1話 プロローグ
俺の名前は七緒拓海ごく普通の学生さんをしている。最初からこんな事を言うのもどうかと思うが、人はどうして見かけだけで判断するのだろうかね?そりゃぁ、好みなんてものは個人で様々なものだろうけれど。 よく聞くのが『ブサイクの方が性格の良い人が多い』とか
けれど、何を根拠にそんな事が言えるのかわからない。
また逆に『カッコいい奴程、性格が悪い人が多い』なんて事も聞く。
もしその理論が当たっているのなら、俺は性格が悪いのかもしれない。
自慢じゃ無いが、これでも俺は容姿が良い方だからな。学園でも女子生徒に人気があるらしい。俺の知らない所でファンクラブまで設立されているという噂だってあるとのことだ。だからと言って本当に性格が悪いのかと聞かれれば、良くも悪くも微妙なところかもしれない。
女子生徒に人気?そんな事は俺にとってみればどうだっていいし、興味すら無い。周りの男子生徒に羨まれるくらい容姿が良いにも関わらず、常に周りの女子生徒の熱い視線を浴びる事すら当たり前で、何度告白されたかも覚えていない。しかし、誰に告白されようと、どんなに可愛い子に言われようとも俺は一度たりとも頷いた事などは無い。何故なら――
『俺は現実の女には興味が無いからだ』
俺は何かおかしい事を言っているだろうか?最初にも言ったが、別に好みなんてものは千差万別であり、何も間違ったことなど言っているつもりは無いのだから。それがただ『女嫌い』という事であるだけであり、それ以外の事は何も変わりない。だが、一つだけ訂正しておこう。
何も『女』という全てを嫌っている訳では無いのだ。一応、理由はあるのだがそれは追々とわかってくるはずだから今は言わない事にする。
敢えて好き嫌いで言うなら、好きなのは『女』ではなく『美少女』であることだ。結局のところ何が言いたいのかと問われると即答はしかねるが、その答えを出すには俺が目を覚まさない事には何も始まらない。
夢オチ。なんて展開は誰も望んではいないはずだろうからね。
【1】
部屋の窓辺カーテンの隙間から入り込む眩しい春の暖かな日差しが拓海の瞼を刺激する。寝ぼけ眼で目を擦りながらベッドの枕元に置いてあった目覚ましを鷲掴みし眼前まで持ち上げると時計に視線を向ける。
そして、拓海は時刻を確認すると一瞬で目が覚め勢い良く寝ている身体を起す
「…………はぁ!?」
何と目覚まし時計の時刻では八時三十分であった。
完璧に遅刻である。
最も、この目覚まし時計で起きた事など一度も無いのだが――
「やべぇ……遅刻じゃん……あ、そうだ!晴菜は?あいつは何をしているんだ!?」
一人愚痴を飛ばしたところで返事は返ってこない。
何故に返事が返ってこないのかと言う説明をすると話が長くなるのだが、両親は自社経営をしており俺が高校に入った頃から、海外店舗拡大の為に両親共々アメリカへと行っていたのだ。故に俺の高校生活は一人暮らしデビューとなった訳である。一人暮らしは気楽で良い、なんてのは始めだけで嫌でもやってくる問題が『家事』というものである。
炊事、洗濯、掃除……
しかし、そんな事は一切した事もする気も無い俺にとってみれば一番の難点。だが流石は両親、そうなるだろうと言う事も予測済みだったのか、それなりの対策はしていたらしい。いや、本当は対策も何も考えていなかったのかもしれないがね。
一応、その対策と言うのが俺の近所に住む女の子、同級生でもあり幼馴染み。榎本晴菜。外見は、栗色の長髪を両端で水色のリボンで髪を纏めツインテールを作っている。性格は人付き合いが良く男子は勿論、女子にも人気があるカリスマ的な存在である。スポーツに強く、部活は弓道部に所属している。その運動神経の良さから射撃の腕は高く部長も務めているとのことだ。なので、逆に怒らすと後が怖い。顔立ちも良く、透き通るような美しく黒い瞳をしている。だが時に見せるキリッとした鋭い眼力には流石の俺も頭が上がらなくなってしまう。
昔からよく遊んでいたりして仲も良かった。それで、こいつが俺の一人暮らし対策法らしいのだが別に対策も何も昔と変わっていないと俺は思う。現に一人暮らしになる以前、小学・中学と近所だったからか毎朝の様に迎えに来ていたのだから。何故かこいつは同じ高校に入って来た訳だが。
そして高校生になってからというもの晴菜は、いままで以上にしつこいくらい世話を焼いてくる。一人暮らしになったせいなのか、毎朝起しに来るのは日常的な事だが、最近では家に上がって来ては家事をやってくれたりもしている。別に頼んだ覚えなどないのだが、これが一人暮らし対策法なのだろう。
◇◇ ◇◇
「……なんだよアイツ、いつもならとっくに起しに来ているはずなんだが」
拓海は急いでベッドから降りるとクローゼットから制服を取り出し、素早く着替えを済ませる。そして駆け足で階段を降り洗面台で身支度を整えると朝食は食べずに慌てて玄関を出て学校に向う。
学校自体は走っても十五分程で行ける距離。だが通学路のここは必ず通らなければならない。近所の公園を過ぎ、住宅地を抜けしばらく進むと100m程続く急斜面な上り坂、通称『地獄坂』上りきったところに学校があるという、誰が作ったのか何とも理不尽な環境である。
この学校に通う生徒は毎日、この地獄坂という試練を乗り越えて行かなければならない。拓海は息を切らしながら急いで坂を上るが、やはり後半まで来たところで歩いてしまう。
「……はぁ、はぁ……どうせ遅刻なら、これ以上無駄な労力は使わないでもいいよな」
拓海は息を切らしながら諦め愚痴を呟く
ようやく坂を上りきった頃には時刻は九時を回っていた。拓海は遅刻を受け入れゆっくりと校舎へと入って行く。
「晴菜のやつ、なんで今日は来なかったんだ?おかげで遅刻だぜ」
教室では既に一時時限目の授業が始まっていたらしい。
拓海は自分の事を棚に上げて遅刻した原因を晴菜に押し付けていた。
イケメンは性格が悪いと言うのはあながち嘘では無いかもしれない。
結局、拓海は途中から授業に出る気にもならなかったので教室に背を向けるとブラブラと廊下を歩き出す。
「さて、どうするかな?まぁ、天気良いし屋上でちょいと寝るか」
いつもながらに自由な発想の拓海、宣言どおり屋上へと足を運ぶ。
屋上の鍵は常に開放されており、拓海のベスト居眠りポイントでもあるのだ。そして今日もいつもの場所、屋上に置いてあるベンチに横たわり腕で瞼を隠し日光を遮ると、拓海は眠りについた。
☆
拓海が眠りについてから数時間。これで何度目かもわからないが、屋上にはチャイムが鳴り響く。すると、予鈴が鳴り終えようとした時に屋上の扉が開き女子生徒が一人、拓海の元へ歩み寄ってきた。
女子生徒はベンチに横たわる拓海の前に立つと一つ溜息を吐き
「……はぁ、やっぱりここに居たのね。コラ、起きろ!拓!」
「……ん……あぁ、なんだ。晴菜か」
「あんたねぇ、人を見るなり『なんだ』は無いでしょ?午前授業はとっくに終わってるのよ?」
ベンチに寝転ぶ拓海を呆れた表情で見下ろす晴菜。拓海も身体を起すと、体勢を変えベンチに腰掛け再び晴菜に視線を向けると
「そうか。だが、最初に一つ言っておく。俺は決して悪くない」
「はぁ?なにを言ってるの?」
「そう。お前が『朝、起しに来なかったから』俺は遅刻してしまい、そしてここで寝ていた。ただそれだけの事だ」
晴菜はキョトンとした表情で拓海の言葉を聞いていたが、内心では『また始まった』と呆れかえっていた。拓海は、こうして自分の都合が悪くなると話しを美化し自分を正当化する癖がある。簡単に言えば自らの非を認めたくないと言う天邪鬼な考えである。付き合いの永い晴菜は、その事をよくわかっているが毎度の様に手を焼いてしまうのだ。
晴菜は深く溜息を一つ漏らすと
「はぁ……何を言い出したかと思えば。要するに拓は、私が今朝起しに来なかったのが悪いと言いたいわけ?それが原因で遅刻してしまったと?」
「うむ、まったくもってその通りだ」
「それをマジで言っているのなら、とことん呆れるわ……」
「俺は嘘などつかないぞ?」
「だから余計、呆れるって言うのよ。……はぁ」
流石の晴菜もまた溜息を漏らす
「だが、何で今日に限って朝来なかったんだ?」
「朝練よ、そろそろ大会が近いからね」
「なるほど、朝練か……って、ちょっと待て!それはいつまでだ?」
「大会自体は二ヶ月後だから。まぁ、そのくらい?」
晴菜の言葉に拓海は頭を抱え酷く考え込むと
「と、言う事は……その二ヶ月間程の間は朝の目覚ましが無いと言う事か?そうなのか?」
「あんたにとっての私は目覚ましという感覚なのかしら?どういう神経してんのよ……でもまぁ、多分そうなるわね」
「なら俺は二ヶ月間連続遅刻確定か!?」
「なんでそうなんの!?拓も少しは自分で起きると言う事を学習しなさいよ!」
「無理だ!俺のプライドが崩れてしまう」
「いっそ、その無駄なプライドを崩しなさいよ?というか、自分で起きようとしないプライドって何?それじゃ、ただのダメ人間じゃない」
「そんな事をしたら負ける気がする……」
「何に負けるのよ?」
「なにって……プライド?」
「本当、たまに拓の考えている事がわからなくなるわ」
呆れ顔で言う晴菜に拓海は再び聞き返すと
「なら、あれか?練習が増えると言う事は、もちろん帰りも――」
「えぇ、遅いわよ」
「やっぱりかぁ……」
「だから、なんで頭を抱えるのよ?もしかして、今度は家事をどうするかなんて考えているんじゃないでしょうね?まぁ、流石にそこまでは――」
すると、拓海は顔を上げ
「なぜ分かった?」
「――あったのね……なんかもう、呆れて何も言えないわ。というか、何で私がそこまで面倒を見なきゃなんないのよ……」
「……二ヶ月間かぁ」
「もう、同情する気にもなれないわ。むしろ情けなくなってくる。なんかマジで放って置いたら二週間後あたりにはミイラ化してそうな気もしてきたわね……」
晴菜の眼前では唸りながら頭を悩ませる惨めな拓海の姿
これ以上、何を言ってもダメだと悟った晴菜は拓海を置いて屋上をあとにした。一方の拓海は、晴菜が去ってからしばらくベンチで今後の生活プランを考えていたのだった。
◇◇ ◇◇
どのくらい屋上に居たのかはわからない。結局、拓海が教室に入った頃には最後の授業となっていた。遅刻して学校へ来て、受けた授業は一科目だけ。とは言っても授業中も寝ていた拓海である。しかし、こんな事ばかりしているのに学力自体はそれなりに良いのだ。それでいてスポーツ万能、容姿はイケメン、モテ要素満載なのだが見た目が良くとも中身はどうだろう。そして、今日も拓海の机の中にはハート型のシールで可愛く封をされた手紙が入っていた。
いわゆるラブレターというものだ。内容を確認はするが、それに応える事は一切しない。まったく興味が無いからだ。普通、こんなのを貰えば喜ぶに違いないのだが拓海にとってみればラブレターなどは、ただのチェーンメールの様な感覚でしかないのだ。
勿論、こんな行動はクラスの男子生徒達にケンカを売っている様なもので、他の男子からはあまり好かれたりはしない。
だがそんな中で唯一、親友と呼べる男友達が居る。
柏木翔太。中学からの付き合いで腐れ縁というやつだ。容姿は拓海ほどではないが、そこそこに良い。元々、中学でサッカー部と同じだった為、運動も得意である。だが、勉強と付くものは大の苦手。ようするに運動バカという奴である。
性格は社交的、というかチャライ感じがするところがある。可愛い子には目がなく、常に女子の尻を追っかけている様なものだ。ナンパ癖があるのだが、これまで翔太がナンパして成功した試しは一度たりとも無い。成功しない時は決まってこう言う『今回は相性が悪かったのさ』
お決まりの言い訳パターンを用意しておき、悪いのは自分でないと主張するところは拓海と似ているところがある。
全科目を終え拓海は帰り支度をしていると、翔太が近づいて来ては
「よう、拓海。いま帰りか?」
「見ての通りだ」
「ならさ、帰りにゲーセン行かね?」
「男二人でか?」
「いや、他の連中もいるよ。ほら」
翔太はクイっと親指で後を指して言う。その先には、同じクラスの男子生徒一人、女子生徒二人とそれぞれが拓海を見ていた。
「男二人に女二人……なんだ、今度は合コンでもする気か?」
「まさか!俺がそんな事するわけねぇだろ」
「翔太、嘘をつく時はもう少し考えてから言うことだ。それに、俺は女には興味が無いということくらい知っているだろう?」
「ちょ、拓海!」
拓海は翔太に捨て台詞の様に言い残し机にかけてあった鞄を手に取ると、教室を出ようと歩き出す。
歩き出す拓海の背中に翔太は声をかけると
「拓海!ちょっと待て」
「なんだよ?」
教室の入り口付近まで来たところで拓海は足を止め、渋々と振り返ると翔太は拓海の元まで歩み寄ってきては
「前々から聞きたかったんだがな――」
「なにを?」
「拓海さ、何で女嫌いなわけ?絶対に勿体ないぜ!俺よりも、いや……この学校で五本の指に入るくらいの容姿はあるはずだ。現にお前を好きな子なんて山ほど居るだろうよ」
「そんな事はないが、それは勝手に周りがしてることだ」
「じゃぁ、これは何だ!?」
翔太が取り出したのは拓海が机の上に置きっぱなしにしていたラブレターである。封は開けられているが、持ち帰ったところで処理に困る。かといって、流石に学校のゴミ箱に捨てるのも失礼だと思い結局のところ行き着いた結論が『放置』という結果であった。
そして、それを見つけた翔太
「ん?それはラブレターってやつだろ?」
「平然と手紙感覚で答えるなよ。というか何であんなところに置いているんだ?」
「捨てるわけにもいかないからな」
「捨てようとしてたのか!」
「いや、毎日何通も持ってこられると貰うこっちも処理に困るって言うものだ」
「聞いていたら段々と腹が立ってきたぜ……」
「別に俺が頼んでいるわけでもないからな。なんなら、翔太にやるよ」
拓海は掌をヒラヒラと振りながら興味なさそうに言う
「俺が貰ってどうするんだよ!お前、そんなんじゃ彼女以前に結婚すら出来ねぇんじゃないか?」
「なに言ってんだ、彼女なら居るぜ」
平然とした表情で当然のように答える拓海に
「……えっ?いまなんて言った?」
おもわず聞き返す翔太
「だから、彼女なら居ると言ったんだ」
「はぁ!?女嫌いなのに?ってか、誰だよ!?あっ、晴菜ちゃんか?お前等、仲良いもんな」
「いや、違う」
「はっ?違うのか?だって唯一、気軽に話をする女の子って晴菜ちゃんだけだろ?」
「まぁ、晴菜に興味があるのは間違っていない」
「だろ?」
拓海の答えに何故か安堵の表情を浮かべ返答する翔太だが
「間違ってはいないが、俺が興味あるのは晴菜の『属性』だけだ」
「……ぞ、属性?なんだって?」
「ツンデレも嫌いじゃないからな」
「たまに拓海の言っている事がわからなくなる時があるんだが……まさに今がその時だ」
頭の上に『?』マークが浮かぶような感じに翔太は拓海の台詞に疑問を感じていた。翔太はこのおかしな空気を変えようと話を戻し
「で、結局はどう言うことなんだ?というか、晴菜ちゃんじゃないって事は学校外の人なのか?」
「まぁ、そうだな」
「ま、まさか……拓海に……彼女が……」
「あと訂正すれば、俺の嫁だな」
「なにぃ!よ、嫁ぇぇぇ!?お、お前……まだ高校生だろう?」
今にも口から泡を吹き出しそうな驚きぶりを見せる翔太に拓海は不思議な面持ちで何の迷いも無く答える。
「何を言っている、嫁は去年から居たぞ?」
「き、去年って……高一?十五?十六歳?どこの国だよ!」
「まぁ、そう言う事だ。ということで俺は帰るぞ」
と、拓海はあっさり言い放つがもはや彼の言葉など今の翔太には届くことは無かった。よほど、ショックだったのだろう。
それもそうだ、あれほどに『女嫌い』と謳っていた拓海に彼女が、いや『嫁』が居るなどと突然に聞かされ翔太自身、頭の中で上手く現状を把握出来ていない。
「……嫁って……なんだよそれ」
錯乱状態になった翔太は下校時刻が過ぎ教師に追い出されるまで正気に戻る事は無かった