5話 幼馴染みはツンデレなのか?-1-
あれから、まだ二人の間には気まずい空気が漂っていた。
とりあえず、学校に遅れてしまうからと家を出た拓海と晴菜だが予想外の出来事に口数が減ってしまう。登校中、拓海はモモとの誤解を解く為に必死に弁解するも彼の言葉が晴菜にとって、真実として受け入れられるものでは無いのは当たり前のことであった。
拓海曰く『昨夜の大停電後、リビングに行ったらそこにメイドが居た』と言う。
確かに、この言葉には嘘、偽りは無いのだが……
それは当事者しかわからないことであり、現に晴菜にはモモが『普通の子』としか見えていない。
故に、拓海が言う必死の弁解も何の意味を持たないのだ。
住宅街を歩きながら興味なさげに拓海の言葉に耳を傾ける晴菜だが
「――それで?昨夜の停電後に突然、あの子が現れたと?」
「まぁ、おおまかに言えばそうなんだが……」
「なに?今度は『実はあの子、宇宙人なんだ』とでも言いたいわけ?」
「いや、そこまでは……でも、似た様なものか?」
流石の晴菜も深く溜息を吐くと
「はぁ……あんた、ロクに御飯食べてないでしょ?栄養とか足りていないんじゃないの?」
「飯なら昨日ちゃんと食ったぞ。久し振りにインスタント以外の『まともな』飯を――」
拓海の言う『インスタント以外の御飯』と言うのは昨夜に出されたモモ特製原型を留めていない驚き絶品料理。味はどうあれ、あれをどう見たら『まとも』と言えるのかが謎である。
拓海の言葉に晴菜は驚きの表情を浮かべ
「拓って、料理できたの?」
「料理などは出来ん!」
「そんなドヤ顔で言う事でもないと思うけど……じゃぁ、出前?」
「頼めるほどの金は無い!」
「いや、だから何でそんな誇らしげに言うわけ?本当にどういう神経してんのよ……ん?もしかして――」
と、そこで晴菜は何かを思い立った様に一旦歩みを止める
「どうした?」
「まさかとは思うけど……朝一緒に居たあの子に作ってもらったとか?」
「あれか?いやぁ、美味かったぞ。でも、見た目はな――」
拓海が言葉を言い終えるより先に晴菜が口を開くと
「いつ連れ込んだのか知らないけれど、あんな幼そうな子にメイド服を着せて、御飯まで作らせて、あまつさえは添い寝?……いくらお金が無くて貧乏だからって『犯罪』にまで手を染めるなんて……」
「は、犯罪って……こんな公道で言う事か?変な誤解されたら、それこそヤバイだろ!」
「何よ、言ってくれれば料理くらい私が作ってあげたっていいのに……」
晴菜は不機嫌そうに呟くと、拓海に背を向けて地獄坂を上って行く
「晴菜、待てよ!」
普段、部活で鍛えているだけあって晴菜は難なくこの地獄坂を上って行くが、しばらく部活も運動もあまりせず家でゲームをして怠け気味の拓海は当然に追いつけるはずもなかった――
◇◇ ◇◇
拓海は、相変わらず息を切らしながらにようやく坂を上りきり校門前に辿り着く。
呼吸を少し整え校内へと入っていくと、昇降口で翔太と会う
「おう、拓海。今日は珍しく早いな?」
「まぁな」
「ん?あぁ、そういう事か――」
翔太は拓海の後に視線を向けると何かを納得する様に呟く
「なにが?」
「今日は同伴登校だから早いんだな?」
「……同伴?」
と、拓海は翔太の問いに疑問の声を漏らすが視線の先を辿る様に振り向いた先に答えはあった。
「なんで、あれしかない距離の坂を上るだけで五分もかかってんのよ?運動不足なんじゃない?」
視線の先に居たのは先に行ったはずの晴菜であった
「ん?晴菜、先に行ったんじゃなかったのか?」
「なによ、居ちゃ悪い?別に拓を待ってたとかそんなんじゃないんだから。ただ、時間的にまだ余裕あったかな?とか思って、ゆっくり行こうとしていただけなのよ」
「いや、まだ何も聞いていないが」
「うっ……」
拓海の冷静な突っ込みに晴菜は自分が取り乱してしまったことに気付き顔を紅く染める。
「と、とにかく!あんたはもう少し運動しなさい!」
「何故、そうなる……」
そんなやり取りを横で見ていた翔太は
「相変わらずお前等、仲良いな?」
「どこが!?」
「どこがよ!?」
拓海と晴菜は同時に翔太へと突っ込む。なんとも、息がピッタリである。
「あぁ、言うだけ野暮か……ってか、今の拓海を見てると『女嫌い』にはとても見えないぜ」
「まぁ、晴菜は『特別』だからな」
「……と、特別?」
「なんだよ、妬けるじゃねぇか。なるほど、『女嫌い』は晴菜ちゃん以外のってことか?」
晴菜は拓海の言葉に反応するが、恐らく拓海の言う『特別』は違う意味なのだろう。拓海が考える『特別』は、彼女の持つ属性。『幼馴染み』『ツンデレ』まさに、ゲーム慣れしてしまっている拓海ならではの発想である。
しかし、勿論そうと知らない晴菜と翔太。
晴菜は拓海に自分は『特別』なんだと言われて、まんざらでもない様子であった。
☆
今日は遅刻せずに教室に入った拓海だが、これと言ってやることはいつもと変わりはない。
午前授業の大半は寝て過ごすという、何とも見事な自由っぷりである。そして、結局は晴菜にノートを見せて貰う
ロクに苦労もしないで学年成績をそこそこ維持しているとは、まさに親の脛をかじって生きている様なものである。
見てくれはこんなイケメンなのに、どうしてここまでダメ人間なのだろうか?まったく持って不思議である。
昼休み、晴菜が席を立って拓海の元まで歩み寄って来ては
「拓は、お昼どうするの?」
「ん?今日は弁当」
「また、コンビニ?そればかり食べていると栄養も傾くわよ?」
「コンビニとは言っていないが」
「えっ?じゃぁ、何?」
「ん~と……あ、これだ」
と、言って拓海が鞄から取り出したのは可愛いクマさん柄の布に包まれた小振りな弁当箱。それを見た晴菜は
「もしかして、これって……あの子が作ってくれたの?」
「いつ作っていたのかは知らんが、朝出るときに渡された」
ごく自然に平然と答える拓海
どうやら、何か煮え切らない様子の晴菜は
「メイドの格好をして、御飯を作って貰って、夜は一緒に寝て、弁当まで作って貰うなんて……あの子は一体、何なの?……ん?メイド?」
「一応、メイドである事は認めるが。疾しい意味は全く無いからな?それと一つ訂正させて貰えば『夜は一緒に寝る』と言うところには語弊がある」
「ふ~ん」
「なんだよ、その目は」
「なによ、そんな必死になっちゃってさ」
そう言いながら少しばかり拗ねてしまう晴菜
「それで、なにか用だったのか?」
「もういい!なんでもないから!弁当食べるところ邪魔して悪かったわね」
それだけ言い残すと晴菜は急ぎ足で教室を出て行った
「何だよ、晴菜のやつ」
拓海は、どこまで鈍いのだろうか?恐らく、というか言うまでも無く晴菜は昼食を一緒に食べようと誘いに来たのだろうが、そんな彼女の心配りにすら気付かないとは鈍感を通り越して呆れてしまうほどである。
晴菜が弁当を二人分作って来ていたことなど、勿論知るわけもなかった。
そして、何も知らない拓海は相変わらず見てくれは最悪だが味は絶品という何とも矛盾したその料理に舌鼓を打っていた――