15話 疑惑の昼休み
拓海は屋上で昼間まで居眠りをしていた訳であるが、結局のところ遅刻しようが遅刻しまいが結果は同じだったのではないか?と突っ込みを入れたくもなってしまう。そして、いつもの如く何もしないままに昼休みを向かえ拓海はここでようやく教室へと足を運ぶのだった。
何も無かったかの様に自然な流れで教室へ足を踏み入れる拓海だが、本日教室に入ったのは今が初めてである。
それは何故か、登校して真っ先に屋上へ行き今の今まで眠っていたのだから。
大体、学校に来て早々に午前中から屋上に上がりお日様の下で居眠りをして昼食時に起きるというのは如何なものか?しかも、これが習慣付いてしまっているというのだから救いようのないアホである。
「ふぅ、やっと昼飯か」
拓海は一仕事終えてきたと言わんばかりな仕草をしながらに言う
これまでの間で眠る以外は、何もしていなかったというのによくもまぁそんな台詞が出てくるものだ。
すると、席に座る拓海の下へ足音が近づいて来ては陽気な声が聴こえる
「よう、拓海」
声をかけてきたのは翔太であった
翔太は拓海の向かいに座ると
「また、屋上でサボりか?」
「違う、予習をしていたのだ」
「はぁ?寝ていただけだろ?」
「ふっ、考えが甘いぞ」
拓海は何故か勝ち誇った様な顔で言う
「なにが?」
「翔太は睡眠学習という言葉を知っているか?」
「それくらい知っているが、それと何の関係が…………ま、まさか?」
翔太の言葉に拓海は含み笑いをすると
「そう、そのまさかだ」
当たり前のような態度で言い返す
「なんだあれか?睡眠学習をしていましたとでも言いたいのか?」
「うむ」
「うむじゃねぇよ……バカだろ?」
「バカではない。少なくとも翔太よりは成績が良い方だからな」
拓海は勝ち誇った眼差しを翔太に向けながら言い放つ
「いつもながら、拓海の何気ない言葉に悪意を感じるな……」
「気にするな。言わば能力の差というやつだな」
「マジで言っているのなら余計に腹が立つぜ」
拓海は翔太の肩にポンっと手を添えると
「ようするに何事も努力することだな」
見下す様に呟き返した
「お前にだけは言われたくねぇよ!」
全力で拓海の言葉を否定する翔太であるが、その意見は最もだろう。
自分で何もしようとしない拓海に『努力』という言葉を口にされたら誰だろうと、そんな答え方をしてしまうはずだ。
しかし、そんな事を言われても何も気にしていない様子の拓海は
「まぁ、とりあえず落ち着け」
またしても上から目線で言っていた
「ほんと、何で拓海みたいなやつがモテまくるのか……逆にムカつくぜ」
「だからそれも努力を――」
「えぇい!うるさい!一番と努力してないやつに言われたくないわ!」
拓海が言葉を喋り終える前に翔太は激しく突っ込みを入れてしまう
これには流石の拓海も翔太の迫力に負けたのか
「そ、そうか……悪かったな」
「いや、俺も言いすぎた」
我に返った翔太も取り乱した自分に少し反省していた
この話題を切り替えようと翔太は何かを思い出した様に
「ところで」
「ん?」
拓海もパンを咥えたまま翔太の言葉に耳を傾け
「この間、買い物へ行った時にスーパーで珍しいのを見かけたんだが……」
「珍しい?」
咥えていたパンを飲み込むと拓海は翔太へ疑問の声を返す
「まぁ……珍しいというか、新鮮というか、驚きというか」
「はぁ?」
ハッキリしない翔太の言葉に疑問ばかり募らせる拓海
すと、翔太は苦笑しながら
「実はな……その時に可愛い子を見かけたんだよ」
「なんだ、またナンパの話か?どうせまた撃沈だろ」
「さりげなく嫌な事を言うなよ……まぁ、女の子であるのは間違いない」
「それで?」
拓海は興味無い素振りで翔太へ言い返す
これには翔太も溜息を吐きながら
「全然、聞く気ねぇだろ?少しくらいは興味持てよ」
「よし、言ってみろ」
「随分と偉そうだな……」
「細かい事は気にするな」
相変わらず上から目線で言う拓海だが、その自信は一体どこから出てくるのかと疑問になってしまう
「それで、その女の子なんだが」
「ふむ」
「メイド服を着ていたんだよ」
「…………はっ?」
翔太の言葉に拓海の思考は一瞬、停止してしまった
何かを察した拓海も声を震わせながら
「メ、メイドくらい珍しくないだろう……メイド喫茶とかもあるし」
「確かに思ったが、考えてもみろ。この辺りにメイド喫茶とやらがあったか?無かったよな?」
「それは……あれだ」
「なんだ?」
「最近、建ったばかりなんだろう」
またしても苦し紛れな嘘が思い浮かぶ拓海
「最近?そんなチラシも無かったが、どこに出来たんだ?」
「それは知る人ぞ知るってやつだ」
「なんで、建ったばかりの店が有名スポット的な感じになっているんだよ」
「だから、それだけに有名なのだろう」
拓海の台詞に翔太は溜息しか出てこなかった
「はぁ……」
「多分、そんな感じだ」
「だが俺には店員のようには思えなかったのだが。むしろ、どうみてもあれは日常的に買い物を楽しんでいるようにしか見えなかったぞ?」
(……ま、まさかとは思うが)
「……翔太、その子はどんな外見をしていた?些細なことでもいい」
「どんなって……そう言えば、ちょっと幼い感じに見えたな」
「あとは?」
「髪はピンクで長さは肩につくくらいか?」
「……他には?」
「ん~、遠目からしか見てないからわかるのはそれくらいだな。なんだ、拓海にしては随分と細かく聞くじゃないか?ついに女嫌い克服か?」
笑いながら言い返す翔太であるが、拓海は笑えずにいた。
精一杯に笑おうとするも、引きつった顔にしかならなかった。
「い、いや……そういう訳でないがメイドに興味があったのでな……」
「確かに可愛かったな。次に会ったら声をかけてみようかな」
「諦めろ!そして、メイドに会いたいなら喫茶に行ってくればいい」
「何故にそこまで否定する……」
「夢を見るな、現実を見るのだ」
誇らしげに言うが、拓海には一番と言われたくない言葉である
「現実を見ていないのはどっちだよ……」
「実際に居るメイドなど所詮は客寄せパンダ。本当のメイドという存在があるとしたら、それはゲーム世界の中か、どこかの大富豪だけだろう」
「くっ……拓海に正論を語られるとは」
「いいか?忘れろ、忘れるんだ!」
拓海は念を押す様に翔太へ言うと席を立ち上がり教室から出て行った。
正直、拓海は焦っていたのだ。
まさか、あの晴菜とモモの三人で行った買い出しを翔太に目撃されていたとは思うはずも無かったからだ。
しかし、どうやら翔太が見たのはモモだけで拓海と晴菜が居たという事は知らなかった様である。
勿論、翔太にも普通の女の子にしか見えていないはずなので可愛い子が居たという表現は間違っていないであろう。翔太がモモに興味を抱いてしまうのは拓海としても良い気分でない事は確かである。
あれで翔太が納得したのかはわからないが、とりあえずは事なきを得たと考えていいのだろう。しかし、これからどうなるのか不安でいっぱいの拓海であった。