4話 変なフラグが立ってしまったらしい
一方、その頃の拓海の部屋では、とんでもない状況となっていた。
起しに来たはずのモモはベッドに寝ている拓海に覆いかぶさるような形となり、仕舞いには寝相の悪い拓海から無意識に抱きつかれ身動きの取れないモモの姿。こんな場面を第三者から見られてしまえば、とんでもない誤解を生むであろう。狭いシングルベッドで朝っぱらから男女が抱き合って寝ているなどという――
しかし、そんな状況になっている事など一切知らない拓海は未だに夢の中。
そうこうしている内にも晴菜は階段を上がり拓海の部屋へ向おうとしていた。
晴菜は拓海の部屋の前まで来ると
「今年で高校二年生だって言うのに、なんでまだ私が面倒見なきゃいけないのよ。まったく……」
軽く愚痴を呟き晴菜は扉をノックし呼びかけながらドアノブに手をかける
「拓?いい加減に起きないと、また遅刻する……わよ?…………えっ?」
晴菜が目にしたのはベッドの上で、おもいっきりモモに抱きついて寝ている拓海の姿であった。一番と見られてはいけない人物・場面に遭遇してしまっているにも関わらず拓海は未だに夢の中。
その光景を目の当たりにした晴菜を一瞬、言葉を失うが
「……な、な、何やってんのよぉ!?あんたはぁぁ!」
「……ん……おぅ、晴菜?……どうした?」
晴菜の怒鳴りで目が覚めた拓海であるが、寝ぼけ顔をしながらまだ頭が冴えない様子で自分が置かれている状況に気付いていない。
だが次の瞬間、彼の状況は一変する。
「はぅ~、苦しいですのぉ――」
「ん?…………えぇ!?」
どこまで鈍いのか、ようやく状況を把握した時には遅かった。
拓海の腕の中には胸に蹲る様な形となっているモモの姿。
そして、部屋の入り口には軽蔑の眼差しで拓海を見つめる晴菜の姿。
この部屋に漂う異様な雰囲気を察した拓海は
(こ、これは……どうなっているわけ?)
とりあえず、モモを抱かかえていた腕を退けると両者に目配りをしながら自分に置かれている立場を必死に整理していた。
すると、晴菜が声をかけてきては
「こ、これは……どういうことかしら?」
(やばい……これは、やばい。どうする?)
拓海はとてつもなく追い込まれていた。
嫌な汗だけが額から流れ落ちる。そんな時、またしても拓海の脳内にはこの状況に対する選択肢が浮かび上がる。
1『実は、これ抱き枕なんだ』
2『実は、これロボットなんだ』
3『実は、これ俺の嫁なんだ』
またも浮かび上がった三パターンの選択肢。
だがこの状況下で思いつけたのは、こんな言葉だけで恐らくどの選択をとっても結果は同じであろう。
選ぶとしたら一番と現実的な、1『実はこれ抱き枕なんだ』なのだろうが、こんなリアルな抱き枕などあるだろうか?それはそれで別の問題が生じてしまう。これでは自分の趣味が、ばれてしまうと言うことでもある。
かと言って、『2』を選んだとしてもこれは非現実的で通用しないであろう。
『3』は……これを選んで言ってしまえば、色々と終わってしまう気がするのだが。
ゲームなら考える時間は腐るほどあると言うのに、現実となるとそうも行かない。全てが一発勝負なのだ。
最も、晴菜にはモモがどう見えているのだろうか?
まず、そこが問題である。
そんな事を考えている内に、どうやらまた今回も脳内の制限時間は過ぎてしまったらしく
「どうしたじゃないわよ!せっかく、起しに来てやったと思ったら……」
「えっ、いや……これはだな、これには深い訳が――」
「この女の子は、どこから連れ込んできたのよ!挙句の果てにはメイド服まで着せるなんて……不潔」
「違うって!だからこれは……えっ?」
どうやら、晴菜にはモモの事を『二次元キャラ』としてではなく『現実の女の子』といった様に見えているようだ。あの姿は恐らく拓海にしか見えていない。何故にそうなっているのかなどは拓海にすら理解出来ない。
しかし、これでも助かったとは言える状況でないのは確かなことである。
見え方が違えど、晴菜が見えるということは本格的にこれが現実なのだと思い知らされる。そして、晴菜の視界には下級生くらいの女の子がメイド服を着せられて拓海のベッドに寝ていた、としか映っていなかった。
拓海の趣味が知られた訳では無いが、これはこれで別の問題を生んでしまったこととなる。
「晴菜には見えていないのか?」
「えぇ、しっかり見えているわよ。拓がそんなに不純だとは思わなかったけどね……」
「だから、それは誤解だと……」
すると、ベットに倒れ込む様にしていたモモは、むくっと起き上がると拓海に向って
「拓海さん?起きたのですか?」
と言うが、モモの言葉は火に油を注いだようなものであった。
「拓海さんですって?随分と親しいみたいじゃない?あんた『女嫌い』とかって言ってなかった?もしかして、アレは嘘なの?」
「いや、だから違うんだ……」
「なにが違うのよ?」
ここで拓海は、ある選択肢を呼び起こし決心をすると
「仕方ない……いいか、晴菜よく聞け。この子はだな――」
「なによ?」
「この子は『メイドロボット』なんだ」
「…………」
「と、言う事なんだが……」
「……拓?」
晴菜は呆れた声で拓海に聞き返すと
「な、なんだ?」
「どこの世界にこんなに可愛いくリアルな動きするロボットが居るのよ!大体、どう見たって普通の子じゃないの?それに『仮』にロボットだとして、あんたのどこにそれを買うお金があるの?無いでしょ?嘘つくなら、せめてもっとマシな嘘つきなさいよ」
「いや、これはマジで言ってるんだが……」
晴菜は拓海の言葉を全力で否定するが、彼女の意見は最もであろう。
目の前に居る女の子を『彼女はロボットだ』などと言われても素直に信じられるはずも無い。普通なら……
だが、あくまで拓海には二次元のキャラクターとして見えている為に晴菜と拓海との基準、価値観に少しズレが生じてしまっているのだろう。
拓海に見えるモモは『二次元美少女キャラクター』の等身大な姿
晴菜に見えるモモは『下級生くらいのメイド服姿をした少女』
(なんか、変なフラグが立っちゃったよ……)
拓海にとってのモモは自称『俺の嫁』と称するドジなメイド娘。
モモにとっての拓海は自分が仕える御主人様。
そして、一方の晴菜から見たモモは見たことも何の面識も無いメイド姿をした謎の少女。
今、この部屋から『おかしな関係』が生まれようとしていた――




