灰の国
誰にも認識されず、
誰にも認めてもらえず、
誰にも愛でてもらえず、
私は消える。
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「ぶぇっくしょーん!」
「風邪?」
「いいや、少し寒いだけだ」
俺は思いきりおっさん臭い嚔をした。まぁ、事実おっさんなんだがな。
ここは寒い。色合いも寒いが、事実雪が降らないのが不思議な程寒い。
「イグザミネルはそんな薄着で寒くないのか?」
「膝と顔が寒い」
イグザミネルの服装と言うと厚手の長コートにそのフードを被り、中はシャツに半ズボンにブーツなのだ。寒くない訳がない。
俺は一旦灰色の中で足を止めるとフードをあげ、マフラーを外しそのままイグザミネルの首に巻いてやった。「あったかい……」
「膝は俺にゃどうしようもないんだ」
†
この国、ピェーペルは北半分の中心の旧上空海底都市よりも北北西、天体望遠博物館の方角にあり爆発被害を直に受け滅んだ国の一つだ。
色の付いた国の全ては焼けて灰になった。たった数分も満たない時間に全ての色が失せたのだ。
後に付いた名は『灰の国』。
灰に死体が埋もれ伝染病を引き起こすことは無かったが高緯度にあるため冬は雪が身の丈以上積もり作業が進まず結局皆が飢えたり国を棄てて出ていってしまったらしい。
†
「うー寒……っ」
「大丈夫お兄ちゃん?」
「だいじょばない」
『だいじょばない』と言う単語をあの馬鹿双子スペクリム兄妹が使ってたのを思いだし使ってみた。そういやあいつらの国――ゼールカロも同じ様に被害を受けたんだったよな。
「しっかし何なんだよこの国。本当に灰色しかないぜ」
見渡す限り灰色、灰色、灰色!灰色しかない。あとあるのはイグザミネルの真っ青な髪と目とコートとブーツの色と、俺の纏う色、つまり部外の色しかなかった。
広場か何かだった場所に居るが噴水から水が溢れていたりなどはなかった。ベンチの上に植物を絡ませ屋根を作るやつがあるが、そこも青々とした緑などなく、全て死灰で色を無くしていた。
「灰の国だもん……うぅ……寒っ…………!」
「というかこの国の人たちはどうやって冬場生き延びてたんだ?…………冬眠でもしてたのか?」
本気でそう思う程寒い。まだ秋の始めで夏の暑さが残ってるような時期なのに。
「避暑地にはもってこいだね」
「まったくだ」
溜め息がはっきりとした白い息となって姿を現す。
「まったくだよ……」
†
冬の寒さは嫌いだ。俺が俺として生きていた時の――現在の『ナザレ・コルムバ・ムータティオ』ではなく、本当の意味でノイリーデネス・プロペーティア・ディパーラだった時の――最期の時、つまり俺の幼馴染みのサルワーティオ・キニス・ミセラーが殺された時も酷く冷え込んだ冬場だった。いや、例年の平均気温よりも高かったのに、その年の冬は俺にとってとにかく寒かったのだ。恐らく外界と俺を繋いでいた、そんな事よりも遥かに俺にとって大切な存在だった彼女が消えた事で、その事と外界から切り離された孤独が俺に寒さを増させたのだろう。
ミセラーは何であの時殺されなければいけなかったのか。それを何度も死んで何度も生まれ変わりながら考え、ある赤毛悪魔から伝えられたのはあまりにもあっさりしていて、あまりにも悲しい事実だった。
――そういうお噺だったから。
俺の、ディパーラだった頃の俺の直感は当たっていた。
その悲しい運命はまるで何処かの娘のようで、俺は彼女の望みを叶えるだけで彼女を死から救う事は出来なかったのだ。
そんな俺を唯一縛る鎖である彼女にイグザミネルはとてもよく似ていた。いや、顔立ちとか声とかそういう意味ではなく、そもそもミセラーは女子でイグザミネルは男子だし、種族そのものも違う。
イグザミネルはほぼ途絶えたとされている“不老不死”の血を継いでいる、らしい。『らしい』というのは、ヴラーチの馬鹿曰くで、正直俺にはその辺関係ないし興味もない。俺に関係があるのは、兎に角、イグザミネルのそのオーラというか、性格というか、それが似ていたのだ。
しかし、それだけではないのかも知れない。ただ、頼まれたから、とも違うが、繰り返したく無かっただけなのかもしれない。
ミセラーのあの絶望と、悲しみと、怒りと、全てが手から滑り落ちて失せていくあの“無”が恐ろしかったのかも知れない。
もう、二度とやり直せないから――――イグザミネルの失われた本名を探す。
†
俺は備え付けのベンチに腰掛け火を起こした。火は紅蓮のような綺麗に映える赤だった。
「……ogeuf?」
ここ数十年めっきり耳にする事の無かった言葉が耳に入る。
「sí,ogeuf.otneilac?」
俺は昔の事を思い出しながら答える。
「?」
イグザミネルが『何て言ってるの?』と目で訴えた。
「『火?』『火です。暖まりますか?』」
灰色の向こうから姿を現したのはやはり灰の髪の老婆だった。
「otnemicedarga!……Soy caluroso…………!」
この言葉はどうやらピューペルが出所らしい。
「温かいっとさ」
「何で解るの?」
「数回この言葉が標準語の国の人に生まれ変わったから」
「…………Soy caluroso,Soy caluroso」
老婆はそう言い火に食らい付くように当たった。格好から見て……魔術師だろうか。
「……旅人さんかね?」
不意に老婆が標準語で言った。
「ええ」
「こちらの方が話易いでしょう」
老婆はそう言いほっほっほと、高らかまで行かない、嫌みを含まずに笑った。
「珍しいこともあるねぇ。旅人さんが来るなんて……」
彼女は遠い目で文字どおり遠くを見つめ、「何十年ぶりかしら」と呟いた。
「おばあちゃんなんて言うの?」
老婆のポンチョを借りているイグザミネルが訊いた。
「私?私かい……。私は……シーカリウス。魔法使いさ」
老婆はそう優しく微笑んだ。
しかし、俺は何かひっかかっていた。
シーカリウスと言う少女にまつわるネレマウ村の失踪事件。
『シーカリウス』とはつまり『暗殺者』を意味する名なのだ。
†
ネレマウ村の失踪事件。
ある杖を持った少女がネレマウ村の飢饉を救うのだが報酬を村長が断り子供達が連れ去られ行方不明になった事件だ。
俺が警察の女性に生まれ変わった時に起きた事件で、俺はその調査に配属された。
一般には子供達行方不明とされているが実際は発見された。丘を二つ越えた処刑場で頭を弾丸で貫かれた死体となって。
後に犯人であるヨクラートル・ルナティクス・ウェークサも同じように頭を弾丸で貫かれ死んでいた。ヨクラトールは恐らく自殺だろう。拳銃はなく、拳銃の代わりに杖から発射されたものと確認された。
その惨状の中の唯一の行方不明者が『シーカリウス』と後に名乗る少女だった。
シーカリウスも同じように子供達を連れ出し皆殺しにしてしまったという。
謎多きこの『シーカリウス』と名乗る少女は、「自分はネレマウ村の住人だった」と言い、「何故団長に報酬を渡さなかったのだ」と言い、子供達を連れ出した。
恐らく団長はヨクラトールの事なのだろう。
†
「おばあちゃんはなんでこんな所に住んでるの?」
「国が捨てられなかったんだよ」 俺は間を縫って老婆、シーカリウスに訊いた。
「あ、あの」
「ん、何だい?」
シーカリウスの表情は布等で見えなかった。
「ね、ネレマウ村を……」
「知ってるよ。私の故郷だからねぇ……」
遠くを見つめ、その遠くに昔の風景が広がっているかのように目を細めた。
「何故、あのようなことを」
†
「感情が薄い聡明な子はね、親から嫌われるんだよ」
何処と無く『聡明な子』を恥ずかしげに言う。
「不気味だからねぇ。私は親からも嫌われてたのさ」
イグザミネルの髪をしわくちゃの手で鋤く。「人間じゃないね」
「あぁ、そりゃ俺もだ」
「髪で解るの?」
興味津々でイグザミネルが首を傾げた。
「いいや、勘だよ」
俺は話の続きが気になってシーカリウスを急かした。「――それで?」
「その矢先にだんち……じゃなかったヨクラトールに連れて行かれちゃってね。……回りが悲鳴あげてパニックになってる中、自分だけが嫌に冷静だったのを覚えてるよ」
彼女は『団長』と言いかけ、止めた。
「それでみんな頭撃たれて、ヨクラトールの部屋で話を聞いたんだよ」
遠くを見つめながら目を細める。
「自分は笛吹き男に連れて行かれた生き残りの二人の片割れだ、って。骨折して上手く歩けない団長ともう一人は置いてかれて、犯人は近くにいた。それがもう一人の盲目な男の子だった」
「……」
「彼は虐められていて、その報復で子供達を連れ去り、殺した。でも団長はいくら復讐でも自分を巻き込んだのが許せなかった。親に散々言われたんだよ『お前が代わりに居なくなればよかった』ってね」
「ネズミの大量発生で踏み荒らされた農地を耕すには片足では役に立たないから?」
「……」シーカリウスはしわくちゃの瞼をもたげ目を見開いた。
「そうさ。そんな理由。大きくなった団長はサーカスを開いて、同じように繰り返したのさ」
「何故?」
イグザミネルは食い入る様に話を聞いている。
「『最初は親切心からだったのにいつの間にかこの上ない自己嫌悪だとか妬ましさとか憎さだとか、そんな負の感情に頭を引っ掻き回されて我に戻った時にはまた同じことを繰り返してる』」
「妬ましさ……?」
「街の子供達への嫉妬心と憎さ……なのかねぇ?団長が死んで、私がサーカスを次いで、私もそうだったからさ」
ほっほっほ、と笑う。
「団長は言うだけ言うと自分で頭を撃った。落胆したよ。せっかく団長の元で、付いて逝っていいと思えたのにね」
更に遠くを見つめる。
「私も最初、『困ってる』から『助け』てたのに、何でこいつらだけ助かるんだろうとか、なんでこんな馬鹿なことしてるんだろう、って負の感情が頭をやっぱり引っ掻き回すのさ。で、やっぱり同じように皆殺してた」
「……何故ネレマウ村を」
「村長を問い詰めたかったのと、歳によればお前達もこうなるって子供達に見せしめたかったのさ」
シーカリウスと名乗る少女の言葉を思い出す。
――何故団長に報酬を渡さなかったのだ
「さぁ、サイゴに旅人さんに会えたことだし、私は逝くかね」
シーカリウスは突然立ち上がると
「お、おい!
「おばあちゃん!?」
広場のフェンスを乗り越え崖へ身を落とした。
高さ百メートル以上の断崖絶壁なんざ、いくら魔術師でも助からない高さだ。
「おばあちゃん死んじゃった?」
イグザミネルが問う。
「……あぁ」
俺の声は嫌に冷静で、脳裏に響いた。
「助からないんだ……」
†
俺らが下へ降りると、そこには血文字でこう書かれていた。
『Aczenacne la ojor !』
†
再び火を起こした。寒い。
「次は何処に行くか」
めっきり投稿ペースが落ちました、鑿屋です。
えー、二代目主人公、ナザレとイグザミネル達のお話し兼、『The Pied Piper of Nilmah』の解答編です。
『童話』の話を書いてると忘れがちですが、主人公はかなり居ます。そして一貫で言えるのは人間じゃない、ということですが……なんで人間の主人公居ないんだろう?
以下雑記
そんな事より、私の出没地は最近雨が多いです。濡れるリスクを考えると期限を過ぎてる本を返しづらくて仕方ありません。
昨日歯医者に行って数年放置した虫歯を治療してきました。『浅いから10分位で終わるよ』ってええええ!?二年は放置してたのに!?しかも感覚的に5分でしたし。
そんな訳で
朝、窓全開にして明け方寒くって目を覚ます毎日を過ごしながら
鑿屋