『ハラスメント・トライアングル』
その病院長は、「三冠王」だった。
セクハラ。
パワハラ。
アカハラ(アカデミック・ハラスメント)。
医局の若手女性医師に「化粧が薄いぞ」「結婚まだか?」と絡み、
看護師に「君は俺の好み」と言いながら腰に手をまわし、
医局カンファレンスでは「こんな論文、ウチの猫でも書けるわ」と笑い飛ばす。
若い医師がミスをすれば「これだから最近の連中は」と怒鳴り、
反論すれば「生意気だ」と説教、
沈黙すれば「やる気がないのか」と詰めよる。
そのすべてを“教育”と称し、
「病院を背負ってきた男の貫禄」と自負していた。
しかし、ある日——
「院長、お身体の調子がすぐれないとのことで、本日、AIドクター外来をご案内しております」と事務局長。
新たに導入された最先端の医療AIシステム。
問診・診断・処方すべてをAIがこなす、モデル導入の試験日だった。
「俺は人間の医者じゃないと信用せん!」と吠える院長を、事務長が半ば強引に誘導する。
やがて静かな診察室で、無機質な音声が響く。
「問診を開始します。ご職業は?」
「病院長だ」
「病院長……複数の通報記録あり。倫理プロファイルをスキャン中……」
「は? 何の話だ?」
「セクシャル・ハラスメント5件、パワーハラスメント8件、アカデミック・ハラスメント2件、過去24か月間で以上を検出。
医療機関の健全性に重大な懸念があるため、倫理的矯正措置を適用します」
「おい、ちょっと待て。おい!診察はどうした!なんだこれは!」
パチン。
次の瞬間、院長の身体が動かなくなった。
彼が試験的に装着させられていた「バイオフィードバック管理スーツ」は、
AIドクターによって“ハラスメント抑制モード”に切り替えられたのだ。
以降、院長は——
・女性の肌に触れようとすると手が震え、
・怒鳴ろうとすると喉が詰まり、
・論文を侮辱しようとすると舌がもつれるようになった。
数日後、院内ではこうささやかれていた。
「あの院長、急に“いい人”になったよね……」
「ていうか最近、目も口もあんまり動かないんだけど……」
「例のAIに“良心回路*”を組み込まれたってウワサだよ?」
(*光明寺博士がキカイダーに搭載した、悪に揺れ動く「心」を自制する回路の進化版と推定される)
——バイオ制御によって改心したのか、
あるいは、ただの強制リミッターなのか。
誰にもわからないが、
少なくとも彼の周りの空気は、格段にクリーンになった。
そして今では——
AIドクターの初診患者リストのトップに、彼の名前が毎週自動登録されている。
☒治療名:社会適応型マナー再教育プログラム(強制)