表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常すれすれ  作者: しゅんたろう
1/63

『温度と視界と大根の話』

挿絵(By みてみん)



「……なんか、部屋が歪んで見えるんだよな」


その日、俺は朝からずっと違和感を覚えていた。

床が波打って見える。棚が微妙に傾いて見える。

地震じゃない。先日眼科で受けたレーザー治療による副作用って訳ではなさそうだ。

酔ってるわけでもない。寝不足か? 

とりあえず眼鏡を外してみた。……もっと歪んだ。


どうやら眼鏡がおかしいようだ。拭いてみる。

変化なし。じゃあフレームが歪んだのか。

何度かつけ外ししても、やはり部屋が妙に斜めに見える。


……ああ、気持ち悪い。


とにかく暑いので、エアコンをつけた。

うちの古いエアコンは、起動に少し時間がかかる。

「ピッ」という控えめな電子音のあと、数秒して“ゴウン……”と、どこかから小さなうなり声。

すると、なぜか視界の歪みが少しマシになった気がした。


「え……もしかして、温度で直るの? 俺の目?」


そんなバカなと思いながら、冷房を強めに設定する。

涼しい風が頬を撫でる頃には、視界が完全にクリアになった。


「あれ? 治った?」


眼鏡もそのまま、視界も正常。なんだったんだ、さっきまでのアレ。

ともかく快適になったので、冷蔵庫から大根を取り出した。

夕飯の味噌汁用だ。さっそくまな板に置いて、包丁を手に取る。


そのとき、背後から「ゴウン……」と、またあのうなり声が聞こえた。


——視界が、また()()()()と歪む気がした。


「え?」


慌てて振り返ると、エアコンが止まっている。タイマーで切れたらしい。

視界がゆっくり、ゆっくり、ぐにゃりと曲がっていく。棚が倒れそうに見える。

俺は大根を落とし、床に手をついてふらついた。


もう一度、エアコンをつける。……治った。

風が出るたび、視界が()()()に元通り。


……つまり。


冷房の風で“何か”が動くと、俺の視界が速やかに治る。


そして、風がないときの視界の悪化は()()()

ということは、逆に言えば、風がないときにでも

部屋の何かが——


動いてるのか?


視界のゆがみを緩く()()させるほどには、わずかに、でも確実に。


 

俺はゆっくりと眼鏡を外し、大根に視線を向けた。


それは、さっきより——ほんの少しだけ、近づいていた。



冷房は止まっているのだが、さっきより少し寒い気がした。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ