12話 苦渋の選択
事の成り行きで家を出てきてしまった拓海だが、自分の置かれている状況を再認識する。モモが倒れたというところまでは把握しているが、何故か病院に行く事となってしまった訳で、実際に行ったとして何が出来るだろうか?
大体、それで問題が解決するとも思えない。
ならば、誰に聞けばいいのだろうか?
ゲーム会社にでも問い合わせてみるか?
そんなもの結果は見えているが、言ったところで相手にされないで終わるのが目に見えている。
拓海が、そんな事で頭を悩ませていると
「なに、難しい顔をしているのよ?」
隣を歩いていた晴菜は視線を向け言う
「いや……ちょっと考え事を」
「大方、病院費用のことでも考えてたんでしょ?」
「それは違うんだが……まぁ、それはそれでも困る」
という拓海の曖昧な回答に晴菜は納得の行かない表情で
「何が違うのよ?」
「な、何がと言われると……」
問い詰められる拓海
しかし、実際の事を話したとしても信用はしてもらえないだろう。
ならば、なんと言い返せば晴菜は納得してくれるのか?
モモを背負う晴菜に視線を向けながら頭を悩ませる拓海だが、ここでまたしても選択肢が現れ出した。
1.『実は、病院恐怖症なんだ』
2.『実は、病院恐怖症なんだ』
3.『実は、病院恐怖症なんだ』
咄嗟に浮かび上がった選択肢には、もはや選択するというコマンドすら存在しなかった。三パターン全て同じと言う奇跡の答えを導き出した拓海。何が奇跡なのかと言うのはさておき、同じ考えしか浮かばなかった訳であるが『病院恐怖症なんだ』という言葉の意味が理解出来ない。
何故に拓海は、こんな事を思い浮かんでしまったのか分からないが実際にこんな言葉を口走っている奴などは見たことも聞いたこともない。
故に、この場合はどれを選ぼうが晴菜に通用するとは思えないというところである。
そして、拓海は真剣な表情で晴菜に視線を向けると
「実はな……俺は病院恐怖症なのだ」
ついに言ってしまう
「……は?」
「と、いうことなのであるが……」
「病院恐怖症?」
「うむ」
何故か勝ち誇った拓海の姿を見ていた晴菜は深く溜息を吐き
「はぁ……なにそれ?そんなの始めて聞いたけれど……というか、どうなるの?」
「言うなれば、病院に行こうとすると具合が悪くなるのだ」
「具合が悪くなら病院に行きなさいよ!」
拓海の矛盾した答えに晴菜は、おもわず突っ込みを入れてしまう
一方の拓海も晴菜の突っ込みに対して
「違うぞ。具合が悪いから病院に行くんじゃなく、病院に行こうとするから具合が悪くなるのだ」
「拓海の考えていることがわからないんだけど……というか、何だか本質からズレているような気もするわ」
「細かい事は気にするな」
毅然とした態度で言い放つ拓海に晴菜は呆れて言い返せなくなっていた
「そう言うことだから、帰る」
「帰るって……モモちゃんは?」
モモを背負いながら晴菜は拓海に言う
「しまった!」
「何が、しまったなのよ……大体、この状況でよくそんな台詞が出るわね」
「そ、それはアレだ!」
何かを思い立った様に言い放つ拓海に晴菜は疑問の声で
「なによ?」
「……しばらくすれば治る」
思い立った言葉は何とも適当であった
「……」
「……はず」
「拓?」
「な、なんだ?」
「モモちゃんって、預かっているんだよね?」
改まったように問いただしてくる晴菜に拓海は
「そんなことも言っていたな……」
「どうして、預かっているって言ったかしら?」
「えぇ~とだな……か、家事とか?」
「面倒見るからと言っていたのは拓でしょうが!」
晴菜は凄い形相で拓海に言い放つ
「あ、あれか!」
「あれかじゃないわよ……」
まさか、自分で言った苦し紛れの言い訳がこんな形でツケになって戻ってくるとは思いもしなかった拓海である。
だが、拓海も晴菜に言い返すと
「ならば金をくれ!」
「何で堂々とそんな台詞が言えるのよ……そういうところだけはプライド捨てるわね」
「ふっ、金とプライドは別なのだよ」
何故か自慢気に言い切る拓海である
「まるで、甘い物は別腹なんですみたいな言い方ね……」
「間違っちゃいないな」
「なら、拓海のプライドって何よ?」
「極限まで節約し無駄な労費と労力を出さないことだ」
何とも自信満々に言う拓海だが、晴菜は呆れて物も言えなかった
「……」
「ど、どうした?」
「あのね……それって、プライド以前の問題よね?」
「どういうことだ?」
「拓の場合は、節約じゃなく単にセコイだけでしょうが!」
またしても、的を突くような言葉を晴菜は言い放つ
その言葉に拓海も少し怯んでしまい
「うっ……そ、そんなことはないぞ」
「大体ね、節約する事を誇りに思っている時点でおかしい気がするけれど」
「そういう誇りだってあると言うことだ!」
「はぁ、だから何でそう言う変なところだけは前向きになれるのよ……」
拓海の台詞に晴菜は深い溜息を漏らしながら呟いていた
すると、拓海が何かを思い出したかの様に
「ところで」
「なに?」
「モモを連れたままだった」
「……」
二人して根本的な目的を見失っていたようであった
晴菜はモモを背負いながら
「じゃぁ、病院に――」
「晴菜、さっきの話を聞いていなかったのか?」
「……病院恐怖症ってやつ?」
「うむ、わかればよろしい」
「あのねぇ、なんでそんなどうしようもない言葉を偉そうに言えるのよ」
と、呆れ顔の晴菜に向い拓海は腹を押さえだすと
「は、腹が……」
「どうしたの?まさか、本当に具合が悪くなってきたとか言うつもり?」
「……は、腹が減ってきたぜ」
「…………はぁ?」
腹痛を訴えているのかと思ったら拓海は空腹を訴えているだけの様であった。
しかし、何故このタイミングで腹が減るのかは疑問であるが
「あんたバカ?」
「バカとは失礼な。俺は至って正常だ」
「とてもそんな感じには見えないけれど……少なくとも現状では」
これはもうどうしようもないと晴菜は頭を抱えていた
「とりあえず、モモを連れて家に戻ることにしよう」
「拓は最初から行く気なかったんでしょ?」
「そんな事はない。意思表示はしたぞ」
「意思表示して行動に起さなかったら意味が無いでしょうが!」
当たり前の様に言う拓海に晴菜も鋭い突っ込みを入れる
拓海は晴菜に背負われているモモを見ながら心配そうに言う
「モモ、頑張れ!もう少しで家につくからな」
そんな拓海に晴菜は呆れながら
「心配しているのは分かるんだけど、なんか違うわよね?」
「なにが違うんだ?モモが心配じゃないのか!」
「いったい、どの口からそんな言葉が出てくるのよ……」
「さぁ、早く帰るぞ」
そして結局、病院には行かず途中で引き返す形になりモモを連れて拓海と晴菜は家に帰路につくのだった。ただ、拓海の病院恐怖症というのは本当なのか、嘘なのか、それは疑問のままである。