舞踏会でホットケーキの匂いに釣られたら、クールなはずの宰相子息に捕まりました。
シャンデリアが煌めき、花々のようにドレスが舞っている中、突然声が聞こえた。
「ローズマリー、君との婚約を破棄する!」
「……理由を……お聞かせ願えますか?」
心細そうな声に合わせて楽団の音が響く。
「クレア、大丈夫だ。いつものだよ」
お兄様がそっと耳打ちする。そういえば、最近の舞踏会では婚約破棄の芝居が流行っていると聞いたわ。デビュタントの私は初めて見るけれど。
第二王子への教訓のために劇団を呼んだら、貴族たちに好評で続いているのだとか。
他の貴族たちがお芝居に夢中なのをいいことに、私はスイーツコーナーに行くことにした。
甘い香りを漂わせ、魔石コンロで何かを焼いているところがあったのだ。
「ホットケーキ……」
「メープルシロップがあればよかったんだけどね」
「この国では見たことがないですわ」
つい答えてしまい、振り向いた。
「フランス人形みたいだ」
「フランスは……」
ふわふわのブロンドヘアに青い瞳の私は、確かに人形のような色味だけれど、この世界にフランスという国は存在しない。
(メープルシロップって何ですの?)
が正解だったんだわ。目を瞠り、青ざめていく私にライオネルと名乗った青年は口を開いた。
「ダンスに誘っても? ああ、踊れないかな?」
「失礼ですわ!」
もう、反射的に応えてしまう自分が恨めしい。心の中で頭を抱えながらも微笑んだ。踊りながら彼は言う。
「あの菓子は私が作らせたもので、グリドルケーキと名付けたんだ」
「君は、前世の記憶があるんだろう?」
「探していたんだ」
その後なんと答えて帰ったのか覚えていない。翌日には宰相の侯爵家から、求婚状が届いた。伯爵家の我が家が断れるはずもないけれど、上を下への大騒ぎ。
そういえばダンスをしていたな? とお兄様。私が転生者だと知る唯一の人だ。記憶が曖昧な子供時代に、妙なことを言う私を支え、隠しながらも欲しがるものを作ってくれた人だった。
家族に説明をする間もなく、赤いバラ5本と小箱を携えたライオネル様が現れた。騒いでいる間に先触れに気づかなかったなんてあるのかしら。
大振りなピンクダイアモンドの指輪が薬指に通される。ダンスではサイズが測りきれなかったから、合って良かったよなどと言う。本気が過ぎる。
「なんの特技も私にはないのに。それに、政略結婚はしたくないの」
「そう来るとは思っていたけれど、私と恋愛をすれば問題ない」
言い切る彼に、ときめいた私はもう捕まったのかも知れない。
お読みいただきありがとうございます。
オープンチャットでは風花と名乗っています。
思ったよりも一作目が伸びたので、もう一つ考えてみました。
癖を詰め込んだ短編なので、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




