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2話 俺の嫁現る!

 翔太があの後どうなったのかなど気にする事も無く、ただひたすらに拓海の足は自宅へと向っていた。高校に入ってからというもの、拓海は部活には所属していない。言うなれば『帰宅部』というやつだ。

 いくらかの部から誘いはあったのだが拓海は全て断った、中学までの拓海ならば部活動にいそしんでいたであろう。 だが、今の彼はそれ以上の楽しみを見つけてしまった為に学校が終わったら真っ直ぐ帰る事しかしなくなったのだ。その訳とは――


「ふぅ、今日も一日疲れたぜ」


 別に殆ど屋上で寝て、授業は一つしか受けていないのに『疲れた』という言葉を発する拓海はどこまでもダメ人間である。

 何が彼をこう駆り立てたのか。

 家には拓海しか居ないのだが、あらかじめ人気を確認し『無断立ち入り禁止』と書かれた札のついた扉を開け自分の部屋に入るなり電気をつけると、制服を着替え日課のようにパソコンに電源を入れ起動させる。

 そして、ここからが拓海の楽しみ。起動させたパソコンを手際よく操作し、いつもの様にゲームを立ち上げると画面越しに拓海は


「ただいま、モモ」


 拓海の視線の先に映るディスプレイには平面上に可愛い美少女キャラの女の子が映っていた。

 そう、コレが拓海の言う『彼女』なのだ。

 拓海がしているのは去年に発売された人気美少女恋愛シュミレーションゲーム『どきメモハート』という物である。五人ほどの美少女キャラが出てきては新学期から二年生に上がる主人公が二ヶ月の間、彼女達と交流を深めて行くというシンプルな内容。ゲーム自体は選択肢形式で進み、回答は三パターンほど用意されている。登場するキャラはどれも個性的で現実ではありえない様な事ばかりするのがゲームである。ツンデレ、魔女っ娘、超能力を使う娘、吸血鬼娘、ロボットもいたりと――

 だが、大抵ヒロインキャラというのは意外と地味であり『幼馴染み』というパターンがほとんどである。

 その中でも拓海がお気に入りなのは、試作型メイドロボット少女『モモ』ゲーム上での年齢設定は高校1年生となっているが、ロボットという設定上、年齢の公開はされていない。外見は、ピンクのセミロングヘアーに垂れ目の紅い瞳。メイド服を身に纏い高校生とは思えないような幼い風貌をしている。『ロリ属性初期装備』むしろロボットなのにサブキャラの人間キャラより、人間らしく見える。そこはゲームであるが故。

 性格は、萌えキャラによくある王道な『ドジっ娘属性』

 しかし、やる時はやる

 

「よし、あと少しでクリアだ。これで何回目だろうな?っていうか、モモのストーリー自体は泣けるのにエンディングが納得いかない。何で主人公に想いを告げているのに、結局は研究所へ帰っちゃうのかがわからない。これじゃ、全然ハッピーなエンディングじゃないと思うのだが。まったく、このシナリオを書いた奴に抗議してやりたいくらいだぜ――」


 仕舞いにはゲームのシナリオにまで文句をつける始末

 数え切れないほどに同じシナリオを何度も繰り返してきた拓海。今までにクリアした回数はざっと百は超えるであろう。それでも飽きることなく、今なお更新中である。拓海はゲームをプレイする前からモモに心を奪われ、それ以外のキャラには一切手を出した事がない。

 『俺は浮気なんてしないからな』と本人は言うがモモ一筋、ここまで来ると一途を通り越してバカの領域である。

 


◇◇ ◇◇


 

 しばらくゲームをプレイしていると、気付けばすっかり夜になっていた。小腹が空いたので何か食べようと思った矢先で思い出す。明日から二ヶ月ほどは晴菜が来ないのだったと。

  

「やべぇ……忘れてた。どうするよ?カップ麺だってこの間全部食ったし、あいつが置いていった食材はあるが俺、料理できねぇからな。また、しばらくはコンビニ弁当か?食費バカになんねぇな……」


 一旦、マウスから手を離し悩みながらに自問自答を繰り返す。拓海にとってみれば死活問題である。

 そして、ついにはこんな事を口走る始末


「あぁ~あ、いっそモモみたいな可愛い世話焼きメイドが一家に一人いればなぁ」


 拓海の中でメイドロボットの数える基準が『一台』ではなく『一人』となっていた。それは、彼の中で機械としてではなく『一人の少女』として認識しているからであろう。だが問題は、そんな事を言ってしまっているということ。ここまで来ると本物のダメ人間である。見た目はイケメンなのに中身は、どうしようもない野郎である。


「だが、いまからコンビニまで行くのも面倒だ。とりあえず何か飲んで誤魔化すか?まぁ、夕飯の一つを一回抜いたくらいで死にはしないからな」


 相変わらずに適当な考えである。とりあえず夕飯は抜きという方向で考えがまとまったところで再びマウスに手をかけてゲームを再開しようとした矢先の事であった。

 ゴロゴロと地鳴りがする程に大きな雷が近くに落ち、家全体のブレーカーが落ちてしまう。

 街全体で大規模停電が起きたらしい、それは同時にパソコンの電源も落ちる事になり真っ暗な部屋の中で拓海は


「うぉぉ!パソコンが消えたぁ!まだセーブしてねぇよ!」


 数十分後、ようやく家の電気は復旧してすぐさまパソコンの電源を入れ再びゲームを起動させる拓海だが、ディスプレイを見て凍りつく。


「……デ、データが……俺の一年間のモモとの思い出が……全部消えている。な、なんでだぁぁぁぁ!」


 拓海の嘆きは、もはや近所迷惑になりそうなくらいの勢いであった。

 絶望、そんな感情に打ちひしがれ今の拓海にとって見れば高校一年生から過ごしたモモというキャラクターとの思い出という名のデータが一瞬で消えた事が、彼女が目の前で死んでしまった様な感覚にまで陥っていたのだ。

 夕飯は無い、明日から晴菜は来れない、いままで積み重ねてきたデータが一瞬で消えた……もはや、拓海は奈落の底に落とされた気分にすらなっていた。何もゲームデータが消えたなら、またやり直せばいいのだろうと思うが拓海の中での『モモ』という存在はキャラクターを通り越し一人の少女として捕らえてしまっている程に愛していた為に、拓海の中に居る『モモ』は先の停電で死んだ事のようになってしまっていたのだ。


「……あぁ、なんて事だ……」


 もはや、この現場に第三者が入り込み拓海に声をかけたとしても決して応じることは無いであろう。絶望に打ちひしがれたまま拓海は重い腰を上げ椅子から立ち上がるとフラフラと歩きながら部屋を出て行く。

 半ば放心状態のまま階段をゆっくり降りていると、何故かリビングに明かりが点いていることに気付く。

 その光景を見た拓海は


「あれ?俺、電気つけたっけ?あぁ、もしかして停電の時に点いたとか」


 不思議に思う拓海だが、きっと停電による影響なんだろうと自分に納得させ明かりを消そうとリビングに向う。そしてリビングの戸を開けようとドアノブに手をかけた時、室内から何やら鼻歌の様な声が聴こえてくる。この家には拓海しか居ない。気になった拓海は戸を少し開け中を覗くと

「誰か居るのか?」

 そして、その光景に拓海は自分の目を疑う


「…………んぅ!?」


 拓海の視線に入ったのは、見覚えのあるフォルム。

 しかし、これはありえない。絶対にあるはずがないのだ――

 視線の先に居た『それ』は拓海に気付くと、明るい表情を浮かべトコトコと拓海の下へ駆け寄ってきては、どこかで聞いたことのある台詞を言い放つ。


「あっ拓海さん。御飯の用意が出来てますの~」

「……はっ?」

 目の前にはピンクのセミロングヘアーが可愛いメイド服姿の少女が

「どうしたんですの?具合が悪いんですか?」

 メイド服の少女は心配そうな面持ちで言い寄って来るが一方の拓海は

「……えぇ~と、俺はレイヤーさんをデリバリーした覚えなど一切ないのだが……」


 拓海の中で目前の状況が把握出来るものではなかった。唯一、頭に浮かんだのは『モモ』というお気に入りのキャラクターをコスプレしている誰かが何かの拍子でここにいるのだろうか?と……その考え自体もおかしいものだが、拓海の悩みは少女の言葉で解決される


「あのー拓海さん?モモの顔に何かついていますか?」

「……モモ?……えぇぇ!?」

「はわわっ!どうしたんですの?突然、大声を出して。びっくりしますの」

「ち、ちょっと待て、落ち着こう。一旦、落ち着こう……そうだ、とりあえず深呼吸を――」

 と、拓海は深呼吸をし改めて目の前の少女と向き合うと

「……まだ頭が混乱して何を言えばいいかわからんが、とりあえず……君は、いつ、どこから来た?」

「五分くらい前かな?」


(という事は停電した後か……)


「じゃぁ、どこから入って来た?家は鍵を掛けていたはずだが」

「さっきからリビングでお料理をしていましたの~。あっ、でもでも家の雰囲気がさっきと違う様な気も――」

「さっき?リビング?料理?それって……」

「どうしましたの?」


 拓海が思っていたこと。それは先程までやっていたゲームの内容、停電する直前までの場面と今のシチュエーションが恐ろしく一致しているということである。そして、この少女の容姿もコスプレではここまで表現出来る筈が無い。ホログラフの様な立体映像でも無い、紛れも無く現実だ。

 拓海の目前に見える光景は非現実の様な現実である。


「何が原因でこうなったのかは知らん。だが!これが現実だと言うのなら俺は受け入れよう。逆に俺が二次元世界に迷い込んでいたのだとしても、それはそれで喜んで受け入れよう!俺はいまどっちの世界にいるんだ?」


 悟りを開いた拓海は何かのリミッターが外れてしまったかの様に自論を語りだす。そして、行き着いた答え。

 テーブルに置いてあった新聞を手に取り日付けと内容を確認すると、何故か拓海は自然と笑いが零れる


「は、はは……これは現実?そうか……俺の愛情は世界どころか次元すらも超えたのか。素晴らしいね、実に素晴らしい。今までの人生でこの瞬間が最高の幸せだよ」


 どうやら拓海の目前に居る少女は先程までプレイしていたゲームのキャラクター、試作型メイドロボットの『モモ』そのもの。何とも非現実的な話である。どうしてこうなったのか、大停電でデータクラッシュしたと思われていたデータは思わぬ形でバックアップされていた。

 そう、それがこの拓海の前にいる立体的な等身大の姿になった『モモ』である。拓海のとめどない愛情がそうさせたのか、一体なぜこうなったのかなどは分からない。だが、状況を把握した拓海にとってみればもうそんな事はどうだっていいのだ。何故なら、『俺の嫁』とまで称するほど愛してきたキャラクターが等身大となって、触れる事も、会話をする事も出来るのだから。まさに夢のようである。


「あぁ、この気持ちはもう言葉で表現できねぇ……」

「あのー拓海さん?お料理冷めちゃいます」

「えっ?あぁ、そうか。って、モモが作ったのか?」

「はいですの」

 眩しい笑顔で拓海の問いに答えるモモだが

「し、しかし……アレだよな」

「なんでしょう?」


 拓海が感じていたのは、ゲーム上で公開されているモモの設定についてである。ドジっ娘のモモはメイドロボットなのに料理が苦手なのだ。彼女に作らせるとゲテモノの様な料理が出来てしまうというイベントもある。

 ゲーム上の設定だが、そのキャラクターがここに居るとするならば恐らくここで選択肢が出てくるはずであろう。



 1『喜んで食べる』

 2『今は食べない』

 3『とりあえず逃げる』


 

  そして、拓海の脳内に三パターンの選択肢が浮かび上がる。

  普通、こういった場面なら選ぶ前にあらかじめデータセーブをしておくものなのだが現実世界にはセーブもロードもコンテニューも、そんな都合の良い機能などはある訳が無い。

 すっかりゲーム慣れしてしまっている拓海は

 

(この場合は確か『1』を選ぶと好感度は上がるがヤバイ事になるはずだ……)

 

 今までプレイしてきた場面を思い起こし、この状況を重ね合わせていた。攻略ルートとしては『1.喜んで食べる』を選ぶのが正しいのだが、結局は食べる、食べないにしても出てくるのは食材の原型を留めていないゲテモノ料理で『2』か『3』を選び食事を回避すれば好感度は下がってしまう。だが、ここでセーブしておけば、同じ選択肢をやり直しイベントCGを回収出来るのであるが……しかし、あくまでそれはゲームの場合である。

 だが、ここは二次元ではない。現実だ。

 故に今この状況も同じとは限らない。

 

(まさか、三次元の世界でもこの様な選択を迫られるとは……)

 

 すると、しばらく難しい顔で悩んでいた拓海にモモは心配そうに声をかけてくる。

「拓海さん?どこか具合が悪いですか?」

「えっ?い、いや……大丈夫だ」

「では、いま料理を持ってきますの♪」

「あっ、ちょ!待て――」


 どうやら、拓海の中にあるコマンド選択は選ぶ前に制限時間が過ぎてしまったらしい。

 よって、この展開は……『1.喜んで食べる』

 とは言っても、喜ぶどころか不安でいっぱいの拓海。


(そうだ、間違って選択した時もやり直しは効く。ロードは出来ないが、まだ今ならこの場から離れる事くらいは……)


 キッチンへトコトコと向かい歩いて行くモモの背中を見ながら拓海は、そんな事を考えていた。いまなら、まだ『食べない』と言うことも『逃げる』と言うことも間に合うはず。しかし、食べなかった時の展開はどうなっていただろう。確か、モモは泣き出して部屋を散らかすだけ散らかしてして家を飛び出して行くオチだったか、それはそれで迷惑だ。

 ならば、逃げた時の展開はどうなっていたか。これを選んでしまうと、完璧に別キャラルート移行となってしまう、確か攻略法によると家から逃げ出したところで別ヒロインと遭遇し、イベントが発生する形だったと思う。しかし、モモの好感度は落ちてしまう。他のキャラに手を出したことの無い拓海は、常にモモ攻略ルートしかプレイしていない。他のルートは情報誌で軽く見たくらいである。


「……どの道、食うしか無いのか?アレを」


 何もゲームCGで見た情報が拓海の頭には焼きついていたらしく主人公ならまだしも、自分という立場になってみると不安でいっぱいになる。

 そして、ついに審判の時は来た――


「どうぞですの~」


 トレイに料理を乗せキッチンからトコトコと歩いてくる

 もはや、拓海は死を受け入れる覚悟さえ出来てしまっていた。テーブルに並べられた出来上がった料理……

 やはり、思った通りの代物であった。


「…………な、なんと」


 これが現実というものなのか、CGで見るより生々しく見えてしまう。さらに見た目が強烈だと言うことである。ゲーム内の主人公は、この原型の無い料理をモモの為に無理をしてでも全部食べた挙句、二日間程腹痛に悩まされたというシナリオになっていた。だが、その主人公の勇敢な行為が好感度を上げる訳であるが――

「モモ、頑張って作ったですの♪」

 何度も聞いた事がある台詞である。

 もう、選択肢は出てこない。後は突き進むのみ

 モモは期待に満ちた瞳を向けながら拓海を見つめ


「――ワクワク、ワクワク」

「えぇぃ!南無三!」

 拓海は覚悟を決め箸を手に取り、原型の無い料理を摘み恐る恐る口の中へと運ぶ。

 そして、初めてモモの料理を食べた拓海は

「…………」

「ど、どうですの?」

「……う、美味い。美味いぞ、コレ」

「はぅ~、よかったですの♪」


(そ、そんなバカな……)


 見た目とは裏腹にモモの料理は絶品と言えるほどに美味しかったのだ。

 これでは設定と違う、そう感じた拓海であったが苦い思いをしなくて良かったという安堵の気持ちを抱いていた。

 幸か不幸か、もしかしたら、どこかで狂いが生じたのだろう。

 そして、この日を境に二次元キャラのモモという美少女をメイドとして迎えた拓海の非現実的な新たな生活が幕を上げることになるのであった――

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