17話 とある朝食
三章に突入。晴菜編
モモが記憶喪失になってから一週間が過ぎようとしていたが、一向に元に戻る兆しは無い。これまでに培ってきた思い出は消えて無くなってしまった訳だが、こんなことで挫ける拓海ではない。
せっかくの休みだと言うのに拓海は朝から自室に篭もりきりであった。
まだまだ遊び盛りの学生が休日をずっと家から一歩も外に出ないで部屋で過ごすというのは如何なものか。
まったくこれではイケメンも台無しである。
「拓海様、朝なのです」
加えて二次元メイドに世話をしてもらっている始末だ
拓海は寝ぼけた声で
「そうか」
「朝食の準備をしてくるのです」
「……ん?ちょっと待て!」
「はい?」
部屋を出ようとするモモを引き止めるように拓海は
「ま、待て……朝食というのはアレか?アレなのか?」
「?」
拓海が感じていたのは勿論、あの見てくれは素晴らしいが味は素晴らしく不味いと言った殺人的料理だった。
モモは不思議そうな表情で拓海を見つめ
「どうしましたですの?」
「いゃ……そのだな……」
「でわ、準備をしてくるのです」
「だぁぁ!待て待て!朝飯はいらん!」
部屋を出ようとしていたモモを引き止めるように拓海は言う
「拓海様、ちゃんと食べないと――」
「俺は腹が減っていないのだ!それより学校へ行く準備をだな」
「でも拓海様、今日は日曜日なのです」
不思議そうに言い返してくるモモに拓海は沈黙をつくり
「……」
「拓海様?」
「な、なんてこった……」
都合のいいところで拓海の逃げ道は閉ざされてしまう
しかし、何を思ったのか拓海はこんな事を口走る
「待てよ?まだあるじゃないか。こういう時の為に晴菜が居るんだからな」
と言いながら拓海は時計に視線を向け時刻を確認すると
「この時間ならまだ間に合うはずだ。待ってろ、晴菜いま行くからな!」
等と勢い良く宣言するとベッドから立ち上がり意気揚々と部屋を出て行こうと歩きだした。以前にも似たような事があった様な気がするのだが、大体自分の家で食する事が出来ない場合における最終手段が幼馴染みの家に特攻をかけると言うとんでもない行動パターン。
もはや、呆れる以前に人としてどうしようもない気がする。
それも、これを悪びれることなく当然の様にやっているのだから救いようの無い奴だ。しかしながら晴菜が朝食を済ましていないと言う保証はどこにもないのに、どこからそんな自信が出てくるのかが不思議である。
拓海が部屋を出ようとしているとモモが首を傾げながら
「拓海様、どこに行くのですか?」
「ん?ちょっと、飯を食いに」
「ふぇ?お腹が空いていなかったんじゃ?」
「はっ!」
どこまで鈍いのか数分前に言ったことを忘れてしまっているとは
「そ、それはアレだ!料理が出来るまで時間がかかるだろ?それでは、遅刻してしまうから外で軽く済ますということなのだ」
またしても瞬時に思い浮かんだ言い訳を口に出すが、普通に考えれば何とも説得力に欠ける言い分である。大体、料理が出来るまで待っている間に遅刻してしまう恐れがあるというのは何となく分かるが、先程に本日は日曜で学校は休みなのだと言っている訳で拓海が何に遅刻するといっているのかが疑問になってしまう。
どの道、学校があったとして買い食いするにしても、セコイ拓海からしてみれば無駄な労費を出すはずがない。恐らく拓海が言う外で済ませると言う本当の意味は言うまでもなく晴菜家の食事をたかりに行くと言うことであろう。
まったくとんでもない野郎だ。
そして、拓海はモモに背を向けると颯爽と下りて行き家を出て行った。
◇ ◇
「さてと……」
家を出た拓海は玄関先に立ちながら晴菜家を眺め呟く
そして、いざ行かんとばかりに晴菜家まで足を運ぶ拓海だが家先に着いたところで玄関先から声が聴こえる
「あれ?拓、どうしたの?」
「……えっ?」
目の前には驚いた表情で拓海を見つめる晴菜の姿があった
「珍しいこともあるものね、拓がこんなに早く起きるなんて」
「晴菜、どうしてここに居る」
「どうしてって?ちょっと買い物に行こうかと思ってたのよ」
不思議そうな面持ちで言い返す晴菜に
「……もしかして、飯は食ったのか?」
「え?御飯ならさっき食べたわよ。それがなに?」
「なぜ食った!」
「はぁ?」
何を言っているのだと言わんばかりな面持ちで晴菜は溜息交じりに言う
一方の拓海は頭を抱えながら声を唸らせ
「なんてこった……俺の朝飯が……」
「まず、拓の御飯じゃないでしょ?」
「遅かったか……」
「…………」
そんな惨めな姿を晴菜は呆れるように見つめ
「なに?また食べに来ようとしてたわけ?」
「見て分からんか!」
「いゃ……そんな堂々と言われても」
勢い良く顔を上げ言い放つ拓海だが、こんなことを言い出す
「……晴菜」
「なによ?」
「腹が減ってないか?」
「はぁ?さっき食べたばかりだって言ったじゃない」
すると、何を思ったのか
「なら、早めの昼飯といこうか」
「……」
もはや晴菜は突っ込む言葉すら出てこなかった
「うむ、そうしよう」
「何で起きたばかりなのに昼御飯なのよ……」
「なんなら、昼飯兼晩飯でもいいぞ」
「はぁ……あんた、どんな食生活をしているわけ?」
ようするに拓海からしてみれば昼飯も晩飯も同じ感覚でしかないのだ。
いくら早朝だろうと、飯にありつければなんでもいいと言う考えなのだろう。加えて、それを幼馴染みに押し付ける始末。これぞまさにダメ人間の象徴である。
「まったく、飯の一つや二つも分けてくれんとは何て奴だ」
「なに、私が悪いわけ?」
「いや、親切心が足りないのではないかと思っただけだ」
「はぁ……遠回しに言っている様なものじゃない」
そんな拓海の台詞に晴菜は溜息を呆れて溜息が漏れてしまう
大体、普段から色々としてもらっているはずなのにも関わらず、よく親切心が足りない等と言う台詞が言えたものだ。
そんな晴菜に拓海は改まったように問い返す
「ところで」
「なによ?」
「買い物とやらは何を買うのだ?」
「な、なんでもいいでしょ」
照れ隠しに言う晴菜に拓海は
「どうした?なんか顔が赤いぞ?」
「気のせいよ!バカ!」
「バカって……」
晴菜は拓海に背を向けるようにしてその場を去ろうとすると
「待て!」
拓海は引き止めるように晴菜に声をかけた
「なに?」
「晴菜、付き合おう」
その一言に晴菜は拓海と目を合わせながら沈黙し
「…………えっ?」
「どうした?」
「な、なにを言っているのよ!突然、そんなこと言うなんて……バ、バカじゃないの!」
頭から湯気でも出そうな勢いで顔を紅く染め、あたふたと動揺しながら言い返す。
拓海はそんな晴菜の言動を不思議に感じながら
「やはり、突然すぎたか……」
「当たり前よ!それに、私にも心の準備が……」
拓海は恥じらいながら言う晴菜に
「ん?買い物に行くことに心の準備が必要なのか?」
「……えっ?いま、何て言ったの?」
「だから、買い物に付き合うと言ったのだが?」
勿論、冗談で言っているのではなく当然のように言っているのだから責め立てられない。だが、晴菜がここまでのアクションを起していると言うのにも関わらず何一つ感じない拓海の鈍感は罪である。
拓海の台詞に晴菜は俯き顔を真っ赤にさせ黙り込み
「……」
「あれ?晴菜、どうした?」
拓海は気になり晴菜の顔を覗きこむように言い寄るが次の瞬間
「……こ、このバカぁぁぁ!」
「ぐほぁっ!」
綺麗な直線を描きながら素早いストレートパンチが覗き込む拓海の顔面に炸裂する。直撃を喰らって痛がるように擦り顔を押さえる拓海を尻目に晴菜は顔を紅くさせながら逃げるように走りその場から離れてくのだった。