Hungover heat stroke
『二日酔い熱中症』
今年の夏は異常だった。
日中の気温は連日35℃超え。夜になっても30℃から下がらない。
そんな中でも、救急外来には一定数「例年通り」の”患者様”がいる。
——酒飲んで倒れたおっさんたちである。
「先生、水しか飲んでないって言ってますけど……かなりお酒臭いです」
ストレッチャーの上でうめいている初老の男性。
額には玉のような汗。顔は真っ赤。
看護師の耳打ちに、私は頷いた。
「アルコール脱水だな……この暑さでビール3リットルは、さすがに”バカ”だ」
点滴をつなぎながら、ポケットの中を探ると、患者のスマホがブルブル震えていた。
ロックはされておらず、画面には通知が次々に流れている。
《おい、城址公園にまた救急車来たってマジかよw》
《あ、これ親父じゃね?今日も飲んでたし》
《またニュース映ってるwww》
私は思わずため息をついた。
「……SNS実況付き搬送か」
医療スタッフが真面目に処置してる横で、SNSでは「バズり案件」として拡散されている。
患者本人は寝たまま。
家族も“いいね”稼ぎに夢中で、誰も病院には来ない。
このままじゃ命に関わる。
そう思って、私はスマホの通知を一つ開いた。
——そこには、音声認識AIアシスタントが待機していた。
「Siri、熱中症とアルコールの関係について調べて」
私は独り言のようにつぶやいた。
すると、スマホが音声でこう答えた。
「アルコールは利尿作用があり、体内の水分を失わせます。特に高温多湿下では、熱中症を引き起こすリスクが高まります。
——バカは、死ぬ。」
……さすがに今のは、Siriじゃない。
誰かがアプリに仕込んだジョークか?
でも、患者の顔を見ると、うっすら目が開いていた。
「……スマホが、俺をバカって……言った……」
私はそっと画面を伏せた。
そのあと彼は、しっかり点滴を受けて回復した。
しかし、それ以来——
病院の待合室には、なぜか
「しゃべるスマホに怒られるから禁酒した」という患者が増えている。
Siriが医療を変える日も、近いかもしれない。