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鍛冶屋の娘  作者: 美雁
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第三話 続々・何もかもの始まりの日

は、と大きく息を吐く。

肩で息をしながら、響刹(きょうせつ)を構えた。

今更ではあるが、風の使役者を相手にしようなんて流石に無謀だったかな、とは思わないでもない。


「キィィ!」


振りかぶられた(つち)を数歩後ろに下がって躱して、時間差でやってきた刃を響刹で受け止める。

残念ながら腕力はそこまでないので、競り合う前に刃先を右に向けて受け流す。

上手く受けきれなかった刃が右頬に掠った。


さっきからずっとこの調子だ。

村の雑用もとい万屋をやっているおかげか、体力は人並み以上と自負しているが、それでも人外と体力比べは頂けない。

つっと額から顎に伝った汗と右頬を伝う血を拭うこともできず、私は飛び込んできた二匹に視線を向けた。


――華音(かのん)、頼むから早くしてくれよ……!


思った、その直後ふ、と遠くの方から風の唸る音が聞こえて、生温い何かが頬に触れた。

丁度傷のついた右頬を撫でるように触れたそれは、痛みを感じさせることもなく風を伴って離れていった。


「……おぉ?」


悪意の感じられないそれに思わず間抜けな声が出た。

それとほぼ同時に柔らかな動物の鳴き声が近くから聞こえた。


「きぃ」


小さい方の腕が槌のイタチよりも更に小さめの(あやかし)が、私の腰辺りでふわふわと浮いていた。

その手は刷毛(はけ)のようになっていて、蜂蜜のようにとろりとしたものがついている。


鎌鼬というのはそもそも三匹の妖だ。

両親と子供だったり、兄弟だったりはするものの、三匹は絆が深い。

初めに彼らを見たときの違和感は二匹しかいないことへの不審だった。


すっと右頬に触れれば、垂れていた血は残っているものの痛みも傷自体もなくなっていた。

きゅいきゅいと鳴いている目の前の妖がその手の薬を塗ったのだろう。

ふと気付けば先程まで激怒していた二匹の鎌鼬も小さな妖を見てそわそわとしているように見えた。

襲われる心配は、もうなさそうだ。

思わず、口から安堵の溜め息が零れた。


「つーばめー!」


残っていた血を拭って響刹を腰に戻すと、二人の走る音と華音の声が聞こえてきた。

そちらに耳を傾けつつ、鎌鼬を見やると一番小さな刷毛の鎌鼬が残りの二匹の前で拗ねたように顔を背けていた。

……拗ねているのではなく怒っているのかもしれない。

慌てたように鳴く他の二匹に小さな妖は更につんと顎を逸らした。


「つばめっ、大丈夫!?」

「ああ、華音……平気だよ。お疲れ様」


お互いに、と心配そうな顔をした華音に苦笑すると彼女も困ったように微笑んだ。

その視線はじゃれるように小さな妖に絡んでいる二匹に向いていて、私も思わず笑ってしまった。

あれじゃ親子とか兄弟っていうよりもつれない女の子に纏わりつく冴えない男みたいじゃないだろうか。


「えっと、怪我はない?」

「ない」


着物は所々小さな傷があったり、(つぶて)が当たって打撲になっているところもあるだろうが、見える位置に怪我はしていない。

それにどこか痛いという訳でもないからそう言うと華音はほっとして息を吐いていた。


「……取り敢えず丸く収まったようだし、村に戻ろうか」

「うん、小三郎(こさぶろう)さんもそれで良いですか?」


散らばった薬草を(かご)に戻しながら華音に言えば、彼女は後ろに立つ男性にそう声をかけた。

小三郎、というらしい彼は少し微笑んで頷き返す。


状況が落ち着いたところで彼を観察してみようと思う。


下せば背中の中ほどまでになるであろう栗色の髪をうなじの辺りで一つに括っている。

頬にかかる程度の前髪はやや左寄りで分けられていて、鬱陶しくないのか少し気になる。

右目には片眼鏡――外つ国ではモノクルと言うものだったはずだ――をかけて、常に微笑を浮かべている優男、という風体だ。

目は薄い茶色で垂れ目、甘やかな雰囲気で男にしては背が低め。

だからと言って力がないわけではなさそうだが。

首には守り石の付いた念珠のようなもの。

大きめの水晶が五つほどついている他は小さな玉ばかりだが、かなりの値打ちものだろうと思われる。

こんな物を持っているという事は神職にでも就いているのだろうか。

それにしては刀を持っているしあべこべな気もするが。

着物は綺麗な藍と濃紺などで、こちらもかなり高価なものだろう。

狩り衣を半袖に切ったような上着に、肘の辺りから広がるように袖を覆う着物。

左腰に()いた刀は業物だろうとは思うが、あまり良い感じは受けなかった。

最初の印象に違わず、国に仕えている人間だろうと予想はつく。

パッと見た感じ儚げ美人風だが、腹に一物ありそうな策士型といった感じだろう。


ふと彼から目を離して妖達を見やると小さな彼も機嫌を直したのか二人の周りをふわふわと飛び回っていた。

彼らを見る華音の目は優しい。


「――帰ろっか、つばめ」

「ん」


促す彼女に頷いて妖達に背を向ける。

後ろで華音が笑いを含んだ声でもう迷子になっちゃ駄目だよ、と言ったのが聞こえた。

ふと空を仰ぐ。

木の葉に遮られた日光がきらきらと輝くのが見えた。

今日も麗しい天気だ。





あの鎌鼬たちは深潭(しんたん)の森に棲んでいる妖で、体格を見れば恐らく両親と子供なのだろうと華音は言った。

父親は草鎌の、母親は木槌の、子供は薬刷毛の付喪神で、イタチの死体に憑いている。

三匹でひとつの妖なので子の刷毛イタチがいなくなったことで多少なりとあった理性がまるっと吹っ飛んで、近くにいた男性――小三郎殿に襲い掛かったそうだ。


「――殺しておかなくて、良かったんですか?」


折れた右腕の手当てを受けながら小三郎殿はそう聞いた。

小刀で響刹の手入れをしながら話を聞いていた私は思わず付きたくなった溜め息を飲み込んだ。

華音が眉をしかめてから私を見るのを感じて、響刹に目を向けたまま華音の言葉を代弁する。


「“殺す事ばかり考えるのは、悲しい”」

「!」

「以前華音が言ってた言葉だよ。幸いあなたも命に係わる怪我ではないし、子を心配する親の気持ちを考えてやってほしい」


それに、と言いかけて口を噤む。

ただ思っただけでも言って良いことと悪いことがある。


真古(まふる)村の人間は妖に困らされることは多いが、その存在を本気で厭っている人間は少ない。

妖による死人が出ないことが一番の理由ではあるだろうが、妖を見ても武器を構える人はいない。

基本的に妖たちは単純だ。

からかってやりたいから悪戯をしよう、構ってほしいから悪戯をしよう。

試合で負けたからある程度は従おう、相手に殺意はないから試合をしよう。

純粋な子供のようなものだ。

ある程度の加減は考えて欲求に忠実だし、強い者には従順で、相手に向けられた気持ちと同じものを返す。


だから――真剣(さつい)を持っていた彼に、同じだけの武器(さつい)を持って返したんじゃないかと思った。

本当のところは解らないが、例え不確かでもこんなことを言ったら彼を傷つける可能性もある。

言わないに越したことはないだろう。

例え彼が私のことを男だと勘違いしていて、嫉妬していて、正直傷つかないように配慮する義理がなくてもである。


手入れを終えた響刹を鞘に戻して、私はちらりと華音を見上げた。

何か、気になることがあるような顔をしているが、私と目が合うと緩慢に首を振った。

後で、と唇だけで言ったそれに目で頷き返して、壁に背を付ける。


「えっと、その、この村では皆私の言葉に賛同してくれて……だから、妖と戦っても殺さないで終われそうならそうしてるんです」

「そう、なんですか……優しい方ですね」


思わず失笑しそうになって、顔を背ける。

きっと言ったのが華音でない人だったら“優しい”ではなく“甘い”とか“考えなし”とか言われるに違いない。

優しそうな顔はしているが、この人は狸だ。


鞘に傷がないのを確認してから、私は響刹を胡坐をかいた膝の上に置いた。

手当てが終わった華音は彼から離れて、私の斜め前に座るとほっと息を吐いた。

小三郎殿も少し名残惜しそうな顔をしながらも華音に向かって正座をして向き直る。


「――単刀直入にお聞きします」


凛、と空気が澄むような感じがした。

私が華音がすごいと思うのは類稀な能力でも、美貌でもない。

場の空気を支配するその目だ。


「無血の夜叉様が、このような村に何用にございましょう」


それも、おひとりで、と極小さく呟かれた声は静かな部屋の中で掻き消されることもなく響いた。

ふっと息を飲んだ小三郎殿は直後、そっと頭を下げた。


「――お察しの通り、私は無血の夜叉こと畦倉(あぜくら)小三郎と申します。姓を隠匿したこと、どうぞお許しください」


深々と下げられた頭に溜め息を吐きたくなったのは私だけなんだろうか。

また、面倒事が降ってきた――。

2011・07・29 地の文、小三郎の呼び方を変更/小三郎の台詞を変更

2011・07・30 ルビ削除・変更/地の文変更

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