10話 結局はこうなる
店に到着して買い出し自体は、いつでも出来る状態なのだが……
財布を持っているのは拓海と晴菜のみ。
まぁ、拓海に至っては缶ジュース三本がやっとと言った程度である。今まで、こんな状態で一人暮らしを送ってきたわけだが、ここまで生き延びられているのもきっと晴菜のおかげであろう。そして、そこへモモがやって来たと
まったく、拓海はどこまで恵まれているのだろうか?
彼女達の援助がなければ拓海は今頃、ニュースにでも採り上げられていたことかもしれない。
ゲーム内でのイベントでは勿論、主人公が買ってあげる訳だが……
別にゲームじゃなくても、その行為自体は当然のことだろう。そして、それが好感度アップにも繋がるのだが現実での拓海にとってみればバッドなルートにしか思えてならない。むしろ、どこでフラグが立ったのかさえ分からないのだから――
食品棚の前で立ち竦むモモに拓海は
「モモ?俺はインスタントでいいよ。むしろ、そうしてくれないか……」
「御飯はちゃんと食べないとダメなのです」
「い、いや……気持ちは非常に嬉しいのだがな」
「でわでわ」
食品に手をかけようとするモモに
「――って『でわ』じゃねぇよ!マジで勘弁して下さい……」
「うみゅ~」
「あぁ~俺が悪かった!だからモモ、ここでは泣かないでくれ」
「……はいなのです」
「ふぅ」
こんな公共の場で泣かれたらとんでもない事になる。モモを泣かすと暫くは手をつけられなくなるという設定があるからである。ゲーム内でも選択肢を誤るとそんな事になってしまうというのがオチだ。
拓海は何とか事なき終えたと安心していると
「でわでわ」
「って、またぁ!?だから――」
「さっきから見てれば、何をやっているのよ?」
横から割って入って来たのは晴菜
「見てたなら、もう少し早くに言えよ」
「え?ちょっと面白かったから」
「こっちは死活問題なんだよ!」
「どの道、お金無いなら買えないんじゃない?」
何とも的確な晴菜の意見に拓海は
「だから、悩んでいるんだよ……」
「じゃぁ、何で店に入ったわけ?」
「うっ……た、確かに」
またも的を付くような正確な意見に言葉が出ない拓海
「いや、気付いたらモモが店にだな……」
「そのモモちゃんだけど」
「はっ?」
「さっき、嬉しそうにカートをレジへ運んで行ったみたいよ?」
「はぁ!?」
「随分、色々と入れてたわね」
「なんで止めなかったんだ!?モモは金を持っていないんだぞ?」
「そんな事を言われてもね」
拓海が悩んでいる余裕などは無く、レジの方から聴こえるモモの声。どうやら、お呼びがかかったらしい。
だがしかし、ここで向かったとしても払えるはずが無い。否、そんな金は持ち合わせてなどいないのだ。
やはり、ここは晴菜に頼るべきか?
それとも、モモを連れ戻すべきか?
またも変なフラグが立ってしまったのか、この時、悩む拓海の脳内には選択肢が浮かび上がってきた。
1.『モモを連れ戻す』
2.『晴菜にお願いする』
3.『この場から逃げる』
この状況下で思い浮かべるのは、こんな事くらいであった。
だが、普通なら考えずとも迷わずに1.『モモを連れ戻す』を選ぶはずだ。
しかし、拓海は思う。呼び戻しに行ったところで泣かれても困る。ならば、ここは2.『晴菜にお願いする』を選ぶのが妥当か。何が妥当なのかはさて置き、困ったら晴菜頼りというどこまでも他力本願的な思考ばかりをするから拓海はダメなのだ。最も、なんやかんや言っても晴菜は聞き入れるかもしれないが……
3.『この場から逃げる』これは最終手段の様なもので選んでしまえばバッドルート確定間違いない。しかし、現実世界でルートうんぬんは関係するのだろうか?どちらにせよ、いい結果は期待出来ないのは確かである。
(クソっ……どうすればいいんだ……)
何でこんなどうでもいいような事で物凄く悩めるものなのかと不思議に思えてしまう。というか、選択肢の中に『俺が払う』と言う選択が浮かんでこなかったことが既に逃げている様なものである。
モモがどれだけ買おうとしているのか知らないが……
相変わらず選択肢を選ぶのに悩む拓海だが、いつまでもそんな余裕などある訳もなく
「いいの?モモちゃん、行っちゃうわよ?」
「なぬっ!?」
気付けばモモはカートを運びながらレジのすぐ近くまで来ていた
「モモ!待て待て、ストップだ!」
拓海の声にモモは振り返ると
「はい?」
「はい?じゃなくて、勝手に行くな!……って、あれ?」
振り返ったモモと視線が合う拓海だが
「どうしたのですか?」
向かいに居たモモが不思議そうに答える
「どうしたって……どこに行こうとしてた?むしろ、レジは逆だが」
「重いから、このまま持って行こうとしたですの」
「……このまま?って、それは万引きだ!」
どうやら、モモはレジに向おうとしていたのでは無く、レジを通り過ぎ入り口まで行こうとしていたらしい。
いくら、モモがドジだからと言ってもこれはそんなレベルでは無い。
こんな事は考えてみれば分かる事だった。
学習型のロボットだとは言え、こんな初歩的な事くらいわかる筈なのに、ゲームでもこんなに物分りが悪くはなかった気もするのだが……
これが現実というものなのか?もしかしたらわざとやっているのではないのか。
いや、彼女がそんなに器用なはずがない……
拓海の声に足を止めるとモモは
「うみゅ~、モモまた失敗したですか……」
「あぁ……いや、そういうわけでは無くだな……って、泣かんでくれ!」
焦るようにモモの元へ駆け寄る拓海
(なんで、こうなった?モモって、こんなキャラなんだっけ?)
現実化したモモに疑問を感じてしまう拓海。
ゲーム内の設定とリアルに差があるのは環境の違いもあるだろうが恐らくは御主人様、主人公と拓海の性格の違いにあるのかもしれない。大抵、ゲームの主人公はガサツで鈍感だが女の子には所構わずに優しく意外と頼られてしまうと言う普通に考えれば、都合のいい性格。
では、リアルの御主人様である拓海はどうだろう。
ガサツで鈍感、ここまでは同じだろう。
女の子に優しい、これは無い。彼は『女嫌い』なのだから。
晴菜に限っては『ツンデレ』というところしか見えていないのかもしれない。
頼られる、これは天と地が引っ繰り返ろうともあり得ない話だ。なんせ、自分で何かをするという努力すらしなく幼馴染みに寄生するように頼りっきりで、挙句の果てには現実に現れた二次元キャラにまで養ってもらうなどというダメっぷり。誣いて、上げるとすれば『イケメン』で無駄にモテるというくらいであろう。
こんな奴に仕えれば、ゲームキャラとて振る舞いが変わってしまうのは当然なのかもしれない。
よもや、二次元キャラクターの性格、設定すら変えてしまうとは……
拓海はある意味で『神』なのかもしれない。なんとも無駄な
結局、モモを連れ戻す以外に状況を打開する道は無いようであった。
別におかしくもなんともない選択なのだが、その選択をした時にモモがどんな反応をするのか?
これは正しい選択で好感度に繋がるのか?
二次元思考で考えればこんなところである。
いまの拓海の生活は、まるで現実でゲームをしている様な環境のように思えてくる。
事あるごとに脳内に現れる選択肢、そんな事でしか状況判断を出来ない彼もどうかと思うが――
◇◇ ◇◇
色々あったが、結局のところ見るだけ見て何一つ買わずに帰路についていた。
何だかんだで外は、すっかりと暗くなっていた
帰り道、拓海は何かを思い出した様に晴菜に声をかけると
「そういえば、朝なにか言おうとしていなかったか?」
「あ、えっ?」
「えぇ~と、なんだっけ?確か『誘う』がどうとか――」
「そ、そんなこと言った?あぁ~、え~と、それは……アレよ――」
拓海の問いに恥じらいながら答えを探す晴菜
「なんだよ、はっきりしないな」
その台詞をお前が言うなとも言いたくなるが、拓海の言葉になかなか返答出来ずにいる晴菜
そんな事を考えていると気付けば家の前まで近づいていた
「モモ、先に入っているのです♪」
「おう」
モモが居なくなり晴菜は改めて覚悟を決めると、帰ろうとする拓海に
「じゃぁ、俺も帰るか」
「……待って」
「ん?」
背を向け家に向かい歩いていた拓海を晴菜は引き止めると
「どうした?」
拓海は振り返り疑問の声を返す
「えぇ~とね、朝の続き……なんだけど――」
「あぁ」
「言っとくけど、これは『罰』なだけよ!か、か、勘違いしないでよ!」
「はぁ?」
暗がりでよくわからないが、恐らく晴菜は顔を真っ赤にして言っているのだろう。
恥らう声で言う晴菜に拓海は
「どうした?なんか、声がおかしいぞ?」
「き、気のせいよ!バカ!」
「なんで、オレは怒られてんの……」
「一度しか言わないからね。というか、二回も言わせないでよね!?」
「だから、なんだよ?」
「こ、今度……一緒に――」
今こそはと晴菜が言おうとした時、またしても最後まで言い終える前に
玄関から聞こえる拓海を呼ぶ声がする
「拓海さん、どうしたのですか?」
「あぁ、悪い。いま行く。ん?それで、どうした?」
「えっ?あ、いや……なんでもないわよ!バカぁ!」
「はっ?ちょ、晴菜?……だから、なんで怒られんのさ」
またも言いそびれた晴菜は、捨て台詞を残しその場から逃げるように、帰って行った。
拓海に悪気は無いのはわかるが、それは時と場合によって言葉の凶器にもなる。
それに気付きもしない拓海も如何なものか……
つくづくと呆れてしまいそうである。
殆んどモモに振り回されるだけ振り回され、晴菜とも話半分に別れ、家に着いた拓海は空腹から疲れきっていた。まだ、モモとの好感度はそんなに上がっていないのだろうか?なかなかゲームのようには行かない。
二次元慣れしてしまっている拓海ですら、現実でのフラグ回収のタイミングなどわかるはずもない。ましてや、どこで好感度アップ出来るのか等も同じことで、攻略方があるわけではないのだから。
『俺の嫁』のはず……なんだが、二次元と三次元ではこんなに違うものなのかと思い知らされてしまう拓海である。画面上の彼女なら、全てが用意された答えばかりであるが、リアルは違う。
状況によって答えや結末は異なってしまうのだ。
いくらあんなに愛したキャラクターでも、こうも身近に居ると違う視点から物事が見えてしまう。
何故にあんなにも夢見た二次元キャラの実体化がこんなにも大変だと思えてしまうのだろう。ゲームなら攻略は、あっという間なのにリアルの世界になるとフラグの立て方すらも分からない。
拓海はいま、二次元と三次元の間にいる立場だから余計に分からなくなってしまっているのかもしれない。
果たして拓海は、リアルの世界でモモを攻略できるのだろうか?
それとも、晴菜ルートへ行くのか?
ゲームのように答えは用意されていない、セーブやロードも無い。
人生は常に一発勝負なのだ。
拓海のこれからの選択一つで全てが変わるのだろう。
それがどういう結末になるのかは、今は誰にも分からないであろう――