夢の階乗17「赤いドレスの女」
CPAPは主治医の処方通り正しく使用しましょう。これはフィクションです。SASを放置しても、CPAPの設定をいじってもタイムトラブルはできません。
でも、正しく使用し良い睡眠が出来れば、ひょっとしたら夢の中でタイムトラベルができるかもしれません。
歴史崩壊寸前の「編集室」から、辛うじて現実世界に戻った俊一郎。
国会では与野党が相変わらず医療財政を巡って大騒ぎしている。だが、彼の耳にはまだ、あの混沌とした時間断片のざわめきが残っていた。
「……歴史は編集できる。だが、書き換えた一行は、必ずどこかに滲み出す」
そう呟くと、議長席のマイクが突然ハウリングし、周囲の議員が眉をひそめる。まるで夢世界からのノイズが漏れたようだ。
その夜、外務省主催のレセプション。
俊一郎はSPに囲まれ、上機嫌にシャンパンを受け取っていた。
会場の奥、シャンデリアの光を受け、真紅のドレスがゆらめく。
——彼女だ。
数年前、まだ総理でも医者でもない頃、夢の中で助けた女性。
昭和初期の横浜、爆撃の夜。瓦礫の下から引き上げたとき、彼女は泣き笑いの顔で「また会いましょう」と言った。
その時代では、翌日には亡くなったはずだった。
赤いドレスの女は、まるで何も知らないような微笑みでグラスを差し出す。
「お久しぶりね、首相」
「時を越えても、君は変わらないな」
「それはそちらも。夢の中と同じ顔」
グラスが軽く触れ合う音。
彼女の瞳に、一瞬だけ——過去と未来の映像が重なる。
戦時の瓦礫の街、来るべき未来の首都高速の崩落、そして誰かが暗号を打ち込む古いタイプライター。
「……君は、どこの時代から来た?」
俊一郎が問うと、彼女はわずかに唇を歪めた。
「それは、また夢の中で」
会場の外で、夜風を受けながら俊一郎は愛用のCPAPのケースを見つめた。
あの赤いドレスを再び夢で追えば、答えに近づける。
だが、同時に彼は気づいていた——彼女が偶然ここにいるのではなく、“誰かの手”で時を越えて送り込まれたのだと。
未来を知る者は一人ではない。
そしてその者は、きっと自分と同じように——いや、自分以上に——歴史を操る術を持っている。
俊一郎は笑った。
その夜、彼はCPAPを装着せずに眠りについた。
夢の先で、赤いドレスがふわりと揺れる——その向こうに、まだ見ぬ時代の扉が開いていた。




