迎え
その日、雨が降りしきっていた。気分は落ち込むし、やる気もおきない。そんな日に限って、なんでこの任務なのか・・・。
私は暗い空の下、森の中を進んでいた。本当に気が進まない。
「で、その村ってのはどこにあるんだ?」
「あの山の麓あたりだろうかと思うが。」
「ちぇ、そんな場所に、そんなタイソーな奴がいるもんかね。」
何につけても文句を言ってくるのが、このテオドールの性分だ。だからお前の部隊は荒れるんだ、とでも言ってやりたいところだが、立場上彼の方が上だからそんなことは言えない。まことに残念だがな。
この日、私たちに課せられた任務は非常にシンプルかつ簡単な任務なのだが、我が国の存亡をかけた任務だと、そうやってこっちの演説がいやに上手い上司が言うのだが、はたしてどうやら。
ただ、あいつが我が国に来ようとすることはまずないだろう。・・・だからと言って・・・。
「これだけの軍を使う必要があったんだろうか・・・。」
私は後ろにズラリと定規でひいたようにまっすぐにならんだ兵士のしっぽの方まで見て言った。
「まあ、これだけいた方が楽でいいだろ!」
苛立ちを通り越して呆れさえ感じるな。全くなぜこいつが部隊の隊長なんぞやれるのか、さっぱりわからん。
軍部からの情報では、あいつはリヒテンシュタインのドイツとの国境近い村にいるらしい。そこまで調べつくしてまであいつを連れ戻したいらしい。
上司からの命令はいたって簡単。その村に行って、なんとしてもあいつを連れ戻すこと。村を焼き尽くしても探し出せ、ということだ。
まあ、めちゃくちゃな命令だが、部隊の統率がとれなくなる前に見つけ出せばよしだ。
雨の降る音が強くなるなか、私たちはその村と思われる場所についた。
「さて、さっそく村を荒らして探し出すとするか。」
部隊の兵士の一人が何でもないように言った。
「何を言っている!捜索もせずにそんなことをするのか!」
「総統のご命令だビル殿。」
火をつけようとする兵士を止める私に向かって、してやったかのような顔をしてテオドールが言い放った。
「馬鹿な!命令にはそんなこと・・・!」
「君はなぜこんな作戦にこの部隊が使われたと思うんだ?」
私がその意味に気付く前に、兵士たちは叫び声をあげながら村に飛び込んで行った。
「まさかビル殿、総統に逆らうことなどしないよな・・・?」
「・・・」
テオドールから目を背けながら、これからおこるであろうことに肝を冷やした。
わずか数分後、村は地獄絵図と化していた。老若男女構わず銃殺され始めた。家は壊され、田んぼは踏みにじられた。見ていることしかできない私は強く唇を噛んだ。
ふと、走り迫ってくる足音を聞き、私はそれに銃を向けた。その者は言った。
「ビル!これ以上村に手を出すな!・・・俺が目的なんだろう・・・?」
「アリードさん!出ていっちゃダメですよ!」
一人の男が私の前に飛び出してきた。その男を引き留めようとしている女も後ろに見えた。
そう、この男こそ私の今回のターゲットである、アリードその人なのだ。
「そうだ。お前を連れ戻すように命令が出ている・・・。」
「あんなところには二度と行くまいと思っていたが・・・。村と天秤にかけさせるとは、汚いやり口だな。」
「言い訳はできんさ・・・。」
説得に時間がかかるかと思われたが、意外とすんなり決断してくれそうだ。これが髑髏部隊を使ったわけだとでも言うのか・・・。
「ハイハイ、懐かしい親友の再開はおしま~い!」
兵士たちの中からテオドールが出てきた。今度こそは殺そうかと思った。
「ビル殿、早く連れて行ってくれたまえ、このテオドール将軍を!」
「テオドールって・・・何を言ってるの?」
アリードの後ろに隠れている女がおびえながら言った。
「プラタナス。すまないが、俺は行かなきゃならない。」
「どうして・・・?」
静まりかえるその場に、一人の少女が泣きながら飛び込んできた。
「ルル、どうしたんだ!」
「ティ・・ティブスが・・・その・・・うう・・・。」
「落ち着いて、一つずつ喋ってみて。」
座り込んで震えていた少女は、少し落ち着きを取り戻すと、覚悟を決めたように言った。
「私、どうしても心配になってティキの家に行ってみたの。そしたら・・・そこで・・・」
「何があったんだよ!」
アリードが、青ざめた少女の肩を揺すって聞いた。
「ティブスと・・・お母さんが・・・家の中で・・・・・・殺されてた・・・。」
「・・・!」
その場に泣き崩れた少女を、プラタナスが抱きかかえる。
「ビル・・・!!」
アリードが私の目をまっすぐ睨んできた。目を真っ赤にして、恨めしくてしょうがないというように睨んできた。私は無意識に目を逸らした。
「えーい、面倒くさい!おいお前ら!このテオドール将軍を連れていけ!」
「はっ!」
アリードは控えていた兵士たちによって連れ去られた。引っ張られていくとき、私に向かって「なぜだ、なぜだ」と繰り返していたのは、今も耳に残っており、思い出すたびに心が痛む。
「さて、用は済んだし、さっさと帰るか。」
「・・・ああ。」
テオドールはせかせかと歩きだした。私は、見るも無残な村の姿をしばらく眺めた後、立ち去ろうとすると、
「ちょっと待ってください!」
「・・・ん?」
プラタナスが私を引き留めた。まだ泣きやまない少女を手に抱えながら。
「アリードさんがテオドールって・・・どういうことなんですか!?」
「・・・言わなければならないんだろうな。」
アリードは、私の古くからの友人だった。
第一次世界大戦で両親を失った私は、孤児院に入れられ、そこでアリードと出会った。アリードの両親のことは聞かせてくれなかったし、今でも知らないが、私たちはとても気の合う仲間だった。
しかし彼はアリードではない。彼の名前はテオドールだ。いつからアリードなんて言い出したのか。まあ少なくとも、軍にいるときはテオドールだったさ。
テオドールは軍人を志していた。私もまた同じだった。
しかし凡人の私と違い、彼は天才だった。英語、フランス語、スペイン語・・・さまざまな言語を勉強し、マスターした。銃撃は現役の軍人をもうならせるほどだった。頭も良かった。作戦に行き詰まっている参謀に、案を提言し、採用された。もちろん作戦は大成功だ。
ナチス政権になった直後、軍は、テオドールにある部隊の編成を命ぜられる。
髑髏部隊。またの名をトーテンコップという戦車部隊だ。
彼の訓練、指揮したその部隊は、目覚ましい戦果をあげた。イギリス軍を駆逐し、ソ連を恐怖させ、フランスを降伏させるのにも役立った。
しかし一つ問題があった。部隊の中には荒くれ者が多数いた。元々、戦車がメインだが戦闘もできるように編成してあったのだ。テオドールは気付かなかったが、そんな悪ぶった者が何人もいたのだ。
そしてそれらは、名をあげればあげるほど調子に乗り出した。そしてあちこちで虐殺を始める。テオドールは軍紀にそれを禁じる項目を追加し、自分も目を光らせてはいたのだが、結局根本的な解決には至らなかった。
あるとき、私はすっかりやつれた彼と、久しぶりにゆっくりした時間が取れたのだが、ソファーに腰掛ける彼の様子はもう、本当に疲労感であふれているようだった。
「もう部下を治めるのにも、周りから白い目でみられるのにも疲れてしまった。」
「何を言っているんだ。ドイツきっての天才軍人だぞ君は。」
「そうやって言われ続けていることにも疲れた・・・。」
私は何も言えなかった。彼の苦労をあまりにも知らなかった自分を恥じた。
そして、1943年の冬のことだった。彼は偵察飛行中、命を落としたという知らせが全軍に知れ渡った。天才の死亡に、全軍が絶望したのは言うまでもない。
しかし、翌年の夏、テオドールがまた戦場に現れたことが知らされた。しかも多数の髑髏部隊を連れて。私は、友の生還に対し、多少の疑問があったせいか素直に喜べなかった。
そしてそのテオドールは、私の知る者ではなかった。私は直感した。「ナチスはテオドールの名を利用している」と。
そして今回、テオドールを連れ戻すよう私に極秘に命令が下った。さすがに建前だけでは苦しいと思い始めたのだろう。
「しかし、まだ私にもわからないことが多すぎるのだ。」
「あのバンジョーのことは・・・?」
「あのバンジョーか。あれは・・・私でさえ理解できなかった彼の気持ちを知っているただ一つの友だ。
戦死者を弔う時にはいつも必ずあれを弾いていたよ。おかげであのバンジョーを聞くときは大抵悲しい音しか聞けないけどな。まるで死者の魂を受け止めているかのようなんだ。」
プラタナスの胸にくるまって泣いている少女をあやしている彼女の目にも涙があふれていた。
それを見ていると、俺はテオドールに悪いことしかできなかったように思えてきた。
「ビル殿!いつまで遊んでいるのだ!」
「・・・わかっている。」
偽物のテオドールに呼ばれ、私はその場を立ち去った。
私は去り際にプラタナスの耳元で小声で約束をした。
「私が必ずテオドールを・・・いや、アリードを連れ戻す。それまでその子たちをしっかりと守っていくんだ。私がこんな偉そうなことを言うのも何だが・・・アリードが帰ってきたときのために・・・な。」
「・・・本当・・・?」
「それまで、私が生きていればの話だがな。」
「信じてますからね!」
そう言った彼女は、私に初めて笑顔を見せた。
―そして舞台はドイツ、ベルリンへと移る―
第一章が終了いたしました!
次回からはいよいよ戦争の中につっこんでいきます!




