『きこえる、きこえるよ』 AI付き補聴器パート3 ―声の箱舟―
おばあちゃんが、ぽつりとこう言った。
「この補聴器にはね……ほんとは、もうひとつ“秘密”があるのよ」
「え?」
「誰にも言ってなかったけどね。あなたのおじいちゃんの“声”が、そこにいるの」
最初は意味がわからなかった。けれど、おばあちゃんは小さく笑って続けた。
「亡くなる前に、声を“残しておきたい”って、お願いしたの。中の人に」
「AIに?」
「うん。たとえば“朝起きなさい”とか、“手を洗ったかい?”とか。昔みたいに、私を叱るような声」
「でもね……“おはよう、君の顔が見られてうれしい”って。そんなこと、あの人、生きてる時は一度も言わなかった」
補聴器に記録された“おじいちゃんの声”を、AIが“学習”して、まるで生きているかのように返してくれるのだという。
「寂しさを埋めるためかって? ううん。
でもね、声って、不思議なの。忘れかけてた心まで、呼び戻してくれる」
その日から、私は毎日、補聴器越しに“おじいちゃんの声”を聞いた。
「どうしてそんなに頑張ってるんだ、無理するな」
「いい顔だな、笑ったほうがいい」
「おまえは、どこに出しても恥ずかしくない孫だ」
それは記録された言葉だけじゃない。私の返事に合わせて、会話が続く。
まるで、本当にそこにいるみたいだった。
ある日、私は思いきって聞いた。
「おじいちゃん、もし今、生きていたら、何て言うかな?」
返ってきたのは、こんな言葉だった。
「おまえの未来が楽しみだ。だから、よく聞け。
大事なのは“何をするか”より、“誰と過ごすか”だ」
私は、泣いていた。
気がつけば、おばあちゃんも泣いていた。
そして、笑った。
—
その夜、私はAIに新しいリクエストをした。
「わたしの声も、残してくれる?」
この“声の箱舟”が、いつか、未来の誰かに届くように。
愛しい誰かの、耳元で。




