夢の“階乗”5 柊内閣の医療改革
「総理、お薬です。血圧も、血糖も、BMIも――ようやく正常値ですね」
秘書官の井上が、いつもの笑顔でデータを渡す。
「ありがとう。CPAPも続けてるよ。おかげで最近は、あの“夢の階乗”も見なくなった。…やっぱり、健康って大事だな」
柊俊一郎――東大病院の教授を経て、気がつけば日本国総理大臣。
総理就任以来、彼は医療行政に全精力を注いだ。
CPAPの保険適用拡大、メタボ健診の改革、病院再編の行政主導。
「再編なき持続可能性は幻想です」と国会で堂々と答弁し、拍手喝采――
……だったのは初めだけだった。
「厚労省は、また“現状維持”を主張しています」
「医師会から抗議声明です。“病院の灯を消すな”と」
「野党第一党が“不信任案”提出の意向です」
政策の推進は進まず、抵抗の波が総理官邸を包みこむ。
「もう手はないのか……」
そうつぶやいた夜。久しぶりに、CPAPを外した。
目覚めると、知らぬ病院の屋上。
白衣姿の自分と、金髪の外国人医師が口論していた。
「我々の試算では、この病院のICUは5床で十分だ」
「あなた、現場を知ってるのか? 人を数字で切り捨てるな!」
ああ、これは十年前――厚労省の病床再編プロジェクト。
彼は、かつてそれを推し進めた“役人の仲野の霊”に、憑依していた。
(嫌な相手だったけど仲野さんなくなってたのか。でも、霊にものりうつれたんだなあ。夢だけど)
今度は、現場を守る側に意識を宿して、政策を練り直す。
次の夜、今度は医師会の会議室にいた。
老練な医師たちに混ざって発言している。
「再編は必要です。ただし、“医療の質”を守るという前提が抜けている。政治が現場を理解せぬまま、改革などありえない!」
拍手。うなずき。――賛同。
夢の中で、立場を変え、視点を変え、現場の声を政策に織り込む。
一週間後。
「総理! 医師会と病院団体が、再編方針に条件付きで賛成しました!」
「厚労省も、現場の声を反映した再設計案に同意。野党も取り下げです!」
――こうして、柊内閣の医療改革は奇跡的に前進した。
記者会見でマイクを向けられた柊総理は、やさしく微笑んだ。
「健康は、未来への投資です。誰かの夢の中でも、そう教わった気がします」
※この物語はフィクションです。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)への理解と、呼吸器医療の未来をユーモアとともに描いたおはなしです。




