線の先に居たのはビニール袋を携えた晴菜の姿
「なによ、その微妙な顔は?今日は部活が少し早く終わったから――」
「そうか。ん?その袋は何だ?」
と、拓海の突然な問いに晴菜は何故か少し恥らうと
「え?こ、これは……いや、その…………お――」
「お?」
「……そう!お土産よ!」
「はっ?何のお土産?学校帰りなのにか?」
晴菜は『お料理』と言いたかったらしいのだが、拓海の前に立って何故かその一言に恥じらいを感じて言えずにいた。恐らく、晴菜は朝の出来事と拓海に『特別』と言われた事を意識していたのだろう。
勿論、そんな事とは知らない拓海は
「まぁ、いいけど。で?どんなお土産だ?」
拓海は晴菜の持っているビニール袋を覗き込むように顔を乗り出すと
「え、え?ちょ!勝ってに見ない――」
晴菜は拓海の突然な行動を止めようと言うが、言葉を言い終える前に
「ん?これがお土産か?それにしても、肉や野菜しか入っていないが?そうか、俺の食料を買ってきてくれたのか?最初からそう言えよ、まったく。しかしどうせなら、カップ麺もあれば嬉しかったのだが――」
ビニール袋を覗き込みながら一人納得する様に呟く拓海だが、いい加減気づけとも言いたくなってくる。食材を入れたビニール袋を携えて女の子が家を訪問して来ているというのに、これのどこを見たら『お土産を買って来ました』と素直に信用出来るのだろうか?ここまで来ると鈍いどころか本物のバカとしか言いようがなくなってしまう。
晴菜も流石に自分の言った苦し紛れの嘘が素直に通るとは思っていなかったらしく、こんな拓海の姿に同情よりも哀れみを感じてしまうのだった。
玄関先でそんなことをしていると、家の中から拓海を呼ぶ可愛い声が聴こえる。勿論、声の主はモモである。
「拓海さん?お料理出来てますの」
条件反射的に拓海は振り向き
「おう、わかった」
と答えるが
「……拓?ちょっといいかしら?」
「ど、どうした?そんな怖い顔して」
「あんたは、拉致しただけでは飽き足らず今度は監禁までしているの?」
「それは違う!大体、発想が飛躍しすぎだ!」
「じゃぁ、どうしてまだ居るの?」
「どうしてと、言われてもだな……あっ、ほら!朝に説明しただろう?」
拓海は朝の登校中に晴菜に話した事を思い出し言うが
「あの『実は彼女は宇宙人なんだ』って言う話?」
「そうそう。ってそこじゃなくて……」
「なに?またロボットだとか言うんじゃないでしょうね?」
「いや、そのつもりなんだけど」
晴菜は深く溜息を吐くと
「はぁ……そこまでして隠したいの?本当にあの子は誰よ?」
「彼女はモモって言ってだな……」
「モモ?外国人なの?」
「外人?……そう、そうなんだよ!」
拓海は何かを思いついたように良いわけ染みたことを言い出す
「いやぁ~ほら、晴菜も知ってるだろうが両親は外国で働いているだろう?」
「えぇ、知ってるわ。それがどう関係あるの?」
「何でも、親の知り合いの子らしいのだが仕事の都合上でなかなか面倒が見れないと言う事で預かってくれと頼まれたんだと」
「へぇ~、仕事があると大変ね」
「それでも、俺の両親も預かったはいいが会社経営していてとても相手をする時間が取れなかったらしいんだ」
「会社を受け持っていれば時間を作りにくいのも当然ね」
「そこで、歳が近いということもあって暫くは俺のとこで面倒見てくれと頼まれたと言う訳だ――」
よくもまぁ、この短時間で長々とした言い訳を拓海は思いつくものだ。
これはこれで無駄な才能というものである。
一方、その話を聞いていた晴菜は
「なんか随分と深い事情ね。でも、どうして拓に面倒を見させるなんていう発想が思いついたのかしら?拓の両親って、とてもそんな事を考えそうな人では無かったと思ってたけど……」
「そ、それだけに大変だったということだ!」
「まぁ、とりあえず事情だけはわかったとして何で彼女は、あの格好しているわけ?拓の趣味?」
とりあえず、事情だけを把握した晴菜だが内容事態の全てを信じた訳ではなかった。
そして、一番と言い訳しづらい部分を突っ込まれた拓海は
「うっ……」
「大体、メイドなんて見たことあるのはTVと秋葉原くらいよ」
「彼女の趣味らしい」
「はぁ?」
「なんでも、モモが住んでた所ではメイドファッションが流行していたらしくてな彼女自身もお気に入りなのだそうだ」
またも、見事なまでの言い訳を思いつく拓海
「それは彼女の住んでいた所ではでしょ?ここは日本よ?」
「うむ、どうやら私服はメイド服しかないらしいのだ」
「あんたバカ?『うむ』じゃないわよ。ちゃんと服を買ってあげなさい!そのくらいの面倒みなさいって」
「なら金をくれ!」
「そんな勝ち誇った顔でねだるな!バイトでもしなさい!」
「そんな事をしたら……負ける気が……」
「昨日も同じ様な事を聞いた様な気がするけど……何に負けるの?」
「なにって……プライド?」
「はぁ……なんか、聞いてたら疲れてきたわ……」
晴菜は拓海とのやりとりに肩を落とすと深く溜息を吐く
「彼女がメイド服を好んで着ているのだからいいだろう?まぁ、俺もその方がいいけどな――」
「なんか言った?」
「いいや、何にも」
二人の会話へ割り込む様にモモが家の中から呼びかけてくる
「早くしないと、お料理が冷めちゃいますの」
「おぉ、そうだった!」
晴菜に背を向け玄関へと向かい歩き出す拓海に晴菜は問いかけると
「なら、私もお邪魔しようかな?」
「えっ……マジ?」
拓海は玄関に足を踏み入れたところで一度、止まり振り向くと
「晴菜も食うの?」
「なに、その露骨に嫌そうな顔は……私が居ちゃマズイ?大体、その子の面倒を見なきゃいけないんでしょ?今の拓を見ていると逆に面倒を見られているじゃない?」
「いや、だからと言って……」
「仕方ないから私が面倒見るのを手伝ってあげるわよ」
「なにも頼んでいないと……」
「べ、べつに勘違いしないでよね!今日は部活が早くに終わったからであって拓に夕飯を作りに来たとか、そんなんじゃないんだから!そこのところ間違えないでよ!」
「だから、まだ何も聞いてないって」
またも拓海の言葉で自分が取り乱したことに気付く晴菜は頬を紅く染め上げていた。
「いいから!そう言うことなの!」
「どういうことだよ……」
結局、拓海は晴菜を家に上げることにするのだが、この後に待ち構える試練を拓海はまだ知らなかった――