草原の姫から帝国の賢母へ:孝荘文皇后(ブムブタイ):⑯
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1664年(康熙3年)、清の宮廷では、静かに、しかし確実に不穏な影が忍び寄っていました。それは、幼い康熙帝を支えるために設けられた摂政体制の中で、一人の大臣がその権勢を振い始めたことによるものでした。その大臣の名は、鰲拝。四大輔政大臣の一人でした。
鰲拝は、元来武勇に優れ、清の建国にも大きな功績があった人物です。しかし、順治帝が崩御し、幼い康熙帝が即位して以来、彼の野心は抑えきれないものになっていました。彼は次第に他の輔政大臣を排除し始め、その専横ぶりは日に日に増していったのです。
特に、もう一人の輔政大臣である蘇克薩哈との対立は深まる一方でした。蘇克薩哈は、鰲拝の横暴を憂い、度々(たびたび)諫言しましたが、鰲拝は耳を傾けようとはしませんでした。宮廷内の緊張は高まり、誰もがこの状況を打開できずにいました。
そんな中、この事態を最も深く憂慮していたのは、康熙帝の祖母である布木布泰、孝荘文皇后でした。彼女は、これまでの人生で多くの困難を乗り越えてきた経験から、このままでは清の未来が危ういと直感していました。幼い孫が、この強大な権力者の手によって、その未来を閉ざされることだけは避けたいと強く願っていました。
ある日のこと、布木布泰は、静かに側近を呼び寄せました。
「ソニンを呼びなさい」
ソニン。彼もまた四大輔政大臣の一人であり、布木布泰が最も信頼を置く重臣でした。ソニンは、満洲の名門貴族ヘシェリ氏の出身で、清朝初期からの功臣でした。彼は、鰲拝とは異なり、誠実で慎重な人柄で、公正な判断を下すことができる人物でした。
間もなく、ソニンは布木布泰の御前に参上しました。彼は、太皇太后の顔色がいつもより険しいことに気づき、何か重大な事態が起こっていることを察しました。
「ソニン、面を上げなさい」
布木布泰は、静かにソニンに告げました。
「実は、あなたに頼みがあります」
「何なりと、仰せつけくださいませ、太皇太后様」
ソニンは深く頭を垂れました。
「鰲拝の専横ぶりは、目に余るものがあります。このままでは、幼い康熙帝は、彼の言いなりになってしまいます。清の未来のためにも、何とか彼の横暴を抑え込まねばなりません」
布木布泰の言葉には、強い決意が滲んでいました。ソニンは、鰲拝の専横ぶりは自分も憂慮しており、内心では何とかしたいと考えていました。しかし、鰲拝の力は強大で、迂闊に動けば、かえって事態を悪化させる可能性がありました。
「しかし、太皇太后様。鰲拝の勢力は日に日に増しております。迂闊に手を出せば、かえって火に油を注ぐことになりかねません」
ソニンは、慎重に言葉を選びながら進言しました。
「ええ、それは分かっています。だからこそ、あなたに頼みたいのです。あなたは、彼と対等に渡合える数少ない人物。表立って事を荒立てるのではなく、水面下で彼の動きを牽制し、康熙帝が成長するまでの時間を稼いでほしいのです」
布木布泰は、ソニンの慎重さを理解していました。だからこそ、直接的な対決ではなく、時間を稼ぐという策を選んだのです。幼い康熙帝が自らの力で政務を執れるようになるまで、何としてもこの状況を耐え忍ばなければならないと考えていました。
ソニンは、布木布泰の深い思慮に感銘を受けました。彼もまた、幼い皇帝の未来を案じていたのです。
「承知いたしました、太皇太后様。このソニン、命に代えても、その御期待に応えてみせます」
ソニンは、布木布泰の言葉に深く頷き、決意を新たにしました。
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この日から、ソニンは布木布泰の密命を受け、鰲拝の動きを警戒し、彼の独断専行(どく だん せんこう)を阻止するための策を講じ始めました。彼は、他の大臣たちと連携をとり、鰲拝の意見に安易に賛同しないよう働きかけました。また、康熙帝には、彼が安心して学問に励めるよう、宮廷内の状況を分かりやすく説明し、不安を取り除くよう努めました。
布木布泰とソニンの連携により、鰲拝の専横は完全には抑えきれないものの、その勢いに多少のブレーキがかかることになりました。幼い康熙帝は、祖母とソニンに見守られながら、日々着実に成長していったのです。清の未来は、この見えない戦いの中に託されていました。
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1665年(康熙4年)、清の都を離れ、康熙帝と祖母である孝荘文皇后布木布泰は、五台山を目指して旅をしていました。五台山は、父である順治帝が仏門に入り、隠遁生活を送る場所でした。幼い康熙帝は、宮廷で猛威を振う鰲拝の専横に苦しんでおり、父に助けを求めたい一心でこの旅に出たのです。
長い道のりを経て、ようやく五台山の麓にたどり着いた二人は、山深く分け入り、ひっそりと暮らす順治帝の庵を訪ねました。簡素な僧衣をまとった順治帝の姿は、かつての皇帝としての威厳とはかけ離れていましたが、その眼の奥には、深い静寂が宿っているようでした。
康熙帝は、父の姿を見るやいなや、駆け寄り、その袖を掴んで泣きつきました。
「父上! 助けてくださいませ!」
幼い康熙帝の声は震え、目からは大粒の涙が溢れていました。彼は、宮廷で日々(ひび)感じていた鰲拝への恐怖と無力感を、父の前で一気に吐き出しました。
「鰲拝が、あまりにも横暴なのです。私の言うことなど、まるで聞き入れません。政も、彼の思うがままに動いています。私には、どうすることもできません…」
康熙帝の訴えを聞きながらも、順治帝の表情は変わらず、冷たいままでした。彼は、静かに、しかしはっきりと康熙帝を突き放す言葉を口にしました。
「己の力で解決せよ」
その言葉は、康熙帝の心に深く突き刺さりました。期待していた助けの言葉ではなく、突き放すような冷徹な返答に、康熙帝は茫然と立ち尽くしました。
「私も、そうした」
順治帝は、そう付け加えました。その言葉の響きは、康熙帝には理解できませんでしたが、布木布泰の心には、ある疑問がよぎりました。彼女は、静かに、しかし確信を込めて順治帝に問いかけました。
「まさか、あなたはドルゴンを殺したのですか?」
その瞬間、順治帝の表情に、わずかな動揺が走りました。しかし、彼はすぐにその動揺を隠し、冷静な面持で布木布泰の目を見据えました。
「その通りです、母上」
順治帝は、一切の迷いもなく、そう答えました。その言葉は、まるで氷のように冷たく、しかし同時に、確固たる意志を宿していました。
「だから皇帝たるもの、邪魔者は自分の力で排除せねばならないのです」
順治帝の言葉は、幼い康熙帝には難解でしたが、布木布泰には痛いほど理解できました。息子である順治帝が、かつて自分を傀儡にしようとした叔父ドルゴンを排除するために、どのような決断を下し、いかにしてその権力を手にしたのか。その裏には、計り知れない苦悩と覚悟があったことを、彼女は知っていました。
布木布泰は、順治帝の言葉に静かに頷きました。彼女は、息子が語った真実に驚きを隠せませんでしたが、同時に、彼がその重い過去を背負い、自らの道を選んだことに、ある種の理解を示しました。しかし、彼女の心は、幼い孫の未来への不安と、息子の決断への複雑な感情で揺れ動いていました。
康熙帝は、父の言葉の意味をまだ十分に理解できませんでしたが、その冷徹な響きと、祖母の布木布泰が示した反応から、何か重大なことが語られていることを感じ取っていました。彼は、自分がこれから歩むべき道のりがいかに険しいものであるか、漠然とではありましたが、理解し始めたのです。
この五台山での対面は、康熙帝の心に深く刻まれることになりました。父から突き放された言葉は、彼にとって、自らの力で困難を乗り越えなければならないという、厳しい現実を突きつけられるものでした。そして、祖母の布木布泰が示した深い愛情と、静かなる覚悟は、彼が成長する上での精神的な支柱となっていくのでした。
清の未来は、まだ幼い康熙帝の双肩に託されていました。彼は、この日父から受けた言葉を胸に、鰲拝という巨大な壁に立ち向かうための、最初の一歩を踏み出すことになります。
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1667年(康熙6年)、清の宮廷に、重く沈んだ知らせが届きました。筆頭輔政大臣であった索尼が、病のために亡くなったのです。孝荘文皇后布木布泰は、その知らせを聞き、深い落胆に包まれました。
「索尼殿まで…」
布木布泰のつぶやきは、誰に聞かせるでもなく、しかし確かに、悲しみを帯びていました。彼女にとって、索尼は単なる老臣ではありませんでした。彼は、幼い康熙帝を支える摂政の一人であり、そして何よりも、権勢を振う鰲拝の専横を、唯一抑え込むことのできた存在だったのです。索尼が生きている間は、鰲拝も彼の存在を無視できず、その横暴にも一定の抑制が効いていました。それは、まだ幼い康熙帝が、自らの力を蓄えるための、貴重な時間稼ぎとなっていたのです。
布木布泰は、索尼という盾を失った今、康熙帝の身に迫る危機を肌で感じていました。鰲拝は、もう何も憚ることなく、その権力を振うでしょう。しかし、布木布泰には、直接的な武力も、政治的な力もありません。彼女が持っているのは、知恵と、康熙帝への深い愛情だけでした。
彼女は、静かに部屋の奥で、未来について深く考え込んでいました。
「私にできることは…」
布木布泰は、自問自答を繰り返しました。そして、彼女は、確かな答え(こたえ)を見出しました。
「康熙帝を、真の皇帝に育てること。それが、私にできる唯一のこと」
彼女は、これまでの康熙帝への教育を、さらに強化することを決意しました。彼が、自らの手で鰲拝を排除できるような、賢明さと胆力を持つよう導くこと。それこそが、布木布泰に課せられた使命だと感じたのです。
その日以来、布木布泰は、康熙帝の教育に、これまで以上に力を注ぐようになりました。早朝から深夜まで、漢学、儒学はもちろんのこと、満洲語や騎射といった武芸も厳しく指導しました。書物を読み解く知恵だけでなく、人を動かし、国を治めるための帝王学を、自らの経験と知恵を惜しみなく伝え続けました。
ある日のこと、康熙帝は、学問の合間に、疲れた様子で布木布泰に尋ねました。
「祖母上。どうして、私はこれほどまで、学ばなければならないのですか?」
若い皇帝の素直な疑問に、布木布泰は優しく微笑みました。
「陛下。あなたは、この清の未来を背負うお方です。そして、その未来を築くためには、強い力が必要です。しかし、その力は、武力だけではありません」
布木布泰は、康熙帝の目をまっすぐに見つめ、語りかけました。
「真の力とは、知恵です。人の心を動かす力です。そして、正しい道を見極める目です。それらを養うために、あなたは学び続けなければなりません」
康熙帝は、祖母の言葉を、幼いながらも真剣に聞き入れていました。彼の心の中には、鰲拝への不満と、自らの無力感が渦巻いていましたが、祖母の言葉は、彼に新しい光を与えてくれました。
「それに、あなたは、私の誇りです。あなたなら、きっとできる」
布木布泰の励ましの言葉は、康熙帝の心に温かく響き渡りました。彼は、祖母の期待に応えたいと、心に誓いました。
宮廷の片隅で、鰲拝の専横が日に日に募る中、布木布泰は、静かに、しかし確かな歩みで、康熙帝を育て続けていました。彼女は、直接政治に介入することはしませんでしたが、その教育と思いやりは、幼い皇帝の心に、確実な変化をもたらしていたのです。
やがて、康熙帝は親政を開始する日を迎えます。その時、彼は、祖母から受けた教えを胸に、自らの手で、鰲拝という巨大な障壁を打ち破ることになるのです。それは、布木布泰が長年にわたって注いできた愛情と知恵が、ついに実を結ぶ瞬間となるでしょう。




