3話 俺と俺の嫁と幼馴染み
昨夜の大停電という事故後、美少女二次元キャラクターのモモが実体化するという非現実的なおもわぬ事態に遭遇した拓海。
その後、モモの手料理に舌鼓すると夢見心地のままに部屋へ戻って行き幸せ気分を味わいながら眠りについてしまっていた――
◇◇ ◇◇
幽霊、宇宙人、超常現象、UMA。これ等の非科学的、非現実的な事柄は一切信じることをしない俺であるが、もしこの世界に『神様』等と云う存在が本当に居るのだとしたら今の俺ならば信じる事が出来ると思う。
いや、むしろ感謝したいね。
何故かと聞かれたとして、この状況を説明出来る人間は居るのだろうか。夢にまで見た二次元キャラの実体化。
そんなあり得ない非現実的な事が、現実的に起こってしまっているのだから。
どうしてこうなったのかは自分でもわからない。
だが、これだけは言えるだろう。
『俺は今、人生最高の幸せを感じている』
これが夢オチだったら大笑いものだ。しかしだ、こんな生々しい夢などは見たことも、聞いたことも無い。きっとこれは、俺の日頃の行いを評した『神様』からの御褒美なのではないか?もしくは、モモに対する俺の止めどなく溢れる愛情が本当に次元の壁を越えてしまったのかもしれない。
そうなると俺の『愛』が形を創ってしまった事になる訳であるが、それは俺が『神様』という事になるのだろうか。愛の力は無限大とも言う。
つまり、ついに俺は『神』になったのかもしれない。今の俺なら何でも出来そうな気がする。何でも――
☆
朝の日差しがカーテンの隙間越しに差し込む、部屋の中では目覚ましのアラームだけが鳴り響く。
しかし、拓海はピクリとも動かない。
時刻は七時過ぎ、時間的には早いくらいである。アラームをつけても起きる事がないのなら、つけるだけ無駄と言うものだ。
夢の中で『何でも出来そうな気がする』などと宣言したばかりだと言うのに、彼の言葉を言い直せば今の拓海は『何にも出来ない様な気がする』と言う台詞が当てはまりそうである。
相変わらず、目覚ましのアラームでなど起きる気配を一向に見せない拓海だが、今日は違った――
コンコンと部屋の扉をノックする音が聴こえると
「拓海さん、朝ですの」
静かに扉を開け入って来たのはモモであった
ごく自然な流れで拓海を起しに来ているモモであるが、何度も言おう。
彼女は二次元のキャラクターである。こんな事態ですら既に順応してしまっている拓海もどうかと思うところだ。
モモは未だベッドで寝ている拓海の元へと歩み寄り再び声をかけると
「拓海さん、拓海さん、起きてくださいなのです」
「……あぁ、晴菜……もう少し、寝かせてくれ……」
「はぅ~、起きないのです」
拓海はいつもの習慣からか、モモの声を認識する前に晴菜が自分を起しに来ていると思い込んでしまっていた。
何度呼びかけても、なかなか起きてくれない拓海にモモもどうしたらいいかわからなくなっていた。そして、モモは最終手段に打って出る。
呼んでも起きないのなら、行動で示す。
モモは拓海を覆っている布団を掴むと、勢いに任せ引っ張り出した。だが思いのほか布団を掴んでいる拓海の力が強いせいか、なかなかと布団を剥ぎ取ることが出来ない。それでも必死になって引っ張るモモ。
だが一瞬、気を緩めてしまい
「はわわわっ」
逆に引き寄せられる形となりベッドに寝ている拓海の上に身を委ねる様に覆いかぶさる形となってしまう。
「……う、う~ん……」
圧し掛かった重みに少し反応する拓海だが、こんなとんでもない状態になっているにも関わらず未だ目を覚まそうとしないのであった――
◇◇ ◇◇
――同時刻、榎本家では
「あぁ~、もう!どうして、今日に限って目覚ましの電池が切れてんのよ!これじゃ、朝練に遅れちゃうじゃない」
いつもは六時には起床しているはずの晴菜であるが、その日ばかりは珍しく一時間も遅れて目が覚めていた。
目覚まし時計の電池が切れていたというのもあるが、連日の部活練習で疲れていたのだろう。
晴菜は睨みつけるように掴んでいた目覚まし時計を枕元へ投げ捨てると、ベッドから降り急いで制服に着替え仕度を済ませる。そして、駆け足で階段を下りリビングに入るなり声を荒げてしまう。
「あら、晴ちゃん?おはよう」
「お母さん!何で起してくれなかったのよ!?私、朝練があるって言ってたじゃない?」
「寝坊するなんて珍しいわね。いつも、きっかり起きるのに」
「うっ……」
「たまにはいいでしょ?晴ちゃんも疲れているのよ。一日、遅刻したくらいで誰も責めないわよ」
「そう……かなぁ?」
「そうよ。大丈夫、大丈夫♪」
結局、晴菜はこの日ばかりは朝練を断念し今まで通りに登校することにして、朝御飯を食べ終えた頃には七時半を回ろうとしていた。
晴菜は学校へ向おうと家を出たとこで何かを思いつくと溜息混じりに
「はぁ……どうせ、拓は暢気にまだ寝てるんだろうね」
拓海の家は晴菜の家から斜め向かいに位置する場所にあるのだが、こんな幼馴染みの女の子が歩いてすぐ側の距離に住んでいる環境など、そう滅多に無いであろう。何とも羨ましいというか、これこそがまさにゲームによくありがちな環境である。だと言うのに、拓海はそこのところを少しも考えたことなどは無い。
むしろ、これが当たり前だと思っているからであろう。
玄関から出た晴菜は拓海の家を見ながら
「はぁ、仕方ない。起してあげるか……」
晴菜は拓海家の玄関前まで来て扉の前に立つと
「べ、別に、私は昨日言われたことを気にしているからとか、そんなんじゃないんだから……これは仕方なくよ!そう、私が起さないと拓は遅刻するから仕方なく起してあげるだけなんだから――」
誰も何も聞いていないのに、少し恥らいながら扉相手にして自問自答をする晴菜。恐らく、拓海が言う『遅刻した原因』とやらを多少は気にしているのかもしれない。
そんな事を言いつつ晴菜は呼び鈴を鳴らし、扉を数回ノックしてドアノブに手をかけると
「あれ?鍵が開いてる?……まったく、なんて無用心なのかしら?まぁ、こんなところに泥棒が入ったとしても盗む物なんて何もないだろうけど」
などと言いながら、どうせ拓海しか居ないのだからとお構いなしに堂々とした様子で家の中に入っていく晴菜。
そして晴菜は、拓海の部屋へ向おうとゆっくりと階段を上っていくが、拓海の部屋で繰り広げられている惨状などは知るよしもない――