夢の“階乗”7「記憶管理庁と夢の番人」
この物語はフィクションです。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)への理解と、呼吸器医療の未来をユーモアとともに描いSF小説です。
「……また来たか」
柊俊一郎首相は、深夜の執務室で机に突っ伏したまま、夢の中で目覚めた。
今夜もCPAPを外して寝てしまったのだ。
前回のWHO総会以来、能力の発動は控えていた。
だが、国会の審議が荒れた日には、つい装着を忘れてしまう。
そしてまた、夢の“階乗”が始まった――。
「総理、緊急事態です。厚労省のRPA(Robotic Process Automation)
がバグを起こし、全国のCPAP装着者が夢の世界で“繋がって”います!」
「……なに?睡眠時ネットワーク?」
側近が差し出したタブレットにはこうあった:
【CPAP同期エラー】
夢のメタ領域(階乗レイヤー)に他者の意識が混在
原因:過剰な記憶干渉/過去改変履歴の蓄積
「夢の世界が……オーバーフローしてるってことか?」
「はい。そして……“干渉者”がいるようです。今までの“夢”が、誰かに誘導されていた可能性が――」
そのとき、意識が深層に沈んだ。
視界が白く光り、あの“時間の守り人”が再び現れる。
しかし、今回は顔が見えた。
それは――自分だった。
「ようやく気づいたか、俊一郎。お前は、自分自身の“未来の記憶”に干渉されていたのだ」
「……何を言ってる?」
「お前が過去に戻り歴史を変えるたび、未来の“お前”は、修正のために夢の回廊を作ってきた。
だが記憶の階乗は、有限の脳の中では処理できない。やがて“破綻”する」
「じゃあ、俺が……“夢の番人”だったってことか」
「正確には、お前の前頭葉が勝手に仕事を増やし続けていただけだがな」
未来の自分は静かに笑った。
「つまり、これはお前の“医者としての職業病”だ。救えるはずの命があれば、放っておけない」
「でも、もう限界だ。人類の夢にまで干渉するのはやめて、現実を良くしろ」
「現実ってのは、医療改革と保険制度の調整と……あの厚労省との泥仕合のことか?」
「そう。だが、それこそが唯一“夢を必要としない未来”を作る方法だ」
俊一郎はうなずいた。
「わかった。俺は目を覚まして、現実を治す」
次の瞬間、現実の執務室。
マスクは装着されていた。久々の深いノンレム睡眠だった。
彼は朝の記者会見でこう言った。
「CPAPは、単なる医療機器ではない。
これは、“夢の過干渉”を防ぎ、自らの現実に戻るための装置です。
我々はもう、夢に逃げずともよい現実を、ここに築かねばならない」
その言葉は、日本中の睡眠外来に掲げられた。
「CPAP、それは現実へのゲート」
『完』




