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鍛冶屋の娘  作者: 美雁
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第四話 続×3・何もかもの始まりの日

無血の夜叉――最近よく聞くようになった武将の通り名である。

若いながらもその智は逸脱していて、戦場での機転は恐ろしく良い。

武将なのにも拘らず兵士に策を与え、己は血を滅多に血を浴びないことからその名がついた。

また、その戦い方から武一辺倒の重鎮などからは厭われていて揶揄する意図でつけられた名でもある。

心無い人からは“畦倉(あぜくら)の血塗れ夜叉”とも呼ばれることもある。



畦倉、というのはこの国では有名な住職の一族のことである。

羽野瀬(はのせ)寺という国最大の寺院の住職を代々務めている家系で、勿論血を浴びる――人を殺すのはご法度だ。

……普通の人だってそうだが、ここでは特に忌み嫌われる事として受け取ってほしい。

だから、武将として名乗りを上げ、自分の手で人は殺さないとは言っても策を授け、刀を持つ現住職の末息子である彼、畦倉小三郎(こさぶろう)は半ば勘当されているらしい。


そういう風説的な意味でも、無血の夜叉は有名である。

何せ僻地であるこの真古(まふる)村まで情報が届くのだから、相当のものだろう。


何故、半ば勘当などという微妙な言い方をしたのか。

それは彼の持つ刀に理由の一端がある。


流碧(るへき)”、それが彼の持つ刀の名前である。

近年成功した“異能の付属”をより強力にした逸物で、それ故にか扱いが著しく難しい。

水を使役するそれは神の力を司っていると考えられていて、それを使える畦倉殿は人を殺してはいるのだけれど、神様には認められているのではないかという何とも微妙な立ち位置にいる。

だから“半ば”勘当、畦倉の人たちもどうしたものかと悩んでいるらしい。


……まぁ、これも全て所謂(いわゆる)噂話だから本当かどうかは私の知ったことではない。

重要なのは、そんな彼がここに、この真古村に来たという事実だ。

何故ここへ、と聞いた華音(かのん)に彼は少し考え込むと、胡散臭い笑みをこちらに――正しくは私に向けた。


「先程、華音さんは村長さんの娘御とお聞きしましたが、そちらの方についてはお聞きしておりません。あまり大衆に広める話でもないのですが……」


要は畦倉殿は、“お前に聞かせる話はねぇんだよ、しっしっ”と言いたいのだろう。

その真意は解らないが、嫉妬混じりなのは視線の色で何となく解った。

……こんなことにばかり鋭くなって、私は一体何になりたいんだろう。


華音はと言えば私の口が堅いのを知っているし、私自身が言うのもなんだが私のことを一番に信頼してくれている。

だから、彼の言葉に苛っとしたのも手に取るように解った。

一瞬彼女と目が合って、宥めるように苦笑すると、その怒気も霧散したが。


胡坐の上に置いた愛刀を手持無沙汰に転がしながら、私は小さく息を吐いた。

確かに、大衆に広めるべきでない話もあるのだろう。

だが、彼は状況と人の感情を正しく読むべきだと思う。


「申し遅れた。私はつばめ――この村で万屋を営んでいるしがない村人だ」


すっと姿勢を正して、響刹(きょうせつ)を傍らに置いて頭を下げる。

とは言え、胡坐をかいているからどう見たって女性ではなく男性に見えるだろうことは自覚済みだ。

華音も解っているが黙認している。


「あなたが仰ったことだが、済まないが席は外せない」

「……何故、とお聞きしても構いませんか?」

「私が席を外して、あなたが華音に狼藉を働かないと確信できない」


……武士にとっては耐え難い侮辱だろうことは解りながらも、私は畦倉殿の目を見つめた。

ぴくりと眉が痙攣したのは見えたが、例え斬られようともこの主張を曲げるつもりはなかった。

片眼鏡の向こうの瞳が怒りを抑えるように一瞬閉ざされて、開いた。


「私が……彼女に乱暴をする、と?」

「その可能性があると思っている」

「――それが、武士に対する、侮辱だと……解って言っているのですか……!」

「勿論だ」


かっと、彼の顔に朱が立ち上った。

刀にかけようとした手をぶるぶると震わせながらも抑え込んだのは天晴な精神力と言えるだろうが、腹芸ができなければ武将としても長生きはできないのではないだろうかと思う。

呆れたような顔をした華音が(たしな)めるように視線をこちらに向けるのに肩を竦めて返して、尚彼の目を見つめた。


別に、彼を侮辱したくてこんなことを言っているのではない。

戦慄(わなな)いている彼には申し訳ないが、その片鱗があるからそう言っているのだ。


「会って数刻の人間に、信頼を求めないでほしい。私にはあなたが誠実な武士なのか、そうでないかの判断が付かない。見る目があれば判断できるだろうけれど、生憎人を見る目がない。あなたが本当に誠実なら無礼なことを言っているのだろうが、不実な人間であったとき事が起きてからでは遅い」

「……武士の矜持に傷をつけた、罪は重いかと思いますが?」

「親友を守るのに罪なんて気にしてはいられない。それに――あなたの行動に不審を抱いたからこうして食い下がっているんだ、そう睨まないでくれないか」


怒りで顔を赤くしていた畦倉殿は私の言葉に眉根を寄せた。

彼自身に覚えのないことなのだろうとは思うが、華音に惚れる男には私も多少過敏になる傾向がある。

華音は可愛いし、優しいから、知らない内に相手を煽ることがあるのだ。

それ故に相手がそうしようと思っていなくても狼になる可能性はある。

だから、無自覚といえどその片鱗があるのなら、私だって余計に警戒する。


「私に不審、ですか?」

「聞くが、何故村長に話をしない」

「……と、いうと?」

「この村に用があるのなら、まず村長に話を通すのが普通じゃないのか。にも拘らず村長の血縁というだけでただの村人である華音に一番に話をするのはおかしいだろう」


と、思ったのだけれど、と肩を竦めると華音がふ、と笑った。

細められた目には面白がるような色が混じっていて、この展開を予想していたんだろうな、と思わせた。

まぁ……予想していなくても華音なら面白がりそうなものだ。

私がこうやって意欲的に――というか積極的に物事に取り組むのは珍しいことだから。


「村長の娘御ならば次期村長ではありませんか。ただの村人ではないでしょう」

「悪いがこの村では村長は世襲制じゃない。それによしんば彼女が次期村長だったとしても、話をする優先順位は変わらない。もし、それが理由ならあなたは話せないと華音に言うべきじゃないか?」


ぐ、と言葉に詰まった畦倉殿に私は目を眇める。

ただの村人なら言い包められるとでも思っていたんだろうけれど、生憎と粗探しと屁理屈は得意中の得意だ。


……しかしここまで食い下がるってことは無意識でも華音に手を出そうとしていた訳ではない気もする。

それが理由なら少しくらい気まずそうにしたっておかしくないし、――まぁ、彼がよっぽどの厚顔無恥でなければ、という前提の上だが――諦めて順当に村長に話をするんじゃないんだろうか。

苦虫を噛み潰したような彼の顔を見ながら、私は他の可能性を考えてみた。


まず、畦倉殿は村長よりも先に華音に話をしようとした。

そして、第三者(わたし)がいるのは都合が悪い。

大衆に話を広めたくないと言ったが、それも本当であるとは考え難い。

そうまでして華音だけに話をする理由、か。

……そもそもこの人がこの村に来た理由が――。


「……華音に関係しているのか」

「!」

「へ? えっと、何が?」

「畦倉殿がここに来た理由がだよ。それを華音以外に知られると都合が悪いってことは――そうだね、その用が華音に負担をかけるような事なのか、もしくは華音を連れて行こうとしているか、って所かな」


どちらにせよ、華音と仲のいい私や親である村長に知られてはやり辛くなる事ではあるだろう。

華音自身に留まって考えるのなら、彼女は自分を省みないところもあるし、頭は良いのに言い包められやすい。

だから彼が華音だけに話をしようとしたのは正しい判断だ。

誠実さとは掛け離れてしまったけれど。


苦い顔を隠そうともしない畦倉殿に私は思わず心中で笑ってしまった。

隠し事をするならもっと顔の筋肉を鍛えた方が良い。

そうやって苦い顔をしてしまえば私の推測が当たっているのだと知らせてしまっているようなものだ。

頭が良いとは言っても泥臭い腹の探り合いには不慣れなのかもしれない。

私がそれを得意としているかと言えば、否ではあるのだけれど、それ以上に目の前の彼は向いていないようだ。

多分、相手の腹を探るのは得意なのだろうと思う。

それくらいには頭がいいと思えたし、最初の言動だって自身の溢れるものだったのだから。

だが、探り“合い”となると話は違ってくるようだ。

つまり――彼は自分の感情を隠すのを得手としていない。

私としては解りやすくて万々歳だが。


「そうと解れば尚更私はここを離れられない。――そんな顔をしないでほしいな、畦倉殿。私だって腹に据えかねているんだ」


ふ、と口元だけで嫌味そうに笑うと華音が耐えかねたように小さく吹き出した。

曰く、つばめが珍しく積極的なのに悪役だ、だそうで。

……あのね、華音。

あんた自分の話だって解ってるならもうちょっと緊張感持ちな?

2011・07・30 地の文、表現の変更/つばめの台詞修正

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