表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常すれすれ  作者: しゅんたろう
35/77

パトローネはタイムカプセル



納屋の奥で、埃をかぶった黒いケースを見つけた。

中には父の古い"Nikon"が収まっていた。

金属の冷たさと、うっすらと残る革ケースの匂い。軍艦部に誇らしく”F”の大文字。

父が若いころ大事にしていたカメラだ。


シャッターは固く、もう動かない。

裏底を開けてみると、一本のパトローネが全部撮影されることなく壊れたNikonFの中に入っていた。

何十年も前から時を止めていた小さなカプセル。


分解して油を差し、ギアを回すと、

「カシャ」と軽やかな音が戻ってきた。

この時代、近所にDPE店はない。

ネットで調べると、白黒もからーも現像液さえそろえれば、意外に簡単に現像できることがわかり、自宅で現像することにした。

ダークバックの中で感光しないように、リールに巻き取り、現像するためのBOXに収納すると

あとは、台所で、温度計とタイマーとにらめっこしながら化学の実験だ。ツーンと鼻をつく薬品の匂いの中、慎重にフィルムを現像する。


乾いたネガをデジタルスキャナーでスキャンする。


画面に浮かび上がったのは――


白骨温泉の駐車場。


トヨタ・コロナ1700DXの横で並んで立つ父と母。

父は、笑って母の肩に腕を回している。3脚を立て、セルフタイマーで撮影したようだ。

母は父に寄り添い、少し恥ずかしそうに笑っている。

まだ二人とも若く、

その笑顔は、今の自分の記憶よりもずっとやわらかかった。

カメラの製造年月日から推定すると、写真の中の父母は今の自分より一回りは若いようだ。

ファインダー越しに父に笑いかける母は、記憶にある母と違いスマートで美しかった。


この日は日帰り旅行だったと、聞いたことを思い出す。

自分は大学に入ったばかりで、家を出ていた。

写真の二人は、自分のいない時間を、

静かに、そして確かに楽しんでいた。恋人のように。


(まるでデートの様じゃないか!?こんなに仲良かったんだ(苦笑)


ちょっと見てはいけない家族の秘密を見たような気がした。


母はコロナ禍の最中、

病室で会うことも許されずに逝った。

「亡くなられました」という短い電話で、

最期を知らされた。

別れの言葉すら交わせなかった。


でも、この古いカメラは、

母が生きて笑っていた時間を、ちゃんと覚えていてくれた。

父と並び、風に髪を揺らしながら微笑む母を。


モニターに映る二人を見つめながら、

思わず声が出た。


「…おかえり」


その瞬間、画面の中の母が、

ほんの一瞬、まばたきをしたように見えた。

そして小さく唇が動く。


――ただいま。


耳ではなく、胸の奥で、その声を聞いた気がした。


気づけば、写真の中の母は、

記憶にある、いつもの笑顔で、ただそこに立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ