26話 学園生活
昇降口で上履きに履き替えると拓海は校内へ入る。時間的にはまだ少し余裕があるらしい。
拓海が廊下を歩いていると聴き慣れた声がする。
「おう、拓海」
声の主は翔太
「翔太か」
すると、翔太は拓海の隣に視線をやると目を丸くさせ
「ん?そこに居る子って、もしかしてこの間の」
翔太の視界に入ったのは制服姿のモモである。
そして、拓海に疑問を投げかける
「この学校の子だったのか?」
「いや……まぁ、何と言うか」
「なんだよ、はっきりしねぇな」
「色々と事情があってな」
拓海自身も説明しようがない。それ以前に現状すら把握出来ていないのだから。
上手く説明出来ず流石の拓海も苦笑いするしかなかった。
そんな事を話している内に授業を知らせる予鈴が鳴り出す。
「おっと、早く行かねぇと遅刻するぞ?」
そう言って翔太は拓海に背を向けるが正直今の拓海にとってみればそれどころではなかった。
走り去って行く翔太を見送りながら拓海は自分に置かれた状況を頭の中で必死に整理していた。
結局、悩むだけ悩んで気付けばまた遅刻していた拓海である。そして、今日もまた屋上に行き一眠りしようとする 拓海であったが今回ばかりは違った。階段を上り屋上へと足を踏み入れるが、拓海一人ではない。
「拓海様?」
そこには、ずっと拓海の後を付いてきたモモの姿。
モモは不思議そうな面持ちで拓海に問いかける
「授業は受けないですの?」
「遅刻だしな、途中から行くのも面倒だ」
拓海はあっさりとモモに言い返す
「そういうことだ、俺は寝る」
そして結局はベンチに横たわり眠る姿勢に入る。なんだかんだ言ってもする事は変わらないらしい。
モモが居ても何のお構いなしに、やはり拓海は眠りについた。
◇ ◇
またしても昼時にはキッチリ目を覚ます拓海だが、そういうところだけは無駄に凄いと言える。いつもの習慣とは言え昼まで眠ってから何事もなかった様に教室へ顔を出すというのはどうなのか。
拓海が眠っている間、モモは起きるまでじっと待っていたことなど知るはずもない。
拓海が教室の戸をガラガラっと開けると視界には椅子に座り呆れた表情でこちらを見つめる晴菜の姿があった。
晴菜は教室に入る拓海に視線を送ると
「あんたねぇ、またサボってたでしょ?」
溜息を漏らしながら言う
「違う、サボっていた訳では無い」
「はいはい、睡眠学習をしていたって言いたいんでしょ?」
掌をひらつかせ悟りきった口調で言い返す
「な、なぜわかった」
「むしろ当たっても嬉しくも何ともないわ……」
呆れる晴菜の視線は拓海の背後に居るモモに向けられ
「あれ?モモちゃんも一緒?」
「はいなのです♪」
ニッコリと可愛らしく笑い返事をする
すると晴菜は小さく首を傾げ疑問の声を漏らした
「ところで、モモちゃんって学年はいくつなの?」
「ん?学年?」
「そう、学年。大体、クラスもわからないし」
またしても返答に困る拓海。ここまで考えてなどいなかったというより、こうなる事自体を予測していなかった。
すると悟りを開いたかの様に拓海は口を開き
「何を言っている、このクラスに決まっているだろうが」
「はっ?」
「そういうことだ」
キョトンとする晴菜に拓海は毅然とした態度で言い続ける。確かに拓海の言う通りモモの学年は拓海と同じである。しかしそれはゲーム上での設定であり、現実として考えればどうなのかはわからない。ましてや、何を根拠に同じクラスなのだと言い切ったのかも疑問になる。だが、そんな言葉も晴菜には中々通用しないようで
「同じクラス?そもそも、モモちゃんって海外の両親から預かっていたんでしょ?」
的確なコメントを言ってくる晴菜に拓海は
「そ、それは……」
「それは?」
「俺も最近になって知ったのだ」
開き直った返答である
「はぁ?なによそれ?」
随分な適当な言い逃れだが『最近になって知った』というところは否定も出来ないかもしれない。
事実、モモがこういう事になってしまったのは最近の出来事である。故にこの状況を受け入れるしかないのだ。
拓海は晴菜に聞こえない様に小さく呟く
「まぁ、俺としては制服よりメイドの方が好かったのだが」
「えっ?なにが好いって?」
「いゃ、制服姿もいいもんだと思ってだな」
(どこで聞いてんだよ……)
拓海の呟きも心の声となって出ていたようである。しかし『制服もいいものだ』など言い訳のつもりで言ってはいたが、メイド服も制服も言っている事は何だか似ている様な気もしてしまう。
すると、脇で話を聞いていたモモが会話に割り込んでくると
「拓海様と一緒なのですか?」
笑顔で言う
「おぅ、一緒だ」
「わぁ♪嬉しいですの~」
無邪気に嬉しさを体で表現するモモ。
しかし、制服姿は新鮮だが改めて考えてみれば何の不思議がることはないかもしれない。ゲームの舞台は学園、そこに登場していた訳であるからモモが制服を着ていたとしてもそんなに珍しくはない。
ただ、現実世界に現われた彼女が変わってしまったことに驚いているだけにすぎないのだ。
そんな事を考えているところへ拓海を呼ぶ声がする
「拓海、何やってんだよ」
振り向いた先に居たのは教室の入り口に立つ翔太の姿
拓海はきびすをかえすと翔太に視線を向け
「翔太こそ何をしているんだ?そんなところで」
「はぁ、遅刻してきた奴が言う台詞か」
毅然とした拓海の問いに翔太は頭を抱えていた
「教室に財布を忘れたから取りに来たんだよ。早くしねぇとパンが売り切れちまう」
そう言いながら席に向う翔太に拓海は何を思ったのか
「そう言うことなら、俺は焼きそばパン一つでいい」
「はぁ?」
「ふむ、ついでに飲み物も買ってきてくれると助かるのだが――」
頷きながら言う拓海の言葉に翔太は振り返ると呆れ顔で言い返す
「あのなぁ……なんで拓海の分も買ってこなければならないんだよ?」
「あいにく持ち合わせが無いからな」
「お前の財布事情など知らねぇよっ!」
見事に突っ込みを入れる翔太に拓海は何故か残念そうな面持ちで肩を落とし呟く
「な、なんてこった……」
「拓海の考えが未だに理解出来ねぇ」
すると拓海は顔を上げ視線を翔太から外す
そして振り返り拓海は視線の先へ声を掛ける
「晴菜よ」
「なに?」
そこに居たのは晴菜。もはや、お約束である
「晴菜はパンを買いに行ったりしないのか?」
「しないわよ。私は弁当だから」
拓海の問いはあっさりとぶった切られた
「何故だっ!」
「なんでと言われても……」
「くそっ!これでは俺の昼飯が無いじゃないか」
こんなことは今に始まったことではないが毎度清清しい程に呆れる行動をする拓海はどうしようもない奴である。 何とも無駄なイケメン
惨めな拓海の姿を見かねた晴菜は一つ溜息を吐き
「しょうがないわね」
そう言って自分の席へ向うと鞄の中から可愛い柄の布で包まれた小ぶりな弁当箱を取り出す。
そして、それを持ちながら拓海達の下まで歩み寄ってくると恥らいながら一言
「はいこれ」
晴菜は持っていた弁当箱を拓海に差し出す
「ん?これは?」
「あげる」
「食っていいのか?」
「す、少し作りすぎただけなんだからね」
「おう、悪いな晴菜」
「べ、別にいいわよ。慣れているから」
弁当箱を受け取りながら笑顔で言い返す拓海の言葉に晴菜は恥らうように視線を逸らし頬を紅く染めていた。