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鍛冶屋の娘  作者: 美雁
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第五話 続×4・何もかもの始まりの日

「――はぁ……」


吐いた息が、埃っぽい家の中で響いた。

ここ数日面倒臭がって掃除をしていなかったから、埃が舞っているのがよく見える。

近い内に万屋を休んで家事も片付けなきゃな、とは思うものの、如何せんそれ以上に気にかかることがあった。


日も傾きかけた頃、畦倉(あぜくら)殿は華音(かのん)の家から村でたったひとつの宿屋に向かっていた。

結論は待ってほしいと言った華音の言葉に従って、一泊だけすることにしたようだ。

――どちらにせよ、明日の朝には結論を出す。

そう言った華音はいつも通り能天気な顔だったけれど、心中はその限りではなかっただろう。

私は何も言えずに傍にいるだけだったけれど、今、華音はひとりで悩んでやしないだろうか。


「……うーん、まぁ、なるようになるか」


呟いて背中から布団に倒れこむと、ぼふぁっと埃が散った。

顔にかかるそれを払う気にもなれず、目を細めていると、何となく華音のことで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。


元々私は華音を守るとかそんな大層な事をしたい訳じゃない。

あの子がしたいようにすれば良いと思ってるし、危ないと思えば心配位はするが華音自身の決めたことならちょっと荒波に揉まれてくればいい。

今回の事に弁明するなら、畦倉殿があんまりに胡散臭かったし、華音では勝てないくらいの腕があると思ったから特例だ。

いつもはあそこまで口出ししたりしない、真面目に。


大体にしてこの村の人間は華音に過保護すぎるのだと思う。

他の同年代の男衆のように町まで行って買い出しやら、行商人との商談やら、させてやれば良いのに。

私がやると華音もやりたがるとか何とか言って私まで村に閉じ込めるのも勘弁してほしい。

否、別に町に行きたいとは思っていないのだが、幼い時ならまだしも、今も行動を制限されるのは鬱陶しい。

女なんだから、は理由にならない。

私はそこいらの男なら相手取れると自負しているし、格好も女というには足りない事も解っている。

……何が足りないって色々だ、色々。

唯一女らしいと言われる伸ばした黒髪も、生憎(あいにく)剛毛で融通が利かない。

別に男になりたいとは言わないが、女なんだから、なんて建前で行動にけちがつくなら髪でも短くしてやろうと何度思ったことか。

村の男に言ったら女捨ててると言われたことは記憶に新しい。


ぼんやりと物思いに耽っていると、軽い、戸を叩く音が聞こえてきた。

ついで、温和そうな声。

それが遠慮するように小さな音量で起きてますか、と(ささや)いた。

まぁ、夜も更けてきたし遠慮するのは解るんだが、それなら何でもっと早くに来なかったんだ。

ふぅと息を吐いて、私は布団から起き上がった。


「起きてるよ。何か用か?」

「! 少し、お時間を頂いても宜しいですか?」


私に良い思いはしていないだろうに、礼儀正しいのには流石に良家の片鱗が見える。

この村の男衆なら寝ていようが起きていようがお構いなしに戸を蹴り開けて話につき合わせるのだから雲泥の差と言って良いだろう。

ぐるぐると肩を回して袴を正す。

流石にこの埃くさい家の中に彼を入れる気にはなれなかった。


ふありと欠伸を零してがらりと戸を開けると、すぐそこに彼――畦倉殿が立っていた。


「こんばんは」

「……こんばんは」

「悪いけど家の中は駄目。埃臭くてな……」

「いえ。少し手合わせをして下さいませんか?」


彼はそう言うと私を見下ろして少し口角を釣り上げた。

その腰には真剣が差されている。

手合わせ、ね。

心中呟いて思わず溜め息を吐く。

うん、面倒だ。


そもそも本当なら私の剣術は剣術と言うのが烏滸がましいくらい滅茶苦茶だ。

というのも基礎は父さんに教えてもらっていたが、他は実戦で培ったものだから流派なんて欠片もない。

自己流だから応用は効くが、隙が多い。

だから私の剣術はあまり見せられる様な物じゃない。


「……つか、右腕折れてんじゃなかったっけ」

「あなたに心配されるような事じゃありませんよ」


……やっぱり敵視されてるなぁ。

はぁ、と視線をはぐらかすように溜め息を吐いて、目を逸らす。

華音と私の仲が良いから嫉妬。

よくある話だ。

だけど面倒なのは相手がこの村の人間じゃないこと――極論、私が彼の性格を掴み切れていないことだ。

このままだと相手を怒らせないようにのらりくらりが正直難しいのだ。

……まぁ、つまるところ村の連中相手にはそうやって逃げてたってことなんだけどね。


思わずふう、と溜め息を吐く。

大体、こいつはどの面下げて私に会いに来てるんだろう。

私があの話に何も感じてないなんて、流石に思ってないよな?

ふっと意識は数刻前に飛んだ。





小三郎(こさぶろう)様、つばめを信じて頂けませんか?」


華音は、自分が笑って四散した緊張感を取り戻すように殊更(ことさら)ゆっくりと言う。

……悪いけど、まだ顔が笑ってるからあんまり緊張感ないよ。

空気を読んで心の中だけで呟いた私、えらい。

言葉だけは厳かな華音に、畦倉殿は苦い顔のまま私を見た。


「……いえ、その……」

「つばめの口が堅いことは私が保証します。ですから、私を信用していただきたいのです」


それでは、駄目でしょうか。

そう言う華音に、畦倉殿はぶんぶんと首を横に振った。

……華音がすごいのか、畦倉殿が馬鹿なのか、恋した男が馬鹿なのか、悩みどころではある。

それが間接的にでも私の口の堅さを信じるということになるのに気付いたのだろう畦倉殿は一瞬はっとすると、諦めたように肩を落とした。


「……解りました。ただ、ここで話したことは一切他言無用でお願いします」

「はい、勿論です。少なくとも小三郎様が私達を信用して下さっている間は一切の公言は致しません」

「私は華音に従うよ」


言って、立てた片膝の上に顎を置く。

話は勿論聞くけれど、基本的に口を挟む気はない。

私の決して良いとは言えない態度に、畦倉殿は渋い顔をしたが、華音の言ったことを思い出したのか、何も言う事はなかった。

こういうのを見るとなんだか最初から華音に話して貰えば良かったかもしれないとすら思える。

私の必死な態度よりも華音の一言の方が効力があるんだから怒りや呆れを通り越して笑えてくるから不思議だ。


「私は――いえ、私たちは政府からの命を受けて、この村に“白銀の巫女”様をお迎えに上がりました」

「! 白銀の……みこ……」


畦倉殿のその言葉に、華音はきゅっと着物を握った。

“ミコ”、どこかで聞いた言葉だ、と記憶をたどる。

確か――ついさっき深潭(しんたん)の森で華音が言っていた言葉だったように思う。

白銀というのにも心当たりはある。

華音の髪――今は黒いが、あるとき、数刻だけきらきらと輝く雪の色に変わるのだ。

例え黒い染色剤で染めていてもその数刻の間、髪の色は一気に白銀になる。


しかし、それよりこの武士はなんて言った?

“お迎えに上がった”、だと?


「ええ、白銀の巫女というのは、動物に、植物に、妖に、全てのものに愛される強い法力を持った女性の事を言います」


百年に一人現れるらしいです、と補足のように彼は言った。

畦倉殿曰く、白銀の巫女はある一定量以上法力を使うと髪の色が抜け、透明に近い白の髪になることからそう呼ばれているのだとか。

曰く、十歳前後にお告げを受けて強大な法力を授かるのだとか。

華音自身は“力”を法力とは捉えていなかったけれど、思い当たる節はあるのだ。

しかも私は恐らくその“お告げ”のその時に華音と一緒にいたのだから。


「どうして、この村に?」

「とある筋からの情報でこの真古(まふる)村は(あやかし)に襲われていないようだと。村ひとつを覆う結界を作るには白銀の巫女程の法力がなければ不可能ですから。それに前・白銀の巫女が亡くなって百年以上経っているのでもしや、ということらしいです」

「そう、ですか」


続けて、彼は法力について話した。

何でも法力というのは性別によって入る器が違うらしい。

男性はほとんどの人が同じくらいの法力を持つことができる。

村の男衆も、力の使い方さえ解れば小屋を包むくらいの結界を張ったり、細い炎を出したりはできるそうだ。

対して女性はほとんどが零に近いという。

一寸角の結界をひとつ、五秒ほどもたせられれば良いところだとか。

だが、極稀に男性をも上回る法力の持ち主がいるのだという。

それが白銀の巫女――その法力は男性のそれを遥かに凌駕する。


男性の法力の平均を仮に五十とすると、女性の平均は零、あるいは一。

それでは白銀の巫女は、と言うと一万、あるいは一億。

上限が見えないので容易く何倍とは言えないという。


「“白銀の巫女”様は国で手厚く保護することに決まっております。華音さん……いえ、白銀の巫女様、どうぞ私たちと共に国都まで来て頂けませんか」

「……みっつ、聞かせていただいても、構いませんか?」

「はい、私に答えられることならば」


華音はひとつひとつ言葉を考えるように言って、帰ってきた言葉にありがとうございます、と頭を下げた。


「ひとつは、何故私が白銀の巫女だと思うのか。ひとつは、私が“保護”された場合、何を求められるのか。ひとつは――その、お一人で来たのではないのなら、他の方々がどこにいらっしゃるのか」


すぐに質問が浮かぶのを見ると、華音の頭の良さがわかる。

それに見た感じだけだとあまり動揺していないように見える。

とはいえ、本当に動揺していない訳でもないだろう。

心の中では慌てふためいているのかもしれないと思うと、少し笑えた。


「順にお答えします。華音さんが白銀の巫女だと解ったのは、私に多少なりと法術の心得があるからです。法力の使い方を覚えた人は感覚的なものですが相対した人間の法力を測ることができるんです」

「……確かに、小三郎さんからは村の男性より威圧感、のようなものを感じます」

「はい、恐らくそれでしょう。次に保護された場合についてですが……国都に結界を張ることが求められるかと思います。現在国都は妖の巣窟になっているので……」

「国都が……?」

「……ええ、死傷者の数も年々増えてきています。最後に、他の仲間について、ですが東の……」

「深潭の森ですか?」

「はい。この山を越えた、ふもとの村で待っています」

「えぇと……ここに来なかったのはなぜか、聞いても?」

「はい。白銀の巫女様の張る結界はどうやら血を浴びたもの、不浄なものを寄せ付けないようですね」

「……ええ、まぁ。妖だけ、と限定すると賊も村に入ってきてしまうので」

「ですから――私たちは武士です。人の血を浴びているので入れなかったのです。本当なら私も入れなかったのですが、物理的に血を浴びたことが少なかったこと、それから腐っても住職の家系でしたから、自身に清めの術を用いてここまで参りました」

「そうなんですか……」


畦倉殿が話し終えたところで華音が考え始めたので私も目を閉じて思索に耽る。


ひとつめの法力についてだが、もしやそれで私が女だと知られるかもしれないと思ったのだが、そこについての言及はなかったのでまぁ良しとする。

もし私の法力が性別の区分通り零に近しかったら、男だと思っている畦倉殿も何か言うかと思ったんだけれど、そこまで嫌味でもなかったって事だろうか。


ふたつめの国都に結界を張るという話。

……まぁ、まずそれだけでは終わらないだろうな、と思う。

結界を張り終えたら、やれ妖退治だ、やれ他国への防衛だ、と最終的には戦に参加させられるかもしれない。

まぁ、それに関しては華音だって解っているようなので言いっこなしだ。


みっつめの結界云々、他の仲間云々については考えるべき点が少ないので保留にしておこう。

ただ、気になるのはもし華音を国都に連れて行くとした場合、深潭の森では誰が華音を守るのか、だ。

畦倉殿の右腕は折れてるし、華音も腕は悪くないのだが男相手には力負けするだろう。

それも少し置いておこう。


――さて、華音が保護されたとして、彼女に利点はあるのかといえば、正直今のところは皆無に近い。

保護されるってことは安全が保障されるのだろうけれど、国の保護なんてあてになるかは解らない。

今後、もしかしたら他国から使者なんかが来て、華音を連れて行こうとするかもしれないけれど、この国だって白銀の巫女の存在を隠すだろうから、そう早くは来ないだろうと思われる。

結界については多分華音の事だから真古村の結界も残していくだろうから負担にしかならない。

利点はほとんどない、だけど、私には確信がある。

華音は、絶対に国都に行く。

2011・08・03 地の文、表現の変更

2011・08・07 地の文、表現の変更

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