19話 お約束
結局のところ朝食は抜きという形で昼間を向かえた訳であるが、肝心の拓海は死んだようにソファーにもたれ掛かっていた。たかだか、朝食の一つを抜いただけでここまでの脱力感を漂わせてしまうとは、つくづくどうしようもないやつである。
すると、拓海は何かを思い出したかの様に呟く
「そういや、晴菜は何を買いに行ったんだ?」
どうやら朝の一件を思い出していたらしい
「さては晴菜のやつ、俺に隠れて美味しい思いをしているのでは」
どこをどうやったらそんな考えに辿り着くのか、それ以前に何で食う事しか頭に浮かばないのかと疑問になる。
本当に拓海の食生活はどうなっているのだろうか?
拓海はおもむろに携帯電話を取り出すと
「金が掛かるから、あまり電話は使いたくないのだが……仕方ない」
以外にも拓海は携帯電話を持っていた。
しかし、利用するのは月に多くて二・三回程度。経費削減と豪語するがそこまで利用回数が少ないのであれば契約料金の方が高くつくのではないだろうか?
まったくどこまでケチなのか、携帯代を気にするくらいならば始めから契約などしなければいいのではないかと思うところである。
不慣れな手付きで携帯電話を操作すると拓海は発信ボタンを押す。
「晴菜のやつ、なかなか出ないな」
発信先は晴菜であった
「まったく、こっちは死活問題だと言うのに」
拓海は携帯を耳に当てながら愚痴を飛ばす
恐らく拓海の言う死活問題とは、朝昼晩という殺人料理のオンパレードで、それは拓海にとってみれば地獄でしかない。だからといって、自分で料理をする事など出来るはずもない。
この時、ようやく拓海は晴菜の有り難味を感じたらしい。こうまで追い詰められないと気付かないとは……
そんな訳で拓海は、繋がるまでひたすら晴菜に電話をかけていた。
何度かコンタクトを取っていると、ようやく通話に切り替わり
「もしもし?」
「晴菜か!」
「拓?どうしたの、電話なんて珍しいわね?」
滅多に掛けてこない拓海の電話に晴菜は驚きの声を漏らす
「そんなことはどうでもいい!」
「そんなことって……」
「ところで、晴菜は今どこに居る?」
「どこって、まだ買い物中だけど?」
拓海の質問に晴菜は疑問の声を返す
「そうか、まだ買い物中か……」
「まぁ、もうそろそろで帰るところだけどね」
「待て!まだ帰るな!」
「はぁ?」
晴菜は拓海の突然な振りに呆れた声を漏らす
「今から俺も行く!」
「どうして?」
「いゃ……晴菜に頼みがあるのだ」
「えっ?頼み?」
拓海の台詞に驚いた声を返す晴菜
「うむ」
「なんで、私なの?」
「晴菜でないとダメなんだ!」
「……えっ?それって……」
受話器越しに恥らう声を漏らす晴菜だが、恐らく顔を紅くさせていたであろう。
勿論、電話越しでそんなことなど気付かない拓海は
「だから、頼む」
「……わかった」
晴菜は潮らしい返事をしていた
そして、拓海は電話を切るなり何故か勝ち誇った表情でガッツポーズを決めていた。
拓海が、どうして晴菜にあんな台詞を言ったのかは分からないが何かしらの思惑があるのは確かであろう。
そして、拓海は晴菜と電話で約束した待ち合わせの場所へと向っていくのだった。
◇ ◇
拓海は商店街まで足を運ぶと晴菜と待ち合わせの場所へ向う。
商店街自体は家から歩いても行ける距離で左程遠くない。普通に行って二十分くらいと言ったところだろうか。
だが、あくまで普通に行ったところでという話で拓海が着いたのは二十分を軽く超えていた。
程よくして、ようやく辿り着いた拓海は待ち合わせ場所に佇む晴菜の姿を視界に捉え声をかける。
一方の晴菜は拓海に気付くと不満そうな表情を浮かべ
「待ったか?」
「えぇ、待ったわよ……って、言うか、何でここまで来るのに一時間もかけてるのよ」
「まぁ、ちょいと準備に手間取っていてな」
「準備?いったいどこを準備したの?」
「ぜ、全体的に……」
拓海の言葉に晴菜は呆れながら溜息を吐き一言
「言い訳する前に言うことがあるわよね?」
「晴菜、顔が怖いぞ……」
「一時間以上も待たせられたこっちの身にもなりなさいよ」
微妙な気持ちの晴菜は、怒りたいが怒れず、悲しい様で悲しくもなく、強いて言うなら呆れてしまっていた。
「そうか、すまん」
「悪いと思っているなら、ちょっと付き合いなさいよね」
「……はっ?」
晴菜は毅然とした態度で言い返し、拓海は拍子抜けた顔をしていた
すると、晴菜は拓海の手を取ると歩きだし
「って、ちょっと待て!まだ俺は何も」
「拒否権無し!これは遅れてきた罰よ。それとも、何か文句でも?」
晴菜はキリっとした眼つきで拓海を見返すと鋭い声で言い返す
そんな晴菜に流石の拓海も反論する事が出来ず
「あっ……いゃ……そのぉ~」
「じゃぁ、決定」
何の拒否権も無く拓海の罰ゲーム実行となった訳であるが、いったいどんな罰ゲームなのか拓海は知る訳もない。 そもそも、それが拓海にとって『罰』になるのかも分からないのだが。
次回、罰ゲームはデート?