さっきの話と、昨日のおかず
「お父さん、ちょっと大事な話があるのよ」
「ほう、なんじゃ。遺言か?」
「違うわよ、まだしばらく生きてるでしょ。施設の話よ」
「施設……?」
「そう。そろそろふたりとも、この家じゃ危なっかしいって、娘たちが言ってるの。
バリアフリーで、食事も出て、スタッフさんもいるところ。ふたり部屋もあるって」
「ふたり部屋? ふむ……でもワシ、知らん人とは寝られんぞ」
「私よ。あなたの隣にいるこの わ・た・し」
「おお、そうか、そうだったのう……。で、そこへはいつから入るんじゃ?」
「今度、見学に行って……それで決めて……って、ちゃんと聞いてる?」
「……あー。ところで、おまえ、昨日の晩、あれ、なんじゃったっけ?」
「え?」
「ほれ、晩飯。赤いやつで、辛くて……魚じゃなくて……ええと……」
「キムチ?」
「違う。あれよ、こう……肉と野菜が混ざってて、甘辛くて……」
「ああ! プルコギね!」
「それじゃ! プルコギ! うまかったなあ。なんだ、施設でもあれ出るんかのう?」
「どうかしらね……でも、おいしかった?」
「うん。忘れられん味じゃ。おまえが作る料理は、全部ちゃんと記憶に残っとる」
「それ、本当? でもさっき“施設”の話、忘れてたじゃない」
「施設の名前は忘れても、お前の作ったプルコギの味は忘れんのじゃ」
「……うれしいこと言うのねえ、まったくもう」
そして後日、施設の見学にふたりで出かけた。
案内してくれた職員さんが言った。
「お食事は、週に一度“世界の料理の日”という日がありまして……今週は、韓国料理のプルコギを予定しております」
老夫婦は顔を見合わせて、笑った。
「ここで、いいんじゃないかのう?」
「……うん。プルコギがあるならね」




