14話 新たな分岐
まったく、一体どうしてこうなってしまったのか。
昨日の一件以来からモモは変わってしまい、拓海の知る彼女は居ない。
何だか、ゲームを最初からやり直している、そんな気分にすらなってくる。
まぁ、しかし記憶が完璧に消えた訳では無いはずだ。
現に断片的な事は覚えているのだから。だが、何故に拓海の記憶だけが無いのかが疑問になる。
等と考えたところで答えが出る訳も無いのだが拓海は悩んでいた
「う~む……」
ベッドに腰掛けながら腕組みをすると声を唸らせていた
「どうしたものか……」
拓海が頭を悩ませていると部屋のドアがノックされる
「拓海様?」
声の主はモモである
「なんだ?」
「朝食が出来ていますの」
「おう」
拓海は呼ばれるがまま部屋を出て階段を下りリビングへと向う。
しかし、何度も言おう。
モモはメイドロボットであり二次元キャラ。そんな彼女に当然の様に養って貰っている拓海は救いようが無いとしか言いようがない。
朝食の為にリビングへとやって来た拓海であるが、テーブルに並べられた料理を見て更に驚いてしまう。
「こ、これは……」
「どうぞですの」
(すげぇ美味そうじゃね?)
目の前に並べられた料理は以前のゲテモノ料理は一体どこにいったのだろうか?と思ってしまうくらい、それこそシェフ顔負けのフルコース料理だった。まさに満干全席、もはや家庭内で出てくる料理ではない。
素晴らしい料理であっけに取られていた拓海はモモに視線を向け
「これは本当にモモが作ったのか?」
半信半疑に言う
「はいなのです」
「なんてこった……」
喜ぶべきところなのだろうが、拓海は素直に喜べずにいた。
何故なら、これではドジっ娘という設定が変わってしまうのでは無いかということであるからだ。
別に料理が出来ないからドジという訳ではない。
ただ、他にも今までまともに出来ていなかった事が多々出来る様になってしまっているからなのだ。
それはそれで困る事では無い。むしろ、良い事なのだが気持ちとしては複雑なものであった。
そんな事を考えているとモモが料理を持ちながら
「食べないと冷めますの」
「ん?あぁ、そうだったな……」
と言いながら拓海はモモから料理の盛られた皿を受け取り箸で摘むと一口
「じゃぁ、頂くとするか…………ん?」
「どうしましたですの?」
「……ぐほっ!」
「はわわっ」
(ぜ、前言撤回だ…………くそ不味い)
「うっ……の、飲みこめ――」
「拓海様、これをどうぞです」
と言ってモモはテーブルからスープを取り出し苦しむ拓海に手渡すが、それを口にした拓海は
「ぶほっ!」
予想通りの結果で口に入れたモノと共に吐いてしまった
「だ、大丈夫ですの?」
「こ……これが、大丈夫に見えるか?」
拓海は涙目に口を押さえながら悶えていた
「いま、別の物を!」
「いやもういい!すまんが、いらん!」
これまでにない程、必死に拒否反応を示す拓海
どうやら、モモのドジは変わらない様であったが違う方向に変わってしまったらしい。今回の件で、料理が上手くなったと思われていたが変わったのは完成後の見栄えと味。見栄えが良くなったのは良い事なのだが、肝心の味までも変わってしまっては元も子もない。
見栄えがゲテモノで味はシェフ顔負け。
見栄えはシェフ顔負けだが味は残飯並。
もはや、ウンコ味のカレーとカレー味のウンコのどちらかを選んで食べろと言われているようなものである。
しかしながら、ここでもっと驚くべきは選択肢が一切出てこなかったということ。この展開からするといつもの拓海なら、食べるか食べないかの選択肢が出てきていただろうが、どうやら今回は考えるまでも無く有無を言わさず食べないという選択をしているらしい。
いや、食べないというよりは食えないと言った方が正しいのだろうか?
そう思ってしまう程に強烈な味わいだったのだろう。
だがしかし、この拓海の反応をモモが素直に受け入れる筈もなく
「はぅ~、お口に合わなかったですか?」
「えっ?あ、ぃや……」
ハッキリ不味いと言いたい拓海なのだが潤んだ瞳で悲しそうに訴えるモモを前に一言が出てこない。まして、美味いとも言えない。
なんと言えばいいのかわからずに拓海は返答に困ってしまっていた。
「どうしようなのです……」
いまにも泣きそうな顔で呟くモモに拓海は
「待て待て!泣くな!うん、美味しかった!もう涙が出るくらいに……」
勿論、拓海が言う涙が出るというのは違う意味なのであるが
それを聞いたモモは嬉しそうに笑顔を作ると
「よかったのです~」
「ふぅ、そうか」
「でも、拓海様?」
事なきを得たかと一安心していた拓海にモモは謙虚に声をかけてくると
「まだいっぱい残っているのですよ?」
と笑顔で言い放つ
勿論、それを聞いた拓海は当然の反応で
「…………」
モモと目を合わせたまま凍りついた様に黙り込んでしまう
「どうしたのです?お料理が――」
「いや、もういい!もう腹がいっぱいで一口も食えん!」
全力でモモの薦めを拒絶していた
「まだ、一口だけしか食べていないのです」
「俺は小食なのだ。故にあれだけで十分だ!」
「それでは拓海様の栄養が――」
心配そうに言うモモすら全力で拒否する拓海
「今はダイエット中なのだ!」
「残念なのです……」
「そう言うことだ。すまん、学校に行かねば!」
もはや、モモの言葉に一切聞く耳を持たない拓海である。
しかし、嘘とは言えダイエットと言うのは無理があったのではないかと思うところである。この相手がモモではなく晴菜であったならば、間違いなく何を言おうが拓海の言葉は通ることなどなかったであろう。
モモの新たな一面を知り、少し好感度に変化はあったのだろうか?
今までならゲーム内と似たシチュエーションを実際に体験している様な感覚であった。だが、データが無いということはゲームでのモモでは無く現実世界での彼女を攻略して行かなければならない。攻略法は無い。
あるとしたら拓海の中にある選択肢だけであろう。
ひとまず考える事は色々とあるが、とりあえず拓海は部屋に戻り手早く学校へ行く準備を済ませると家を颯爽と出て行った。
◇◇ ◇◇
「――よかった。モモちゃん、良くなったんだ?」
「ま、まぁ」
拓海は家を出て晴菜と合流し、住宅街を歩きながら朝の話をしていた
「なによ、モモちゃんが良くなったんでしょ?浮かない返事ね」
晴菜は拓海の曖昧な返事に納得が行かずにいた
「な、なにかと色々あってだな……」
「どうせまた、ろくでもないことなんでしょ?」
モモが変わってしまったと言うことを拓海はまだ晴菜に言っていない
「なんというかだな……」
「じゃぁ、今日の学校帰りにお見舞い行こうかしら」
「なっ!ちょっと待て!」
晴菜の呟きに拓海は反応してしまう
「ダメなの?」
「いゃ……ダメと言うかマズイと言うか……まぁ、何と言うか」
挙動不審にハッキリとしない拓海の言葉に
「マジでなに?何か隠しているわけ?」
「うっ……そ、そんなことは」
「怪しいわね」
視線を合わせながら拓海の顔を覗きこむように言う
「見て得することなどない」
「というか、何でいつも行っているのに突然拒否するわけ?」
「そ、それは……」
晴菜の鋭い質問に拓海も何も言えなくなってしまう
「そう言うことだから、学校終わったらね」
「後悔しても知らんが」
「はっ?」
拓海は、さりげなくぼそっと呟いていた
「何でもない、気にするな」
「今日の拓は、いつも以上に変ね?」
「変人扱いするな。しかも、いつも以上って何だよ?いつも以上にって」
そこら辺に関しては察しが良い拓海である
「まぁ、それこそ気にしないことね」
と、晴菜は笑って言い返していた
「何だか納得行かんな……」
腑に落ちない表情で呟く拓海
「そんなのはお互い様でしょ?」
「何がお互い様なのか、わからんが」
すると、拓海は何かを思い出した様に
「あっ、そう言えば」
「なに?」
「最近、思うのだが」
「だからなによ?」
拓海は隣を歩く晴菜に視線を向けながら
「朝の部活練習には行ってるのか?」
「……えっ?」
「ほら、朝練があるからと言ってはいたが毎朝の様に来るだろう?」
拓海にしては珍しく的確な質問を投げかける
そんな拓海の問いに対して晴菜は、少し困った様子で
「そ、それは……」
「それは?」
「あたしくらいだと午後からの練習でも十分なのよ!」
必死に言い返す晴菜の顔を恥らうように紅く染まっていた
「その台詞は前にも聞いた気がするが?」
「気のせいよ!バカ!」
「なんで俺は怒られてんの?」
「私が起さないと拓が遅刻するからよ!」
晴菜は半ば逆切れしながら拓海に言う
「まぁ、理由はどうあれ俺としては助かるから良しとする」
「そこでそう言う風に言い返されると逆切れした私が恥かしくなってくるわ……」
「ちょっと気になったんでな。だが、そういう理由なら心良く納得しよう」
「なんで、そんなに偉そうなのよ……」
拓海の言動に深い溜息を漏らす晴菜
「だが、部活も大事だ。練習はしっかりするべきだな」
「あんたにだけは言われたくないわね……」
「失礼な、これでも中学の頃はサッカー部で黄金の足と言われていたものだ」
懐かしむ様に語る拓海を晴菜は呆れながら見つめていた
「それは中学の頃でしょ?過去の話を持ってきて自分を美化するんじゃないわよ」
「ふっ、まだまだ俺は現役だ」
「よく言うわ、あの坂もろくに上れないくせに」
と言いながら晴菜と拓海の足は地獄坂へ差し掛かっていた
晴菜の言う通り、この坂は拓海の苦手な道なのである
「な、なんのこれしき……」
「じゃぁ、そこまで言うんだから頑張って上ってきなさいよ?早くしないと授業始まるからね」
苦戦しながら坂を上る拓海に視線を向け皮肉交じりに晴菜は言い残す
拓海も一人淡々と坂を上る晴菜を見上げながら
「くっ……この裏切り者め……」
「別に何も裏切ってないわよ」
「はぁ……はぁ……うるさい、この薄情者が!」
と息を切らしながら訳のわからない言葉を言う
晴菜はそんな惨めな姿の拓海を見下ろしながら
「なんだか頭が痛くなってくるわ……とりあえず、マジで遅刻するから先に行ってるわよ?」
「ま、待て!晴菜!」
「それじゃ、また後で」
「……み、見殺しにする気かぁぁ!」
悲痛に叫ぶ拓海は未だ坂の半分にも到達していない。
たかだか、少しばかり急斜面な坂を上るだけだと言うのにどれだけ時間をかけているのか。それ以前に坂を上る行為で『見殺し』という台詞が出てきている時点で何かがズレている気がする。
まったく、これは運動不足という一言で済ませられることなのかそれ自体が疑問になってしまう。
歩いては休み、歩いては休み、同じ動作を繰り返してやっと着いた頃には一時限目が始まっていた。いったいどれだけ時間をかけたのかわからないが、坂を上りきった拓海は登山で山の頂に到達したかの様な達成感に浸ると、息を整えながら校舎へと入って行くのだった。